「土木学会 全国大会」がいよいよ開幕
土木学会(谷口博昭会長)は、「これまでも、これからも生活経済社会の礎を築く土木~市民と連携し、土木のビッグ・ピクチャーを描こう~」をテーマに、「令和3年度 土木学会 全国大会 in 関東 オンライン From 東海大学」を9月6日から開幕している。
谷口会長は会長就任時の記者会見で、社会全体を俯瞰する「ビッグ・ピクチャー」の重要性を提唱した。8日に開催されたオンライン基調講演でも「これからの暮らし、経済とインフラのビッグ・ピクチャー~開かれた魅力溢れる土木学会を目指して~」をテーマとしている。
谷口会長は、ビッグ・ピクチャーについて一体何を語ったか。土木のビッグ・ピクチャーとは一体何か。講演の要旨を抜粋する。
なぜ今「ビッグ・ピクチャー」なのか
谷口会長 アメリカでは、一人でできないことはみんなで力を合わせてやるときに「ビッグ・ピクチャー」が必要だといいます。直訳すると「大きな絵」ですが、日本語では「全体俯瞰図」と翻訳されることが多いです。
アメリカのハーバード大のMBAでも、明確な経営方針のためにはビッグ・ピクチャーが必要であると強調しています。日本では3か年の中期経営計画を策定することが多いですが、5年や10年といった長期的な視点が求められるのではないでしょうか。
要するに、”その日暮らし”になってはいけないのです。将来の備えを万全にするためには、みんながシェアできる暮らしや経済のビッグ・ピクチャーが必要不可欠であり、国や街やそれを支えるインフラは長期的目線が求められます。
我々の土木事業は、計画、設計、施工、維持管理更新まで長期にわたります。現在は、直営時代から分業時代にシフトし、請負、コンサル業務や委託など多くの方が関与しているため、事業を計画的・効率的・先行的に行うためには、インフラについてもビッグ・ピクチャーが大切なのです。
コロナ後のパラダイムシフトで土木に求められること
谷口会長 コロナ後は大きなパラダイムシフトが起こります。自分ファーストではなく、各国との対立から協調へと向かい、自然を含む共生や、経済効率のみを優先するのではなく生活との調和が大切になっていきます。
さらに集中から分散への転換も視野に入れなければなりません。今回のパンデミックでは大都市の脆弱性が分かりました。首都直下地震、南海トラフ地震が近いうちに発生すると予想されていますが、大都市集中型からの転換をはかり、リスク分散型の国土形成、国土強靭化による地方創生が重要になっていきます。
また、経済を回していく視点も肝要です。いざとなる時の内部留保だけではなく、循環型の経済としていくためには、インフラ投資への転換が求められます。
自然や文化とインフラの「令和」を目指す
谷口会長 令和の意味は「Beautiful Harmony」。つまり「美しい調和」です。
地方が持っている自然豊かな歴史・文化を尊重するまちづくりを目指す中で、国の全体像や先ほど申しました国土のリスク分散との「令和」を考えていく視点を持つべきです。そこでインフラの計画的・効率的・先行的な整備保全が肝要となります。
一方、財源は無限にあるわけではありませんので、与えられた財源・予算の中で、大小軽重を判断し、取捨選択したプロジェクトと、財源の裏付けと投資額を明示したインフラのビッグ・ピクチャーを提言したいと思っております。
日本のGDPは500兆円台半ばで推移しています。現在、日本の名目GDPのランキングは世界第3位ですが、この30年間、経済成長していないため、今後インドやインドネシアなどの新興国家に抜かれることが予想されています。そこで、生活経済社会の高度化、GDPに見合ったインフラ整備や保全がポイントとなりますが、これは優先順位を示しつつ展開すべきです。
ただし、民需の回復までは時間がかかり、需要喚起と循環により、成長軌道に乗せるには、金融政策頼みではなく積極的な財政政策が大切です。一方、財政健全化やプライマリーバランスを長期的にはかることも忘れてはなりません。
私は、防災・減災や維持管理更新については国民の理解が進んでいると思います。しかし、それだけでは”守り”になりがちです。
そのため、将来や未来に希望の持てるシンボル的なプロジェクトを盛り込みながら、額ありきでなく、どのくらいの規模が必要であるかを提示したいと考えています。
「暮らしたい未来のまち」を市民とともに描きたい
近年、気候変動の影響等による災害の激甚化・頻発化や新型コロナウイルス感染症の流行などの様々な社会情勢の変化が生じています。
そこで土木学会は、一般財団法人国土技術研究センター(JICE)と連携し、5月の連休中に、社会資本整備に関する意識調査を実施しました。具体的には、JICEがネットアンケートを実施し、「社会資本に関するインターネット調査2021」として2021年7月に発表しました。
全体として、3年前に比べ、災害の頻発や気候変動等による日本の将来に対する不安が高まっています。特にインフラ整備が不足していると感じている地域では将来不安が高く、若者は将来に対する期待も少なく、諦めのようなものがあります。
また、「防災・減災、国土強靱化」については、認識は高いものの、維持管理・更新の認識に変化はなく、海外のインフラ投資の拡大等の動向に関しては認識が低くなっています。
これらの結果からも、具体的な事業、予算・制度の裏付けのある信頼されるビッグ・ピクチャーが求められていることが明らかになりました。
また、土木学会×noteで、「#暮らしたい未来のまち」をテーマに、 投稿コンテストを開催します。「未来」にとっての「昔」にあたる「今」、暮らしを支え、幸せに繋がる「ビッグ・ピクチャー」をたくさんの人と描くため、「暮らしたい未来のまち」の姿を募集します。本日が募集のキックオフで、10月3日まで受け付けし、「土木の日」である11月18日に発表予定です。
是非、「#暮らしたい未来のまち」というテーマで、土木学会×noteへの投稿をお待ちしています。
開かれた魅力あふれる土木学会へ
谷口会長 残念ながら、土木学会の定款には「土木技術者の社会的地位向上」が入っておりません。まず、旧3Kである「きつい、汚い、危険」から、「給料」「休日」「希望」の新3Kにチェンジしていかなければなりません。
土木学会は産官学の集まりですから、土木技術者の社会的地位向上を目指しながら、土木工学関連に入学する方、また土木界に入職する方が多くなることが重要ではないかと思います。
そのために、土木学会は情報、知識、知恵の宝庫となり、時には相談・駆け込み寺の役割を果たしていきたいと考えております。そのためにもエビデンスに基づく、タイムリーな提言として「土木のビッグ・ピクチャー」を策定したいのです。
土木学会23代会長の青山士は、「萬象ニ天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ 人類ノ為メ國ノ為メ」という名言を残しております。つまり、志を高くし、信念をもってやり抜く心が土木技術者に求められています。
彼は会長に就任した時、「civil engineering」を「文化技術」と訳しています。土木技術者は青山士に学び、単なる土木技術だけではなく、文化技術の視点も必要なのではないでしょうか。
これから支部の活動も含めて、ビッグ・ピクチャーの議論を深め、環境整備を進め、最後は政治に提言し、動いていただくことに繋がればと考えております。