ハードとソフト両方を手掛けるスタートアップ
ロボット工学を用いた建設機械の遠隔操作(遠隔化)、自動操作(自動化)に取り組む東京大学発のスタートアップ企業ARAV(アラヴ)株式会社(本社:東京都文京区)。ARAVは、東大でロボット工学を学んだ後、自動車メーカーでセンシングに関する研究開発に携わった白久レイエス代表が2020年に立ち上げた会社だ。スタートアップには珍しく、ハードとソフト両方を手掛けている。
今回、ARAVで開発・営業マネージャーを務める佐藤圭さんに取材する機会を得た。ARAVのねらい、製品の強み、今後の戦略などについて、お話を伺った。
遠隔化の需要が多い建設業界にフォーカス
――ARAVとはどういう会社なのですか?
佐藤さん 端的に言えば、東京大学のご支援を受けながら、建設機械の遠隔化、自動化を軸にソリューション提案させていただいている会社です。
――ARAVという会社名にはどのような意味が込められているのですか?
佐藤さん ARAVとは、
- ARCHITECTURAL
- ROBUST
- AUTONOMOUS
- VEHICLES
の各頭文字からとった言葉です。日本語に訳すと、「堅牢な自動化された建機」というような意味になります。弊社の事業内容そのものを表した会社名ということになります。個人的には、皆様に覚えていただきやすい会社名になっていると思っています。
――とっかかりとして建設業界にフォーカスしているけれども、林業などの他分野も視野に入れて事業を展開している会社だと理解しているのですが。
佐藤さん そのご認識の通りです。一般に、建機と言えば建設土木現場で利用されているとイメージされるかもしれません。しかし、実は林業や鉄鋼業、リサイクル業などいろいろな業界でも使われていますので、お客様のお話をお聞きしていると、そういった業界からも自然とご相談が入ってきている状況です。また、建機が活躍しているフィールドでは、建機以外の機械と協調して動く現場がありまして、建機以外のご相談も増えてきております。
例えば、フォークリフト、クレーン、船舶などが挙げられます。このような機械も弊社サービスの対象に含まれます。現在は、2024年問題が特に喫緊の課題として迫っているためにお引き合いが特に多い、建設業界を中心にお仕事させていただいているところです。
キビしいと言われるハードウェアベンチャーとして創業
――事業内容を見ると、ハードとソフト両方手掛けているのが、ベンチャーとしてスゴいなと思いました。ソフトだけ開発して、「プラットフォーマーになりたい」という類が多いので。そこはやはり代表の思いが込められているということでしょうか?
佐藤さん そうですね。代表の白久は高専生だったころからロボットをやっていて、会社員として自動車の自動運転に関する研究開発に携わっていたことが大きいと思います。あとは、建機を自動化する事業を進めるにはハードウェアが必要だったというのもあります。
おっしゃる通り、ベンチャー界隈では、「ハードウェアベンチャーはハード(キビしい)だ」とよく言われています(笑)。なので、おそらくロボティクス分野でもハードウェアベンチャーはほとんどないと思います。あったとしても、屋内用の機械でしょう。
――工場は本社とはべつに確保しているのですか?
佐藤さん はい、本社とはべつに都内にプロダクトハブがあり、そこで研究開発、製作を行っています。開発、営業の部隊のオフィスもそちらです。建機の実験などを行うテストフィールドは千葉にあり、私はふだん、これらの場所を行ったり来たりしています。
――いずれは建機の自動化をやるつもりだが、とりあえず今は建機の遠隔操作にチカラを入れている、ということでよろしいですか?
佐藤さん 現状はそうなっています。弊社としてはあくまで自動化を見据えて研究開発をしているわけですが、自動化に至るプロセスとして、遠隔操作技術がどうしても必要だということになったからです。
弊社にとって、遠隔操作は自動化に必要な一つのステップを踏んでいるに過ぎないのですが、予期しないことに、遠隔操作技術に対して非常に多くの需要があることがわかりました。だったら、遠隔技術を弊社の事業として、ハードソフト両面でしっかりやっていこうということになったわけです。遠隔化と自動化を一気通貫でできるのは、弊社の強みになっていると思っています。
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加工することなく、あらゆる建機に後付けできる
――遠隔操作に関しては、既存の建機メーカーなどから同じような技術、サービスがすでに世に出ているので、けっこうレッドオーシャンのように思われますが、どう見ていますか?
佐藤さん おっしゃる通りレッドオーシャンな面もあるかもしれません(笑)。ただ、遠隔操作可能な建機はすでにありますが、実際の建設現場ではまだまだ普及していない現状があると見ています。
世の中の建設会社様は、いろいろなメーカーの建機を複数所有されているケースが多いです。弊社の遠隔操作システムは、建機に対して加工を加えることなく、そのまま後付けできるのが、他社製品にはない大きな特長となっており、あらゆるメーカーの建機に装着可能です。遠隔操作から有人操作への切り替えもスイッチ一つで切り替えることもできます。これも他社製品にはない機能です。弊社としては、これらを強みに差別化を図ることで、他社には提供できない価値を業界に届けられると考えているところです。
――遠隔操作システムの名称はあるのですか?
佐藤さん はい、大きく「MODEL-V」と「MODEL-E」の2つがあります。
――MODEL-VとMODEL-Eはどう違うのですか?
佐藤さん MODEL-Vはジョイスティックやステアリングなどにアクチュエーターを装着して物理的に動かして操作するシステムです。MODEL-Eは産業規格に合わせて電気的に接続することで、ジョイスティックなどを物理的に動かさずに操作するシステムです。
―― 一口に遠隔操作と言っても、他社のものとはアプローチやノウハウなどが違うんですね。
佐藤さん そうです。弊社のシステムなら、世の中にあるほとんどの建機に対応することが可能です(当社調べ)。他社製品と差別化を図ることができる非常に大きな強みだと考えているところです。また、商品開発をする上で、お客様の声をプロダクトに反映させるマーケットインの姿勢は、事業開発を進める上で非常に重要だと考えています。技術者が多い職場だとどうしても社内の議論だけで次々と機能が追加されてしまいがちですが、ときには忙しい中でも開発を立ち止まり、顧客にとっての真の価値を見つめ直し、クイックに軌道修正することこそがベンチャーの強みだと考えております。
建設業界内にわれわれの世界観を構築し、シェアをとっていきたい
――レンタルも行っているのですか?
佐藤さん ハードに関しては、現状は販売のみです。ソフトは使用許諾というカタチでやらせていただいています。基本的にはハードとソフトはセットになります。
この辺は、弊社の事業戦略も絡んでくる話になるのですが、弊社の最終目標は「建設業界のGoogleになる」になっています。GoogleはアンドロイドというOSで世界のスマホOSシェアの70%以上を占めていると言われています。GoogleのOSに当たる部分が弊社のMODEL-VとMODEL-Eになります。OS上のアプリに当たる部分が遠隔化や自動化、パソコンのOSなどです。そういう世界観を建設業界に構築し、しっかりシェアをとっていきたいという戦略を描いています。
――まさに「プラットフォーマーになりたい」ですね(笑)。
佐藤さん そこはそうですね(笑)。ただ、弊社が独占したいということではなく、あくまでオープン・クローズ戦略です。
――となると、AIとかメタバースといったところもリンクしてくるのでしょうか?
佐藤さん その可能性はあると思っています。
遠隔化と自動化の棲み分けを視野に入れる
――建機操作のシミュレーターを開発されていますね。
佐藤さん はい、自動化のためシミュレーションをつくっています。自動化を実現するには、複雑なプログラムを組む必要があるのですが、極端な例で言うと、プログラミングによっては、右旋回を指示したら左旋回するとか、前に進めと指示したら、後ろに下がるといったことが発生する可能性があります。
バグかもしれませんし、ミスかもしれません。組んだばかりのプログラムでいきなり実際の建機を動かすのは危険なので、プログラムのテスト用としてシミュレーターを開発したわけです。テストのほか、オペレーターの教習用にも活用しています。このシミュレーターはオープンソースなので、無料でどなたでも利用することができます。ゲーム感覚で操作できるので、けっこう楽しいですよ(笑)。
――遠隔操作する際のカメラの解像度や通信速度について、どのようにお考えですか?
佐藤さん カメラの解像度については、一般的には5G回線を使えば解像度が上がると考えられていますが、Wi-Fi回線などと比べ、ものスゴい差が出るかと言えば、おそらくそうではないと思っています。
ただ、そうは言っても、解像度が高いに越したことはないので、弊社としても画像の解像度に関しては常に課題意識を持ちながら、より良いモノにアップデートするようにしています。
――あえて「解像度は追いかけない」という選択肢もあるような気がするのですが。
佐藤さん 良い映像でやろうとすればするほど、通信が重くなってしまいます。そこまで良い映像が必要な現場が果たしてどれだけあるのかと考えれば、たしかに違う選択肢もあり得るかもしれません。つまり、遠隔操作ではなく、自動操作という方法があるということです。自動操作なら、極論すれば映像自体必要ないからです。その辺の棲み分けができれば、うまくニーズに合うように思います。
量産化への対応が大きな課題
――会社として、優秀なエンジニアをどんどん採用したいと考えているのですか?
佐藤さん 必要な人材は確保したいですが、ものスゴく多くの人材が欲しいと考えているわけではありません。
ただ、最近、弊社プロダクトに対する需要が急速に大きくなっていると感じています。ハードウェアベンチャーにとって、プロダクトの量産化は「躓きの石」になりがちです。ものづくりの難しさですよね。過去に量産化で失敗したハードウェアベンチャーは多くありますし、大手企業でも量産化でコケた話もあります。
弊社にとっても、この量産化にどう対応するのかは、今後の大きな課題です。単純に人を増やすという方法もあるでしょうし、外部の人間を使うということもあるでしょう。今のところはその2つを軸に考えているところです。
遠隔化→自動化→プラットフォーム構築の3ステップ
――今後の目標についてどうお考えですか?
佐藤さん 営業的な話で言えば、「遠隔操作システムを実際の現場でもっと広く使ってもらいたい、届けていきたい」、そして、「ARAVという会社名をたくさんの方々に知ってもらいたい」という思いがあります。遠隔化の普及は自動化の普及につながると考えているからです。そしてその流れをARAVのプラットフォーム構想につなげたいと思っています。遠隔化で足元を固めて、自動化につなげ、プラットフォームを構築する。この3つのステップでいきたいと考えています。
建設業界を見渡すと、DX関係の商材はけっこう高いという認識を持っています。価格がネックになって、導入できない中小の建設会社様は少なくないと感じています。弊社としては、コストや販売方法などについてこれからしっかり考えていかなければならないと思っています。