東京都の入札契約制度改革、東京建設業協会との意見交換でほころび鮮明
入札契約制度の改革を試行している東京都。その改革の中身を検証し、建設業界からヒアリングをするため、東京都入札監視委員会制度部会(部会長、楠茂樹上智大学大学院教授)は1月29日までに、建設業界団体などと意見交換をした。
1月15日に東京都電設協会、1月18日に東京空調衛生工業会、1月24日に東京建設業協会、1月26日に東京電業協会、1月29日に東京中小建設業協会とそれぞれ実施した。
「施工の神様」では、東京都と東京建設業協会(東建)、東京中小建設業協会(都中建)の意見交換を取材したが、「大手企業が有利、中小企業が不利」の図式が鮮明になり、「中小潰し」の声もあがるなど、入札契約制度改革の問題点が浮き彫りになってきた。東京建設業協会からは「東京都の予定価格と実勢価格では乖離がある」という厳しい意見も聞かれた。
小池百合子都知事が「東京都の工事は民間と比べてとんでもなく高い」と発言するなど政治主導で進められてきた入札契約制度の改革だが、早くもほころびが出てきた形だ。
今回は、1月24日に開催された東京建設業協会との意見交換でどのような意見が提起されたか詳細にリポートする。
入札不調2倍で東京都の工事執行に危うさも
入札契約制度改革の成否を問う前に、試行のポイントをおさらいしておく。
東京都が実施している入札契約制度改革の要点は次の4つだ。
- 予定価格の事後公表
- JV結成義務の撤廃
- 1者入札の中止
- 低入札価格調査制度の適用範囲の拡大
この入札契約制度改革の試行案は、何の予告もなく「都政改革本部会議」で内部統制プロジェクトチームから示された。2017年3月31日のことだ。当然、建設業界からは多くの戸惑いと不安の声が上がったが、問答無用で同年6月26日以降に公表する工事から入札契約制度改革の試行はスタートした。
すでに試行から半年以上が経過しているわけだが、2017年11月末現在の「入札契約制度改革の試行状況(検証用データ)」によると、大規模工事での11月末までの不調発生率は20.1%。2016年度では9.9%の不調であるため、改革以降、おおよそ2倍以上の不調率となっていることがわかる。このような工事遂行の不具合が露呈した中で、各団体との意見交換が実施されたのである。
東京都の入札制度改革は試行段階とはいえ、東京都内の市区町村の入札制度にも影響を与える。「JV結成義務の撤廃」が原因で地元の大規模工事に入札参加できない中小建設企業にとっては死活問題だ。アベノミクスで活況に沸く首都圏の建設業界だが、中小建設企業の受注機会の喪失につながっている改革からは目をそらすことはできない。そういう意味でも、東京都内の建設業界から意見を集約した東京建設業協会との意見交換には注目が集まった。
入札参加意欲は減退。1者入札中止の廃止を求める
東京都と東京建設業協会の意見交換は、小室一人・東京都財務局経理部長と、飯塚恒生・東京建設業協会会長の挨拶からはじまった。
小室一人・東京都財務局経理部長
飯塚恒生・東京建設業協会会長
東京建設業協会の飯塚会長は東京都側に対して、まず次のような言葉を投げかけた。
「試行開始にあたり、東京建設業協会からは東京都に対して、会員企業の戸惑いの声、中小建設企業に対する経営の配慮などをお願いした。試行が進められる中、会員の声をあらためて確認したが、入札参加の意欲は少なからず減退しており、試行の一部見直しや改善など数多くの要望があった。建設業界の担い手確保・育成のためには、処遇改善や働き方改革の推進が不可欠であり、これは発注者である東京都の協力なしでは出来ない。大雨、地震などの災害に対応するためには、会員の多くを占める中小建設企業の経営基盤の確立が必要不可欠だ。制度改革にあたってはその点を配慮して欲しい」。
東京建設業協会からの意見要望をまとめると、次の6点である。
- 予定価格の事後公表に係る施策の改善
- JV結成義務の撤廃に係る施策の見直し
- 1者入札中止の廃止
- 低入札価格調査制度における数値的失格基準の引き上げ
- 週休2日の達成に向けた工期設定の徹底
- 週休2日を前提とした技能労働者の賃金水準の確保
「1.予定価格の事後公表に係る施策の改善」については、国土交通省の発注図書と比較すると、東京都の考えている工事内容の情報は少ない、という意見が東京建設業協会の会員企業から寄せられているという。そこで要望したのが、次の4点だ。
- 積算に必要な情報のさらなる提供
- 見積期間の延長
- 工事発注規模の区分見直し
- 予定価格の事後公表の一部見直し
「a.積算に必要な情報のさらなる提供」とは具体的に、「全案件での工程表の公表」「数量内訳書における数量表示の改善」「見積りや特別調査により決定している単価などの公表」「設計成果品の作成月や設計上条件となっている期間(使用機械の損料期間など)のさらなる明示」の4点の情報提供を求めた。
これに加えて、設計図書への質問に対して東京都が明確に回答できないケースもあり、この点も東京建設業協会は要望した。積算にかかわる労力は大きく、しかも東京都の工事は、見積り参考資料の提示が国土交通省と比較すると、必ずしも入札公告時ではないため業界からは不満の声が高い。「とにかく、東京都の見積りにはいつも泣かされる」(東京都内の中小建設企業社長)という声もあり、見積期間の延長も要望に含まれた。
現場監督が休日返上し、積算作業で疲労度増す
「d.予定価格の事後公表の一部見直し」をめぐっては、東京都の工事は予定価格と実勢価格の乖離があると東京建設業協会は指摘した。
「時間的制約があるなかで、事後公表により工事着手が遅れる可能性があり、中小建設企業の中には現場の技術者が積算のために休日を返上していることもある。東京都の事業進捗や公共施設の供用開始時期、工事規模、地理的条件などを考慮の上、時間的制約が厳しい案件や事務所発注案件などを対象に事前公表に戻し、あらためて検証して欲しい」。
「東京都の工事は民間と比べてとんでもなく高い」という小池都知事の考えとは異なり、むしろ、本来の価格帯よりも東京都の工事は低いようだ。さらに、ただでさえ多忙な現場監督が、積算作業で疲労している実態も明らかになった。
東京建設業協会は「中小建設企業は予定価格を積算して利益を確保することを調べる必要があるので事前公表をお願いした」と述べる一方、発注図書の情報量が少なすぎるため、予定価格や応札額の積算に大きな支障が出ているのは、建設会社の規模の大小問わずあるとも指摘した。
それに対する東京都の回答だが、猪又謙財務局経理部契約調整担当課長は「見積り参考資料は、可能な限り、入札公告時で公表するなど適正な見積り期間を設定するよう検討する」と語り、東京都財務局の五十嵐律契約調整担当部長は「これは制度というより、運用の問題と認識した。契約担当部門だけでなく発注・技術部門とも連携し、しっかり対応する」と答えた。
楠茂樹・入札監視委員会制度部会部会長
これらの意見交換を踏まえた上で、楠茂樹入札監視委員会制度部会部会長は、東京建設業協会に対して次のような質問をした。
「国も東京都も事後公表だが、見積り参考資料など、どこに差があるのか?」
これに対する東京建設業協会の回答は辛口だった。
「率直に申しますが、国と東京都のレベルはまったく異なる。東京都が早く国と同等レベルに到達して欲しい」
大手ゼネコンとのJV結成は技術力アップに効果的
「2.JV結成義務の撤廃に係る施策の見直し」についての、東京建設業協会の意見は次の通りだ。
- JVでの入札参加に対する総合評価方式での評価の見直し
JV結成義務の撤廃後、技術力評価型や技術実績評価型の総合評価方式が採用された混合入札案件では、東京都内の中小企業者を構成員としてJVを結成した場合、技術点での加点は0.5点に留まり、JV結成の意欲がわかない。混合入札により、地元工事で地元の中小建設企業は、大規模工事に参加できる機会が著しく少なくなり、モチベーションも下がり、担い手の確保・育成に支障を来たしている。
そこで、地元の中小建設業者の健全な経営や存続を考慮し、混合入札でJVでの参加も促進するため、東京都内の中小企業を構成員とするJVでの入札参加に対しては、総合評価方式において、現在の社会性のなかでの選択項目の一つではなく、独立した項目で評価し、さらに点数を引き上げて欲しい。 - JV結成義務の復活
地域防災を担う地元の中小建設業者の受注機会の確保や技術力向上のため、JV結成義務の撤廃を見直し、議会付議案件(9億円以上)や島しょなどの地理的条件などにより、JV結成が必要な案件は結成義務を復活して欲しい。
東京建設業協会の幹部は、JV結成義務についてこう語った。
「大手建設企業とJVを結成し、下請ではない形で大手ゼネコンと一緒に仕事をすることは、中小建設企業のモチベーションや技術力もアップする。そして次の工事で新たなチャレンジが出来る。施工の実績としても役立つ。JV結成義務は中小建設企業が望んでいることだ」
これに対して猪又課長は、総合評価での加点について「ほかの団体からも要望があるので、試行の状況を見て検討する」と答えた。
原澤敦美・入札監視委員会制度部会委員
また、原澤敦美・入札監視委員会制度部会委員は、「JV結成義務は撤廃されたが、引き続き中小建設企業が任意で大手建設企業とJVを組むことは禁止していない。東京建設業協会の会員企業は、大手も中小企業も参加しているが、会社規模の大小で意見の相違がありますか?」と質問した。
この質問について東京建設業協会の幹部は、「中小企業の会員からは、義務づけがないと大手ゼネコンからJVのお声がけがいただけないとの意見がある。大手ゼネコンとのJV結成は、教育面で必要なので今回、このような意見を提案した」と回答した。
「1者入札中止」について、東京建設業協会が「廃止」に言及
「1者入札中止」についても、東京建設業協会から厳しい意見があった。
- 希望申請した工事案件が1者入札かどうかは、本来、申し込んだ建設業者が知り得ることではなく、再発注されても再公告の時期によっては、配置技術者の再選抜や再積算の体制構築が不可能な場合もある。
- 最終的に工期が短くなり受注者に負担がかかる。そもそもなぜ1者入札になるか。その理由は「技術者の配置が出来ない」「想定される予定価格では採算が合わない」などで入札を見送るケースが多いためと思わる。さらに入札中止の結果により、東京都の事業執行の遅れや入札参加者の負担につながる。
そして今回、意見交換をした団体の中ではじめて、東京建設業協会は「1者入札中止の廃止」にも言及した。「1者入札中止」については他団体からも「見直し」が求められていたが、「廃止」に言及したのははじめてのケースだ(後に、東京中小建設業協会も「1者入札中止の廃止」に言及し、足並みをそろえた)。
技能労働者の賃金水準確保を要望
「週休2日を前提とした技能労働者の賃金水準の確保」については、「建設業の技能労働者の賃金は製造業と比較して安い。休みを率先して取らせていく方向であれば、ぜひ官積算でも見合う賃金にして欲しい」と東京建設業協会は述べた。
技能労働者は日給月給のため、週休2日が実現すればその分賃金が減少する。しかも技能労働者は今後、10年間で約110万人離職するとの予測もある。建設技術者のみならず技能労働者確保も喫緊の課題でもある。そこで単価を現在の6/5倍に見直して欲しいと要望した点も注目点だ。
仲田裕一・入札監視委員会制度部会委員
終盤、仲田裕一・入札監視委員会制度部会委員は、「魅力ある工事とはどのようなものか?」と東京建設業協会に質問した。
これに対して東京建設業協会は「適切な利益が確保でき、工期については働き方改革も推進した上で発注者が余裕を持たせ、リスクが潜む工事であれば、予定価格の際に配慮してくれる工事です」と回答。
ここで驚くべきことに、東京建設業協会の伊藤寬治副会長が人気のない工事に言及した。
伊藤寬治副会長は、人気がない工事について「工事費用が安い」「工期が短い」「工事が難しい」の3点をあげ、「それを補うのが入札制度のきめ細やかさ、多様性であり、画一的に突然、一方的に入札制度を決められるのが一番辛い。東京都のみなさんと意見交換をすることによって、よりよい多様性のある入札制度ができればいいと思う」と語った。この発言は、入札制度改革試行案を突然断行した「内部統制プロジェクトチーム」に対する皮肉とも言える。
会議終了直前、東京建設業協会の飯塚会長は「最近災害が増えていますが対応するのは建設業界です。会員企業の経営基盤の安定が必要です。中長期的な将来に備えて改善をしていきたい。その一つとして休みの確保や単価のお願いをしつつも、われわれも生産性向上で努力をしていますので、東京都の皆様には是非ご理解をお願いしたい」との発言で締めた。
一方、発注者側を代表して、小室部長も「制度と運用の双方で現場を担う立場の皆さんから貴重な意見を聞けた。よりよい制度設計にしていきたい」と東京建設業協会に謝辞を述べた。
大手と中小の会員企業から構成される東京建設業協会には、さまざまな意見がある。今回の意見交換では、きめ細やかな実態把握と検証を東京都に求める、中小建設企業のホンネが相次いだと言えよう。
この意見交換に続いて、次は「東京中小建設業協会(都中建)」との意見交換が行われたが、東京建設業協会よりもさらに辛辣な意見が飛び出した。入札監視委員会制度部会委員の一人が「都中建の意見が最も厳しかった」と吐露したほどだ。
東京中小建設業協会(都中建)の意見に関する記事は、コチラ。