「俺ら点数取りたいんですわ!」県境を越えた建設会社の不思議な関係

礒部組の宮内保人・技術部長(右)、高木建設の高木伸也社長

「俺ら点数取りたいんですわ!」「よっしゃ、教えましょう!」県境を越えた建設会社の不思議な関係

「点数のとり方」を他の建設会社に教える理由

県境を超えて交流を重ねている地域建設業がある。高知県の有限会社礒部組と、徳島県の有限会社高木建設だ。

両社の交流は、高木社長が幹部社員ら(高木軍団)を引き連れて、「点数をとりたい、どうすれば良いですか?」と礒部組に半ば一方的に押しかけたのが始まり。

点数のとり方は、どの建設会社にとっても「社外秘」のはずだが、礒部組はこの「厚かましい頼み」を快諾。「役所の検査員になにをどうPRすれば良いか」などについてレクチャーした。

「とりあえず全部真似するしかない」。そう考えた高木建設は、2つの現場でこの教えを実践した。その結果、評定はどちらも83点を獲得。県土整備部長賞、知事賞(個人)を受賞した。それまで「どんなに金をかけても77点が最高」だった高木建設が80点越え。しかも2現場連続だ。

礒部組を訪れた高木軍団一行と宮内部長。軍団も緊張気味。

これは「奇跡のレクチャー」と言っても過言ではない。面識もない他の建設会社に「点数のとり方を教えてもらおう」という発想がありえない。それに対して、「よっしゃ、教えましょう!」とあっさり受け入れるのは、もっとありえない。

この交流関係はなんだ?当事者である礒部組の宮内保人・技術部長、高木建設の高木伸也社長に話を聞いた。


どんな技術者も創意工夫するが、発注者にアピールできない

取材当日、約束の時間の少し前に礒部組に行くと、高木軍団一行はすでに到着していた。礒部組の宮内部長は「いくつかの資料を作ってプレゼンするんだ」と説明していたところ。完成検査のプレゼン資料だ。「カンペキ社外秘やけどね」と言った。

「そんな文書、見せて良いのですか?」と聞くと、「高木建設さんは仲良しだから良い」と即答した。

宮内保人 有限会社礒部組技術部長

「完成検査のプレゼン」とはなんなのか。平たく言えば、完成検査の際、役所の検査員に対し、工事のポイント、苦労したことなどを説明することだ。

宮内部長がその存在を知ったのは、北海道の株式会社砂子組がきっかけ。「砂子組のプレゼンは、音楽入りの周到なもので、プレゼンを見た検査員が泣いたらしい」という噂を聞き、宮内部長の脳裏に衝撃が走る。

「発注者との信頼関係を深めるツールになるかもしれない」。そう考えた宮内部長は、ツテをたよって手に入れた断片的な資料を基にして、手探りでプレゼン資料の作成に取り掛かる。

宮内部長はプレゼンとの出会いについて、「基本的に完成検査は受動的なもの。現場で『こんな苦労をした』などの話は、こっちからどんどん説明しないと、検査員にはわかってもらえない。そして当時はそんな機会を与えてもらうことなどほとんどなく、もどかしい思いをしたこともよくあった。だから、こちらからアクションを起こすプレゼンには、我が意を得たりという思いがした」と振り返る。

完成検査のプレゼンで、工事評定点アップ?

プレゼンを始めた当初の検査員の反応は、「なんでそんなことするの?」という冷ややかなものだった。プレゼンを行う礒部組社員も「なんでこんな、こっ恥ずかしいことをやるの?」と半信半疑。そんな周囲の反応にもめげず、数年間にわたってプレゼンを続ける。すると、徐々に、プレゼンを待ってくれる検査員が現れるようになった。

「そうなればこっちのもの」。礒部組のプレゼンは、現在まで12年間続いている。プレゼンを課すことにより、社員が自分の現場を振り返り、見つめ直すようになったことも、「有意義だった」と笑みを浮かべる。

宮内部長は「プレゼンをしたからといって、工事評定点のアップに直接つながるわけではない」と言うが、礒部組の高知県優良建設工事施工者表彰12年連続受賞の軌跡がプレゼンを行ってきた期間とピッタリ符合するのは、偶然ではないだろう。

「検査員は結局のところ、工事のプロセスが見たい。だから書類、施工計画書などをチェックし、受け取ったものがプロセスにおいても文句をつけられないものかどうかを確認している。完成検査プレゼンは、彼らの検査の手助けになる」と語る。

「現場ではどんな技術者でも創意工夫する。それぞれの現場にある制約を克服するプロセスで、創意工夫は不可欠なものだ。でも、それを発注者にアピールできる技術者は少ない。それをどうアピールするか。『伝える力』がなければそれはできない。その一方で、日々の業務において地域住民や発注者に対して『伝える力』は、優れた土木技術者かそうでないかを分けるスキルのひとつだ。プレゼン、ストーリーづくりは、『伝える力」を磨く術でもある」と指摘する。


モノスゴイもん見た。とにかく礒部組をマネするしかない!

高木伸也 有限会社高木建設社長

高木建設の高木社長は2年前のある日、高松市で開かれた「三方良しの公共事業推進カンファレンス」を聞きに行った。そこで登壇したのが礒部組の宮内軍団一行。

「高知の片田舎で実践するチーム礒部の三方良しの公共事業(この10年)」と題して、地域、発注者とのコミュニケーションに関する取り組みについての発表を行った。付き合いで参加した講演だったが、「隣りの高知県にこんな会社があったのか」と釘付けになる。

その風変わりな講演は「世の人は四国猿とぞ笑ふなる四国の猿の小猿ぞわれは」という正岡子規の短歌から始まる。公の場所で、地方の小さな建設業者が自社の手法をさらけ出し、「私たちのお客さんは住民です」と、飾ることもなく堂々としゃべる姿に圧倒される。

高松の「三方良しの公共事業推進カンファレンス」に登壇するチーム礒部

「多くの地域建設業者が忘れてしまっていることを突きつけられた気がした」「とにかく感動した。これはマネするしかない」――。高木社長は一言も聞き漏らすまいとする一方、モニターに映るスライド資料すべてを写真に収めた。

講演終了後、会社幹部に「モノスゴイもん見た。説明するから、みんな会社残っとけ」と指示。帰社後、夜遅くまで、ディスカッションを交わす。ある幹部は「高木社長は、発表資料を見せながら『ごっついぞ、この会社。俺らが生き残る道はこれしかない』などと興奮気味に話していた。ただ、多くの人間はピンと来ていなかった」と言う。

その後も興奮冷めやらぬ高木社長は、「『チーム礒部』をマネしよう!」と決意。ただ、思い定めたはいいが、手元にあるのは高松での事例発表スライドを撮った写真と、自分自身の感覚だけ。見よう見まねにもならぬなか、試行錯誤を続ける一方で、礒部組とコンタクトできるツテを探し続けた。

そして、ある時引っかかった。幹部連中を引き連れ、礒部組へ乗り込んだ。面談要件は、ズバリ「俺ら点数取りたいんですわ!点数のとり方を教えてください!」だった。

「当時は、どんなに頑張っても77点がマックスだった。社員には『点数をとれ』と言い続けていたが、具体的にどうすれば点数がとれるか、私自身わかっていなかった。金を使ってもとれなかった。点数がとれないと、仕事がとれない。非常に切羽詰まっていた」。地域建設業の経営者としてシリに火がついた状況。「なんとかこの状況を脱出しなければ。プライドなんか捨てろ」という思いが、高木社長を突き動かしていた。

小手先ではダメ。本気で地域、役所、検査官と向き合え!

ついに礒部組にたどり着いた高木軍団一行。重苦しい緊張感に包まれていた。「とにかく緊張していた」(高木社長)。そんな高木軍団に対する宮内部長の第一印象は「こいつら、ギラギラしちゅう(笑)」。その緊迫した感じにむしろ好感を持ったと言う。県外から訪ねてくる同業者はこれまでにも何社かあった。はるばる来ているのにもかかわらず、「エイカッコ」する人間が多かったからだ。高木軍団の醸し出す正直さと覚悟に心を打たれたことが、宮内部長の心を動かした。

「そんなに点数とりたいの?じゃあ、お手伝いしましょう」。初対面からわずかの時間で意気投合。レクチャーは朝に始まり、夕方まで続いた。レクチャーでは、点数シートを見ながら、「この場合はどうすれば良いですか、どんな資料があったら良いですか」という「メチャクチャ具体的な質問をされた」(宮内部長)と笑う。

高木社長がそのレクチャーから学び取ったのは「建前でなく本気で地域の住民と向き合う。業務をこなすためだけでなく、本気で役所の担当者と向き合うこと。点数を上げるためだけでなく、本気で検査官と向き合うこと。そして何より、本気で地域住民から求められる会社であろうとすること」だった。

高木社長は「評定点は、小手先の創意工夫ではなく、すべてに本気で向き合い地域の住民から求められる工事をすることの結果としてついてくるものだと教えてくれた」と振り返る。


まだまだ礒部組から盗みたりない

宮内部長のレクチャー後、高木社長が会社でしたことは「礒部組を全部マネる」こと。高価なアルミタラップも同じものを買った。「いくら高くても関係ないわ。買え!」(高木社長)という勢いで、なにもかもマネた。

効果もいきなりだった。礒部組をマネた現場が徳島県内最高となる83点を獲得。しかも2現場連続。徳島県の優良工事の表彰を受ける。

高木社長は、宮内部長から伝授してもらった点数を取るためのノウハウを仲の良い同業者にシェアした。その結果、他社の評定点もアップ。「同じことをやっていたら、周りに追い抜かれる」リスクが出てきた。しかし、常に切磋琢磨するのが会社経営。「自分とこだけで、ノウハウを抱え込むのは男らしくない」と意に介さない。

「礒部組からは、まだまだ盗み足りない。たぶん、『これで終わり』ということはない。われわれは、ずっと勉強していかないといけない。礒部組のように、地域住民に信頼され求められる企業になることが高木建設の生き残る道だ」。常に進化(深化)を目指すところに、土木、経営の喜びを見出している。

エピローグ:点数を取りたい。どうしたらいいですか?

後日、宮内部長に聞いてみた。

「結局のところ、高木建設に肩入れしたいと思わせたものはなんだったんですかね?」。

すると、こんなような答えが返ってきた。

「高松の発表冒頭の『四国の猿の小猿ぞわれは・・・』、あれは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』で、子規が臨終のときに高浜虚子が思い浮かべる短歌なんです。自分が田舎者であることをひそかに卑下していた子規が、その田舎者が日本の俳句と和歌を革新したぞという誇りをこめた歌だと司馬遼太郎は解説してます」。

「もちろんウケねらい半分で、あのときはそれを殊更にしゃべりはしなかったけど、私は 「高知の片田舎」ではあっても、ひとつのムーブメントを少なからず引っ張ってきた自負を『四国の猿の小猿ぞわれは』という子規の短歌にリンクさせてあのときしゃべった。それにストレートに反応したのは高木さんだけなんです。そりゃ肩入れしたくなるでしょう。それがひとつ」。

「にもかかわらず、うちへ来てもらって真っ先に言うのが『点数を取りたい。どうしたらいいですか?』。ええ?そっちかい?とズッコケそうになったけど、すぐに思い直してレクチャーすることにした。そんなアプローチもあり。アタマから否定はできない。現にそういう私にしてからが、キッカケは生き残るために点数をとろうとしたことだった。ある検査員には「点数の亡者」として毛嫌いされていたし、今でも、会社の番頭としてはリアルに高得点を追求しています」。

「けれど、そのために牙を研ごうとしたプロセスで本質に気づいた。入り口はどこからだったとしてもいいんです。最初にうちを訪問してくれたあのとき、最後までリアルで生臭い話だけをした記憶しかないけど、その中から高木さんは本質を嗅ぎとってくれた。プレゼンしかり、創意工夫しかり。そんな会社に肩入れしなかったらウソでしょう(笑)」。

「それにね」宮内部長が付け加えた。

「私、こうべっちゅうやつがキライなんです(※こうべっちゅう=土佐弁で「気取っている、上品ぶっている」の意)。あの人はちがうでしょ?」

 

※高木社長が衝撃を受けたという事例発表について宮内部長本人が書いたブログはこちら⇒『高知の片田舎で実践するチーム礒部の三方良しの公共事業(その10年)』

ピックアップコメント

地元企業に良い点数付けてモチベーションあげないと地方のインフラ整備は誰もしなくなりますよね。どこの地整でも局長表彰取るのは大体地元企業です。それに地域の細々とした工事も地元企業がやってくれるから行政も助かってるわけで、お互い持ちつ持たれつでいい関係が築けてるから、点数を上げてるんだと思います。何千億と言う国家プロジェクトの実績や工学博士や技術士がザラにいるゼネコンが地元の会社に勝てないのですから、地元企業の実力は計り知れないです。

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