道路事業者と鉄道事業者がタッグ
首都圏で鉄道事業などを手掛ける東急株式会社(本社:東京都渋谷区、以下東急)は、首都高技術株式会社などが開発した構造物の3D点群データなどによる保守点検システム「インフラドクター」を活用し、鉄道や空港の保守点検の省力化システムの開発を進めている。
2018年度には、東急グループの伊豆急行線でトンネルなど鉄道インフラを対象にした実証実験のほか、東急が運営に関わる富士山静岡空港で滑走路などを対象にした実証実験を実施。すでに実用化のメドをつけている。
「インフラドクター」についてはここでは詳しく触れないが、道路事業者が開発した保守点検システムを鉄道事業者が活用するというのは、それ自体興味深い。
世間には様々な点検ツールやシステムが存在する中、東急はなぜインフラドクターを選んだのか。インフラドクターによって、メンテナンスの何が変わるのか。今後のビジネス展開を含め、東急担当者に話を聞いてきた。
- 森友峰さん
(東急株式会社 交通インフラ事業部 戦略企画グループ 新規事業担当 課長) - 岩瀬祐人さん
(東急株式会社 交通インフラ事業部 戦略企画グループ 新規事業担当 主事) - 犬塚真一さん
(東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 施設保全課 主査) - 長倉忍さん
(東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 安全戦略推進委員会 兼 工務部 計画課 主査)
※肩書は取材時
設備老朽化に伴い、熟練技術者が減少
犬塚真一さん(東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 工務部 施設保全課 主査、左)
長倉忍さん(東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 安全戦略推進委員会 兼 工務部 計画課 主査、右)
大石(施工の神様ライター)
犬塚さん(東急電鉄)
当社には、鉄道7路線、延長約100kmの線路がありますが、そのうち通常の地面を走る区間が半分ほどで、残り半分がトンネル、高架橋、橋梁の区間です。
精緻なメンテナンスの対象になるのは、そのトンネル、高架橋、橋梁の区間。首都圏の鉄道事業者間で比べても、トンネルや高架橋、橋梁などの構造物が約半分を占めるというのは、多いほうです。
構造物の建設時期で見ると、一番古いもので90年が経過しています。割合的に一番多いのは、建設から30〜40年経ったものです。今後10年で、50年を超える構造物が大幅に増加します。
大石(施工の神様ライター)
犬塚さん(東急電鉄)
技術者が現地に行って、目で見たり、触ったりして点検し、その点検データをもとに、優先順位をつけて、順番に補修していました。熟練の技術者による点検はレベルが高いので、その方法が一番確実なのですが、外注先も含め、熟練の技術者は年々減ってきています。
保守のチームには、線路を見る保線のチームとホームや高架橋などを見る土木のチーム、駅舎などを見る建築のチーム、電気設備などを見る電気のチームといった具合に、それぞれの専門に応じて分かれています。それぞれのチームで、熟練の技術者が減ってきている状況です。
当社では、老朽化した構造物が増えていく一方で、構造物を正確に点検できる技術者は減っていて、そのギャップが年々広がっているという現状があります。今のやり方のままでは、いずれメンテナンスができなくなるという危機感がありました。
伊豆急行線、田園都市線でインフラドクター実証実験
森友峰さん(東急株式会社 交通インフラ事業部 戦略企画グループ 新規事業担当 課長、右)
岩瀬祐人さん(東急株式会社 交通インフラ事業部 戦略企画グループ 新規事業担当 主事、左)
大石(施工の神様ライター)
森さん(東急)
それから、インフラドクターの鉄道版、空港版のテスト開発が始まりました。当社には、伊豆急行などのグループ会社があり、それぞれの会社でもインフラ点検には苦労していました。
大石(施工の神様ライター)
森さん(東急)
伊豆急行線の実証実験では、計測車両を鉄道台車に載せて正確なデータが取れるかということや、データをどう活用するかなどについて、ニーズをヒアリングしながら、開発を進めていきました。
現在、実証実験した結果をもとに、新しい検査方法について伊豆急行と話し合いをしているところです。伊豆急行では、20年に1回の特別全般検査というトンネルの詳細な検査を実施していますが、2020年度に実施を予定しているこの検査にインフラドクターを応用できないか検討しています。
伊豆急行線での実証実験の様子(写真提供:東急)
森さん(東急)
この見える化により、状態の悪い場所をある程度絞り込むことができます。それまでは、トンネル内全体をくまなく叩いて検査していました。
現状では、コンクリートを叩く作業は、どうしても人手に頼らざるを得ませんが、打音作業箇所の絞り込みや図面の作成などは、インフラドクターに任せることができるので、業務の効率化が期待できます。
大石(施工の神様ライター)
岩瀬さん(東急)
田園都市線では、レーザー角度などを再設定することで、鉄道の構造物をよりクリアに取得することができました。
トンネル以外の区間は照明を落として実験を行いましたが、点群データは照度に関係なく取得できるため、十分なデータがとれました。
長倉さん(東急電鉄)
田園都市線での実証実験の様子(写真提供:東急)
大石(施工の神様ライター)
森さん(東急)
点群データの活用方法はたくさんあるので、点検だけでなく、工事計画などにも活用したいと考えています。架線などの電気設備は、もともと図面がありません。点群データをとれば、これまで個別に設置し、管理していたものが、土木構造物と一緒に一元的に管理することができるようになります。
東急は静岡県と点群の利活用に関する協定を結んでおり、東急として、静岡県が取得した伊豆急行沿線の点群データも活用できることになっています。
沿線でガケ崩れなどの異常自体が発生した場合には、点群データを解析することで、その規模や範囲を確認することができますし、事前にどの場所が危ないという予測もできるようになります。異常事態への対応にも活用したいと考えているところです。
空港滑走路点検の省力化、コストダウンに効果
大石(施工の神様ライター)
岩瀬さん(東急)
実際に実験をしてみて、業務の省力化につながり、次回の検査に使えそうだという手応えを得ています。
空港ではこれまで、滑走路の路面性状調査、勾配調査を別々に実施していましたが、実験の結果、点群データがあれば、それらの調査、検査を同時に実施できることがわかりました。作業時間の省力化のほか、コストダウンにもなります。
路面性状調査についてはすでに実用化しており、勾配調査について実用化に向けた話し合いを重ねているところです。点群データを空港内での車両の自動運転に使うことも検討しています。
静岡空港以外の空港についても、インフラドクターによる調査を活用できないか、いろいろ当たっているところです。当社が運営に関わっている仙台空港などもあります。
静岡空港での点検の様子(写真提供:首都高技術株式会社)
インフラドクターは”事業者のため”の点検システム
大石(施工の神様ライター)
森さん(東急)
点群データを取得して終わりではなく、そのデータをどう活用するか、その活用の仕方までしっかり考えられているわけです。外注しなくても、自分たちで使えるのが大きいです。
犬塚さん(東急電鉄)
メンテナンスの概念を変える新しいシステム構築へ
大石(施工の神様ライター)
森さん(東急)
例えば、ある会社は一部の業務だけで良いと言っているが、違う会社は点群データをプラットホームとして使いたいという希望を持っていたりします。
どこにでも共通する商品、サービスを提供するのではなく、各社ごとに異なるニーズに対し、どこまで柔軟に対応できるかが課題になると考えています。
商品を売って終わりではなく、「その会社と一緒にやっていく」姿勢が必要だと考えています。どういうビジネスモデルになるかは、まだ手探りなところがあります。
われわれがまずやるべきは、鉄道や空港での実績を積み重ねていくことだと考えています。最終的には、すべてのインフラ管理のプラットフォームにしたいと思っています。
長倉さん(東急電鉄)
点群データそのものは以前からあって、東急でも活用したことがありましたが、インフラドクターのように地図と連動して一元管理できるシステムではありませんでした。
点群データを取得しても、それを活用する良いソフトがなかったわけです。以前取得した点群データ自体も、今と比べれば点そのものが少ないものです。
インフラドクターには一元管理できるソフトがあるので、それをベースに鉄道版のソフトをつくりこんでいけば、今までのメンテナンスの概念を変えるまったく新しいシステムができあがると思っています。
現在は、土木や電気などそれぞれの部門ごとにメンテナンスを行っていますが、一元的な管理システムがあれば、すべてではないにせよ、部門に関係なく共通化できるようになります。そういう発想は今までありませんでした。3Dデータで管理することのメリットも大きいと考えています。