拡がるブラストへの誤解
ブラスト施工技術研究会という組織がある。
ブラストとは、鋼構造物の塗装面の素地調整する工法で、数十年前から実用化されているクラシックな技術だ。長い歴史を持つ分、全国各地の専門業者が各社各様に改良を行ってきた経緯があり、施工環境や対象構造物などに応じて、様々な工法のバリエーションが存在する。
ブラスト工法の認知度は高いが、工法に様々なバリエーションがあることはあまり知られておらず、一知半解の発注者、コンサルも少なくないと言う。研究会は、ブラスト工法に関する誤った認識をただし、正しい理解を広めることを目的に、2014年に設立された。
ブラストとは本当はどういう工法なのか。ブラストに対する誤解によって、どういう問題が生じるのか。目的のために研究会はどのような活動をしているのか。研究会の発起人であり、会長の小寺健史さん(極東メタリコン工業株式会社 代表取締役専務)に話を聞いてきた。
ブラスト最大のウリは「品質」
――ブラスト工法とはどのような技術ですか?
小寺会長 ブラストという工法は、昔からある技術で、現在では様々な工法があります。全国各地にいる専門業者が各社各様にブラスト技術を磨き上げ、実績を重ねてきた結果です。鋼構造物塗装の維持管理において、有力な技術の一つです。ブラスト工法の最大のウリは「品質」です。
ブラスト工法とは、鋼構造物の塗装面に対し、非鉄系スラグなどの研削剤を圧縮空気で投射し、塗膜やサビを除去するほか、鋼材の表面を清浄粗面化する素地調整する技術です。
ブラスト工法には、主に「エアーブラスト」、研削剤を回収する「バキュームブラスト」、水を混合する「湿式ブラスト」の3種類があり、対象構造物、現場の状況などに応じて、最適な工法は異なります。
このままではブラストがダメになる
――研究会を設立した目的は?
小寺会長 橋梁などの鋼構造物は千差万別ですが、ブラスト工法にも千差万別があります。この橋梁であれば、このブラスト工法が良い、あの橋梁にはこの工法が良いといった具合に、鋼構造物ごとに最適なブラスト工法は異なる。これがブラスト工法の本来のあり方なんです。
ところが、ブラスト業者の中には、何も考えずに1つの工法のみを行っている業者や、他のブラスト工法を検討せずに施工を行っていたり、正しいか正しくないかも検討せずに施工を行っていたり、「ブラスト本来の意義を理解しないまま、施工が多く行われていること」に危機感を感じていました。
そこで、私が発起人になり、全国でブラスト工法を手掛ける専門会社とともに、ブラスト施工技術研究会を2014年12月に立ち上げました。事務局は、北海道にある池田工業株式会社内に置いています。
小寺会長(中央奥)とブラスト施工技術研究会のメンバー。
――工法協会ではなく、研究会なんですね。
小寺会長 団体設立に際し、私が主張して研究会になりました。「お金儲けのための団体」にしたくないという思いがあったからです。鋼構造物の維持管理はクローズアップされつつありますが、その中で塗装の素地調整という仕事は大きなウエイトを占めています。その点は、発注者やコンサルタントも理解しています。
ただ、具体的にどういう構造物にどういう技術を使えば良いか、なぜそうなるのかなどについては、ほとんど理解されていない現状がありました。ブラストは品質が良いという認識を持っている発注者はいますが、なぜ品質が良いかは理解していないわけです。
鋼道路橋防食便覧を見ても、素地調整は重要だという記載はありますが、素地調整の内容に関する具体的な記載はありません。これを読んでも、ブラストで具体的に何をすれば良いかなどはわからないんです。
ブラストの機能、役割など技術的な内容について、対外的にもっと発信する必要があるということで、工法協会ではなく、施工技術研究会にしたわけです。
ブラストは適材適所、「これが一番」はない
――研究会ではどのような活動を?
小寺会長 先ほども言ったとおり、ブラストにはいろいろな工法があります。現場に応じて、適材適所のブラスト工法を使ってもらうため、発注者やコンサルタントなどに説明したり、ディスカッションするほか、米国のゴールデンゲートブリッジなど国内外の現場視察などの活動も行っています。ブラスト施工に関しては、海外のほうが進んでいて、日本はガラパゴスになっています。
われわれが説明する際、「この現場にこういう工法を使うとこういう結果が得られます」とは言いますが、「この工法が良いです」とは決して言いません。塗膜に含まれる有害物質をとる際、必ずしもブラストでとるのではなく、塗膜剥離剤やIH(電磁誘導加熱)、レーザーを用いる方が良い結果が得られる場合もあることなども伝えています。
つまり、ブラストに「これが一番という方法はない」「きちんと選択してください」ということを伝えているわけです。
私自身、塗装面の素地調整を行う上で、ブラストが優れた工法であると考えていますが、場合によっては、ブラスト以外の施工方法を提案することもあります。その現場に最適な方法で施工することが最優先です。環境がマイルドな所で、腐食が少ない場合などは、電動工具でも良いとすら思っています。
工法の選択を誤ると、オーバースペックな工事になる可能性があるし、逆に品質不足になるリスクがあります。実際にそういう現場はあります。ブラストの専門業者の中には、しっかりした施工能力を持っていない会社もあります。実際ヒドい現場を何度も見て来ました。
発注者だけでなく、われわれ施工者側も勉強しなければならない部分はあると考えています。ブラストの職人の中には「俺は50年間、ブラストをやってきた。俺の言うことはすべて正しい」という言い方をする人間がいます。
私は彼の言い分は基本的には正しいと思いますが、その一方で、それを「発注者などにちゃんと伝えられているか」には疑問を持っています。なぜ正しいのかそのロジックを発注者にちゃんと伝えないで、「発注者は不勉強だ」と片付けるにはマズいと考えているからです。研究会を発注者、施工者がお互いに勉強する場にしたいという思いがあります。
――研究会会員数は?
小寺会長 現在の会員数は30社ほどです。会員には、ブラストの専門業者だけでなく、足場や産業廃棄物の業者にも入っています。ブラスト工事の際には、どういう足場を組むかが大事になりますし、産業廃棄物を適正に処理することも重要になるからです。通常の足場だと、ブラスト作業がスゴくやりずらかったりするんです。
私は足場業者の方々に対し、「あなたたちの仕事は、足場を組んで、バラすだけではないですよ。足場の中で作業する人たちが快適に作業できるような足場を組むことが本当の仕事なんですよ」と言っています。
一般的な足場業者はそこまで考えていません。そもそも足場の中でどういう作業をしているか知りません。ブラストの業者と接点がなかったので、そういう状況になっているんです。
ブラストは海外のほうが進んでいる
――ブラストは海外のほうが進んでいるのですか?
小寺会長 そうですね。海外のほうが進んでいて、日本はガラパゴスになっています。例えば、日本には、安全に関する統一的なマニュアルもありません。各業者が独自にやっているのが現状です。
研究会としては、会員向けに安全マニュアルを策定し、会員業者はそのマニュアルに則って施工していますが、会員以外の業者がちゃんと安全管理しているかは不明です。塗料の品質管理についても、塗料メーカーとともに検討を重ねているところです。
――そんな状況にもかかわらず、発注者はよくブラストの仕事を発注できますね。
小寺会長 「ブラストはこういうものだ」という、ある種の思考停止に陥っているところがあると感じています。ある発注者の特記仕様書を見てもほとんど何も書いていません。一応ISOの基準を採用していますが、ISOの基準を採用した理由の記載は一切ありません。海沿いや都市部などの環境に応じて、最適なブラスト工法も変わってきます。
ところが、現状は「ウチの会社はすべてこの工法でやる」というカタチで、ブラスト工事を行っています。ちゃんとした比較検討をせずに、発注してしまっているのは問題があると思います。
――研究会として今後どのような活動を?
小寺会長 個々の企業だけではなく、いろいろな業界団体などとの連携を進めているところです。ブラスト工法に対する正しい理解というものを日本全体に広げながら、われわれ研究会としても、他の業界などに関する理解を深めていきたいと考えています。勉強会なども積極的に展開していくことにしています。
ブラスト業者全体のボトムアップも必要です。研究会をオールジャパン的なプラットフォームに育てていきたいという思いがあります。