新築瑕疵疑惑の物件で修繕委員長の涙
修繕工事の物件を数多くこなしていれば、多かれ少なかれぶつかる瑕疵問題。その中でも私が一番印象深かったのが、やはりタイルの新築瑕疵疑惑の物件だった。
そこの管理組合の修繕委員長は、40代のまだ現役働き盛りの男性だった。タイルの件を報告したときも、冷静に対策を練っていたことから、非常に仕事もできる人なのだろうと思った。
このマンションでは結局、新築会社と何度も協議を重ねたものの、管理組合があきらめる形で費用を取り戻すことはかなわなかったのだが、修繕工事には大変満足してくれて、われわれは感謝状までいただいた。
だいたいの管理組合では、新築瑕疵が疑われても、新築の会社からお金を取り戻すことができない場合、ふつふつと怒り続けるのが定番で、ひどい時には修繕委員会のたびにグチグチと話題に出ることになる。
愛情ある建物のために・・・
そして竣工の日、修繕委員長にご挨拶に伺ったときのことだ。
修繕委員長は、いつものように丁寧な態度でお礼を述べてくれたのだが、工事中の思い出話になった途端、涙ぐみ始めた。「費用をとりもどせなくて悔しかった、とりもどせたらもっと色々とできたことはあった」と、大の大人が悔恨の念を語りはじめたのである。
修繕委員長がグチグチと恨み言を吐かない人だったので、修繕委員会でもずっと話題に上がることがなく、スムーズに事が進んだので、修繕委員長の涙にはかなり驚いた。
ひとしきり涙ながらに語った後、修繕委員長はいつもの物腰に戻ったが、私は「ああ、これだけ建物を想ってくれる修繕委員長がいれば安心だ」とひそかに思ったものだ。後にも先にも、私がお客さんが泣いたのを目に前で見たのは、これ一回きりである。
・・・この修繕委員長の強い想いに接して、私はこれほどの熱意を背負って仕事をできているのか、と自問自答し、そうだと答えられなかった自分を今でも鮮烈に覚えている。
私にとってはあくまで仕事であるが、彼らにとっては愛情のある建物なのである。当たり前のようだが、ここまでの覚悟で仕事に挑めているのか、私は未だにこの域に達していないなと思っている次第である。