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「キンキンキンボココココココキンキンカンッ!」新築瑕疵マンションへの愛

施工不良を見抜けた自信は皆無

約460億という巨額の損害賠償問題にまで発展した、横浜市都筑区の傾いたマンション「パークシティLaLa横浜」。

現在は解体が進み、2020年頃に新しいマンションが完成するそうだが、この基礎杭データの改ざんが発覚した2015年以降、私も「うちのマンション大丈夫ですか?」とよく聞かれるようになった。

耳にタコができるほど質問されて、正直うんざりしているので「いま傾いていないから大丈夫!」と答えているのだが、本音としては「分からない」というのが正解である。

もし傾き始める前に私が「パークシティLaLa横浜」の修繕工事を任されていたとしても、施工不良を見抜けた自信は皆無である。

修繕工事と新築工事は別物

私は修繕工事を専門にしているが、新築工事と修繕工事は別物なのだ。

両者の関係は、リレーのバトンパスを受けているようなもので、自分が早く走ってチームのタイムに貢献することができても、前の人のタイムを縮めることはできない。新築の瑕疵問題に対して、修繕工事は瑕疵で壊れたところを直すことはできても、根本的な原因を解決することは難しい。新築工事の経験がなくとも、修繕工事の仕事はできてしまうほど、修繕工事と新築工事は別物なのだ。

とはいえ、修繕工事に長年携わっていると、大なり小なり新築の瑕疵を見てしまう。新築の会社と管理組合が和解することもあれば、裁判沙汰になるケースまで実にさまざま。

そこで今回はマンションのトラブルの中でも特に多い「タイル問題」について、一番印象に残っている現場経験談を紹介しようと思う。


トラブルになりやすい「タイルの浮き」

タイル張りの建物を修繕する工事は、塗装のように外への塗料飛散に神経質にならなくていいので、塗装よりもラクな側面もある。本音を言うと、タイル張り物件については「工程作りが面倒だな~」程度の簡単な認識で修繕工事にあたっている。

しかし、そんなタイル張り物件の中でも「当たってしまったか…」と嫌になってしまうタイル張りの建物もある。それは、あきらかにタイルの「浮き」の枚数が多すぎる物件だ。

タイルの張替えは、数量を元に金額が決まるため、もともと足場のないところで試験的に打診してから大体の目安をだして準備しておくのだが、ひどいときには足場を組んで打診をした途端に管理組合の予算をはるかに超える枚数の浮きが発覚することがある。

タイルの打診調査

タイルの打診調査では主に3つの音がある。しっかり躯体に張り付いていると鳴る「カン!」という音、貼り付けモルタルとタイルの間が浮いていると鳴る「キン!」という高い音、躯体からタイルが浮いていると鳴る「ボカッ!」という大きな音。

たとえば、打診棒を転がしたときに、普通の建物の音が「カンカンカンカンカンキンカンカンボコッ」という音だとしたら、トラブルになる建物は「キンキンキンボココココココキンキンカンッ」という絶望的な音がする。この音を聞いたことがない人は、適当な金属の棒で駅なんかの適当なタイルを叩いてみて欲しい、音が違うタイルが必ずあるはずだ。

・・・話は逸れたが、タイルで大きなトラブルとなりやすい理由は、金額が膨らみやすいからである。タイルが足りなくなれば焼きなおす必要があり、その焼き直しに1ヶ月は掛かってしまう。そして、タイルの焼き直しだけでなく、工期の延長にかかる金額やタイル張り替えの金額も大幅に上がる。

塗装の場合は、塗装箇所が増えても人数を増やして、塗料をたくさん頼めば工期も金額も、タイルと比べれば大したことはない。そうはいかないのがタイルがトラブルとなりやすいところだ。

正直、裁判沙汰になろうが和解しようが、修繕工事屋の私たちにとってはどちらでも良いのだが、話し合いの間ずっと工事をストップさせられることもあるので、トラブルなどないに越したことはない。


新築瑕疵疑惑の物件で修繕委員長の涙

修繕工事の物件を数多くこなしていれば、多かれ少なかれぶつかる瑕疵問題。その中でも私が一番印象深かったのが、やはりタイルの新築瑕疵疑惑の物件だった。

そこの管理組合の修繕委員長は、40代のまだ現役働き盛りの男性だった。タイルの件を報告したときも、冷静に対策を練っていたことから、非常に仕事もできる人なのだろうと思った。

このマンションでは結局、新築会社と何度も協議を重ねたものの、管理組合があきらめる形で費用を取り戻すことはかなわなかったのだが、修繕工事には大変満足してくれて、われわれは感謝状までいただいた。

だいたいの管理組合では、新築瑕疵が疑われても、新築の会社からお金を取り戻すことができない場合、ふつふつと怒り続けるのが定番で、ひどい時には修繕委員会のたびにグチグチと話題に出ることになる。

愛情ある建物のために・・・

そして竣工の日、修繕委員長にご挨拶に伺ったときのことだ。

修繕委員長は、いつものように丁寧な態度でお礼を述べてくれたのだが、工事中の思い出話になった途端、涙ぐみ始めた。「費用をとりもどせなくて悔しかった、とりもどせたらもっと色々とできたことはあった」と、大の大人が悔恨の念を語りはじめたのである。

修繕委員長がグチグチと恨み言を吐かない人だったので、修繕委員会でもずっと話題に上がることがなく、スムーズに事が進んだので、修繕委員長の涙にはかなり驚いた。

ひとしきり涙ながらに語った後、修繕委員長はいつもの物腰に戻ったが、私は「ああ、これだけ建物を想ってくれる修繕委員長がいれば安心だ」とひそかに思ったものだ。後にも先にも、私がお客さんが泣いたのを目に前で見たのは、これ一回きりである。

・・・この修繕委員長の強い想いに接して、私はこれほどの熱意を背負って仕事をできているのか、と自問自答し、そうだと答えられなかった自分を今でも鮮烈に覚えている。

私にとってはあくまで仕事であるが、彼らにとっては愛情のある建物なのである。当たり前のようだが、ここまでの覚悟で仕事に挑めているのか、私は未だにこの域に達していないなと思っている次第である。

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大学卒業後、改修工事現場にて現場代理人となる。安全と作業効率の両立が永遠の課題。 寒がり暑がりが年々悪化しているため、登山ウェアを作業着に取り入れている。 現場周辺のおいしいお店を見つけては食べに行くのが趣味のひとつだが、揚げ物が最近辛くなってきたことが悩み。
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