フィールドワークする学生たち(画像:東京地下ラボby東京都下水道局│noteより)

「土木広報大賞」で最優秀賞!「東京地下ラボby東京都下水道局」ってなに?

若者による若者向けの下水道コンテンツを

東京都下水道局では、若者に下水道を知ってもらうプロジェクト「東京地下ラボby東京都下水道局(以下、地下ラボ)」(2018年度から3年間)を展開している。

下水道に対する認知度がとくに低い20代に特化した広報活動で、「東京下水道 見せる化アクションプラン2018」の一環。地下ラボのポイントは、事業者による一方的なPRとは一線を画し、若者が自ら学び、考え、下水道の役割などを情報発信する点にある。

東京地下ラボとはどのようなものか。東京都下水道局の担当者に話を聞いてきた。


若者の下水道認知度を上げたい

「土木広報大賞2019」表彰式にて。右から、井上俊治・東京都下水道局総務部広報サービス課長、黒河友貴・同主任、池田幸紀和・同統総括課長代理(広報担当)、黒河友貴・同主任

地下ラボプロジェクトの始まりは、「東京下水道 見せる化アクションプラン2018(以下、見せる化プラン)」の策定。下水道施設は、下水処理場やマンホール蓋などを除けば、そのインフラのほとんどは地下にある。橋やダム、道路など他のインフラに比べ、普通の人の目に触れる機会は少ない。目に触れる機会が少ないことは、知られないことを意味する。

東京都下水道局が2017年に実施した都民アンケート調査によれば、下水道への関心は、関心を持っている23.3%、関心を持っていない17.6%、どちらとも言えない58.4%だった。

汚水処理、水質保全、浸水対策といった下水道事業ごとの認知度を見ると、60歳以上は軒並み90%を越えるが、下の世代になるほど、数値は低下。20代は汚水処理こそ80%近いが、水質保全、浸水対策は50%を切る。20代の半分以上は、下水道が水質改善、浸水対策を担っていることを知らないことになる。

なぜ若い世代になるほど、下水道への認知度が低いのか。

「高齢の世代は、下水道が整備されていない時代に生まれています。だから、下水道の整備によって、河川環境が良くなったり、浸水被害が減ったことを経験としてご存知なんです。東京23区の下水道は1995年に概成していますが、それ以降の生まれた世代にとって、下水道はあって当たり前のモノ。とくに知ろうとも考えない。だから、認知度が低いんです」

東京都下水道局総務部の井上俊治・広報サービス課長はこう指摘する。見せる化プラン策定には、「若者をはじめとする都民の認知度を上げたい」という思惑があった。

東京都下水道局では従前から、下水道に関するイベントなど広報活動を実施してはいた。見せる化プランでは、従来型の広報活動を改め、より体系的で効果的な下水道の「見せる化」を行うことで、より一層強力に下水道の役割や課題、魅力を都民に発信していくことを目的にしている。

具体的には、大人向け、子供向け、若者向けの3つのターゲットごとに、「何のために」、「誰に」、「何を」、「どのように」、「いつ」、「誰が」、「どれくらい」という「7つの視点」に立ち、案件や世代などに応じ、メリハリのついたPRを行うことを打ち出した。

訴求ターゲットを絞り込むのはマーケティングの世界では昔からの常識だが、東京都下水道局は公共機関という立場上、「都民に幅広くPRする」のが基本スタンスだった。見せる化プランでは、その基本スタンスを一歩進めたわけだ。

大学生自ら考え、情報発信するって、「ラボ」っぽい

一口に若者に興味をもってもらうためのプロジェクトと言っても、容易ではない。例えば、若者に人気のある著名人を下水道イベントに呼べば、若者は集まるが、著名人以外には目もくれず、下水道のPRにつながらないリスクがある。「都職員だけで考えても手詰まり感がありました」(池田幸紀和・同課統括課長代理・広報担当)と振り返る。

「ここは画期的な取り組みが必要だ」(同)ということで、東京都下水道局は企画コンペを実施。PR会社である株式会社オズマピーアールを選定した。事業者からの一方的なPRではなく、若者に参加してもらうだけでなく、若者を巻き込んでなにかをするには具体的にどうすれば良いのか。どういうプロジェクト名が良いかなどについて、検討を重ねた。

その結果、「ラボ」というコンセプトが浮上した。「『大学生たちが自ら学んだ知識をもとに、情報発信する事業、「ラボ」という言葉が合っている』という話になったんです」(同)という。

「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、もともとは実験室、研究所などを意味する言葉だが、「○○ラボ」のように、「実験的にやってみる」的な意味合いで用いられるケースも増えている。

問題は、「何ラボ」にするか。ストレートに「下水道ラボ」にすると、若者に伝わらないリスクが拭えなかった。いろいろと議論を重ねた結果、「『東京』と『地下』を並べ、学生自らが東京の地下を学んで発信する『東京地下ラボ』。いいね、しっくりくるね」(同)ということで収束した。

ただ、このままだと、地下鉄と混同されるおそれがあったことから、「by東京都下水道局」をつけた。プロジェクト名命名には、そういう経緯があった。ロゴも作成した。

次は、地下ラボをどう展開するかだ。まず「若者にウケる面白いものをつくりたい」というところからスタートした。若者の属性の中から、大学、専門学校などの学生にターゲットを絞った。

土木系の学生だけでなく、デザインなどに長けた美術系の学生にもウイングを広げ、学生間の交流の中で新しいモノが生まれることへの期待があった。


大学生が下水道を「再解釈」し、「表現」する

初年度のプロジェクトとして、小冊子「ZINE(ジン)」の制作を行うことになった。制作するのは、東京都下水道局ではなく、若者自身。若者自身に下水道を「再解釈」してもらい、「表現」してもらうことを通じて、下水道の新しいイメージを創出してもらうというねらいがあった。都内の美術大学をはじめとする大学生32名を公募。4名ごとに8つの企画・制作チームを編成した。

同年11月、小冊子編集のノウハウを学ぶワークショップを開催。講師には、雑誌「ケトル」の嶋浩一郎編集長が立ち、編集スキルなどについて学んだ。翌12月には、下水道関連のインフラ、自然などに触れるため、南多摩水再生センターやその処理水を放流する多摩川でフィールドワークも行った。プロ・ナチュラリストの佐々木洋氏の協力を得て、川辺の生物などについても学んだ。

ワークショップ、フィールドワークの後、8チームは、それぞれ独自の切り口でコンテンツの制作に入った。3ヶ月後の2019年2月、成果報告会、審査を行った。

成果物をプレゼンする学生たち(株式会社オズマピーアールHPより)

当初は、最も優れた作品のみを東京都下水道局の広報ツールとして活用する予定だったが、どの作品も創意工夫され、優れたものばかりであったので、すべての作品を広報ツールとして採用。局の広報施設などで配布することにした(東京都下水道局HP 全8種類のZINE紹介ページ)。

「都職員ではなかなか思いつかないようなアイデアがあった。非常に完成度の高い制作物ができた」(同)と手応えを感じた。

グランプリ 作品名「私と川と、サンドイッチ」

審査員特別賞(メディア賞) 作品名「SEWER AND FASHION」

審査員特別賞(ソーシャル賞) 作品名「下水道の無い世界」

地下ラボの動向は、随時SNSなどで情報発信している。「note」に地下ラボのアカウントを作成。随時情報発信している。noteの記事は、運営事務局のほか、プロジェクトに参加した学生も執筆している。掲載した内容は、東京都下水道局の公式Twitterアカウントで拡散している。そのほか、WEBメディアやインフルエンサーなどとタイアップもしている。今後は地下ラボのHP(学生制作中)を立ち上げる予定だ。

クリエイターに教えを受け、PR動画も制作中

2019年度は、切り口を変え、東京下水道をPRする動画を制作することにした。前年同様、学生を30名程度公募し、ワークショップ、フィールドワークの後、成果物を報告する。現在、各チームごとに制作に取り掛かっているところだ。

8月に実施したワークショップでは、CMディレクターの中島信也さんを講師に招き、動画制作のノウハウを伝授した。ワークショップの1週間後に実施したフィールドワークでは、三河島水再生センターや隅田川などを回った。

10月には、講演会「特別講演 東京地下ラボPRESENTS 『クリエイティブの力で都市インフラの未来を考える』~見えないものから見えるものまで~」を開催。ライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤精一氏、NOSIGNER代表の太刀川英輔氏が登壇し、目に見えないインフラの可視化に関するディスカッションなどを行った。

「都市インフラの広報の仕方、見せ方に関する発言は、都職員にとっても参考になる点も多かったです。例えば、自分の施設紹介にこだわらず、ライトアップするイベントなど、その施設を活用して実施する企画を行うなど、まずは大勢の人に来てもらうことが大事であって、来ていただくことで、その施設を体感し、知っていただくことができるとおっしゃっていました。学生さんにとっても大変刺激になったようです」(同)と話す。


地下ラボが他の自治体の参考になれば

地下ラボを通じて、どういう効果があったかは気になるところだが、現時点では、認知度などの定量的な評価は難しい面がある。概して広報活動というものは、一朝一夕に成果が上がるたぐいのものではないからだ。

ただ、「まず、プロジェクトに参加した学生さん自身が、下水道の役割などについて良く学ぶ機会になりました。学生さんから『参加して良かった』という声がたくさん上がっています。われわれだけでなく、参加した学生さんにとってもプラスになっていると感じています」(黒河さん)と指摘する。

動画は、今年2月頃に成果報告会を行う見通しだ。動画は、東京都下水道局のHPや東京都YoutTubeチャンネルなどで公開し、広報ツールとして活用していく考えだ。来年度のプロジェクトの内容については現在、検討中。ただ、「若者による若者向けのコンテンツづくり」というコンセプトは踏襲する。

井上課長は「若者への下水道のPRは、東京都だけでなく、業界全体で取り組むべき課題です。東京地下ラボの取り組みをきっかけに、他の自治体などにとって、参考になれば嬉しいですね」と話す。

地下ラボのような意欲的な取り組みが、東京都だけにとどまらず、他の自治体などへも波及することを期待したい。

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基本的には従順ですが、たまに噛みつきます。
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