土木で漁獲量アップ?伊豆半島の老舗「河津建設」の港湾土木技術

魚礁を沈めた250t吊クレーン船「第10河市号」

「土木で漁獲量アップ」伊豆半島の老舗・河津建設の港湾土木技術とは?

漁業に貢献する土木技術

魚など水産資源の獲得に、土木技術が一役買っていることをご存知だろうか?

伊豆半島で100年以上の歴史を持つ河津建設株式会社(本社:静岡県下田市、河津市元代表取締役社長)は、静岡県の発注を受け、河津町谷津の沖合約500m先の海底に、巨大な人工魚礁を設置した。

魚の生息環境を整備して、将来的な漁獲高を増加させる狙いがあるという。

河津町谷津沖に設置されたものと同じ魚礁

「静岡県は、“伊豆半島沿岸海域水産環境整備マスタープラン”を作成しています。マダイを中心に、アジ、イサキ、ヒラメの生息環境を整備することで、漁獲量の回復安定を図り、海域全体の生産力向上を目指しています」

そう説明するのは発注者である静岡県下田土木事務所港湾課の主田義也課長だ。

「下田土木事務所管内では、平成28年度以降、松崎、東伊豆、大瀬、妻良の4地区で魚場整備を計画しています。今回の河津町谷津沖の魚礁設置は、伊豆半島地区では2ヶ所目で、平成29年度に製作した大型2個を含む複数の魚礁はすべて設置完了しました。平成30年度も引き続きコンクリート製の魚礁を設置する予定です」

海底に沈めた人工魚礁は今後、魚のすみかになり、豊かな水産資源を生み出す効果が期待される。


スリースターリーフ魚礁を製作する中山製鋼所

人工魚礁は鉄製で「スリースターリーフ魚礁」と呼ばれる。

スリースターリーフ魚礁を製作したのは、鉄鋼メーカーの株式会社中山製鋼所(本社:大阪市大正区、箱守一昭代表取締役社長)。同社のエンジニアリング部海洋グループリーダーの寺島知己さんは、次のようにスリースターリーフ魚礁について説明する。

「鉄は強度があるので、大型の構造物が製作できます。特に加工性に優れていることもあり、ニーズにあった複雑な形状も容易にできます。沈めた後の魚礁は、厳しい波や流れの条件にも対応できます。今回の大型魚礁は、幅12m 高さ15m、重さ42t。鉄製の魚礁は、海中生物に無害であると同時に、大きな空間に餌となる付着物が付着し根魚が集まります。また、背の高いことでブリやマアジ等の浮魚が集まる環境を作り出すことができます。スリースターリーフ魚礁は全国の海で数多くの実績がありますが、鉄鋼業界も漁業に役立っていることを多くの方々に知って欲しいです」

2月17日、河津建設と下田土木事務所が開催した「魚のすみか魚礁見学会」で魚礁の説明をする寺島知己さん/中山製鋼所 エンジニアリング部 海洋グループリーダー

スリースターリーフ魚礁は、工場でパーツを製作し、下田港で組み立てる。組み立てから起重機船で沈めるまでの工程は河津建設が担当した。

スリースターリーフ魚礁を運搬した起重機船は、河津建設が保有する吊クレーン船「第10河市号」。全長56m、幅20m、深さ3.5m、総重量約800tの250t吊クレーン船である。

魚礁工事の施工管理術

では、魚礁工事は、地上の土木工事とどう違うのか?

魚礁工事を担当した河津建設の工事本部課長、河津元さんに港湾土木について聞いた。河津元さんは、同社の若きリーダーである。

河津元さん/河津建設 工事本部 課長

——魚礁工事で大変なのは?

河津元(以下、河津) 風や波の状況に応じて、人とモノを事前調整するのが重要です。しかし、いざ現地に行ってみると波や風が荒くて工事を断念せざるをえないなど、先が読めない点が大変です。天気や波、風は事前に予測できますが、現地に行かないと分からない部分も大きいため、現地で工事を断念する確率も1割ぐらいあります。夏は晴天が多くそのリスクは少ないですが、下田市の冬は西風が強いので、特に工程を立てるのが難しいです。今回も魚礁を沈める際、潮と風の流れを読みながら、魚礁全体のバランスを見て静かに平行に設置するのに苦労しました。

――港湾と陸上の施工管理の違いは?

河津 海上保安庁に工事届出許可書を提出し、そこに工程管理、安全などについて書き込みますが、海事六法など海にかかわる法律は多岐にわたります。港湾土木では遵守すべき法律が陸上よりも多いです。それから海、風、波によって大きく工程、品質、安全が左右される点も違います。

――河津建設では魚礁工事が多い?

河津 河津建設では、伊豆半島において今回で5回目の魚礁設置となります。今後も魚礁の設置は多少続くと予想しています。河津建設の全体の仕事量としては土木5割、建築5割です。土木は一般土木、港湾、治山林道に分類していて、魚礁工事は港湾のカテゴリーに入ります。

河津建設は、完全な地域密着型企業です。伊豆半島に根を張った地域建設企業だからこそ、地元に役立つ仕事ができ、またやるのが使命と考えています。


クレーン船とお酒「海底熟成酒」

――魚礁を沈めた250t吊クレーン船「第10河市号」など、船の維持は大変?

河津 河津建設の自社船は先日まで、東日本大震災の港湾工事の復旧・復興工事で活躍していました。昔に比べたら港湾工事量は半減しているので、船の維持はランニングコストを考えると大変です。稼働率が安定するほどの仕事量が欲しい、というのが本音です。

——船で建設以外の面白い取り組みをされていると聞きました。

河津 船で焼酎、日本酒、ワインなどを海に沈めて「海底熟成酒」というのを作りました。通常のお酒よりもまろやかになるようです。多くの方々から「違いがある」、ソムリエからも「まろやかになる」とご評価いただいています。今は、試験的に実施していて、お酒で商売するためよりも、PR活動のツールとしてお得意さんや地域のイベントで振る舞っています。先日、3月18日の「よさこいフェスティバル in 下田」でも試飲会で熟成前後のお酒を飲み比べていただきました。

老舗建設会社、河津建設の技術伝承

——河津建設は創業1914年の老舗建設会社ですが、どんな若手技術者が求められていますか?

河津 自分で先のことを考えて、課題を解決できる、提案・行動できる技術者だと思います。もちろん資格も重要です。公共工事、民間工事を問わず、1級土木施工管理技士や1級建築施工管理技士の必要性はますます高まっています。

私も社内の若手向けの勉強会では、特に資格取得でのポイントを教えています。また、私自身、大手ゼネコンの鹿島建設で働いた経験があり、技術士の資格を保有しているので、現場での心構えや安全管理などに関しても指導しています。ノウハウと経験が豊富なベテランと対話する機会を設けており、そこでベテラン社員から若手社員への技術の伝承を行っています。

——河津建設ならではの伝承とは?

河津 たとえば、地域建設企業の使命の一つに地域の防災があります。もし災害が発生したら、河津建設の技術者は若手からベテランまで、いつでも復旧・復興工事に乗り出せる体制を整えています。最近この辺で大災害はないですが、伊豆大島の台風で被害が大きかった際は、河津建設も復旧・復興工事に携わりました。そういう経験をもとに、若手技術者に教訓を伝えています。技術者も重機も維持するためには、会社が元気でないといけません。河津建設は地域に貢献しつつ、次の100年の歴史を歩んでいきたいです。

——若手技術者の都市部への流出については?

河津 これは河津建設だけではなく、地域の建設会社に就職する若手が減ると地方はますます衰退します。一度は東京に出るのもいいですが、就職は地元でして欲しいと願っています。今回開催した「魚のすみか魚礁見学会」のようなイベントに参加したお子さんたちが、大人になっても「建設業が好き」と言って、地元の建設会社に就職してもらえるよう、イベントや情報発信も大事だと実感しているところです。若い人達に魅力ある地域や建設業になるよう、今後も元気に明るく前向きに取り組んでいきます。

河津建設 本社ビル

河津建設の本社ビルには「世紀を超えて創業100周年」の文字が燦然と輝いている。創業当時の理念は「信頼を目指し、感謝を忘れず」。現在の社員数は約90名で、土木、建築、港湾工事に強い。品質管理の国際標準「ISO9001」を認証取得しているほか、2017年には静岡県から「静岡県次世代育成支援企業」の認証も受けた。河津建設の先進的な取り組みに期待しよう。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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