着実に普及する建設キャリアアップシステム
建設技能者の処遇改善に不可欠であり、建設工事の生産性向上などで重要なインフラの役割を果たす建設キャリアアップシステム(CCUS)の普及が一歩ずつ確実に進んでいる。
国土交通省の直轄工事では、WTO対象や一般土木のCクラスでのモデル工事が進展し、直轄以外にも広がりを見せている。地方自治体でも入札参加資格審査、個別工事の総合評価のほか、工事成績評定の際にはCCUSへの登録をインセンティブとして加点評価するケースも増加。国土交通省はさらに踏み込み、CCUS導入企業を経営事項審査での加点措置も検討しており、この1年間は普及に弾みが進んだ。
こうした取組みにより、昨年12月31日現在の登録数の累計が、技能者は約79万2千人、事業者は約15万3千社であり、同月の利用状況は現場ID登録数が2281件、就業履歴数は約268万9千件で、いずれも単月では過去最多に。国土交通省は2023年度内にあらゆる工事の完全実施を目指しており、普及促進にあたっては今が非常に重要な時期といえる。
そこで今回、CCUSの運営主体である一般財団法人建設業振興基金の建設キャリアアップシステム事業本部普及促進部の川浪信吾部長に話を聞いた。
若手技能者の離職が建設業界の大きなツケに
――建設技能労働者の現状について、どのような所感をお持ちでしょうか。
川浪信吾氏(以下、川浪部長) 私が国土交通省で建設産業行政に本格的に携わるようになったのは、省庁再編に合わせ地方整備局が誕生し、建設産業行政が整備局でも行われるようになり、そのために九州に転勤してからです。当時は、年々建設投資が減少し、政策的には新分野進出といいながら建設技能者を他産業へ振り分けることも行われました。しかし、建設技能者はものづくりをやりたくて職人の道を選んでいるので、難しい課題でした。さらにこの時期、若手は他産業への転身も可能だったこともあり、中堅、若手は他産業に転職や就職をしたため、構造的には次世代を担う技能者がごっそりと抜けてしまい、最終的にどこにも行けない中堅以上の高齢者の方が残りそのツケが今、来ています。
また、元請企業も苦しく協力会社に対して、払うべき社会保険料も払えず、施工班を分社化するなど、極限まで切り詰めざるを得ませんでした。それがアベノミクスによる景気回復、東京五輪開催、都市部の再開発等で建設投資が旺盛になりましたが、今度は実務で仕事をする技能者が不足する事態が発生しました。この何十年間の建設業界の景況感に振り回されてきたのが建設技能者です。技能者の賃金が他産業の平均賃金と比較して、ずっと下がっていた実態もありました。
技能者の賃金は下がり続けました。同じ仕事をしているのにもかかわらず、単価が落ちることは異常なことです。今でこそ同一労働同一賃金が叫ばれていますが、20年間耐えてきた建設業は社会に対してしっかりとメッセージを発していくべきであったと今さらながら思います。
――だからこそ、まず重要なことは技能者の処遇改善ですね。
川浪部長 そうですね。また、一般消費者の方々にも、建設技能者が単品生産で造っているという実態についてもっと知っていただきたいとも考えております。値下げの要望があったとしても、元請企業として削れる部分と削れない部分があること、また削りすぎると技能者の収入が減少するだけではなく、存在価値や誇りも失われてしまうことにも繋がるからです。
なぜCCUSは導入されたのか
――そこで、CCUSが技能者の処遇改善のインフラとして注目されるわけですが。
川浪部長 ええ。CCUSは建設技能者すべてにカードを持っていただくという、他産業に例を見ない試みです。建設技能者の能力や経験は定量評価しにくく、その中身も見習い、中堅、登録基幹技能者に至るまでさまざまです。それを見える化をするのが、CCUSによる建設技能者の能力判定と、それに応じたレベルカードの発行です。
とくに、若い建設技能者からのCCUSに対する期待は大きいため、能力や経験に応じた処遇が実現できるよう、早急にカードの普及やレベル判定を進めていかなければなりません。
CCUSの概要
また、建設技能者の中からは、設計労務単価がここ9年間にわたり上昇している一方で、実態の賃金には反映されていないという声も上がっています。ですから、先ほどの話にも繋がりますが、発注者や元請企業だけでなく、すべての国民にCCUSをご理解いただくことも重要になると考えています。
そのためには、元請企業から施主に対して、CCUSに掛かる費用を請求できることが理想ですから、可能な範囲でCCUSについて広く発信していきます。
一人親方化が進む専門工事業界
――専門工事の技能者では、個人事業主化、一人親方化へのシフトも顕著ですが。
川浪部長 確かに、CCUSの登録事業者のうち、一人親方や個人事業主が多い実態が明らかになりました。現在、事業主約15万3千社の登録のうち、約4万4千人が一人親方となっています。
ただし、一定のスキルがあり、仕事が継続的に入るため、一人親方として生きていきたいという選択肢は尊重すべきでしょうが、中には本人が望まない形で一人親方となっている例もあるかと思います。特に、若手の建設技能者が一人親方化していくことは、建設業界全体で再検討すべき事項だと考えています。
今後、CCUSをベースにして、キャリアのビジョンを若者に示していくことを国土交通省や建設業のトップに強く望んでいます。
CCUSのメリット
地方はカードリーダーの設置が遅れている?
――CCUSの普及で、妨げになっている点はありますか?
川浪部長 現状で、多能工の建設技能者の就労履歴の蓄積が現行制度では不利になるなどの課題があります。
他にも、先日、四国へヒアリングに伺ったのですが、特に四国は現場へのカードリーダーの普及が遅れているようです。この春入職した、ある軽天工事の技能者からは、「カードは持っているが、これまでタッチできたのは2回だけ。このカードは何のためにあるのか」という言葉も聞きました。
CCUSのメリットを直接的に享受する専門工事業者から、元請企業に対して現場へのカードリーダーの設置を要望する事例も増えています。今後、カードが保有していないと現場に入場できないようにもなりますので、カードリーダーの設置も進めていきたいと考えています。
現場IDが取得済みで、就業履歴が可能であることをアピールする「現場登録済ステッカー」
匠のワザをデジタル化する
――多能工が増加していく中で、就労履歴の蓄積の面で不利になるというのは改善したいところですね。
川浪部長 ええ。ですが、マネジメントの評価部分は職種ごとの共通項が多いため、前・後・類似工程の総合評価を工夫すれば、コアな職種はゴールドの、前・後の職種はシルバーの建設技能者が現場を仕切れば、生産性は向上していきます。
建設技能者は匠のワザを研鑽してきた一方、それを仕組み化することが苦手でした。これをデジタル化・可視化することによって、能力のある人であればより短期間で優れた技能を身につけられるようになること、それによりコア技能に加えて、前・後工程、近隣職種にも広げ、多能工化を推進していければと思います
――国土交通省は2023年度CCUS完全実施に向け動いていますが感触は?
川浪部長 建設業団体やゼネコン、専門工事業者では完全実施を念頭に動いていますが、現場レベルではまだまだですので、まず公共工事が先導役となってモデル工事を実施し、さらに民間工事にも浸透していくように進められています。
CCUSの目的
――CCUSの最終グランドデザインは?
川浪部長 まず、2022年中にはカード保有者が100万人を超えると思います。本来のカードの役割だけではなく、様々なサービスと連携できるようになりますから、大きな意味を持ちます。
東京や大阪といった都市圏では、多くの現場でカード保有者が増えていますが、地方でも「持っていないの?大丈夫?」という状況になれば望ましい。今は普及の過渡期ですが、将来的には新規入職者が自動的に全員カード保有者になる時が来るでしょう。
処遇改善についても、まずは賃金が第一です。それも、誰もが納得できる形で賃金が上がっていくのが理想です。そのために、「高い技能を身に付けランクの高いカードを保有していれば、良い賃金が支払われる」という誰にも分かりやすい姿が、建設業の魅力につながることに期待しています。