土木学会(上田多門会長)は9月12日、2022年度「土木学会選奨土木遺産」として、「室蘭港港湾施設群」など23件を選定し、発表した。これにより、選奨土木遺産は累計496件となった。
選奨土木遺産は、工学的機能と社会的に果たしてきた役割、建造にあたった技術者の尽力・先見性・使命感などの観点から、貴重な歴史的土木構造物を顕彰するもの。社会的にアピールすることで、まちづくりの活用を促進し、歴史的土木構造物の重要性を社会に啓発し、保存にも役立てる。さらには、失われるおそれのある貴重な歴史的構造物の救済や保存の必要性も訴えることが狙いだ。
賞の設立は2000年度で、対象は交通・防災・エネルギー・衛生・産業などの用途に使用された広義の土木関連施設で、原則として竣工後50年を経過したもの。賞牌として、青銅版の銘板を授与する。
今回、選定された選奨土木遺産の一部を紹介するとともに、記者会見を行った天野光一・土木学会選奨土木遺産委員会委員長(日本大学理工学部特任教授)と塚田幸広土木学会専務理事の両氏が、選奨土木遺産について語った内容をまとめる。
選奨土木遺産は”観光資源”
――地域や街づくりにおける選奨土木遺産の役割は。
天野委員長 選奨土木遺産は、街づくりへの寄与と交流人口を増加させるための観光資源という大きな役割を果たしていくと考えています。たとえば、岡山県津山市の「翁橋」はレンガ舗装は、うまく活用できれば街づくりにも貢献すると思いますし、「不動川砂防歴史公園の砂防設備群」は既に観光資源となっており、この構造物はどのように役立ち、どんな先見性や先進性があったのかも含めて示すことは重要だと考えています。
いま造っているものがいつか”選奨土木遺産”に
――今、仕事をしている土木技術者や施工者に対するメッセージをお願いします。
天野委員長 設立の趣旨の中にも、先輩技術者の尽力、先見性や使命感に対する理解、偉業に対する尊敬の念、将来の文化財創出の認識や意欲、技術者としての責任の自覚などが盛り込まれています。
現在、活躍中の方々に向けては、「きちんとつくれば社会的、経済的、さらに歴史的にも認められ、景観的にも美しいものができる」と、選奨土木遺産を通じて実証していきたいと思います。たとえば、現代技術の粋を結集した、兵庫県神戸市中央区の「摩耶大橋」や「神戸大橋」は神戸港の発展という観点からも経済的に大きく寄与し、港の景観もより美しくしています。こうした土木遺産は正当に評価されなければなりません。
私見ですが、「B/C(ビー・バイ・シー)」に基づき、経済性を重視したインフラ整備論が議論されていますが、確かに経済性は大切である一方、地域の土木構造物が国や地域にとってどのような役割を果たしているか、あるいは社会に対してどういう影響を及ぼすのかを考えつつ、最先端技術を集め、合理的かつ美しい土木構造物を造っていくことはとても大切なことだと考えます。施工者においては、こうした重要な仕事を担っているという自負を持っていただきたいと思います。
2022年の土木学会選奨土木遺産一覧
▽名称(受賞理由)=竣工年
【北海道支部】3件
- 室蘭港港湾施設群(東洋一の石炭積出港として我が国の近代化と鉄の街の飛躍的発展に貢献した港湾の歴史と技術を伝える構造物群)=南防波堤・1938年度、北防波堤・1927年度、旧大黒島灯台・1926年度、旧国鉄埠頭・1959年度、旧国鉄埠頭(北外防波堤へのケーソン流用)・1962年度、旧北荷埠頭・1940年度、本輪西埠頭・1959年度、北日本埠頭・1959年度
- 標津橋(アーチリブにフィーレンデール構造を持つ国内唯一の橋梁形式で、戦後の北海道の土木技術の発展に寄与した土木遺産)=1962年
- 旧茂喜登牛水路橋(PC技術黎明期に建設した当時国内最大クラスのPC桁であるとともに、約60年間以上北海道の電力安定供給に貢献した水路橋)=1958年
【東北支部】2件
- 福島の石橋群(近世から明治期に伝承された信州や九州の石工技術を地元の石工が磨き育てた歴史を顕彰できる貴重な土木遺産群)=1772年~1914年と推定
- 丸森橋(戦前に作られたプラットトラス道路橋として宮城県内で唯一現存している石張りの橋脚も特徴的な貴重な土木遺産)=1929年
【関東支部】3件
- 渡良瀬遊水地(河川の増水時に横溢する洪水を一時的に貯留する、わが国最大級の治水施設で、建設と環境の両立を具現化した歴史的な土木文化遺産)=1972年[第2調整池概成まで]
- 豊海橋(関東大震災の復興事業で架橋された国内初の鋼フィーレンデール橋で、技術的に優れ景観に配慮した貴重な土木遺産)=1927年
- 清水谷戸トンネル(全国鉄道網へと広がる端緒となった現役最古の鉄道トンネルであり、建設時の煉瓦構造など明治期の鉄道技術を今に残す土木遺産)=上り線・1887年、下り線・1898年
【中部支部】3件
- 豊川放水路(豊川の洪水被害を軽減するために戦後に建設された、我が国を代表する放水路の一つ)=1965年
- 中川橋(中川運河とともに竣工したブレーストリブタイドアーチ橋で、平成末に「横取り工法」で改修して次世代へつながれた貴重な土木遺産)=1930年 [2022年改修]
- 波切の石積構造物群(当地の石工たちが整備した漁港や集落の石積みであり、大王崎を含む波切のまちの発展を支えた貴重な土木遺産)=1860年頃~1930年頃
【関西支部】9件
- 揖保川畳堤(眺望への配慮など住民の意見が反映された特殊堤で、住民の防災意識の高さが結実した貴重な現役の土木遺産)=1957年頃
- 大阪市水道創設期及び拡張初期の施設群(大阪市の大手前配水場、柴島浄水場取水塔及び旧第1配水ポンプ場は、わが国の近代水道創設・拡張を象徴する貴重な土木遺産)=1895年
- 春日野道 桜橋(福井県の成立期に嶺南と嶺北を結ぶために建設された春日野道の構造物のうち、特に良好に保存された土木遺産)=1886年
- 高野山森林軌道の遺構群(わが国で最初の森林軌道をルーツとし、その後の産業発展に貢献した森林軌道の盛衰を記録する歴史の証人として重要な土木遺産)=1909年 ※九度山貯木場~塵無土場
- 南海本線紀ノ川橋梁(明治期と大正期のトラス橋が上下線に並ぶ現役の鉄道施設であり、橋梁技術の進展や維持管理の重要性を伝える貴重な土木遺産)=上り線・1903年、下り線・1922年
- 箱ヶ瀬橋(下津井瀬戸大橋をはじめ日本の長大吊り橋建設に寄与し、「夢の架け橋」と呼ばれ親しまれている現役の土木遺産)=1967年
- 不動川砂防歴史公園の砂防設備群(明治初期のデ・レーケの手による現役の堰堤と関連施設であり、市民に愛される土木遺産)=1875年~1922年
- 摩耶大橋(当時前例のない1本主塔の斜張橋であり、摩耶埠頭と新港突堤を結んで、神戸港の発展に寄与した貴重な現役の土木遺産)=1966年
- 神戸大橋(我が国最初のダブルデッキ構造を有する橋梁であり、新港第4突堤とポートアイランドを結び神戸港の発展に寄与した現役の土木遺産)=1970年
【中国支部】1件
翁橋(大正から昭和初期に橋面が煉瓦舗装された数少ない橋梁のうち、当時の舗道煉瓦が全面に残っている極めて貴重な橋梁)=1926年
【西部支部】2件
- 山国橋(昭和初期に建設されたRC造の長大橋であり、ゲルバー桁や二穴式の煉瓦積み橋脚を有する貴重な地域の土木遺産)=1934年
- 赤尾木港の岸岐と築島(巻石構造を有する堤防及び護岸で、江戸期鹿児島の離島における築港技術を伝える貴重な土木遺産)=岸岐・1781年 [昭和初期に改修]、築島・1862年