ポニーテールの若い女性が建設現場にやってきた!
暑い季節になると、あの「ドボジョ」を思い出す。
建設省(現:国土交通省)発注の道路改良工事で、現場代理人を担当していた19〇〇年の夏だった。
「こんにちは。土本すず(仮名)といいます。お願いします!」
一人のドボジョが、私の現場を手伝ってくれることになった。下請協力業者の職員としてだ。
ポニーテールで目鼻立ちのハッキリしている女性だった。間違いなく、「かわいい」の部類に入る。ひと目見た瞬間から、私はその女性に魅せられてしまったのである。
職長さんが「それじゃ、新規入場者教育頼むぞ」と私に言い残し、現場へ行ってしまった。「えっ、この子と2人きり?現場事務所で説明するの?」私はどのように接して良いのか分からず、戸惑ってしまった。ふだん現場で対応している職人さんは、ほとんど高齢のベテラン男性ばかりだからだ。
そんな私の動揺など構わない気さくな彼女。「ヒロさん、ここは職長さんの名前書けば大丈夫ですか?」と色々質問してくる。
ちょっとしたやりとりに私の緊張はマックスに到達しっぱなしだった。脇から、額から、汗が流れた。
書類を書き終えた彼女が事務所から出ていくと、室内はフローラルな香りが漂った。「いやいや、夏だからといって現場代理人は浮かれてはいけない」そう自分に言い聞かせ、気持ちを引き締めた。
コンクリートのコテ均しはスケーターのように美しい
25歳の女性に現場作業ができるのか半信半疑だった。怪我でもされたら大変なことになる。不安でたまらなかったが、現場での彼女の立ち回りにそんな余計な心配はいらなかった。
型枠の締めつけは慣れた手つきで、特にコンクリートのコテ均しは、スケーターのようになめらかで美しく、見とれた。誰にも指示されることなく、黙々と仕事をこなす彼女の姿に、私は現場代理人の立場を忘れて、萌えた。
測量や丁張りも手伝ってくれた。「私が杭打ちますよ」「レベル見ますか?」彼女は手先が器用で何でもできた。写真撮影では、「ちょっと黒板下げて」と、モデルを撮っているカメラマンの気分だった。
彼女がいると現場が活気づいた。生コンの運転手さんにも人気があった。いつも現場はきれいに整頓されて、いつ掃除したのか仮設トイレはピカピカになった。
私と彼女は自然と世間話もするようになった。休日はバイクに乗っているという。彼女らしかった。ポニーテールをヘルメットからなびかせて走っている姿を想像した。
もう、どんどん彼女に惹かれていく自分を止めることができなかった。「今度食事でもいかない?」思い切って誘ってみた。彼女の答えは「そうですね、今度」語尾が下がり、微妙だった。
普段着のドボジョはまぶしかった!
ある日、職長が「納涼会をやろう」と誘ってくれた。もちろん彼女も参加だ。私はその日を楽しみにした。
当日、焼肉屋で見た彼女の普段着の姿はまぶしかった。グレーのTシャツにブルーのデニムという、いでたち。
ポニーテールはほどかれ、薄くブロンドにそめた髪は肩まであった。「シンプル・イズ・ベスト」とは彼女のための言葉だと思った。彼女から私は目を離せなかった。お酒は飲めないらしいが、ここでもさわやかな笑顔とトークで場を盛り上げてくれた。
「土本、結婚の準備は順調?」職長が言った。「彼の両親に挨拶しましたよ」と彼女。ビールジョッキを持つ私の手が止まった。彼女には婚約者がいたのだ。この瞬間を境に私のテンションは急降下したのはいうまでもない。「ごめん、お話きいた?」帰り際、彼女が言った。「うん、びっくりしたよ」私はそれしか答えられなかった。
あの時「おめでとう」と言えなかったことを後悔している。
最近は昔よりも建設現場に女性が増え、「現場恋愛」「現場結婚」なんてことも珍しくなくなるのかもしれない。
今でもポニーテールの女性を見ると思いだす。夏の「ドボジョ」の思い出だ。