【服部道江】元東京スカイツリーの副所長が語る、「上司の役割」と「働き方改革」

元・大林組 服部道江さん

【服部道江】元東京スカイツリーの副所長が語る「上司の役割」と「働き方改革」

大林組の初代女性現場監督、元東京スカイツリーの副所長

東京スカイツリー建設工事の副所長としてチームのリーダーを務めたこともある、元・大林組の服部道江さんが6月29日、「日本建築仕上学会 女性ネットワークの会 5周年記念講演会」に登壇した。

服部さんは大林組で初代女性現場監督、初めての女性総合職として活躍し、若い女性現場監督の間でも有名人。今年5月に大林組を退職したばかりだ。

講演会場には、大林組の方も列席していたが、服部さんは「大林組の方々には一部耳を塞いでいただきたい内容もありますが…」と前置きした上で、大林組での過去を笑いを交えつつ赤裸々に語った。建設現場における「上司の役割」や「働き方改革」に対する服部さんの歯に衣着せぬ核心を突いた講演は、建設女子たちへの心強いエールであると共に、上っ面な「働き方改革」へのアンチテーゼでもあった。貴重な服部さんの講演内容を紹介する。

大林組はブラック企業じゃない

私が大林組に入社したのは1981年、オイルショックからちょっと光が見え始めた頃でした。就職の門はかなり高く、建築学科卒の女子の門はかなり狭いものでした。しかも女性の給料は、男性よりも極端に低い時代です。

そこで、コストの低い女性を雇って男性と同じ仕事ができるんじゃないか、と目を付けたゼネコンがありました。それが大林組です。当時、大林組は女性の採用をスタートしたばかりで、そこに私は入社したわけです。

入社から半年間は、“試す”と言う字の「試用員」。この試用員という扱いは女性だけで、今であれば男女差別として新聞沙汰になるんじゃないかと思いますが、当時の大林組は、半年間の試用員を経て、正社員になる時代でした。

そして、さらに驚いたのは、女性の残業時間に関する制限です。女性を守るためという建前でしたが、男性よりもはるかに短い残業制限がありました。当時の残業時間の上限は1ヶ月22.5時間なので、「22.5時間を超える残業はしなくていい」となるはずですが、22.5時間の残業で仕事が終わるはずがない。徹夜で残業しても22.5時間以上は残業代は付かず、いわゆるサービス残業を続けてまいりました。

このように話すと大林組の悪口を言っているようで、大林組がブラック企業のように聞こえますが、決して大林組はブラック企業ではありませんでした。


上司は「労いと感謝の言葉」を磨け

では、現在のブラック企業と大林組は何が違うのか、私にはその当時、長時間労働をしたとしても、辛さを共感してくれる同僚なり先輩達がいました。教えてくれる人、分かってくれる人がいたんですね。仕事が終わったあと、「よくやった」と言ってくれる上司がいたわけです。これが建設現場では大事なことだと思っています。

よくブラック企業で心を病んで自殺をする方の報道を新聞やテレビで見かけますが、人は長時間労働だけでは死にません。長時間労働を認めるわけではありませんが、長時間労働だけで死ぬことは少ないと思います。長時間労働をする、ある目的のために一生懸命身を粉にして働く、その目的の成果品を上司に出す。その時、その成果品を見た上司が「あ、駄目だね、やり直し」と、この一言を言われた時にどんな思いをするか、ということです。

そして成果品をけちょんけちょんに言う、さらには人格やその人の能力までを否定する。こういったことを繰り返すことが、人を自殺に追い込むのではないか、人の心が病んでしまう原因ではないかと思っています。

アドレナリンが出すぎて、ずっと臨戦状態が続いていたら、人は確実につぶれます。人がいかにモチベーションを上げるか、私も散々長時間労働した挙句に「よくやった」と言われて騙され続けて何十年という感じですけれども、人はやはりこの「よくやった」とか「頑張ったな」っていう言葉でもって復活を遂げます。心が復活を遂げます。

長時間労働を止めるのが手っ取り早い話ですが、それ以上に、これからの建設業界の上司たるもの、「労い(ねぎらい)と感謝の言葉」を磨くことが大切だと私は思っています。

「ぶら下がり社員」と「乗っかり上司」

そんな私も、やがて現場で管理職に就くようになり、会社の決まりとは別に、たまに「強制ノー残業デー」というものを現場単位で試行していました。チームの雰囲気が惰性になり、何となく締まりがなくなってきたと感じたときに、強制的にバチバチバチッと電気を消して、定時の17時15分に強制的に帰るという指示を出し、自分も定時に帰ります。

この「強制ノー残業デー」をやってみて、1つ分かったことがありました。いつも19時、20時台、21時台までやっていた作業を17時15分に終わらせることは実は可能ですが、毎日続けることは決してできないということです。なぜなら「強制ノー残業デー」の日は、朝から体育会系のノリで、非常に濃い仕事をしなければならない。17時15分に帰る努力をすると非常に疲れます。一緒に実行してくれた方々には悪いんですが、できることはできる、しかし、毎日続けたら仕事量かやり方を根本的に見直さない限り疲弊するな、ということが分かりました。

最近、「働き方改革」の一環として「濃く働こう」という言葉を時々耳にしますが、私は簡単に「濃く働こう」と言わないでいただきたいと思っています。濃く働くというのは判断基準がない。普段から濃く働いている方にとって、それは「濃く」ではなく、残酷の「酷」になってしまう恐れがあります。

しかし、その一方で、ちゃっかり短く薄くお仕事している方もいらっしゃいます。大きな会社になると、たまに見受けられるかなと思いますが、私は心の中で「ぶら下がり社員」と呼んでいます。もちろん、絶対に面と向かって「あなたぶら下がり社員だよね」なんて言ったことはございません。

ですから、これから「働き方改革」を行う上で、上司の方々に気を付けていただきたいことは、濃く働いている人、薄く働いている人をきちんと見極めないとだめよ、ということです。

もう一つ私の心の中の言葉を使いますが、会社にはやっと管理職になってハイ万歳と乗っかってるだけの「乗っかり上司」も存在します。「ぶら下がり社員」と「乗っかり上司」。昔は乗っかってるだけでも無事に退職できましたが、これからは上司のほうが大変です。一人一人の部下をきちんと見て、薄く働いてるか、濃く働いているかをきちんと評価しなくてはいけない。現場では皆がお互いにフォローし合って「働き方改革」を進めているわけですから、きちんと平等に仕事をしているのかどうかを判断しなければいけません。もちろん能力を見極める必要もあります。

可能であれば、各家庭の状況まで耳を傾けながら、一人ひとりにきちんと目を配らないと、上司として職場を公正にコントロールするのは難しいと思っております。


パラダイムチェンジには「おニューな脳」が必要

そして「働き方改革」にとってお邪魔なのが、行くところがなくて会社に居座っている年寄りたちです。

昔、「亭主元気で留守がいい」というテレビCMがありましたが、今の時代はそうではなくて、奥様方には早いところ御亭主を家に引き取って頂きたいんですね。家庭に帰れば、やることはいっぱいあるはずなんです。そういう場を奥様方には作って頂きたい。御亭主には趣味をどんどんやっていただき、消費していただき、経済効果を上げていただく。地域活動にも貢献いただく。そうすることが「働き方改革」に大きな影響を与えるんじゃないかなと思っております。

東京・上野で開催された「日本建築仕上学会 女性ネットワークの会 5周年記念講演会」

なお、「ダイバーシティ」や「女性の時代」と言われはじめてから、かなりの時間が経ちましたが、その割には、今一つだと感じることがあります。

私の知っている女性の中にも目覚ましい活躍をしている方はたくさんいらっしゃいますが、企業においてはまだ形だけかなと思われるふしもなくはない。「女性管理職を何人にした」とか、「役員を何人にしなきゃいけない」とかもいいんですが、男性主体である会社では、どこかで形だけ整えようとしていると感じます。

女性の活躍だと騒がれた男女雇用機会均等法時代も景気の風に一時吹っ飛びかけた、そんな時代を経験してきた私としては、本当のダイバーシティを達成するには「パラダイム」を変えなければいけないと思う次第です。そのためには、「おニューな脳」が必要なんですよ、古い頭じゃできない。今日の講演には建築関係の若い方がたくさんいらっしゃいますので、ぜひとも若い新しい頭で業界の先頭を切っていただきたい。男女一緒に働いて、働き改革を進めて、パラダイムを変えていただきたい、そういう風に思っております。

大林組を退職しても「トキメキたい」

実は、私自身も母親としての役割を卒業した後、親父化しつつあるなと思っていました。そんな中、私ごとで恐縮なんですけれども、男性陣に対し会社から地域コミュニティに戻りましょうよと、機会あるごとに申し上げていたのを自ら実践しようと、今、地域コミュニティについて学ぶために夜間の学校に通っております。私は一応、理数系女子なんですが、この年齢になってから「アーヴィング・ゴフマンの役割理論」とか「憲法25条のナショナルミニマム」とか「憲法13条の幸福追求権」などを勉強していて、定期試験が近づく度に非常に辛い思いをしています。それでも私なりにコミュニティに何か貢献できることはないかと模索中です。来年は建築の仕事も始めるつもりですが、併せてコミュニティでの活動を開始しようと考えております。

実は笑われるかもしれないんですが、私は大林組を退職する際、副社長から辞令を頂いて、その時「私はこの先もトキメキたい」ということをお話ししました。一生死ぬまで人と関わっていたい。そして一生トキメイていたい、なので、新しい道を歩もうと。この道は、もしかしたらここにいる皆さんの道とどこかでクロスしたり繋がったりすることもあろうかと思います。

その時にはこんなことがあったとか、あんなことがあったとか、そういう話ができれば、やっぱり生きていてよかったなって思えるんですね。是非ともそういった機会がまた来ることを楽しみにしております。ご清聴ありがとうございました。

【お知らせ】
日本建築仕上学会 女性ネットワークの会は、この夏、設立5周年を記念して大阪(7/25)、名古屋(7/27)、札幌(8/24)でも講演会を行います。建設業界で働く女性はぜひご参加ください。詳細はこちら

また、5周年記念図書「今、建築仕上女子がアツい」を電子図書にて発売中です。男性も必読の一冊です。

ピックアップコメント

けんせつ小町です。服部さん、憧れてます( ^ω^ )

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日本建築仕上学会は、建築の外装材、内装材等を中心とした仕上材料に関する研究発表会、討論会などを実施している学会です。近年、建築仕上材の分野で女性技術者の活躍が増えてきていたため、会社を越えた女性技術者の横のつながりを活性化するために、2014年から女性ネットワークの会は活動を開始。講演会、建築関連の雑誌・新聞、各種展示会への参加など積極的に活動している。色々な行事を計画しているので、建築関係の女性にはぜひ気軽に参加してほしいです。
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