本記事は「Redshift 日本版」とのパートナーシップにもとづく転載記事であり、オートデスク株式会社の許諾を得て掲載しています。
建設業界における3Dプリント活用
建設業界における3Dプリントは、つい最近まで決して大きな存在ではなく、趣味やデザインコンペの範疇だった。だがそんな時代も、あっという間に過去のものになりつつある。
例えばオランダのアイントホーフェン工科大学は今年6月、Houben & Van Mierlo Architectenの設計による方尖柱状のコンクリート製住宅を3Dプリントする計画「Project Milestone」を発表した。この試みを同大学は「3Dプリントによる世界初の商業住宅供給プロジェクト」だと説明している。3Dプリント建設の市場は、2017年の7,000万ドルから2027年には400億ドルへ成長すると産業レポートで予測されており、住宅供給はその市場の一部に過ぎない。
建設業界は、とりわけ複雑な形状の実現や、危険区域や僻地での建設、材料の廃棄や現場での建設コストの削減といったメリットを実現するため、3Dプリントに目を向けるようになっている。3D プリント用ソフトウェアや設備の向上に伴い、建設業界の企業各社やスタートアップは、実際の製造における3Dプリントのポテンシャルを認識しつつある。
建設業界に革新をもたらしている3Dプリントの実例をいくつか紹介しよう。
3Dプリント製の橋
オランダ企業MX3Dはロボットと専用ソフトウェア、溶接機を使用して全長12 mの3Dプリント橋を建設。この橋はアムステルダム最古の運河であるアウデザイツ・アフテルバーフワルに架けられる予定だ。 [提供: Thijs Wolzak/MX3D]
Joris Laarman Labがアラップ(国際的エンジニアリング・コンサルティング会社)と連携し、オートデスクやArcellorMittal、Heijmans、Lenovoなどのパートナーのサポートを得てデザインされたこの橋は、現在インペリアル・カレッジ・ロンドンで構造検証テストを受けている。
MX3Dの共同設立者、前CTOのティム・ゴーチェンス氏は「こうした奇抜で実験的な橋の検証には、全く新しい手法が必要です」と述べる。「新たな手法となるのは、全てをデジタルで行う方法です。デザインを行ったら、それをソフトウェア パッケージで検証して、法令準拠の認可を得ます。ただし、プリントされる形状の材料特性については、かなり未解明な部分があります」。MX3Dは、手すり部分などさまざまな位置で物理モデルの耐荷重をテストし、精密な調整を行うつもりだ。
この橋は10月のDutch Design Weekに出展され、全てが計画通りに進めば、2019年にはアムステルダム市内に設置される予定だ。Alan Turing Institute の開発による橋のセンサー ネットワークが、張力や振動、ずれ、環境データをリアルタイムに収集。Amsterdam Institute for Metropolitan Solutions は、このデータをアムステルダム市のスマートインフラ網に接続する予定。だがゴーチェンス氏は「3Dプリントは、効率性が全てなのではありません」と述べている。「暮らしにおける喜びや審美的な要素も非常に重要だと考えています。商業的な目的だけでなく、それが可能であるから作る、という場合もあるのです」。
3Dプリント製の住宅
YRYS Concept Houseでコラボレートする18組のパートナーのうち、XtreeEは実験的住宅構造用の支柱 (画像) と有孔壁を作成した [提供: XtreeE]
そんな中、YRYS Concept Houseは非常に興味深いプロジェクトで、フランスの建設企業Maisons France Confortと大型3DプリンターメーカーXtreeEなど18組のパートナーが建設中だ。XtreeEは、急速に硬化するコンクリート層を押し出す射出成形を使用して、上階の部屋を支える有孔壁と4本の構造柱を作成した。
XtreeEの共同設立者であるジャン=ダニエル・クーン氏は、フランスの建築史はコンクリートで定義されていると指摘する。ル・コルビュジエが好んで使用した材料「béton brut」(フランス語で「打放しコンクリート」を意味する) は、ブルータリズム建築の基盤となっている。だがXtreeEの運営指針のひとつは、コンクリート消費の抜本的削減にある。「この世界はコンクリートで作られています」と、クーン氏。「コンクリートの主成分であるセメントの製造は、全世界での炭素排出量の8%に上ります。コンクリートは非常に優れた材料ですが、さらに優れた方法での活用、つまり構造上必要な箇所にのみ使用することを考えています」。
3Dプリント製の人工サンゴ礁
XtreeEとSeaboostは多孔質コンクリート製「人工礁」で不規則なトンネル様形状を具体化し、住処を追われた海産種の回帰を促進した。 [提供: XtreeE]
3Dプリント製人工礁の不規則なトンネル様形状は、マルセイユ市が廃水を海へ排出した1970年代から1980年代に減少が始まった、さまざまな種類の魚類や藻類、軟体動物、サンゴの回帰を促進するようデザインされている、とクーン氏は話す。この人工礁は、石灰岩から成る自然の生育環境のポケットや横穴を再現し、危急種を捕食者から保護する。
クーン氏は、まだ3Dプリントは様々な用途でコスト効率に優れているとは言えないものの、例えば 2030年までに新規建造物のうち25%を3Dプリントで建設するというアラブ首長国連邦のイニシアチブや、アディティブ マニュファクチャリングに関する英国の国家戦略など、政府の施策が市場を変化させ始めることで、それも変わりつつあると話す。「3Dプリントで起こっていることは、BIM で起こったことと似ていると思います」と、クーン氏。「材料削減の影響は極めて大きく、各政府も「環境保護の観点からも意味がある」と考えるようになってきています」。
3Dプリント製のパビリオンとバンドステージ
ナッシュビルの全高6mの格子構造OneC1TYバンドステージは、25〜30cmの降雪、時速145kmの風荷重に耐え得る構造となっている。 [提供: Branch Technology]
Branch Technology設立者兼CEOのプラット・ボイド氏は「私たち人間の構造を、細胞レベルでの類推したものです」と話す。「この3Dプリント製のコンポーネントは、細胞の外壁のように機能します。その強度は充填材と血液、水でもたらされます」。
Branch Technology は2018年6月、報道によると世界最大規模となる3Dプリント製構造体を発表した。ナッシュビルのOneC1TY用に建設された、直径12.8m、全高6m の バンドステージだ。この軽量の炭素繊維構造は、ヒューストンのデベロッパーCambridgeの委託によるもので、CORE Studio のThornton Tomasettiとの連携により、ナッシュビルの建築基準法に従ってデザイン、建設された。建築基準法では、2.5cmの着氷、25〜30cmの降雪、時速145kmの風荷重に対する強度が求められている。
当初の分析では大径間の支持に鋼製の基礎構造を使う必要があると示唆されたが、その後の研究では曲線の幾何学的設計により、基礎部分以外で鋼の必要性を排除できることが示された。これは同様の鋼構造のコストの約半分となり、プロジェクトを予算内に収められることになる。
「私は建築家であり、お決まりの箱を作ることを強いられることも多いのです」と、ボイド氏。「パラメトリック建築は非常に興味深い活動ですが、それはレンダリングや、平方フィートあたり 800 ~ 1,500 ドルのプロジェクトを行える「スター建築家」に限定されます。私は、こうしたクリエイティブなデザインを、標準的な建設予算内に収められる可能性に心を躍らせています」。