重量約28.6tの「施設作業車」

戦闘を前提とした“激レア建機” 知られざる自衛隊の土木専門職「施設科」の特殊訓練

珍しい建設機械を保有する陸上自衛隊「施設科」

陸上自衛隊は、普通科や機甲科、航空科などの16種類の職種から構成される。その中には、土木・建設専門の職種もある。

珍しい建設機械を数多く保有し、PKO(国際連合平和維持活動)や被災地などで活躍している「施設科」だ。

施設科は、主に陣地の構築(造成)、道路や橋の建設・修復などの任務を担う。災害派遣やPKOのような人道支援に携わるため、入隊したばかりの新隊員の間では希望する人の多い人気職種だ。

施設科が保有する建設機械にはどんな種類があるのか?施設科の技術者たちはどのような訓練と実践を積んでいるのか?

陸上自衛隊勝田駐屯地施設学校、陸上自衛隊陸上幕僚監部の協力のもと取材してきた。

災害現場で活躍する「ミリタリーカラーのバックホウ」

施設科が使用する建機には、「油圧ショベル」「バケットローダ」「グレーダー」などの一般的なもののほか、戦闘時に使うことを前提としためずらしい機材がある。

災害時に活躍するミリタリーカラーのバックホウ / 陸上自衛隊

災害現場の映像で見掛けるミリタリーカラーのバックホウは自衛隊の装備品だ。建設業界で働く人たちと同様に「車両系建設機械」の運転技能講習を受けた自衛隊員たちが重機の操作を行っている。

ブルドーザとパワーショベルの両機能「施設作業車」(コマツ製)

重量約28.6tの「施設作業車」 / 筆者撮影

ブルドーザとパワーショベルの両機能を持つ「施設作業車」(コマツ製)は、大きめの排土板が特徴的。

主に、対戦車壕・崖などの処理に用いられる。

バケットをたたむとまるで戦車 / 陸上自衛隊


坑道式構築物を掘削する「坑道掘削装置」(三井三池製作所製)

坑道掘削装置 / 筆者撮影

坑道式構築物を掘削するために使用する「坑道掘削装置」(三井三池製作所製)は、普通土・軟岩の掘削が可能で、高さ約3~5m、幅約3~6mに対応できる。

坑道掘削装置による施工の様子 / 陸上自衛隊

応急架設橋「07式機動支援橋」(日立製作所製)

07式機動支援橋 / 筆者撮影

最大60mの橋の設置が可能な応急架設橋「07式機動支援橋」(日立製作所製)。

本格的な橋が架設されるまでの間の応急的な橋として用いられる、まさに「戦場にかける橋」だ。

07式機動支援橋 / 陸上自衛隊

河川に浮かべて使う「92式浮橋」(組立式の応急浮き橋)とともに東日本大震災でも活躍した。


施設科隊員の100人に1人が土木施工管理技士

これらの建機を操縦する施設科の隊員たちの中には、建築士や土木施工管理技士、電気工事士、ボイラー技士、測量士補などの公的資格を有する人もいる。

施設科隊員のうち約0.05%が「建築施工管理技士」資格を、約1%が「土木施工管理技士」資格を保有。

主に上級陸曹や幹部教育の一環として取得するが、中には休暇を使って自腹で取る隊員もいる。

訓練の様子 / 陸上自衛隊

RC造2階建ての施設を建設する「訓練」

特殊な建機の操作や、施設科隊員に必要な建設・土木に関する知識や技能は、茨城県ひたちなか市にある「陸上自衛隊施設学校」で学ぶ。

陸上自衛隊施設学校の校舎 / 陸上自衛隊施設学校

施設学校には、陸上自衛隊だけでなく、海上自衛隊・航空自衛隊の隊員も含め、毎年約1,000人もの学生が建設・土木に関わる知識・技能を学ぶために入校する。また、施設科職種に関わる調査研究なども行っている。

RC造2階建てを新築する「建設施工監督者集合訓練」

施設科では、建築施工能力の向上を目的として、ユニークな授業を実施している。

2014年8月~2015年12月には、RC造2階建ての施設(戦史教育施設)を丸ごと1軒建てるという訓練(建設施工監督者集合訓練)をおこなった。

この訓練には、本体工事に約60人、内・外装および設備工事に約40人、合計約100人が参加した。

施設学校の学生が建設した戦史教育施設 / 陸上自衛隊施設学校

当時の様子について、施設学校で助教(教官の助手として直接隊員を指導する指導員)を務めている橋本大輔3等陸曹と大髙篤3等陸曹に話をうかがった。

(左から)橋本大輔3等陸曹、大髙篤3等陸曹。現在は助教として学生の指導に当たっている

――訓練では、どのような作業を経験されましたか?

橋本 私は2級建築士を持っていたので、設計前の2013年に声が掛かり、2015年までのすべての工程で建設技能の指導に当たりました。

建物の設計は1級建築士の上官を筆頭とした4人で行いました。

大髙 私は2014年から参加しました。設計を除く、基礎、躯体、内装・外装、設備、外構といったすべての工程に参加しました。

と言っても、この教育は1年中やっていたわけではなく、他の訓練や仕事の合間を縫って実施しています。人によっては限られた工程だけ参加した隊員もいました。

自衛隊ではこれまでに、演習場内の平屋を建築する訓練をしたことはあったようですが、ラーメン構造のRC2階建てを建てるのは、この時が初めてでした。

基礎工事の様子 / 陸上自衛隊施設学校

多能工のように自衛隊員が基礎も躯体も内装も施工

――基礎から外構までというと、工種も多岐に及ぶと思うのですが。

大髙 自分たちが持っていない技能については、外部の建築業者から技術指導を受けました。

また、ガス溶接など校内に技能者がいない作業については外部の業者に外注しています。その時、作業に立ち合ってやり方も教えてもらいました。

橋本 他に、足場や型枠支保工などはその都度、労働局が実施している講習会などで学んで学生に教えました。教官も助教も学生も、一つひとつ学びながらの作業でしたね。

型枠支保工は労働局の講習会で習得 / 陸上自衛隊施設学校

大髙 普通の工事だと、工程ごとに業者が変わると思うんですが、私たちは最初から最後までやらなければなりませんでした。なので、逆に前の工程から後の工程への引き継ぎがスムーズだったと思います。

自分たちのせいで工期が押した場合は、次の工程で自分たちの力により巻き返すといったこともできました。工期に間に合わせるために、夜中や休日を返上して作業をしたこともあります。

――まるで、多能工のようですね。

橋本 打設の時に、業者に生コンを運んでもらいましたが、型枠も全部自分たちでやったことを話すと非常に驚いていましたね。

内・外装、設備も自分たちの手で / 陸上自衛隊施設学校

大髙 私たちは逆に「ここまでやっておけば大丈夫」というラインが分からないので、過剰なぐらい丁寧にやっていたのだと思います。

どうしても素人作業になってしまうので、そうならないためにはどうすればいいのかと、かなり神経を使いました。

――この訓練での経験はその後、どのように生かされましたか?

橋本 助教として学生に教える際に、これまで表面的にしか説明できていなかったことも、突っ込んで教えることができるようになりました。

大髙 私はこの訓練に参加していた時は、学ぶ側として参加していましたが、現在は助教として教える立場になりました。自分の経験も踏まえて説明できるのは、教える側にとっては大きいです。

内・外装、設備も自分たちの手で / 陸上自衛隊施設学校

自衛隊が海外で行う事業の一つとして、施設科隊員が他国の軍隊と共同して建設作業を行うことがあります。今後は日本だけでなく、海外でも活躍したいですね。

橋本 この訓練よりも前の話になりますが、PKOに派遣された際に、被災した子どもたちが勉強するための小学校を建設したことがあります。

自分たちが持っている建設技能・技術が子どもたちの幸せに結びつくのだと思うと、とてもやりがいを感じますね。

民間の建設業者は見習うべきお手本

――最後に、お二人から見た民間の建設業者に対する印象は?

橋本 私たちと比べて技術も経験も豊富ですので、見習うべきところがたくさんあります。

大髙 お手本にしていますし、心から尊敬の念を抱いています。

南スーダン共和国で道路整備を行う施設科隊員 / 陸上自衛隊

■取材協力:陸上自衛隊勝田駐屯地施設学校(施設学校長兼勝田駐屯地司令・腰塚浩貴陸将補)、陸上自衛隊陸上幕僚監部

ピックアップコメント

数年前に防衛大学の学園祭を見に行った時のことを思い出しました。ある展示スペースに学生が割り箸で作った長さ20cm位の橋がいくつも展示してありました。割り箸橋の重量を測定して、一定の荷重を掛けて、荷重に耐えた物の中で一番重量が軽い物(使用した割り箸の総量が少ない物)はどれか、みたいな実験でした。当時は「自衛官になるにも、こんな勉強もするんだ」と思ってましたが、今回の記事を読んで、その必要性を理解できました。前線が体を張る自衛官の方々には感謝します。怪我されませんよう、気を付けて下さい。

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建設・通販の業界紙/メディアに身を置くフリーライター。 戦前のコンクリートの“断面”を眺めるのが趣味です。
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