住宅業界で働く意味を説く、楓工務店の田尻忠義社長

住宅業界で働く意味を説く、楓工務店の田尻忠義社長

【コロナ禍の新卒採用】学生が住宅業界をふるいにかける時代

定着率9割の地域工務店の採用戦略

このコロナ禍で、就職活動が一気に厳しくなった。1年前までは売り手市場であったが、今年は大手から中小に至るまで採用を手控える動きとなり、来年も楽観視できない状態だ。

こうした状況下にあって、奈良・京都南部で注文住宅・リフォーム・リノベーション・不動産を手掛ける株式会社楓工務店(奈良県奈良市)は、新卒入社後の定着率が9割を超える地域工務店として知られている。コロナ禍の7月から、オンラインでのインターンを取り入れているなど、積極的に採用活動を展開している。

「まず、住宅業界全体の良いところも大変なところも学生に知ってもらうことで、住宅業界が自分の目指したい場所なのかどうか学生自身が、住宅業界をふるいにかけられる情報提供を心掛けています」と語る同社の田尻忠義社長に話を聞いた。

「できること」と「やりたいこと」は違うことを伝える

――コロナ禍でのリクルートの現状は?

田尻忠義氏 コロナ禍以前から、当社をはじめとする地方工務店の採用活動は厳しかったです。建築業界全体の昨年までの有効求人倍率が9.55倍で、現在はコロナ禍で低下して6.01倍、大学卒の離職率は30%近くです。その数字から見ると住宅業界は人気がなく、定着しにくい業界であったと分析できます。

有効求人倍率が高いことは、もともと住宅業界を目指す学生が少ないことを意味します。特に、住宅営業や施工管理は学生の側からしてもイメージしにくくマイナーな職種です。

また一方で、設計やインテリアコーディネーターはその仕事を目指してきた学生が多いですが、それでもこの業界は離職率が高いんです。

これらは、学生が抱いている理想像とわれわれが提供している仕事の環境にズレがあるからです。このズレが、担い手の確保・定着がうまく進んでいない理由にもなっています。

――そのズレについてはどうお考えですか。

田尻忠義氏 「やりたいこと」「できること」「必要とされること」の3点はそれぞれ違います。地域工務店がお家づくりのビジネスをしていくうえで、「できること」を提供し、そのなかでもお客様から「必要とされること」の部分でしか、お金をいただけません。マネタイズという視点から見ると、設計士などが「やりたいこと」はビジネスにあまり関係がありません。

お客様はなるべく低い予算で新しく豊かな日常が送れるようなことを期待して住宅を注文します。それに応えられることにやりがいを感じられるような仕事であることを重視しないと、お客様から喜んでもらえるような働き方にはなりません。

この働き方をしっかりと学生に伝えることがズレをなくすことにつながります。自分たちの仕事でお客様が喜んでもらうことを実感できるような働き方が大切であり、会社もしっかりと学生にその働き方を伝えるべきです。

“マッチング重視のインターン”を展開

――コロナ禍の学生の動向は?

田尻忠義氏 学生も就職難であることを分かっているので、動きが速いですね。早めの内定を目指して、インターンから動いていく流れになっています。ただ、私自身は学生にとってのインターンは就職活動ではなく、業界研究の情報取得の場でいいと思っていますが。

――今、オンラインインターンも行っているが。

田尻忠義氏 当社ではオンラインとリアルのインターンの双方を実施しています。月に1~2回程度、 1回のインターンで30~40人を受け入れています。 オンライン開催により、例年の3倍以上の学生が参加しています。

オンラインを活用した「業界研究セミナー」では、「住宅業界はこういう業界」「就職活動する時はこういう視点で見ないと、後でミスマッチが起こる」「業種業界を問わず、そもそも働くこととはこういう意味がある」といったことを伝えています。

これは、学生が「自身のやりたいことなのか」「成長は見込めるのか」などを様々な視点から考え、住宅業界自体に入りたいかどうかをふるいにかけてもらうためです。まずは住宅業界を知ってもらうことを目的としているので、オンラインで十分なんです。それで設計や施工も体験したいというのであれば、リアルでのインターンも実施しています。

――県外からの応募も多いとか。

田尻忠義氏 今年に限らず、もともと県外からの応募が多いですね。一番遠かった社員は熊本出身です。学生も大学に進学するときに県外に出ることが多いので、地域性はあまり関係ないんですよ。地元に残りたいという願望がなければ、県外企業も選択肢になるんです。

市場が縮小しても、採用活動は継続する

――これから戸建住宅市場は減少する見込みだが、それでも積極的に新卒採用を進める背景は。

田尻忠義氏 住宅業界は斜陽と言われていますが、工務店が手掛けることはお家づくりだけではないと思っています。当社では、注文住宅以外にも、不動産やリフォーム、保育園、民泊、エステサロンなどの事業も手掛けています。

これから工務店がどういう価値を提供できるかは、私や役員だけで考えるのではなく、若い人たちの秘めた可能性に懸けることも大事です。私自身も若い頃は何も知らず、できませんでしたが、裏を返せば、若い人の可能性は無限大。その可能性をカタチにできれば、会社は永続していくと考えています。

それに、新卒採用をストップするということは、働く社員たちにとっては後輩が入ってこないことを意味します。後輩を指導することは成長の早道ですし、そして何よりも将来にわたってお客様に安心していただける会社を目指そうとすれば新卒採用を辞めることは考えられません。

――住宅業界は離職率が高いですが、御社の定着率は驚きの9割です。この秘訣は。

田尻忠義氏 選考の場で「私たちは、こういうことに挑戦しています」と、会社としてどの方向に向かっているか、その理想や理念を伝えています。

会社を船とするならば、その船に学生が乗るかどうかの動機付けが大事です。中小企業は一人ひとりの持っているパフォーマンスを最大限発揮しなければ長持ちしません。ですから、楓工務店号に乗ってしんどいことがあっても、一緒に船を漕ぎ続けることができるかを、入社前から会社と学生の双方で合意が取れていることが大事です。船がどこを向いているか分からない、船員も別の方向を向いていたら、正しい方向に進んでいくわけがありません。

そのためには、選考段階から良いこともしんどいこともちゃんと知ってもらうことも大事です。ぶらさがり思考で与えられるままの考え方で社会人に入ると、学生時代よりもはるかにつらい立場になりますから。

社会人として働くということは、自分にできることを誰かに提供する対価として、お金や役割を与えてもらうことです。私もそうでしたが、学生は与えられていることに慣れているので、社会人はそうではないということを伝えてあげないといけません。

地域工務店には、ふるさとを創造する役割がある

――最近は、働きがいを伝えることがとくに重要になっているが。

田尻忠義氏 注文住宅では、自分が一生懸命に考えた、あるいは対応したお家で、お客様に大きな喜びを感じてもらうことが働きがいになります。

私たちが丹精込めたお家は、お子さんにとってのふるさとになるんです。建てたあとも、お母さんがつくった料理を食べたり、お父さんが肩車してくれた思い出が生まれ続けていくんです。もしかしたら、自分のつくったお家から、文豪やプロサッカー選手が誕生するかもしれません。やりがいとは結局のところ、自分がやったことを誰かに喜んでもらうこと、あるいは誰かから必要とされているという実感が感じられる環境が前提です。

当社は新卒の9割が働き続けていますが、これがもし仮に1年で退社してしまうとなると、お客様からありがとうと言われる前に辞めてしまうことを意味します。これでは、今話したようなやりがいを感じられません。現場監督も、現場を何件かこなしていけば、それだけお客様から感謝を寄せられる機会が増えていきます。短期間で諦めることはもったいないことなんです。

どんな仕事でも3年は続けないとその仕事の真髄は分かりません。3年を持たずして降りてしまうというのは、やはり採用の際に会社と学生の間でうまくマッチングできていなかったからだと思います。

とはいえ、学生さんが就職活動中に数ある企業の中から、自社の仕事や価値観を100%理解して選考を進んでいくというのは難しいので、企業側が積極的に選考の中で自社のリアルを伝えていく必要があると思います。「ウチはいいですよ」だけ伝えて入社してからのギャップで離職してしまうのは、会社にとっても学生にとっても時間コストのロスになると考えます。

――今、学生に伝えたいことは?

田尻忠義氏 現在、住宅業界の採用活動は、学生を引き付けるための手段が重要視されている面があります。それが、働くうえでの気付きを遅らせる要因になっています。

会社が学生をお客様扱いし、こんなに給料がもらえて、福利厚生も良好で、働き方改革にも取り組んでいると、良い側面ばかりをアピールしている工務店も多いですが、いずれにせよ入社後はそれぞれの会社のルールに従い、結果を出していかなければならないことには変わりありません。

誰でもできる仕事をしたいのなら、そういう働き方を選べばいい。そうではなく、今のオレはなにもできないけれど、人に影響を与え、いずれは高い報酬や権限、役割がほしいから挑戦したい、というのであれば、どちらの働き方を選ぶのかを学生に突き付けてあげることも会社の役割です。

他者に与えられるものを増やし、その価値を高めていくことが、収入も含めて自らの可能性を高めていくということを、若い頃の私は知らなかった。ですから、これからも学生にその可能性をお伝えできればと思っています。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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