(公社)土木学会(田中茂義会長)は9月25日、2023年度「土木学会選奨土木遺産」として、「只見川ダム施設群」など21件を認定し発表した。これにより、選奨土木遺産は累計517件となった。
選奨土木遺産は、工学的機能と社会的に果たしてきた役割、建造にあたった技術者の尽力・先見性・使命感などの観点から、貴重な歴史的土木構造物を顕彰するもの。社会的にアピールすることで、まちづくりの活用を促進し、歴史的土木構造物の重要性を社会に啓発し、保存にも役立てる。さらには、失われるおそれのある貴重な歴史的構造物の救済や保存の必要性も訴えることが狙いだ。
選奨土木遺産の認定制度の設立は2000年度で、対象は交通・防災・エネルギー・衛生・産業などの用途に使用された広義の土木関連施設で、原則として竣工後50年を経過したもの。賞牌として、青銅版の銘板を授与する。表彰式は各支部が土木の日に合わせて開催する予定だ。
今回、選定された選奨土木遺産の一部を紹介するとともに、記者会見を行った、知野泰明・土木学会選奨土木遺産委員会委員長(日本大学工学部准教授)が、選奨土木遺産について語った内容をまとめる。
近代に加えて近世の土木遺産もフォロー
左から 、知野泰明・土木学会選奨土木遺産委員会委員長と三輪準二・土木学会専務理事
――この21件の選奨土木遺産の総括からお願いします。
知野泰明氏(以下、知野委員長) 土木遺産の認定を開始して以来、土木構造物の中でとくに多いのが橋梁で、河川施設が続き、2023年度も同様の傾向でした。とくに特徴的なのが「只見川ダム施設群」(福島県)です。歴史的意義も高く、ダムの歴史を考える上でも重要な認定になるのではないでしょうか。
「只見川ダム施設群」の一つ田子倉ダム
次に、「深良用水用水隧道」(静岡県裾野市)ですが、文化財的な意味合いは昔から言われてきました。この時期に選奨したことは少し縁を感じましたが、「用水隧道」が保存されていくきっかけになれば望ましい。またこの構造物は1670年と近世に竣工されたものですが、近世の構造物が消えていかないように、フォローしていくという表れのように近世の土木構造物も認定しています。
「深良用水用水隧道」(静岡県裾野市)
土木学会としては近代以降の土木遺産の「悉皆調査」を完了している段階ですが、近世となるとすべてを把握しているわけではありません。ただ残っていること自体がかなり貴重と言えますので、公募も含めまして地域で大切な土木構造物があれば土木遺産という形で認定していきたい。
橋梁の国宝認定で土木遺産への関心高まる
――認定制度の意味合いは。
知野委員長 まず土木遺産の認定は累計で517件ですが、土木技術者自身も土木遺産を大切なものとして注視されている事実があります。もしなんらかの事情で管理者が改修や壊さなければならないときは、土木学会に丁寧に相談してほしい。ただし、この認定制度によって必ず残さなければならないわけではなく、管理者の意向に沿う必要があります。
ですが最近、熊本県山都町の石造りアーチ式水路橋「通潤橋(つうじゅんきょう)」が国宝指定するよう答申されました。こうした背景もあり、土木遺産を認定することにより、少しでもその時代にしかなかったものを残すことが必要だと考えます。その意味でも土木学会の「選奨土木遺産」は他の文化財の認定制度とともに大切なものです。
復興橋梁からは「蔵前橋」が認定
――今年は関東大震災100周年で、その中でも「蔵前橋」という復興橋梁が選ばれました。
知野委員長 これまでもいくつか復興橋梁を認定しています。一連の復興橋梁をまとめて認定するという考えもありますが、この隅田川のそれぞれの復興橋梁は深い設計哲学もあり、こうした流れで関東支部は認定推薦をしていると想定されます。
深い設計哲学を持つ「蔵前橋」
――観光面から見た”土木遺産ツーリズム”も注目されるのではないでしょうか。
知野委員長 今、行政レベルで全国的にインフラツーリズムが進められています。たとえば私の地元の福島県では土木遺産を回るモニターツアーなどが開催されています。土木学会には土木史委員会があり、そこで土木のインフラツーリズムの事例発表も活発に行われていますので、行政と土木学会の連携は緩やかにですが、広まっています。
大井ダムならびに大井発電所
時代を超える「思想」「哲学」「技術」が盛り込まれた構造物が残る
――今、仕事をしている土木技術者や施工者に対するメッセージをお願いします。
知野委員長 残すために造ったものが残っているのではありません。その時代にとても必要なもの、時代の突破口となったものが結果、今でも使われ続け、時代を超える「思想」「哲学」「技術」が盛り込まれた構造物が残っているのです。
土木技術者が気持ちや精魂を込めていくことが大切で、その中から残っていく構造物があると考えています。
琵琶湖大橋(下り線)
大倉ダム
大井川橋梁(下り線)
2023年度の土木学会選奨土木遺産一覧
・名称(受賞理由)=竣工年
【北海道支部】2件
- 十勝川統内新水路(十勝川流域の洪水被害軽減や統内原野の開発促進に貢献し、泥炭湿地帯の河道掘削及び築堤の施工技術や過程を示す新水路)=1937年
- 茂岩橋(変断面下路式ゲルバートラスの橋梁において国内最長スパンを誇り、左右対称で中央に尖峰が並び立つ、均整の取れた意匠の橋梁)=1961年、1970年に歩道橋添架
【東北支部】2件
- 大倉ダム(我が国唯一のダブルアーチダムであり、多目的ダムとして仙塩地域の人々の生活や産業を支えてきた歴史的構造物)=1961年
- 只見川ダム施設群(豪雪地帯の水資源と地形を巧みに利用したダム・電源開発等の河川史や地域資産として貴重な土木遺産群)=奥只見ダム1961年、大鳥ダム1963年、田子倉ダム1959年、滝ダム1961年、本名ダム・上田ダム1954年、宮下ダム1946年、柳津ダム・片門ダム1953年
【関東支部】3件
- 蔵前橋(関東大震災の復興橋梁であり、バランスのとれた3連の鋼アーチ橋として歴史的に価値の高い)=1927年
- 城ヶ島大橋(鋼床版箱桁形式を採用し、種々の構造的課題を応力測定試験等により解決し、その後の橋梁技術発展の礎となった橋梁)=1960年
- 阿賀野川満願寺「基準点標石」(阿賀野川で初の国による河川改修事業着工時に設置した基準点で、公園内に移設されたが、河川の形を決めた原点となった)=1915年
【中部支部】3件
- 大井ダム・大井発電所(国内初の本格的ダム式発電所として建設され、電力王・福沢桃介氏最大の偉業ともいわれ、大正期の風情を残す)=1924年
- 大井川橋梁(下り線)(大正時代に製造された、リベットによる剛結合の曲弦プラットトラス桁で歴史的価値の高い橋梁)=1915年
- 深良用水用水隧道(江戸時代に農業用水として芦ノ湖から静岡側へ通水するため横穴などを使用せず素掘りで掘削されたものとしては日本最長の山岳トンネル)=1670年
【関西支部】7件
- 鬼谷川砂防堰堤(福井県で最古の砂防堰堤で、大きなもので1mを超す丸石を積み上げて建造した、現在も効果を発揮している)=1897年
- 紀州鉄道及び旧御坊臨港鉄道廃線部分(開業から92年経過した今も往時の設備も使用して運行されており、廃止路線にも軌条等が残存する)=1931年
- 東高洲橋(関西に残る数少ない”本当に動く”可動道路橋であり、尼崎市南部工業地域を支え続け、経済発展に大きく寄与した)=1966年
- 高砂港向島突堤(工楽松右衛門築造の高砂港防波堤の一部が改修等を重ねながら残されており、港湾築造の技術を現代に伝える)=1810年、1929年に改修
- 近鉄難波線 大断面シールドトンネル(わが国で最初の複線断面機械掘りシールドトンネルであり、軟弱な沖積平野でさまざまな補助工法を駆使して完工した)=1970年
- 木津川橋りょう・岩崎運河橋りょう(大阪環状線に在る国内唯一の複線下路ダブルワーレントラス橋で、斜角がきつく垂直の端柱と平行弦トラスを用いた)=1928年
- 琵琶湖大橋(下り線)(現代の長支間長桁橋の先鞭となった3径間連続鋼床版箱桁橋で、支間長140mは同形式として完成時国内最長を誇った)=1964年
【中国支部】1件
- 内尾大水門(興除新田の干拓用樋門として築造され、長さ10mを超える花崗岩を使用した現存するわが国最大の巨石樋門)=1823年頃
【四国支部】1件
- 佐川橋(大正林道の橋梁として架設された鉄筋コンクリートアーチ橋で、永年地域で愛されてきた)=1939年頃
【西部支部】2件
- 横瀬二連水路橋(明治期の大分に建設された二連の石造アーチ橋で、階段状の水路壁と重厚な橋脚を有する)=幹線水路1900年、左岸側1904年、右岸側1906年
- 荒崎新地の石造干拓施設群(薩摩藩独自の行政制度のもと、肥後藩との技術交流によって実現した土木事業の貴重な物証)=1866年