コンクリートのコテ均しはスケーターのように美しい
25歳の女性に現場作業ができるのか半信半疑だった。怪我でもされたら大変なことになる。不安でたまらなかったが、現場での彼女の立ち回りにそんな余計な心配はいらなかった。
型枠の締めつけは慣れた手つきで、特にコンクリートのコテ均しは、スケーターのようになめらかで美しく、見とれた。誰にも指示されることなく、黙々と仕事をこなす彼女の姿に、私は現場代理人の立場を忘れて、萌えた。
測量や丁張りも手伝ってくれた。「私が杭打ちますよ」「レベル見ますか?」彼女は手先が器用で何でもできた。写真撮影では、「ちょっと黒板下げて」と、モデルを撮っているカメラマンの気分だった。
彼女がいると現場が活気づいた。生コンの運転手さんにも人気があった。いつも現場はきれいに整頓されて、いつ掃除したのか仮設トイレはピカピカになった。
私と彼女は自然と世間話もするようになった。休日はバイクに乗っているという。彼女らしかった。ポニーテールをヘルメットからなびかせて走っている姿を想像した。
もう、どんどん彼女に惹かれていく自分を止めることができなかった。「今度食事でもいかない?」思い切って誘ってみた。彼女の答えは「そうですね、今度」語尾が下がり、微妙だった。
普段着のドボジョはまぶしかった!
ある日、職長が「納涼会をやろう」と誘ってくれた。もちろん彼女も参加だ。私はその日を楽しみにした。
当日、焼肉屋で見た彼女の普段着の姿はまぶしかった。グレーのTシャツにブルーのデニムという、いでたち。
ポニーテールはほどかれ、薄くブロンドにそめた髪は肩まであった。「シンプル・イズ・ベスト」とは彼女のための言葉だと思った。彼女から私は目を離せなかった。お酒は飲めないらしいが、ここでもさわやかな笑顔とトークで場を盛り上げてくれた。
「土本、結婚の準備は順調?」職長が言った。「彼の両親に挨拶しましたよ」と彼女。ビールジョッキを持つ私の手が止まった。彼女には婚約者がいたのだ。この瞬間を境に私のテンションは急降下したのはいうまでもない。「ごめん、お話きいた?」帰り際、彼女が言った。「うん、びっくりしたよ」私はそれしか答えられなかった。
あの時「おめでとう」と言えなかったことを後悔している。
最近は昔よりも建設現場に女性が増え、「現場恋愛」「現場結婚」なんてことも珍しくなくなるのかもしれない。
今でもポニーテールの女性を見ると思いだす。夏の「ドボジョ」の思い出だ。
キュンキュンしました。
泣いてもええんやで!
現実見ろよ