世界最大クラスの連続斜張橋工事の責任者
阪神高速道路株式会社(本社:大阪市北区)は、大阪と神戸をつなぐ都市高速の建設、維持管理を担う特殊会社だ。現在の営業路線は延長約250kmで、大和川線や淀川左岸線、大阪湾岸道路西伸部など約34kmの区間で事業を進めている。
大阪湾岸道路西伸部(六甲アイランド北〜駒栄、延長14.5km)は、渋滞の激しい神戸線(阿波座〜月見山)の代替路として建設が進められている。六甲アイランド〜ポートアイランドを結ぶ海上長大橋(橋長2,730m)の形式には、5径間連続斜張橋を選定。完成すれば、世界最大規模の連続斜張橋となる。
この工事の責任者が、同社神戸建設部長の広瀬鉄夫さんだ。世界最大クラスと聞くと、土木技術者ならずとも胸が躍るものだが、当事者としてどう感じているのか、気になるところだ。
広瀬さんのキャリア、阪神高速のやりがいなどを含め、話を聞いてきた。
生活に身近な土木をやろう
――土木に興味を持ったきっかけは?
広瀬さん 私が高校生のころは、日本の工業製品が世界を席巻していた時期でしたので、私は大学に進むなら理工系が良いなと考えていました。当時は、電子とか電気が一番人気でしたが、私は「工業製品はモノだから、他の国でも生産が始まるかもしれないな」と思ったんです。「土木だったら、生活に身近な仕事だし、人が生きている限り、なくならないだろう」と考えました。「大きなモノをつくりたい」という思いがあったので、「じゃあ、土木をやろう」と決めたんです。
私は京都の出身で、仏教系の中高一貫の高校に通っていました。私自身は宗教にまったく興味はなかったんですけどね(笑)。中学受験で受かったので、なんとなく入学した感じでした。
――土木で何をしたいというのはとくにはなかったのですか。
広瀬さん そうですね。とにかく、生活の身近にある土木をやりたいという感じで、具体的なことは考えていなかったです。大学は、京都大学の工学部土木工学科に進みました。研究室は耐震工学でした。
地震に対して、ミステリアスな現象だと思っていて、どういうメカニズムで起きているんだろうということで、非常に興味がありました。3年生のころの私の得意分野は構造力学でしたが、ミステリアスな魅力に惹かれて、耐震工学を選びました。それで大学院まで行きました。
国家公務員試験に受かったのに「阪神高速はどうや?」
――就職活動はどんな感じでしたか。
広瀬さん 大学院1年生のときに、国家公務員試験一種(当時)に受かったんですが、そのときの大学の先生に「阪神高速道路公団(当時、以下阪神高速)はどうや?」と言われたんです(笑)。公務員試験に合格していたこともあって、推薦者としてちょうど良かったんでしょう。「じゃあ、公団への推薦お願いしますわ」という感じで、公団に就職しました。
――すんなり受け入れられましたか。
広瀬さん そうですね。「国に行きたい」という気持ちはありましたが、近くに両親のいる関西で働くのも良いかなと思いました。公務員の場合、どこに行かされるかもわからないし、自分のやりたいことができるかもわからないので。阪神高速なら、純粋に技術の仕事をやり続けられるだろうと考え、腹を決めました。
――阪神高速に入ってからどのようなお仕事を?
広瀬さん 今年度で入社32年目になります。最初の配属先は大阪建設部設計課で、関西国際空港に接続する4号湾岸線の設計をしていました。その後は、計画部で主に6号大和川線の路線決定に関する仕事をしたりとか、大阪管理部の現場事務所で工事監督をしたりしました。阪神淡路大震災のあと神戸にきましたが、復旧ではなく、7号北神戸線の建設工事を担当していました。
――いろいろ大変ではなかったですか。
広瀬さん 私は大阪から通勤していたのですが、夜遅くなってタクシーで帰るときでも阪神高速は使えないし、一般道は大渋滞で、それを延々と走って何時間もかけて帰ることもよくありました。
個人的には、もともと耐震工学を学んでいたので、震災を機に、内陸直下型地震に関するさまざまな研究が進んだことは、非常に意義深いことだったと考えています。震災以降、実際に構造物の耐震の考え方がガラッと変わりました。
「難儀」だった新神戸トンネル買取り
――出向経験は?
広瀬さん JICAの道路維持管理の専門家として、ニカラグアに8ヶ月ほど行きました。日本高速道路保有・債務返済機構にも出向しました。この機構は、旧日本道路公団の民営化後、道路と債務を保有し、貸付料をもとに債務を返済する独立行政法人です。
前職も、阪神高速の子会社である阪神高速技研株式会社に出向していました。阪神高速のコンサルタント部門を担う会社ですが、私の役職は企画部長で、経営企画、総務、人事、経理など社内のなんでも見る仕事でした。
――印象に残る仕事は?
広瀬さん 新神戸トンネルを買い取った仕事ですね。新神戸トンネルはもともと、神戸市道路公社が持つ道路だったのですが、神戸市が「阪神高速に売りたい」と言ってきたんです。阪神高速としては、新神戸トンネルを買い取れば、道路ネットワークが充実するし、しっかりした維持管理もできるということで、買い取ることになりました。私は担当課長ということで、やっていました。
ただ、自治体が建設した道路を買い取るのは、当時日本では誰もやったことがない仕事だったんです。そもそも制度も整っておらず、関係者も多いし、難儀な仕事でした。
先ほど大和川線の路線決定に携わったとお話ししましたが、この仕事も印象に残っています。今は堺市側の大和川沿いで建設を進めていますが、当時はどこを通すか決まっていませんでした。私は支障物件の数を数えたりしながら、いろいろなルートを検討し、今のルートが最適としてまとめました。
久しぶりの「技術者らしい職場」
――現在はどのようなお仕事を?
広瀬さん 今のポストに昨年7月に異動しました。大阪湾岸道路西伸部の建設工事を担当しています。この工事は、渋滞による損失時間が全国ワースト1である3号神戸線の渋滞解消と、災害時などの代替路確保などを目的とした都市高速道路を建設するもので、2018年12月に起工しました。
橋梁の詳細な構造や完成時期はまだ固まっていませんが、阪神淡路大震災の教訓を踏まえ、災害時のネットワーク機能確保を第一としつつ、港町神戸の新たなランドマークを期して、景観性に優れた連続斜張橋を建設予定です。連続斜張橋は、4本の主塔を有する5径間、最大支間長約650mで、連続斜張橋としては世界最大規模です。
世界最大級となる5径間連続斜張橋(最大支間長約650m)の模型(画像提供:阪神高速道路株式会社)
――阪神高速の仕事のやりがいは?
広瀬さん 阪神高速は、まちなかに都市高速を建設し、維持管理するのが主たる仕事です。沿道の住民やお客様にご理解いただいた上で進める仕事なので、ムリヤリやるのはダメです。ご理解いただくプロセスは苦労もありますが、自分自身も成長できる仕事だと考えています。私はそこにやりがいを感じながら、仕事をしています。
阪神高速の工事には、土工は少なく、橋などの構造物が大半を占めるので、個人的には「土木技術者冥利に尽きる職場」だと感じています。入社したころは、いろいろな設計や建設に携わって、大いに勉強になりました。
残念ながら、私自身はここ数年ほど、技術者らしい職場にいませんでしたが(笑)、今になって、久しぶりのバリバリの技術の職場に来ることができました。しかも、これから世界最大級の連続斜張橋をつくるというわけですから、まさに望外の喜びです。会社には、本当に感謝しています(笑)。