昔ながらの”現場の常識”は通用しない
昔から”建設現場の常識”として通用してきたことも、最近ではハラスメントのカテゴリーに含まれることがある。星雲の志を持って建設業界に飛び込んできた若者や女性が、現場でのハラスメントに耐えられずに退職してしまったという話を聞くことは少なくない。
そこで、『建設現場のハラスメント防止対策ハンドブック(労働調査会)』『ハラスメント時代の管理職におくる 職場の新常識(朝日新聞出版)』などの著書があり、ハラスメント対策の専門家であるヒューマン・クオリティー代表取締役の樋口ユミさんに、現場監督や職人たちが建設現場で気を付けるべきハラスメント対策のポイントについて話を聞いた。
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ハラスメントはすぐにネットで拡散する時代
――ハラスメントと企業の関係性は?
樋口ユミ 私は、法人を対象とした「ハラスメント対策コンサルタント」という仕事をしています。ハラスメント防止を目的とした研修を開催したり、会社の外部相談窓口となったり、実際にハラスメントが発生してしまった際の人事労務担当者へのサポートを行っています。
ハラスメントは、その会社・団体・組織の風土といった、一種の”社風”と密接に関わっています。ハラスメントをした人、あるいはされた人だけの問題、つまり”個々の問題”に集約されないのです。
私はハラスメントされた方々に寄り添うことが仕事です。ただ、ハラスメントをした人の言い分も理解できることがあります。何でもハラスメントだとする風潮に違和感があるのも本音です。
しかし、真っ黒なハラスメントは対象者を徹底的に追い込み、場合によっては自殺してしまうこともあります。グレーなハラスメントもじわじわと人を傷つけます。
年長者の方には、「今の若者は弱い」「昔はこれくらい言うのは普通だった」などの言い分もあるでしょう。ただ、今は働き方改革に代表されるように、「今の時代にあったやり方に変える必要がある」「もっと心豊かに働く社会になって欲しい」といった働く人の声がより大きくなり、反映されつつあります。
だからこそ、ハラスメントは今、会社にとって最もリスクのある事案であり、これを防止することにつとめなければなりません。
――ハラスメントによる具体的なリスクとは?
樋口 まず、ハラスメントが横行している会社は、健全な人間関係が成立している職場ではありません。そのような職場は離職率も高いでしょう。
しかも、今は匿名掲示板や就職サイトにも悪評が書かれる時代です。新卒者からは「この会社には入らないほうがいいな」という動きも当然出てきます。実際に、人事担当者が掲示板の書き込みを常に追い、内部情報やハラスメント情報が書かれると削除依頼をする会社もあります。
悪い情報がネットで拡散し、新卒者が集まらなくなると、中途採用に頼らざるを得なくなるわけですが、会社が健全な世代交代を進めるためには一定数の若者が必要です。
若者から嫌われる会社、組織、団体は、それだけで内部改革を行う必要性があります。その一環がハラスメントの防止なんです。このリスクを建設業界にとっても他人事ではないことを知って欲しいですね。
「建設業はこういうもの」という危機感の無さ
――そもそも”ハラスメント”の定義とは?
樋口 簡単に言うと、「嫌がらせ」「いじめ」です。「相手を苦しませたり、悩ませたり、理不尽な思いをさせたりすること」と捉えるとわかりやすいですね。つまり、ハラスメントは”対象者がどう思うか”ということが基準の一つになるんです。
最近は多様化していますが、代表的なハラスメントには「セクハラ」「パワハラ」「マタハラ」「モラハラ」などがありますね。
職場のハラスメントというと会社内での出来事と思われがちですが、クルマや電車での移動中、飲み会や出張先も含まれます。実際、女性に対する性的なからかいは、飲み会などの懇親会で多く発生しています。
――建設業界では、ハラスメントが見過ごされてきた側面もありました。
樋口 確かに、建設業は命に関わる仕事ですから、指導も厳しくなりがちです。ただ、行き過ぎるとハラスメント問題へと発展します。
以前、ある建設会社の人事労務担当者から「ハラスメント研修を開催することになったので、どの点がハラスメントにあたるか指摘して欲しい」という相談がありました。
私は、この会社の男女問わず様々な現場に携わる方からヒアリングをし、問題点を抽出しました。それを本にまとめたものが『建設現場のハラスメント防止対策ハンドブック』です。
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ヒアリングの過程で、建設現場はオフィスとは違う価値観で生きているなと感じました。建設業界は、若手登用や女性活躍に重点をシフトしていると聞いていましたが、上司からの若手へのパワハラ、もくしは女性へのセクハラが未だに残っていました。ヒアリング中には、「私は平気ですが、ほかの人であれば耐えられないのでは」との話もありました。表立って問題にならなくても、辛い思いをしたケースもあったのではないかと思います。
ただ、話を伺っていると、「土木や建築はこういう業界だからこのままでいい」という意見も見え隠れしていました。ハラスメント防止は、経営の重要課題と認識し、建設業界も変わっていかなくてはなりません。一人ひとりが意識を向けて欲しいですね。
昔かたぎの「仕事は見て覚えろ」はパワハラ
――建設現場でのパワハラの具体例は。
樋口 今は建設ラッシュで、特に仕事が忙しいと思います。それに、命にかかわる問題ですから指導が厳しくなることも理解できます。
当然ながら、成長を促すための合理的思考に基づいた指導は必要です。しかし、「バカヤロー」「死んじまえ」「小学生以下」といった子供じみた発言はおおよそ指導とは言えず、明確なパワハラです。
たとえば、ある若手技能者は、工具を落としそうになったとき、職長に「バカヤロー!なにやってんだ!もうお前はいらん!」と怒鳴られました。すると、この若手は翌日から出勤しなくなってしまいました。建設業界では、ハラスメントで退職する方も少なくありません。
また、昔かたぎの職人にありがちですが、「仕事は見て覚えろ」「俺の背中を見て仕事をしろ」といった言葉もパワハラにあたることがあります。見て覚えることはとても大事ですが、「無視されている」「教えてもらえない」などのマイナス感情を抱くこともあるからです。
ほかにも、個人的に気に入らないからといって仕事を与えなかったり、意味のない長時間の叱責や説教もパワハラです。
建設業界は言葉の荒さが独特で、言葉で説明するのが苦手な人が多いなという印象です。ただ、今求められているのは、具体的かつどこを間違えたのかを教える合理的な指導です。たとえば、上司が後輩とともに事故の再発防止に取り組む姿勢は、厳しい指導であっても共感を呼びますよね。
「胸が大きいから安全帯がきついよね」
――建設現場ではセクハラも多い?
樋口 ある女性作業員から「現場で下ネタを話す男性作業員がいて困っている」という相談がありました。「胸が大きいから安全帯がきついよね」「眠たそうだけど、お盛んなんじゃないの?」などと言われるそうです。この女性はセクハラだと訴えたくても、「働きにくくなってしまう」と我慢していました。
別の女性作業員は、現場ではなく飲み会でのセクハラに悩んでいました。この女性が働く現場では、大きな工程が終わると必ず飲み会があるそうです。この女性も飲み会自体は好きなため、よく参加していました。ただ、二次会は必ずスナックで、いつも職長や先輩の席でお酌をさせられていました。しかも、盛り上がってくるとデュエットを強要され、肩を組んで一緒に歌わされることもあるようです。
お二人とも、その場では笑っていても、心の中ではうんざりしていると語っています。このような状況が続けば、建設業界で働く女性は減ってしまいます。女性が我慢しなければならない職場は健全ではありません。
また、セクハラとは関係ありませんが、現場で働く女性からは「女性専用の休憩室やトイレを設置してほしい」という切実な要望もいただきます。他産業では、男性が多い職場でも休憩スペースやトイレを男女で区分する試みがスタートしています。国土交通省も建設業界での女性活躍を謳っているので、小さな工夫からでも取り組んでほしいと思います。
「外国人には問題がある」という人種差別
――建設現場で働く外国人も増えているが。
樋口 これから、建設現場は男性だけの職場ではなく、多様性を持った人々によって支えられる時代が到来します。すでに女性も若手世代も現場に参画していますし、外国人技能実習生も活躍しています。大切なのは、こうした多様な価値観を認め合う現場であることです。
ある現場では、重要な機材がなくなったときに、真っ先に実習生が疑われたことがありました。「外国人だから問題行動を起こす」と決めつけてかかったのです。最終的には、その機材は別のところから見つかったようですが、疑われた実習生は心に深い傷を負いました。
また、別の現場の実習生は、日本人の社員から「バカ」「͡この野郎」などの暴言や工具でヘルメットを叩くなどの暴行を受け、うつ病になり労災認定を受けています。「〇〇人だから、問題があるだろう」という思想は人種主義と言って、人種差別を正当化する間違った考えです。
現場に多様性がもたらされること、あるいはご自身とは異質な性格を持った人が来ることに抵抗がある方もいるかもしれません。しかし、現場の一人ひとりが大事な戦力で、等しく大切な人材だと認識することで、ハラスメントはなくなります。
これからの現場で良い技術者や技能者であるためには、お互いに、「信頼の共助」を抱くことがハラスメント防止の第一歩です。たとえば、実習生に簡単な中国語やベトナム語であいさつすることも必要となるでしょう。
――最後に、建設現場で働く方々へ一言。
樋口 残念ですが、今の時代は従来の現場の常識や良かれと思った一言がハラスメントになってしまう局面もあります。ですから、指導やご自身も良い方面で変わっていくことが大切です。
今や様々な法律により、ハラスメント対策は事業主の義務です。的確に対応すれば会社の生産性が上がり、社員のモチベーションアップも望めます。しかし、対策を間違えると人材流出も起きかねません。
ただ、私たちへの問い合わせが圧倒的に少ないのが建設業です。今回いくつか事例を紹介しましたが、まだまだ色々な課題を内包しているのではないでしょうか。
ヒューマン・クオリティーでは、これからも課題と時代に合わせた研修・コンサルテーションでハラスメント対策を行っていきます。建設業界で働く方々もこうした研修やコンサルをぜひ受けてほしいですね。
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