なんで建設会社に「駄菓子屋」が?井上組が展開するユニークな地域建設業とは?

なんで建設会社に「駄菓子屋」が?井上組が展開するユニークな地域建設業とは?

株式会社井上組(徳島県)が展開するユニークな地域建設業とは?

株式会社井上組(本社・徳島県つるぎ町)は、剣山のふもと、徳島県西部にある創業90年超の歴史を持つ会社だ。社員数は、技術者42名を含む65名。公共工事一筋で、地域の土木元請けやボーリング下請けなどを手がけてきた。

井上惣介・代表取締役社長は6代目の社長。田舎の建設会社の社長にしては、インテリ風の風貌で、物腰も柔らかい。いわゆる「ボンボン社長」を思わせたが、話を聞いてみると、現場あがりの技術者で、その内面には、ピンと一本筋が通っている。なによりユニークな発想の持ち主だった。なんせ、この会社には「駄菓子屋」がある。

とりあえず、話を聞くしかない。ということで、いろいろと聞いてきた。

「現場作業員の気持ちがわからないと、土木の仕事はわからない」

「長男なので、家業を継ぐつもりだった」。井上社長は徳島大学で土木を学んだ後、家業である井上組に入社した。ただ、スタートは現場作業員。「現場作業員の気持ちがわからないと、土木の仕事はわからない」という先代社長の考えからだった。ボーリング工事、舗装工事などの現場では、日当7,200円で、他の作業員と寝食をともにしながら、日々の作業をこなしていった。「大学を出たばかりで何もわからない状態で、現場に飛び込んだ。現場作業の大変さを学んだ」。

1年半の現場作業員を経て、現場監督に。監督を任されたのはいいが、「素人が現場監督になったようなもの。現場監督としての知識はゼロだった。あれもできない、これもできないの連続で、自信をなくす日々が続いた」と振り返る。測量のやり方も、大学で勉強していたが、「もう忘れていた」という有様。「入社してから、いろいろな業務についたが、常にゼロからのスタートだった」。その後、1級土木施工管理技士の資格をとったが、「30才手前になっても、社内的にはまだ技術者見習い状態。土木技術者としては、非常に遅れていた」。ツライ修行の日々だった。

「次の仕入れどうしよっかなあ」などと思案する井上惣介・株式会社井上組代表取締役社長。「あまり顔を出したくない」とのことでなので、この構図に。

はなむけの言葉は「お前やってみたら?たぶんダメだと思うけど」

その後、営業や総務などの仕事を経験。36才のとき社長に就任する。民主党政権化で公共事業バッシング花盛りで、「社長になったのは、それまで22億円あった売上げが過去最悪の11億円と底を打ったとき。赤字こそ出なかったが、会社の雰囲気は最悪」だった。そんなタイミングでトップに就任した。先代社長からは「お前やってみたら?たぶんダメだと思うけど。5年は持たないだろう」という、はなむけの言葉を贈られた。

「能力はもちろん、透明性、思いやりのある人が上に立たないと組織は良くならない。自分のことしか考えない人はダメ」。社長になって手掛けたのが、会社人事。「かなりの人事を自分の独断でやった」。先代社長時代からの幹部に助言を仰ぎ、若手を抜擢し、要職に据えるなど、新体制づくりに労力を費やした。「人事は重い決断。関わる誰もが少なからず傷つくからだ。社員をなるべく傷つけないよう、一つひとつ業務役割を組み替えていった」。

公共の土木の仕事が減った後、建設業から林業などへ他の仕事に進出する同業他社は少なくなかったが、井上組はそうしなかった。「井上組の本業はボーリング工事などの下請け。地場の会社に支えられてきた会社。それは大切にしたかった」からだ。「ムリな投資などはせず、地味で素朴なプロセスを積み重ねてきた」結果、その後売上げは年々上昇。今年は14億円まで回復した。

地域建設業は土着的な民主導でなければダメ

7年間の社長業の成果は、「社長である私が何をしなくても、会社が組織として動くようになったこと」。「トップダウン型だった従来の体制との決別」というメッセージも込められていた。地域建設業には、社長がすべてを判断するワンマン会社が少なくないが、社長が病気になったら、誰も判断できず、会社がパニックになるリスクがある。「自分が死んでも社員が困らない体制」づくりのため、人事に合わせ、権限委譲をコツコツ進め、「社員各個人が自分で判断できる文化」を育ててきた。

井上社長が考えるあるべき地域建設業は、「自社だけの利益」を考える会社ではない。「他社も仕事が増えて、その地域のみんなが幸せになる」ことを目指せる会社。普段はライバルであっても、協力すべきときは協力する会社だ。ただ、「そういう態勢は、官主導ではできない。土着的な民主導でなければダメ」という洞察があった。その一環として、設立当初から参画しているのが「なでしこBC連携」の取り組みだ。

株式会社福井組が施工する川島漏水工事現場での合同訓練での集合写真。ICT活用工事の現場説明会も行われた。なでしこBCから総勢100名あまりが参加した。(画像提供/株式会社井上組)

なりゆきで、社長業のかたわら大学院生になる

「なでしこBC連携」とは、災害時に地域貢献できる「力強い建設業」を目的に、離れた地域にある建設業の事務職員、技術職員らが日常的に情報交換などを行うことを通して、お互いの協力態勢を構築する取り組み。現在、徳島県、岡山県、和歌山県の建設会社10社が参画し、精力的に活動している。参加する女性からも「とても新鮮」と評判は上々。地域建設業でのBCPの先進的な取り組みとして、国土交通省四国地方整備局からの評価も高い。

井上社長は、「なでしこBC連携」に関して、土木学会でいくつかの論文を発表。その論文が目に止まり、「全国の建設業の災害対応の一助になる」と評価されることに。その結果、今年4月から徳島大学の大学院博士課程に所属する学生になる。社長業との二足のわらじで、研究を進めている。

「もともと勉強は苦手。この年になってまた勉強することになるとは思わなかった」とうそぶく。オンラインで集中講義などを受講できるので、毎日通学することはないが、夜通しで大学の先生とメールでやりとりすることもしばしば。「結構大変で、ツライ」とこぼす。加えて、苦労して博士号を取ったところで、地域建設業を営む身にとって「直接的にはなんのメリットもない」のもツライところ。「なりゆき」とは言え、「やむなし」感が漂う。

ただ、ナイジェリアから土木を学びに来た留学生との知己を得たのは、僥倖だった。「祖国の土木技術の向上」のために日本に来たこの29才の青年は、「コンサル業務ではなく、施工管理を学びたい」と語る熱血漢で、来年井上組へのインターン入社を希望している。「徳島山中の会社だけど、ウチで良かったらどんどんチャンスを与えたい」。ゆくゆくは正社員として、さまざまな現場で研鑽を積んでもらう考えだ。「ナイジェリアの発展に、日本の土木技術が役立つ時が来るかもしれない」と目を細める。

井上組が社内に「駄菓子屋コーナー」を設置した理由とは?

そんな井上組の社屋内には、風変わりな一角がある。「駄菓子屋」コーナーだ。なぜ、建設業が駄菓子屋をしているのか。3年前、「子どもの笑顔を見れる場所があったらなあ」という井上社長の思いつきが発端。最初は小さな台に少量の駄菓子を並べていたが、次第に子どもが増え、数が足りなくなる。「じゃあ」という事で、より大きな台にできるだけ多くの種類、数の駄菓子を並べることにした。

価格はほぼ原価で、「ほとんど利益はない」が、毎日のように建設会社に駄菓子を買いに行くことを通じて、「建設会社に親しみを持つ子どもが増え、おとなになったら井上組で働きたいという子どももいる」そうだ。駄菓子屋に食いつくのは子どもだけではない。普段出入りのある銀行の営業マンが往年の「ビックリマンチョコ」を箱買いしたことも。駄菓子の思い出は、後々まで引きずるものらしい。

同業他社のなかには「おかしなことをしている」と冷ややかな目もある。ある意味、当然の反応だろう。その一方で、「これは良いね。ウチでもやろう」と、同じく駄菓子屋を始めた会社も数社ある。また、この話を徳島大学の防災専門の先生にしたところ、「駄菓子の備蓄は、災害発生後の非常食になる」と賞賛される。こういうことがあるから、世の中というものは、わからないものだ。井上社長いわく、「徳島大学の防災展にも駄菓子を出品する。今、駄菓子ブームがきている」そうだ。

建設業と駄菓子屋。はた目には全く関係ないと思われるが、「決してそうではない」と言う。「例えば、夏場はチョコが溶ける。仕入れるなら、涼しい季節の方が売れる。この現実感。現実を直視する土木の施工管理と共通する部分がある」からだ。ユニークな視点というほかない。最初は井上社長自ら仕入れていたが、現在、仕入れは「プロ並み」の女性事務員に任せている。普通は、仕事が増えると嫌な顔の一つもしそうなものだが、「どんな仕事よりも楽しそうにやってくれている」と言う。機会があれば、本人に確認したいところだ。

「会社は、経営者の人格以上には発展しない」という言葉がある。株式会社井上組が今後どのような発展を遂げるのか。井上社長がまた何をやらかすのか。少なくとも、私には井上社長の人格の底は、今はまったく見えない。

最後に、建設業界への提言は?という質問にこう答えた。

「今の政府は働き方改革を進めているが、それを指導する立場の霞が関では月300時間の残業を強いられている。1日10時間の残業だ。各省庁のエース達が過労のため、50代前半で体調を崩し、多くの方が早期に亡くなっているのが現状だ。その現実に非常に衝撃を受けている」。

「電通の事件で月100時間の残業だが、霞が関は300時間。私たちを指導する霞が関の働き方改革も改善される必要があり、睡眠時間や休暇を確保する必要がある。それらへの働き方改革の追い風の一風にもならないとは思うが、田舎の建設業として、働き方改革に真摯に取り組んでいかなければいけない」。

いろいろと考えさせられる指摘だ。

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