ゼネコンの「デジタル化戦略」に関する提言

誰が何をするか問題

国交省が情報化施工という建設産業のデジタル化を掲げて10年になる。今では、情報化施工は「i-Construction」と名前が代わり、建設業に携わる人であれば誰でも一度は聞いたことがあるぐらい浸透している。

そして、i-Constructionが浸透してきたからこそ、次に考えるべき課題も明白になってきた。それは『「誰が」「何を」するか』という問題である。

ある現場では測量のためにドローンを元請けが調達し、それを元請け職員自らが操作して測量を行った。このような話はニュースでも雑誌でもよく見かける。ある建設業界向けの雑誌には、『ドローンの活躍によって工数が1/3に削減できた』とまで書かれている。

こうした記事を読むと、私は違和感を覚える。

なぜ測量をゼネコン職員が行っているのか。従来の測量業者はなぜドローンを利用しないのか。

実は、多くの現場では「誰が」「何を」すべきなのかという議論が中途半端なまま、i-Constructionが実践されているのではないか。

というのも、こうした議論は、i-Constructionの旗振り役である国交省のHPにも記載されていないからである。

生産性のパラドックス

国交省が作成した資料の中には「ICT活用工事の実施方針」というものがある。その中で、i-Constructionでは施工プロセスに応じてICT技術を活用するようにと謳われている。

しかし、単に施工プロセスといっても、ひとつのプロセスに多数の業者が関与する多重下請け構造の建設業では、「誰が」「何を」すべきかが分かりにくい。そのため、元請けが測量をするというような矛盾が生じているのである。

i-Constructionというものが世に登場したばかりの頃であれば、このような疑念は後回しにしてもよかった。一般的なマーケティング理論からいえば、最新技術の導入の初期段階においては、とりあえず取り入れる、やってみるということが大切であり、結果は後から付いてくるものとして考えるのが正攻法であるからだ。

しかし、テクノロジーがある程度普及した段階では、次にどのように生産性を高め、収益に繋げるかという点に着目する必要がある。なぜなら、生産性や収益性における最新テクノロジーの導入効果は極めて限定的で、むしろ導入以降の戦略が企業や業界の生産性に大きな影響を及ぼすことが知られているからだ。

これは「生産性のパラドックス」と呼ばれ、MITスローン経営学大学院のスコット・スターン教授は、この現象を次のように語っている。

「例えば、私が『現在イノベーションの爆発が起こっています』と言いますので、2050年になってふりかえってください。証拠を見せられると思います。」

すなわち、テクノロジーを導入しても効果が指標に現れるまで数十年かかると言っているのである。しかしそんな猶予も、人も、今の建設業には残されていない。そこで、ここではi-Constructionを進めるにあたり、どのようなi-Construction施策を実施すべきかを提言したい。


企業別i-Construction施策の検討

i-Construction施策を検討するにあたって、建設業者をゼネコン、サブコン、地場建設会社の3つに分類した。ここでは分かりやすくゼネコン、サブコン等という名称を利用しているが、この分類は多重下請け構造の概念をもとに特徴付けを行った(詳細は後述する)。よって、個別の企業がどの分類に属するのかは後述する分類にしたがって検討してもらいたい。

結論から先に述べると、各企業が取り組むべき施策は以下のようになる。

1.ゼネコンが取り組むべき施策
・デジタルプラットフォームの構築
・社内運用体制の強化

2.サブコンが取り組むべき施策
・指示、連絡体制のデジタル化
・専門領域におけるデジタル技術採用

3.地場建設会社が取り組むべき施策
・デジタル機器の利用方法とノウハウの蓄積
・専門機材の導入方法の検討

まずはじめに、今回の提言を上述の3つに分類した理由について説明する。

建設業の発注者と受注者の関係、受注者から施工者までの関係を簡略化すると図1のようになる。

図1:建設業の多重下請け構造簡略図

この図は、受注生産産業における契約体制に基づいて描かれている(そのため現場の肌感と一致しない部分もある)。

建設業のように労働集約型、受注生産の場合、建物を建てたい発注者と建物を建てる受注者は、基本的には1対1の関係で契約される(ただし、JVや分離発注などのケースではこれを満たさない)。

次に、受注者は生産を開始するために専門業者に分離発注を行う。この発注先がTier1(一次下請け)となり、一般にサブコンと呼ばれる。サブコンは各領域の専門性を持ちながら、同時に各地の建設会社に施工の発注を行う。この場合、施工者は複数に及ぶこともあるため、1対多の契約となる。

これらの関係性を描いたものが図1である。ここで注目してもらいたい点は、各業種の左右にある双方向の矢印である。ゼネコンは発注者とTier1にそれぞれ赤と青の矢印がある。同様にTier1は青と緑、施工者は緑となる。この色の違いは連携の違いを表すもので、それぞれ異なる情報がやりとりされていることを示している。

例を挙げると、発注者からはRFP(提案依頼書)が提示され、ゼネコンからは基本設計書が送られる。ゼネコンはサブコンに設計協力を依頼し、サブコンは詳細設計図を提供する。また現場ではゼネコンは施工図をサブコンに、サブコンは詳細図を地場建設会社に提供する…といった関係性である。

ここで、連携される情報が異なる点に注目して、受注者以降を3つに分類した。名称は混乱を避けるため、現場で用いられる名称を採用している。

この図に載っていない事業者もあるが、重要なのはゼネコン、サブコンといった名称ではなく、やりとりされる情報の連携体制にある。個々の事業者がどの分類に属するかは、連携体制を考慮し決めてもらいたい。

ゼネコンはまず「デジタルプラットフォーム」から構築すべき

ゼネコンは、その特性から発注者から施工者まで一貫して連携を進めなければならない。そこで、i-Constructionを進めるためにまずゼネコンが取り組むべき施策としては「デジタルプラットフォームの構築」が挙げられる。

デジタルプラットフォームとは、高度な情報をやりとりするための基盤となるものだ。これまでITインフラといえば、インターネット回線、社内サーバーといった物理的なものが主であったが、今後デジタル情報を連携させていく上で必要なのは、システムやサービスとの連携である。

だが、恐らく多くの人にとって、こういった名称はイメージがしにくいものだろう。そこで、デジタルプラットフォームをイメージするために、現場事務所の中央に置かれた大きな共有テーブルを思い浮かべてほしい。

そのテーブルの上には工事に必要な資料が全て置いてあり、工事に関わる人全員がそのテーブルを見ることができる。そこには施工図もあれば、書き上げ中の竣工図もある。完成イメージの模型までも置いてある。それを見る人もいれば、それを書き直している人もいる。また新たな資料を書いている人もいる。

つまり、全ての情報がこのテーブルにあるということである。これを一元管理という。誰かが別の場所で違う資料を作ったり、テーブルの上の資料を持ち出したりしてはいけない。このようなテーブルがあれば、全ての情報が一箇所にあることになる。しかも、修正や変更も全てそのテーブルで行われているため、テーブルにあるものはいつも最新のものである。

だが、実際にこのようなテーブルを用意すれば、テーブルの上はごちゃごちゃになり、何がどこにあるのかわかりにくいだろう。しかも、書いている人と見ている人が同時に存在することも考えられる。テーブルの周りは人に溢れて、とても仕事にならない。だからこそ、これをコンピュータ上で作るのである。


デジタルプラットフォーム構築の具体例

デジタルプラットフォームの構築の考え方は様々だが、今最も進んだ仕組みとして「PaaS」というものがある。PaaSは(Platform as a Service)の頭文字をとったもの。こちらも簡単に説明すると、クラウドのコンピュータ上で様々なサービスを統合させるものである。

サービスには色々なものがある。例えば、ファイルを保存するためのストレージサービス、3Dデータを閲覧するためのビューワー、BIMモデルから積算を行うエスティメーションツールなどなど、数え上げればキリがない。

ただ、これらのサービスは個々に存在するサービスである。例えば、ストレージサービスを利用するにはストレージサービスにアクセスしなければならないし、ビューアーはビューアーにアクセスしなければならない。そのため、使う側にとっては「こんな時にはどれを使うんだっけ」と知っておかなければならない。

そういったとき、PaaS上では利用できる全てのサービスが一箇所で管理されているので便利である。しかも、個々のサービスを連携させることで、新たな使い道を見つけることもできる。例えば、積算情報を抜き出して、現状の支払状況と比較すれば、工事の進捗率を自動で分析できる。このようなデータの連携が容易にできるのもPaaSならではの利点である。

社内運用体制強化ための3つの論点

これまでの話の中で、ドローンやICT建機といった、いわゆるi-Constructionの施策が出てこないことに、読者の皆様は違和感を覚えるかもしれない。

しかし、ゼネコンに分類される企業はi-Constructionを先導するべき立場ではあっても、i-Constructionの技術の実施者ではない。一番最初の例で挙げた、ドローンを飛ばすゼネコン職員も、今はそれで良いとしても今後10年、ゼネコンが自らドローンを飛ばして測量をするのかといえば、それは違うと現場監督ならば口を揃えて言うだろう。

実のところ、i-Constructionの真の実働者は、施工者となる地場建設会社である。しかし、技術導入の知見や財政的な見地から、施工者に全てを丸投げするのは現実的ではない。そこにはゼネコンの後押しがどうしても必要なのである。

だからこそ、次に提言するのは、「社内運用体制の強化」だ。では、何の運用を強化するのか。それは上述のデジタルプラットフォームを使いこなし、ドローンやICT建機の導入をサポートして現場運用を効率的に行う体制の強化である。そこで、以下の主に3つの論点を取り上げる。

  1. 法令、基準類に関する情報の集約と維持
  2. 機器調達と運用
  3. 機器管理の人員の確保


法令・基準類に関する情報の集約

実際にドローンや建機を動かす中心となるのは、地場の建設会社である。よってゼネコンの役割は、いかにi-Constructionを実践する立場の人たちが動きやすい環境を作ることができるか、ということになる。それには、まず現場職員がi-Constructionの関係法令や品質基準を知っておかなければならない。

これが先に挙げた「法令、基準類に関する情報の集約と維持」という論点だ。

幸いなことに、i-Construction関連の法令や基準は国交省のHPに集約されているから、必要な時はそこを見ればいい。しかし、これらの法令、基準は時期刻々と変化するので、最新の情報を確認することを徹底させる必要がある。

同時に、社内で蓄積されたノウハウの集積もまた重要な課題となる。私自身、これらの法令や基準に目を通してはいるが、実際のところ分かりづらい。空撮による測量を例に挙げれば、基準点の設け方や高度、毎秒何回シャッターを切ればいいかといった、具体的なことは一切分からない。

この手の情報を一手に持っているのは機器メーカー、レンタル会社、そして先んじてi-Constructionを行なった社内の現場監督だ。これらの情報を集約しなくては、難しい書類を前にして一歩も前に進めない事態が発生する。そのため、全社的なノウハウの引き継ぎ(ナレッジトランスファーという)ができる仕組みを取り入れなければならない。

文章化できるものは社内のサイトなどに集約し、機器メーカーやレンタル会社とは定期的な技術交流会を実施すべきである。これは機器メーカーやレンタル会社にとっても、自社の営業活動になるから双方に利益をもたらす。また、実際に現場でi-Constructionを実施した職員には、社内勉強会などに積極的に参加してもらわなければいけない。

このような場を設定するためには、音頭を取るための組織が必要になる。ゼネコンの中にはIT部門やi-Construction専門の部門を設けている企業もあるが、これらの組織が先導して運営をしていかなければいけない。

機器調達と運用

また、機材の調達も重要である。国交省によれば、i-Construcitonを取り入れる際の機器は、その100%が機器レンタル会社からのリースだという。しかし、同時に大手の機器レンタル会社4社にヒアリングをしたところ、現状i-Constructionに関わる機材を十分に揃えている企業はいなかった。

これらの結果を踏まえると、現地で機器レンタル会社を通じてi-Construction機材を揃える現在のあり方では、対応が不十分である。ドローンなどは比較的安価で現場調達も可能だが、建機や測量機器となると多額の初期費用がかかる。

市場価格を見ると、後付けのマシンガイダンス機で数百万、測量機器で一千万円程度になるので、単独の現場で調達するのは現実的ではない。

これが2つ目の論点の「機器調達と運用」である。

この状況を打開するためには、比較的資金力のあるゼネコンやサブコンが全社的に購買し、運用を回すことが求められる。実際、大手のゼネコンは自社で重機を保有し、運用を行なっているから、この方法を重機以外にも適用すれば、限定的かもしれないがi-Constructionの適用現場の範囲は大きくなる。

このように言うと、いかにも簡単そうに思えるが、現実問題としてこの運用体制が実施されていないところをみると(というのは、私自身全てのゼネコンの内情を知っているわけではないからだが)、問題は機器の運用体制が整っていないことにあるだろう。

機器管理の人員確保

製造業においても、物を作るための道具の管理は非常に難しい。まだ工場内であれば機器の管理は比較的アルゴリズムを組みやすいが、屋外作業を伴う建設現場では、一度リースをしたら壊れて返ってくることも考えられる。

私の経験から言うと、ドローンは大抵一回でうまく飛ぶことはないし、飛んだとしても墜落する。また、ICT機器は繊細な取り扱いが必要で、かつキャリブレーションなど現地で調整しなければならないことも多いため、専門知識が必要になる。では、これらの管理を重機の管理と同じ人間ができるかというと難しく、新たに教育が必要になる。

これが3つ目の論点の「機器管理の人員確保」である。

昨今は深刻な人手不足が続いているが、このような専門性の高い人材の獲得はより難しい。企業戦略としては、第一にメーカーやレンタル会社から人を引き抜くという手を考えなければならない。ただ、日本企業全体に言えることだが、この手の人材の引き抜きは日本企業は不得手だ。そのため、採用が困難なら社員を再教育するしかない。

再教育の対象となる社員というと大体が若手一本槍になるのだが、デジタル化という大きな枠組みで物事を捉える場合、再教育の対象はむしろ上位階級の人員になる。

というのも、現場で裁量権が与えられている人物がデジタル化の仕組みを理解できていないと、現場での意思決定が遅くなるからである。また、何事も上位階級がやろうと言わなければ誰もやらないというのは、建設現場ではよく見受けられる。

よって、再教育対象は現場の基礎知識を持つ主任クラスから、実行の裁量権を持つ工事長クラス、またi-Constructionの実施の促す所長クラスを対象に実施したほうが良いと考える。

また、教育内容はそれぞれのクラス別に異なるほうが良いが、優先順位としては上の階級から教育を実施するほうが、全体統制が取りやすいというメリットがある。つまり、所長から工事長、主任というトップダウン式な教育方法が良いと思われる。

以上がゼネコンに対する提言であった。次回以降は順にサブコン、地場建設会社と提言していきたい。この記事が読者とその企業にとって少しでも役に立ち、現場を変える機会を与えるものになれば筆者としてこれ以上の喜びはない。

※注:これは筆者個人が独自に調査、検討を行ったものであり、筆者が所属する如何なる組織の見解ではありません。また記載内容については公開されている情報及び筆者がゼネコン所属時代に得た知見を元に執筆しており、現在所属する組織の如何なる知見も応用しておりません。

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1987年生まれ。青山学院大学大学院理工学研究科修士。株式会社大林組に入社。設計・施工に従事後、システムの企画・開発を行う。その後、オートデスク株式会社に入社。テクニカルスペシャリストとして従事。現在は外資系コンサルティングファームにて建設業、製造業のコンサルティングに従事。

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