建築設計事務所業界に激震。日事連会長の会社が破綻
名門建築設計事務所である協立建築設計事務所(大内達史社長)と、関連会社・協立ファシリティーズは10月24日、東京地裁に破産を申請し翌25日、破産開始決定した。負債総額は協立建築設計事務所と関連会社の2社合計で約9億6000万円。破産申立人は篠崎・進士法律事務所の金山真琴弁護士が担当し、破産管財人には梶谷綜合法律事務所の岡正晶弁護士が選任された。このニュースに建築設計事務所業界全体に激震が走った。
業界の衝撃理由は、一建築設計事務所の破産にとどまらず、社長をつとめていた大内達史氏は、日本建築士事務所協会連合会(日事連)の会長も兼務し、設計士として豊富な実績と高い知名度を有しているからだ。ちなみに、大内達史氏は日事連会長退任の意向を示している。
今、公共・民間建築工事は好景気にわく一方で、建築設計事務所業界に一体何が起っているのか、この破綻劇をリポートした東京商工リサーチの後藤賢治情報本部情報部課長の保有する資料をもとにインタビューを行い、真相を探った。
協立建築設計事務所は、1959年に設立、銀座界隈や公共・民間建築の設計を行なってきた。最盛期である1992年2月期は売上高17億6873万円をあげていたが、競争激化や不動産市況の変動などの影響を受け、次第に業績が後退していた。
1998年に日本大学卒後、建設会社を経て同社に入社した経歴を持つ大内達史氏が社長に就任。会社の建て直しをはかろうと試みてきた。
避けられなかった破綻シナリオ
東京商工リサーチが独自に入手した破産申立書によると、破綻はかなり前から避けられなかったようだ。
協立建築設計事務所は2009年4月に本社ビルを購入したが、この頃から資金繰りが苦しくなっている。幹部社員給与、外注費、公的債務の支払い遅延が始まっていた。
ここで理解に苦しむのは、なぜ、経営が厳しい折に、本社ビルを購入したかだ。申立書にも本社ビル購入の理由が明記されていない。
2011年には、リストラ、本社ビル売却などの経営改善策を実施。そのため、2012年6月期決算では売上高7億6,600万円、利益2億5,200万円と一時的に回復したものの、その後、売上高は6億~7億円に低迷。2014年には協立ファシリティーズの虎の子の部門であるビル管理事業も売却している。また、2013年には幹部社員にとどまっていた給与遅配が若手社員にも波及、2015年には、なんの予告もなく最高幹部や幹部が退社、人材流出も激しくなり、破産前には、業務を遂行する能力が協立建築設計事務所にはなく、大型案件をキャンセルする事態に陥っていた。大内達史氏は、これに対して、破産申立書には明確にしていないものの、人手がかからず収益の見込めるニッチなビジネスに着手し、問題の打開にあたっていたと吐露している。
しかし、毎年の決算ではおよそ2億以上の赤字を出し、抜本的な解決にならなかった。破産する前の最終決算は6億800万円の売上高で利益は71万円であった。
銀行からの新規借り入れは難しく、大内達史氏の個人的な人脈により、資金繰りを続けていたが、最後の引き金は、幹部社員をはじめ多くの人材流出が続き、破産に至ったと言うことである。
協立建築設計事務所前(10月27日撮影)
東京商工リサーチのリスクスコア履歴を見ると「2」が続いているが、リスクスコアで「10」を切ると破綻する確率は10%に跳ね上がり、「2」はかなり危険水域である。
なお、「リスクスコア」とはDun & Bradstreetが開発し、東京商工リサーチが統計的手法に基づき算出している、向こう12ヶ月の倒産確率を統計的手法を用いて数値化(毎日更新)した客観的な指標である。
10月27日に協立建築設計事務所を訪問してみると、事務所は閉まっており、従業員の姿もなく、告示書が張られていただけであった。
ちなみに、大内達史氏が会長を務めている日本建築士事務所協会連合会(日事連)は、建築士事務所の適正な運営と発展への寄与を目的に設立された組織。建築士法に基づく法定団体にも位置付けられている。後任は未定で現会長は今も大内達史氏である。16年6月には日事連会長に再任、現在は2期目であった。
建築設計事務所の経営の問題点は高コスト体質に
東京商工リサーチの後藤課長はこの破綻劇をこう見る。
「決算数字から見ると協立建築設計事務所は技術か設計のどの理由かは分りませんが、高コスト体質が続いていました」
あくまで推測と断りつつも、「生産性向上のため、優れたCADソフトの導入よりも、人海戦術に頼り、細かい設計は外注していたと考えています。その結果、設計費にお金がかかり財務体質が悪化し、当面の資金繰りを確保するために、ダンピング受注を繰り返し、目先の前受金の確保に全力を注ぎ、運転資金にあてていたのではないでしょうか」と分析している。
この高コスト体質は社員の給料が高いのではない。一般的な会社にもあてはまるが、必要なソフト導入や設備の購入をためらうため、生産性が向上せず、結果的に高コスト体質の会社になってしまう。設備投資による生産性向上が現実的な経営手段だが、代表が高齢者であればなるべく人海戦術で行なうのが建築設計事務所の慣例という指摘もある。ちなみに、大内達史氏は北海道生まれの76歳。
東京商工リサーチの調査によると、2016年の全国社長の平均年齢は、61.19歳。全国平均と比較しても大内達史氏の76歳という年齢は高く、思い切った設備投資ができなかった要因である可能性もある。
後藤氏は一般論としつつも、このような見立てもしている。
「60代後半から70代が代表をつとめている会社は増収が少なく、赤字が多い傾向にあります。新規の投資をしないため、生産性が上がらないためです」
社員は63名いたが、プロダクション系建築設計事務所は人手の確保は必須。しかし、今回の破綻劇での教訓は生産性向上による高コスト体質からの脱却が必要だった。それができなかった、あるいはその努力を怠ったためと後藤氏は総括している。
マンション建築設計でダンピングも?
しかも最近は、マンション建築設計に注力をしていた。プロダクション系であり、中堅の建築設計事務所はマンション建築を主力業務とすると厳しいのではという声は、前々から建築設計業界内ではささやかれていた。
その理由は、特殊なデザインや技術が必要も無く、デベロッパーも人件費や資材費が高騰している中で、設計費をなるべく安く抑え、顧客にマンションをより安価で提供したいという意向が強く働いているからだ。さらに、マンション設計監理を受注したい建築設計事務所は多く、競争も激化。そのため、目先の運転資金ほしさにダンピングを行なう建築設計事務所も存在する。
「デベロッパーからもなるべく安くという圧力があったのも推察できます」としながらも、「高コスト体質を改善できなかったことは経営者の大きな問題」と後藤氏は指摘する。
人材流出型倒産というレアなケースに
後藤氏はこの破綻劇についての分析はもう少し時間をかけたいという。取材を進めると会社のコアなメンバーが次々と退職したことが明らかになっている。
「今回の破綻は、人材流出が大きな要因。しかし、それは赤字体質が慢性化し、リストラを進めることで不安感を抱いた社員の多くが人材流出したのか。人材流出がおきたから、赤字が慢性化したのか、どちらが主要因なのか見極めたいです。卵が先か鶏が先かのような破綻劇であり、いずれにしても経営者の後継者不足による倒産は多いですが、人材流出型の破産はレアなケース」
こうしてさまざまな角度から分析すると、建築設計事務所の体質改善は今こそ求められている時代はない。そういう意味で設計事務所は今後、2極化していくという。アトリエ系で凝った建築設計を行なう事務所は家族経営が多く、自分の裁量で仕事ができる環境にあるが、プロダクション系建築設計事務所は今後大きな分岐点に立っている。
「設備投資も行ない、高コスト体質を改善することで財務指標が良いところは、良い人材も集まり、良い仕事も確保できます。その好循環をつくれる建築設計事務所は今後とも繁栄していくでしょう。
しかし、人海戦術に頼り、設備投資を行なわず、生産性も上がらない建築設計事務所はこの人手不足の折、人材が流出します。そしてダンピングを繰り返し、場合によっては経営破綻するケースも出ます」
協立建築事務所前に張られた告示書
名門建築設計事務所でも経営手法を誤れば破綻の事態に
この後藤氏の指摘は東京や大阪などの大都市でも、地方でも起りうるシナリオだという。協立建築設計事務所の破綻は、「名門であってもいったん下り坂になると取戻すことがなかなか難しい状況であることが、今、建築設計事務所におかれている環境」(後藤氏)。
アベノミクスで好景気に沸く建設業界。しかし、経営手法を誤れば、名門であっても破綻と隣り合わせにあるのが今の建築設計事務所だ。
ゼネコン側の視点であると信じられないかも知れないが、「建築設計をするのが楽しくて仕方がない」という”設計の鬼”が一定数いるのも事実。
設計の業務は決して楽ではなく、時間もかかる。そのため、若いうちは経験値を積むため、決して高くない給料で建築設計事務所に勤務し、経験値を積み、いずれは独立の道を歩むかもしくは事務所の経営者側に立つのが建築士の人生だ。
ゼネコンには、名門・協立の設計ファンや大学の建築学科の学生には、「名門の協立で勉強していずれ独立したい」という強い意志を持った人もいた。建設業界からも破綻を惜しむ声があがる。
しかし、建築設計事務所の経営は決して楽ではない、という厳しい現実も合わせて突きつけたのが今回の破綻劇でもある。