現場を変えていく: テクノロジーが建設業を変えるとき

未来の施工管理技術者に必要なスキルは何か

私が連載する「現場を変えていく」という記事の目的は、建設現場をより良いものに変えることをメインテーマとしている。私にとっての「より良い」とは、建設業の近代化のことを指している。私の感覚として建設業は製造業と比較して30年以上遅れていると感じている。その遅れを取り戻すためには、まず現場から変えていかなければならない。

現場を変える一環として、私はこれまで現場環境の問題提起をメインとして、現場の課題や問題意識の提起、変革の必要性を唱えてきた。特に長時間労働の常態化や施工管理技術者のあり方については、重要な課題として取り上げてきた。

そして、前回の記事「現場を変えていく: 残業212時間 新国立競技場で起こった過労自殺」によって、現場の環境改善と変革の必要性が残念な形ではあるが、大きなインパクトで読者の皆様にお伝えできたと思う。今後は建設現場がどのように変わっていくのか、今の技術トレンドは何か、未来の施工管理技術者に必要なスキルは何かに焦点を当てて、記事を連載していきたい。

――このような前置きを必要としたのには理由がある。今回の記事では、ある種の衝撃的な未来像を読者に伝えるからである。

2030年までにCADオペレーターは99.6%の確率で代替可能になる

英オックスフォード大学と野村総合研究所の共同研究の成果をまとめた書籍「誰が日本の労働力を支えるのか」によれば、CADオペレーターは2030年までにコンピュータやロボットによる代替可能性が99.6%なのだという。さらに測量士についても、97.3%の確率で同様に代替可能になる。その他、サッシ工は97%、タイル・レンガ工は92.5%と工種ごとに差はあるものの、建設業全体は高い代替可能性を示している。

この結果を見るにあたって注意してもらいたいことを先に述べる。まず第一に、代替可能性とは2030年までに、ある職種の1人あたりの作業がコンピュータやロボットによって代替可能になる確率を意味する。次に、代替可能性は技術的に代替可能かどうかを示しており、実際に代替されるかどうかを示しているわけではない(つまり、CADオペレーターの99.6%が必要なくなるという意味ではない)。

この研究は建設業に限らず、全産業の職種601項目について調べたものである。また研究成果の結論として、日本の労働人口の49%は代替可能になる可能性が高いとしている。しかし、建設業の職種がとりわけ高い代替可能性を示しているのには、建設業に内在する構造的な問題と関係している。その点について今回の記事で解説していく。解説のキーワードは「熟練」だ。


建設業は「熟練」が大好き

建設業を生業にしている人は、熟練という言葉が大好きだ。熟練の建機オペレーター、熟練の左官、熟練の鳶、熟練の現場監督……とにかく自分の腕に磨きをかけるのが建設業という雰囲気がある。一人前となるためには5〜10年の時間をかけて、自身の技を磨いていく必要がある。つまり長い年月をかけて得られる熟練という称号こそ、建設業における栄誉なのである。

日本人の国民性として、ひとつの技を生涯をかけて極めることに美徳を感じる傾向が強い。このことは言葉の使い方を考えれば客観的に証明できる。例えば、アラスカに住む先住民族エスキモーには、日本語の「雪」に相当する単語が52個ある。これはエスキモーにとって雪が身近で、生活習慣に非常に強い影響を与えるために生じた現象である。
これと同じような言葉は日本語と英語の間にもある。例えば、コンピュータやAIなどのことを、英語では「テクノロジー」と表現する。テクノロジーを日本語では「技術」と表現する。しかしこの「技術」という言葉に相当する英語は他にもある。それは「スキル」だ。スキルとは「個人が習得した技術」のことであり、技能とも呼ばれる。一方、「テクノロジー」は具体的な「もの、こと」を示す言葉で、発明品などを指すことが多い。建設業の場合、職人のことを「技能者」、現場監督のことを「技術者」と呼ぶことはあるが、「技術力」などのように「技術」がテクノロジーのことを示しているのか、「スキル」のことを示しているのか分かりにくい言葉もある。

また「あの人の技術は真似できない」などのように、口語では技術をテクノロジーなのかスキルなのかで区別しない(ちなみにこの場合の技術は当然「スキル」を指している)。つまり、日本人は技術を「スキル」と「テクノロジー」を同一視する傾向がある。背景には日本の歴史的な成功体験が、両者によって支えられてきたことが大きい。

日本を成長させた「カイゼン」と、その歯車の崩壊

資源の少ない日本にとって製造・加工の技術が経済成長を支えるリソースとなったことは想像に難くない。
例えば、同じ製品を作っている人達の中で、突出して「上手」に製品を作る人がいたとする。そういう人は周りから優遇され、職人や匠などと呼ばれるようになる。しかし工業化するためには、その職人の技を他の人も出来るようにしなければならない。そこで、その職人がどのように製品を作っているのかを観察し、マニュアルにしていく。そして他の人は、そのマニュアルに従って物を作ることによって、品質の高い製品をみんなが作れるようになる。これは個人のスキルをテクノロジーに転換した一例である。

このプロセスを繰り返した結果、日本は産業立国として高度経済成長を遂げた。さらにスキルをテクノロジー化する仕組みは「カイゼン(改善)」と呼ばれ、諸外国の手本となった。しかし、グローバル化とコンピュータ技術の成長の速さは、カイゼンの性質と一致しなかった。

カイゼンは年月を必要とする。まず反復作業を通じて、熟練の作業員を生み出さなければならない。さらにその人の行動を観察し、改善点を見つけ出し、それを明文化しなければならない。一方でグローバル化が進むにつれて、確立された新しいテクノロジーが日本に輸入されるようになった。テクノロジーの到来はカイゼンにより成長してきた日本人の成功体験とは相反するものであった。

しかし製造業では、グローバル競争の激化により否応無しに、新しいテクノロジーを取り入れる必然性が生じた。そのため、新しいテクノロジーに寛容な土壌が整い、さらに積極的にテクノロジーを取り込もうとする意識が生まれた。その一方、国内需要に頼り切ってきた建設業では、カイゼン文化に依存し続けることになった。この名残りは、建築士の製図試験が未だに紙であったり、確認申請や竣工図書などが全て定められたテンプレートで記載されていることに見ることができる。


建設業従事者の減少とテクノロジーの受け入れ

だが、昨今の建設業従事者の減少や高齢化による大量離職が現実味を帯びてゆく中で、新たなテクノロジーを求める動きが相次いでいる。BIM(ビム。ビルディング インフォメーション モデリングの略)やCIM(シム。コンストラクション インフォメーション モデリングの略)といったコンピューティング技術やAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などのテクノロジー開発が進んでいる。

例えば、建機大手のコマツは、スマートコンストラクションというコンセプトを全社的に掲げている。これは現場全体にITの技術を用いて、安全性と生産性を高める包括的なソリューションである。具体的には、建機オペレーションをコンピュータがアシストするICT建機の導入や、ドローンを使った3Dモデリングなどがある。

測量も変わろうとしている。これまでの三角測量は徐々にレーザーに置き換わり、自動追尾機能を持った測量機が増えているが、それだけではない。360°レーザースキャナーの登場がこれまでの測量の常識を変えてしまった。360°レーザースキャナーとは、別名全方位型レーザースキャナーとも呼ばれる。形状はメーカーによってだいぶ変わるが、遠目から見ると従来の測量機と変わらない。しかしよく見ると、真ん中にレーザー照射機がついており、斜めに設置された鏡がその周りをグルグル回るようになっている。これによってレーザーは全方位360°の周辺の状況を取得する。このようなデータは点群データと呼ばれる。その名の通り、周囲の状況が点で表現されている。データは一見すると写真のようにも見える。しかし点群データには、写真にはない情報が含まれている。それはスキャナから任意の点までの正確な位置関係だ。これにより、ある点からある点までの距離が正確に計測できる。さらに点群を断面で切り出せば、断面図がすぐに作成できる。

このような技術はUAV(無人航空機の略、一般にはドローンと呼ばれる)を活用して、土木現場などの広範囲なデータの取得にも利用されている。UAVにスキャナを搭載して上空から点群データを取得することで周辺の点群データを一気に取得し、GNSSなどと連携して地理情報とマッピングさせることで、正確な位置情報とモデリングが可能になる。

いま紹介した技術は既に実用段階に達しており、導入しようと思えば今すぐ必要機材やソフトウェアを購入できる。そして、これらの技術は熟練の技と違い、習得までに5年も10年もかからない。

テクノロジーは人の創造性を高める

ではテクノロジーはこれまでの熟練の技を破壊してしまうのだろうか。ある部分ではその通りになる。既成概念を破壊し、今までの仕事をなくしてしまうかもしれない。

こういう話をすると「AIがあなたの仕事を奪う」といったような見出しの記事が必ず出てくるが、そうではない。テクノロジーは仕事を奪うのではなく、人がより創造力を発揮できるように働きかけるものだ。もしCADオペレーターが行っている作図が自動化されたなら、人間はデザインというより創造的で高度な仕事に時間を割くことができるようになる。

今後のテクノロジーは、これまで人間が行ってきた単純作業を代替するものが増えてくる。実はこれは今までのトレンドとは逆行する流れだ。これまでのテクノロジーは、人にはできない高度なことをするためのものだった。例えば大量の情報を処理したり、人間にはできない計算をするためのテクノロジーが開発されてきた。だが今後はより人間に対し、フレンドリーなテクノロジーが登場してくる。例えば、重たい荷物を代わりに運んでくれたり、書類を代わりに書いてくれたりするようになる。これは技術的に劣っているように見えるが、コンピュータの世界では、子供でもできるようなことを実行するのが最も難しいのだ。

このようなテクノロジーをうまく取り込められれば、私たちの活動の幅は大きく広がってくる。それはiPhoneが私たちを常にネットに接続できる環境を作り上げたように、あるいはAmazonがどんなものでも安く、翌日に商品が届くようにしたのと同じように、私たちの仕事や生活を根底から変える。問題は私たちが新しいテクノロジーをうまく使いこなせるかどうかだ。

今後の施工管理技術者にとって求められるのは次々と登場してくるテクノロジーを活かし、いかに現場を効率化させられるかというスキルだ。ネット上の大量の情報に淘汰されず、情報を活かすスキルが求められるように、次々現れるテクノロジーから現場の課題を解決するものを選び出し、柔軟な思考でアイデアを形にする頭を持つことである。それは結果的に「現場を変えていく」ことにつながる。そして現場を変えていくことが、健全な建設業の発展に必要であることはいうまでもない。

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1987年生まれ。青山学院大学大学院理工学研究科修士。株式会社大林組に入社。設計・施工に従事後、システムの企画・開発を行う。その後、オートデスク株式会社に入社。テクニカルスペシャリストとして従事。現在は外資系コンサルティングファームにて建設業、製造業のコンサルティングに従事。
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