指示が細かすぎる建設コンサルタント
現場の作業員たちは、この現場の建設コンサルタントである日本人Iさんのことを「ミスター2エムエム」と呼んでいた。
ブロック積みの誤差を「2mm以内にせよ!」と指示された現地のガーナ人ワーカーが名付けたニックネームだ。とにかく指示出しが細かいコンサルで、日本のゼネコン技術者たちにも嫌われていた。
この建設コンサルタントIさんは、もともと早稲田大学の先生で、非常に博学だった。71歳と高齢だったが、頭の回転も非常に速かった。
私は国内国外を含め、いろいろな建設コンサルの人たちと仕事をしてきたが、唸るほど感心した建設コンサルは、このIさんが初めてだった。
普通だったら「まあ、その位でいいでしょう」と妥協する場面でも、Iさんはさらにひと押し、二押し、三押しと、徹底的に追求してくる。
私自身も、どちらかというと「いい加減に済ませること」が嫌いなタチなので、この現場にとっては良い傾向だと感じたが、他の日本人技術者からは「あんなに細かいところまで指示するなんて異常だよね」と、すこぶる評判がよろしくなかった。
その結果、工期を早めたいゼネコンOBと、バトルが勃発することになったのである。
承認を出さない建設コンサルタント
私が描いて提出した図面も、Iさんから一発でOKが出ることは無かった。
この現場では1枚の図面に掛けられる時間が限られている。そのため、どうしても図面の完成度は、私自身が見ても「もうちょっと情報を書き込むべきだ」と思っていると、案の定「これでは駄目ですね」と突き返される。
私も意地になって「これなら文句無いだろう!」と、通常の密度よりも濃い図面を出すと「最低限これ位は描いて貰わないと、今後もOKできませんね」と言う。
いかにも学校の先生らしく、私が描いた図面を添削してくるのには相当参った。図面の内容だけでなく、線の太さ、図面のレイアウト、縮尺など細々と指示してくるので、久々に学校で教えられているような気分になった。
現場で発生した1つの問題について解決策を話し合う際も、私が何か提案すると3つ4つも疑問や質問が返ってくる。知識が豊富なので1つの問題に、いくつもの回答が浮かぶのだろう。
しかし、Iさんはこの現場にいるゼネコンOBとは違って、意地悪で言っているわけではない。それは良く分かる。要はそんな話をするのが好きなのだ。
だが、こっちが急いでようが焦っていようが、お構いなしに話題がドンドン広がっていく。私も時間があれば、もっと聞きたい内容が多いのだが、1分1秒を争ってる時は、話をどこで切ればいいかと考えながら相槌を打っていた。
毎日その繰り返しで、早く承認が欲しい時は「もういい加減にしてくれ!」としょっちゅう思っていた。
的確な現場対応の建設コンサルタント
大学の先生だから、理屈は知っていても、現場は疎いだろう。
私も最初はそう思っていたが、全くの見当違いだった。
「1日に1回は一緒に現場を回りましょう」と言われ、その時に「Iさんは大学で何を教えてたんですか?」と聞いた。すると「設計、製図、施工、設備、建築史、測量と何でも教えてたよ」と言う。
最初は「本当かな?」と疑ったが、一緒に現場を回りながら受けた指摘は、甘さや妥協のないプロの指示だった。「この人には下手なごまかしは一切通用しない」と実感せざるを得なかった。
Iさんは現場での対応も非常に厳しかった。少しの誤差も認めない。
「このぐらいは誤差の範囲内で勘弁してくれませんか?」と聞くと、「許容誤差が決まってるモノに関しては、その範囲内なら目をつぶるが、それ以外のモノに関しては基本ピッタリやって欲しい」と妥協しなかった。
日本の許容寸法と、海外のブロック
海外で入手できるブロック等は、日本の許容寸法よりさらにズレが大きい。それをそのまま日本の規則で縛ったら動きが取れない。
その話をIさんにすると、「では最初にブロックの受け入れ検査はちゃんとやりましたか?許容誤差の範囲がしっかり定められてますよね?その確認をしましたか?その書類を見せて下さい」と痛いところを突いてくる。
「いや、全部はやってません」と、しどろもどろになり、私は何かを言うたびに、やぶへびになる有様だった。
建設コンサルタントの甘さを基準にしていた反省
だが、これらはIさんが正しかった。責めるべきは私自身だった。
今まで出会ってきた建設コンサルタントの甘さを勝手に基準にして、私自身の考え方も甘くなっていた、という事だ。
Iさんの指摘が繰り返されるたびに、「う~ん、そうだよな」と、初心に帰る事と、基本の大切さを思い知らされた。
長年の経験で得た「ごまかし」が、自然と表に出ていたのだ。杓子定規な考えだけでは現場は進まない。が、やっぱり基本をおろそかにしてはいけない、と言うことなのだろう。
次回は、いよいよこの厳格なコンサルIさんと、工期を早めたいゼネコンOBの間で、バトルが勃発することになる。
(つづく)
俺も海外で働きたい。どうやって野口さんは海外で働けるようになったのかを知りたい。