24時間体制でのハイスピード施工
2021年3月の完成に向け、建設中の新阿蘇大橋。今年9月、黒川をまたぐ渡河部がつながった。2017年3月の着工からわずか2年半というハイスピード施工だ。まだすべての工事が完了したわけではないが、完成に向け、大きなヤマは越えたと言える。
施工を担当したのは、大成・IHIインフラ建設・八方建設地域維持型建設共同企業体。同JVは、この現場に際し、24時間体制での急速施工を敢行。インクラインの設置やオートクライミングシステム工法の採用、超大型移動作業車の導入といった急速施工のためのツールも惜しみなく投入してきた。
ただでさえ工期がタイトなのに加え、新型コロナウィルスという厄介な問題にも見舞われながらも、キッチリ期日に間に合わせてきているわけだ。「請け負った仕事の期日を守るのは当たり前」と言ってしまえばそれまでだが、実際の現場ではいろいろな苦労があっただろうことは想像に難くない。
ということで、大成建設の橋梁のプロとして、この工事の現場代理人を務める長尾賢二さんに今の率直な気持ちなどについて話を聞いてきた。
渡河部が終わって、まず「ホッとした」
――この現場の現場代理人になったのはいつからですか?
長尾さん 今年の4月からです。今の現場には2018年4月に赴任しました。
――非常にタイトな工期なので、間違いなく大変な現場だったと思うのですが、渡河部の工事が完了して、率直な心境は?
長尾さん 完了期日が定められている中で、基礎工、橋脚工、上部工という3つの大きな工事を無事期日までに完了できました。まずは「ホッとした」という気持ちが大きいです。
期日までに時間的な余裕がない中、当初から24時間昼夜施工でずっと進めてきた現場です。安全面、品質面で一つでもトラブルがあると、クリアできないという高い目標でした。そこをみんなで力を合わせてクリアできたことにホッとしています。
渡河部がつながった新阿蘇大橋。手前は長陽大橋。
――ひと山越えた感じですか?
長尾さん そうですね。ただ、インクラインの解体など危険度の高い作業はまだまだ続きますので、気を抜くことなく、緊張感を持って仕事に取り組むことを心がけてやっています。
――来年3月頃開通に向けて、進捗などは?
長尾さん 今(10月上旬)は、橋面工に取り掛かっているところで、高欄や防護柵、照明灯を付けたり、排水関係や検査路などの橋梁付属物を1月中頃までに仕上げて、舗装業者に引き渡す見通しです。
――新型コロナ対策も大変だったでしょう?
長尾さん そうですね。コロナによって、想像していた以上に大きな影響が世間的に出ています。われわれの現場は、先ほども言った通り、一瞬たりとも工事を止めるわけにはいかない状況です。その現場で、一人も感染者を出さずに工事を進めていくことに対しては、非常に神経を使いました。対策としては、特別なことをしたわけでなく、一般的に言われている対策をマジメにやってきました。
具体的には、日々の体調管理ということで、社員はもちろん、下請けのみなさんも含め、1日4回の検温を実施しています。あとは手洗い、うがいの徹底、マスクやフェイスシールドの配布などです。
在来工法を組み合わせ、急速施工を実現
――タイトな工事にチャレンジするということで、急速施工のために様々な工夫を施してきましたね。
長尾さん はい。まず2台のインクラインを黒川両岸に設置しました。最大積載量は60tと巨大なインクラインを設置することで、安全で効率的な資機材の運搬が可能になりました。強風対策のためクレーン作業を極力減らしたいというねらいもありました。
橋脚で言えば、オートクライミングシステム(ACS)工法を採用しました。ACS工法は、足場と型枠を一体化させたユニットを油圧駆動装置で上昇させるジャンピングフォームのようなものです。
上部工については、600tmの超大型移動作業車を使用しました。通常の3倍の能力を持つ機械を採用することで、順次張り出していく橋桁のブロック数を21から15に削減しました。
これら過去に実績のある工法を組み合わせることによって、トータルの工事日数を大幅に削減することができました。インクラインについては、橋梁工事での実績は数えるほどしかありませんでしたが、現場が急峻な谷地形で強風が吹くことから、効果が大きいと考え、導入しました。インクラインは当初の技術提案にはなく、受注した後に提案し、採用いただいたたものです。
――人海戦術ではなかったのですか。
長尾さん もちろん人は増やしましたが、あからさまな人海戦術に出たわけではありません。機械の大型化などによる省力化が基本です。プレキャストなどの新しい技術は使わず、あくまで在来工法をメインに構築しました。
技術的に大変だった湧水対策、上げ越し管理
――現場では予期しないことが起きるものだと思いますが、これまでを振り返ってどうですか。
長尾さん この現場は、工程的に厳しいことばかりクローズアップされますが、技術的にも難しいところが多くありました。例えば、基礎工事の湧水への対応です。川の横で深礎を掘るので、突発的に湧水が出てくることに対する不安は常につきまといました。このため、土留めの構造を変えたり、止水減水材を採用したりと事前にいろいろな準備をしました。
上部工の上げ越し管理も難しかったです。橋梁の場合、路面の計画高は±20mmという厳しい制限が設けられているのですが、例えば、これだけの規模の橋梁になると、どうしても施工時のたわみ量が大きくなります。例えば、橋面の高さを朝測って、その日の夕方に測ると、すでに30mm~40mmほども高さが違っていたりするわけです。そういう橋梁の挙動がある中で、路面高を±20mmに収めるのに苦労しました。
管理上は、今回特に自動計測などは導入しなかったため、事前に計算したデータと実測したデータの違いが生じた場合、原因を分析して、型枠のセット高さを変更したりしながら、補正していきました。実際に測量する若手社員とコミュニケーションをとりながら、スピーディーに判断する必要がありました。
プレッシャーをかけられることも、高圧的な態度に出ることもない
――人間関係づくりはどうでしたか?
長尾さん ウチの現場所長の方針として、「なんでもしゃべろう」というのがあります。忙しい中、みんながギスギスするのではなく、お互いしっかりコミュニケーションをとろうということです。この方針に沿って進めた結果、担当者が一人で抱え込んだり、思い込みで物事を進めることもなく、いろいろな困難を乗り越えることができたのだと思っています。発注者とのコミュニケーションもうまくいっています。
――発注者も高く評価していました。
長尾さん それはとても嬉しいことですね。発注者に評価していただけると、実際に24時間休みなく手を動かしている下請けのみなさんを含め、現場のモチベーション向上につながります。
――プレッシャーをかけられることはない?
長尾さん ありませんね。発注者がわれわれに過度なプレッシャーをかけることはありませんし、われわれ元請けが下請けに対して高圧的な態度に出ることもありません。昼夜施工なので職長さんがピリピリすることはありますが、いろいろな知恵を貸してくれますしとても助かっています。そういった点では、現場に関わる全員が一体となって進めてこれた工事だと思っています。
現場単体ではなく、本社とも連携
――この現場は大成建設全体として取り組んでいるそうですが。
長尾さん ウチの会社でもこの現場は注目度が高いです。幹部、技術部門をはじめ、会社全体でバックアップしてもらっていると思います。私自身、この現場に来る前は本社の橋梁部門にいました。困ったときは、本社時代の上司などにも相談に乗っていただきました。
地元で調達することになる生コンの配合については、ウチの技術研究所の方に来ていただいて、試験練りしたり、横浜の研究所まで骨材を運んで試験したりもしました。現場単体ではなく、本社と連携しながらいろいろと準備を進めてきたようなところがあります。
ものづくりで大切なのは、経験ではなく、「情熱」
――この現場ではベテランだけでなく、若手社員もバランス良く配置されていますね。
長尾さん ウチの会社では、橋の工事の場合、本社のほうである程度人員配置を決めることが多いのですが、最近は、若い社員がドンドン入社してきています。この点、会社としても、若い技術者への技術の伝承を人材育成の大きなポイントとして掲げているからです。
現場をたたくことだけを考えれば、経験豊富な社員を集め、少数精鋭でやるのが効率的ではありますが、ベテランだけでなく、私のような中堅社員や若手社員をミックスすることで、次の現場にもつながる。うちの現場もそういうことを考慮した人員配置になっていると思います。
長尾さんと草野瑞季さん
――若い社員には女性の草野さんもいますが、一番長い橋脚(PR2、高さ97m)を担当させたのはなぜですか。
長尾さん 草野さんにとって、この現場は入社して初めて現場で、現場に入ってからずっとPR2の現場監督を担当しており、思い入れの強い仕事になっていると思います。ものづくりをする上では、経験がなくても、情熱を持って仕事に取り組むことが大切です。もちろん大きな失敗は許されませんが、許容できる範囲の小さな失敗であれば、それを積み重ねていくことによって、人は成長することができると思います。
そういう思いもあって、PR2はこの現場でいちばん大変な工事ではありますが、あえて草野さんに担当してもらうことになりました。基礎、橋脚、上部工すべてを経験することは、草野さんにとってとても良い経験になると思います。この現場が終わるまでしっかり仕事をしてもらって、次の現場に活かしてもらいたいと思っています。
経験が足りないがゆえに、いろいろと悩むこともあると思いますが、草野さんは非常にエネルギッシュなので、人を引っ張っていく姿は見ていて安心感があります。現場監督としての素養は十分にあると思いますし、実際、これまで無事故無災害できています。もしなにか問題があれば、適宜私や所長がしっかりフォローしていこうと思います。
――担当させるほうもかなり度胸がいると思いますが?
長尾さん 何度も手を出したくなるときがありましたが(笑)、そこをなるべくグッとこらえてきました。ただ、業者さんの手待ちになるといけないので、どうしようもないときは私を含めて、上のほうで対応したこともあります。そこをどう見極めるかがポイントですね。
――草野さんは成長しましたか?
長尾さん そうですね。まだまだ「こうなってほしい」という思いはありますが、しっかり経験を積んで着実に成長していると思います。
――注文をつけるとすると?
長尾さん 性格的にまっしぐらなところがあるので、他人の意見に耳をかさないところがあります。この辺は、いろいろな意見を取り入れながら、柔軟に対応できるようになってほしいですね。
――後で本人に聞いてみます(笑)。