コンクリート橋のように確立していない「石橋の修繕工法」
現代でも、人どころか車も通行できる現役バリバリの石橋は数多く存在する。その一方で、老朽化により崩壊が危ぶまれる石橋も少なくない。
しかし、石橋の点検・補修方法は、コンクリート橋のようにマニュアルが確立していないのが現状だ。
石橋は地域に残る貴重な文化財としての側面も持つ。その歴史的価値を維持しつつ後世に残していくためには、どのような補修工法を選定すればいいのだろうか?
おびただしい数の石橋が残っている熊本県での事例をレポートする。
旧二重橋や日本橋も造った技術者集団「種山石工」
熊本県には約800基もの石橋が残るとされ、このうち江戸時代後期から明治時代に建設されたものは約270基にも及ぶ。
熊本県におびただしい数の石橋が残っている謎を解くカギは、「種山石工(たねやまいしく)」の存在が握っている。
種山石工とは、熊本県八代市で活躍した技術者集団で、長崎の武士だった藤原林七が祖といわれる。
江戸時代、出島に滞在したオランダ人から円周率の計算方法を学び、その後、八代市に移り石橋の知識、技術を磨くとともに、子孫たちにそのノウハウを伝えた。
東京の旧二重橋や日本橋も、種山石工の子孫たちの手によるもので、石橋造りの技術の高さをうかがい知ることができる。
熊本でも通潤橋(山都町)や霊台橋(美里町)など多くの石橋が国指定重要文化財となっており、その雄姿は今も健在だ。
熊本県湯前町にある石造アーチ橋「下町橋」も種山石工系の作
単一アーチ式石造橋「下町橋」の補修を検討
種山石工によって数多くの石橋が現役で残っている熊本県だが、1906年(明治39年)に竣工した石橋の補修が検討された。
対象となった石橋は「下町橋」と言い、熊本県の南部に位置する湯前町に存在する。この下町橋も種山石工系が造ったものとされる。
湯前町の町道下城線に架かる単一アーチ式石造橋で、橋長18m、幅員3.5m。架設後112年が経過しており、町指定文化財となっている。
2017年に実施した橋梁診断によると、下町橋は「輪石・要石の剥離・はなれやうき、ひび割れ(最大幅0.5mm)」「防護柵の変形・欠損や防食機能の劣化」「舗装の凹凸(ひび割れや欠損、段差95mm)」「壁石の剥離(はなれ)」「A2橋台の基礎石流失による欠損」などの所見が報告され、一部補修が望ましい『判定区分Ⅲ』と診断された。
A2橋台の一部では基礎石が流失している下町橋
石橋は安全性を証明するのが困難
そこで湯前町は、下町橋の補修方法や補修後の点検方法について専門家に助言を求めた。
調査には、熊本大学の山尾敏孝名誉教授、国土交通省熊本地震復旧対策研究室の星隈順一室長が協力。補修の前段階として、現地での近接目視による点検を実施した。
山尾名誉教授は構造力学が専門で、石橋に関する論文も数多く発表している「石橋のスペシャリスト」。これまでの経験や知見から、下町橋の現状を見抜くためには打ってつけの人物だ。
熊本大学の山尾敏孝名誉教授
下町橋を点検した山尾敏孝名誉教授は「構造・形式が昔ながらの石積だと、どう点検して安全性を証明するのか、なかなか難しい。ただし、私の見た全体的な印象としては、即、応急的な対応をする必要は特にない。」
「石橋の細かな損傷を把握するため、橋梁周辺を清掃することが望ましい。また、できるだけ正確な図面も必要」とした。
また、国土交通省の星隈順一室長は「基礎石が外れている状態で、不安定な構造となっていることを確認できた。現状のデータをきちんと残し、点検ごとにズレがないかをチェックしなければならない」と分析した。
剥離・はなれやうきがみられる輪石・要石
2人の専門家は、すぐに補修をしなくても安全性が保たれているとしながらも、詳細な点検により経過観測していく必要があると結論付けた。
石橋の補修にモルタルは使わず、積み直す
石橋の補修工法には、鋼部材やコンクリートで固定する方法があるが、石橋本来の姿を残すことができないという欠点がある。
しかし、石を積み直すと莫大な費用と時間が必要となってしまうジレンマもある。
下町橋については、すぐに補修することにはならなかった。だが、もし石橋を補修することになった場合、どのように施工すればいいのだろうか。
山尾敏孝名誉教授いわく「モルタルなどを注入することは、石と石をつなぐこと以外に基本的にしない。比較的新しい石橋では、大分県などでコンクリートによる目地埋めなどの実例はある。」
「しかし、できるだけ石には手を加えないことが重要。熊本の場合は、元の状態に戻すことを基本としている」という。
そして、「裏に入れる石も含めて、取り外してから積み直す。構造体としての石橋を守っていかなければならない」と、石橋の基本構造を保持することで、文化遺産としての価値を残していくべきだと説く。
石橋の点検・補修については、まだ課題が多い。