大地震リスクから普及が進む「免震構造」
地震動に対する建築物の構造には、「耐震構造」「免震構造」「制震構造」の3種類があります。
地震大国の日本では、超高層建物や用途上重要な建物については、最も耐震性の高い「免震構造」を採用することが多く、今後は巨大地震のリスクから、免震構造が一層普及していくと思われます。
ですが、日本で普及率が高いのは圧倒的に「耐震構造」です。そのため、「免震構造の建物を施工するチャンスがない」「そもそも自分の会社で免震構造をやっていない」という方も多いのではないでしょうか?
そこで、今回は私の経験から、免震構造の仕組みと施工のポイントについて紹介したいと思います。
地面が揺れても建物は揺れないのが免震構造
そもそも免震構造では、基礎もしくは中間階に「免震装置」と呼ばれる積層ゴムを積み重ねたり、鉄板の上で地震動に合わせて自由自在に動き回る装置を設置したりすることで、地面からの地震動を免震装置が吸収し、建物の揺れを低減するという構造です。
つまり、地面の揺れに対して建物の揺れは小さくなり、地面と建物の動き方にギャップが生じるのが免震構造の特徴です。
揺れのギャップを吸収する「免震継手」と「免震エキスパンションジョイント」
道路(地球側)から接続されている水道管やガス管、エントランスなどは機能上、必ず地面と建物の境目を通過します。
揺れる地面と揺れない建物の境目では、配管やエントランスはどのように接続されているのでしょうか?
免震構造における配管には、道路(地球側)と建物側との接続部に「免震継手」という特殊な継手を使用しています。
この免震継手は、非常にフレキシブルに作られています。例えるなら「ゴム」のような動きをする継手です。上下左右、前後に数十センチずれても破損しない構造なので、地球側と建物側との揺れのギャップを吸収することが出来ます。
また、エントランスまでのアプローチは、普通の建物のアプローチと一見違いはありません。
しかし、免震構造では地震が起こった時にアプローチのどこかで「揺れのギャップ」が生じます。その仕掛けが「免震エキスパンション」と呼ばれる部材です。
一般的な「エキスパンションジョイント」は棟と棟のつなぎ目に使用されており、地震が起きた時にお互いの棟の動きを吸収して、時にはあえて壊れる部材です。
それに対して「免震エキスパンションジョイント」は地震時に壊れることを想定していません。地球側と建物側を「蓋」の様につなげていて、地震時にズレるような挙動をすることにより地震力を吸収します。
このように、地球側と建物側との境目には、特殊な部材で地震力を吸収する仕組みがあります。
免震建物の施工中に地震が起きたらどうなる?
上記の通り、免震建物は地震時に地面などの地球側と免震装置の上の建物側が異なる動きをすることで、建物の安全性を高める構造です。
建物が全て完成していれば、当初の構造計算により予想した挙動を示すことでしょう。
しかし、施工中に大きな地震が起きた場合はどうなるのでしょうか?
地震が起こるタイミングにもよりますが、完成した建物よりも施工途中の建物の方が建物荷重が軽い場合もあるでしょうし、最終的には取り除かれる仮設物がある場合も想定できます。
そこで、今回は2つの例を挙げて、施工中に考慮しておくべきことをお伝えします。
工事中は免震装置の機能を制限する
免震装置には、一般的な積層ゴムの免震装置の他に、「すべり支承」や「転がり支承」と呼ばれる下部プレートの上を自由自在にすべったり、転がったりすることで地震時に揺れを低減する装置があります。
ただ、施工中に「すべり支承」や「転がり支承」に自由自在に動かれると問題ですし、建物荷重が不足していると挙動が大きくなる恐れがあります。
そのため、施工がある程度進捗するまでは免震装置の機能をストッパーで制限をし、一定階まで施工が進んだ段階でストッパーを外しましょう。
すると、免震装置の上階を施工する時にグラグラ動いて施工しづらいということは起きません。
足場やタワークレーンなどの仮設物は、建物側に設置する
外部足場やタワークレーン、工事用のエレベーターなどの仮設物は、工事中に地震が発生したときに倒壊しないような設置が求められます。
具体的には、外部足場やタワークレーン、工事用のエレベーターなどは地球側ではなく建物側に設置すると、地震時に建物と仮設物の挙動が同じになり倒壊しなくなります。
タワークレーンなどは設置位置が地球側になる場合もありますが、その場合は安全性を検証する必要があります。
また、足場の場合は建物側と地球側とでは60センチ程度の挙動の違いが発生するので、壁つなぎなどで吸収することが難しくなります。
そのため、免震ピットを塞ぐために1階の床部分にはね出しているスラブ上に足場を設置するのが良いでしょう。
ただ、現場の状況によって違ってくるため、1つの予備知識として参考として下さい。
品質管理で重要なのは「免震装置の据え付け」
免震構造の中で最も重要な部材は、言うまでもなく「免震装置」です。
では、免震構造の建物を施工する上で、最も重要な作業が免震装置の据付け工事かというと、そうではありません。
最も重要なのは、「免震装置を載せる基礎(架台)」です。
免震装置は、決められた基礎(架台)の上に水平にクレーンで吊り込むだけなので、施工難易度はそこまで高くはありません。
しかし、免震装置の基礎は、免震装置と接続するアンカープレートの下部を90%もしくは95%の充填率でコンクリートを打設しなければいけません。
もしも、免震基礎の下部プレートの下へのコンクリートの充填率が悪く空隙があると、建物の柱の荷重が免震装置から下部プレートへ掛かるので、応力に負けて変形する場合があります。
免震基礎の下部プレートのコンクリート充填率を上げるのは相当の技術が必要です。
なぜなら、コンクリート打設後に生じるフリージングなどにより生じる沈下や気泡などが欠陥へと直結することになるからです。
コンクリートの充填率を上げる技術はゼネコン各社のノウハウによるところが大きいので、具体的な内容は控えておきますが、免震基礎の打設前には大抵モックアップを作成して「試験施工」を行い、打設後に下部プレートを剥がして充填率を測定します。
現場にとってはドキドキの瞬間です。
免震建物を施工するときの思わぬ落とし穴
ここまで免震構造について説明してきましたが、施工する上で意外な落とし穴があります。
基礎に免震装置を設置する際には、ピット内の空いているスペースに設備機器などを設ける場合があります。
私が経験した現場のなかに、「受水槽」を免震ピットに設置する計画の現場がありました。
受水槽も建物側と地球側とのクリアランスに気を付けて設置しないといけません。具体的には、受水槽は免震装置より下側の床に設置するので、上部に現れる梁などからクリアランス分離して設置する必要があります。
ここまでは設計段階で検討されているので問題ありませんでした。
しかし、実際に出来上がった受水槽を見て、違和感を感じました。
その違和感の正体は、受水槽についている点検用のタラップでした。タラップが免震ピット上部の梁の際に設置してあったのです。
この案件では、受水槽の反対側に設置してあれば問題無かったので、移動してもらって事なきを得ました。
大きな設備についてはクリアランスの検討がなされていても、付属品までは検討されていない場合がありますので注意してください。
今回は免震構造についてお伝えしましたが、実際には建物によってそれぞれ条件が違うので、全ての内容が当てはまるとは限りません。
ただ、これまで耐震構造しか経験のなかった方々が「免震建物ってこんなもんか」と感じてくれれば幸いです。