日本建築専門学校の学生たち

「職人の徒弟制度は崩壊した」4年間も寝食を共にする日本建築専門学校の“古き良き教育”とは?

木造建築教育のトップランナー 日本建築専門学校

「日本の徒弟制度は、もはや機能していない」「大学教育では、木造建築の伝統技術が欠落している」

——そう語るのは、日本建築専門学校の長谷川幸基教諭だ。

学校法人富嶽学園 日本建築専門学校は、木造建築技術の習得でトップランナーを走る4年制の専門学校。

上級生と下級生が寝食をともにしながら、技術や道具の使い方を伝承している。

座学と実技で匠の技を習得するだけでなく、全寮制の”徒弟制度”で日本の伝統建築の技術者を育成している珍しい学校だ。

富士山の麓、静岡県富士宮市にある日本建築専門学校

日本建築専門学校で教鞭をとる長谷川幸基教諭に、木造建築の伝統技術や徒弟制度、大学教育が抱えている課題について話を聞いてきた。


大学教育から抜け落ちた「木造建築の伝統技術」

日本建築専門学校の長谷川幸基教諭

――日本建築専門学校の歴史を教えてください。

長谷川幸基 昭和62年(1987年)に、数寄屋づくりの建築職人として知られる菊池建設の菊池安治社長(当時)が創設しました。

大学の建築教育の中で欠落している木造建築の伝統技術、大工技術と設計を一体化した技術を習得できる学校として創設し、今年で33年目を迎えます。

——その頃から4年制の全寮制ですか?

長谷川 菊池安治は最初、4年制ではなく7年制案を提案していましたが、さすがに学生が集まらないので、4年制に落ち着いたという経緯があります。

当時は4年制の木造建築にフォーカスした学校はなかったので、非常に画期的なことでした。私自身も創設当時に入学した1人です。

——木造に特化した理由は?

長谷川 当時、菊池建設は檜造りの「檜の家」「漆喰の家」「現代数寄屋」といった、木造軸組注文住宅の設計・施工を社業の中心としていました。神社や仏閣の建築も得意としていました。

ところが、大学で建築学を学んだはずの新入社員たちは、木造建築については学んでいないので、設計も施工も一から教えなおさなければならなかったわけです。

日本建築専門学校 設計の授業風景

菊池安治は、当時の建設省(現・国土交通省)に、木造建築教育の重要性を訴えていましたが、結局、菊池自身が日本建築専門学校を創立することで、木造教育の理想を目指すことになりました。

その後、菊池は平成元年(1989年)に死去しましたが、「現代っ子に何百年もの歳月に耐える木造建築の良さを伝えたい」という理念は、今も日本建築専門学校に引き継がれています。

S造やRC造だけでなく、伝統的な木造建築を学ぶ

――日本建築専門学校と大学の建築学部では何が違いますか?

長谷川 日本建築専門学校は、4年制の専門学校なので、4年制大学と同等に建築士等の受験資格を得ることができます。

4年制大学との大きな違いは、工学部の建築工学科などで学ぶ鉄筋コンクリートや鉄骨構造、建築材料、コンクリートなどの教育にプラスして、木造建築に特化した内容も学べる点です。座学に加えて、実際に木のぬくもりに触れて、実学で木を覚えていきます。

先日ビックサイトで開催された「木と住まいの大博覧会」では、学生たちが作成した木の模型を展示しました。

木は理論だけでは学びきれませんから、「体で感じて覚える」ことを重視しています。

――大学や専門学校とは違う点が多い?

長谷川 そうですね。日本建築専門学校は伝統的な日本建築を学ぶことにフォーカスしていますが、第一に工法と設計の両面から同時進行のカリキュラムで学びます。

工法とともに設計も重要で、並行して設計製図演習に取り組みます。

実習で使用する大工道具もとても大事です。扱い方から始まり、手入れの方法、そして日本の伝統建築である木造軸組工法を実戦で学びます。

4年間、技術の習得に力を入れますので、企業も即戦力として期待しています。修了すると「高度専門士」「大学院入学資格」が付与されます。

座学や実習を軸に日本の伝統的木造建築技術を学ぶので、学習する内容も濃いです。卒業までに200単位を取得しなければなりませんから、学生はみな一生懸命ですよ。


工務店の親方が「技術の勘」を直接指導

――実習を教えているのは、どんな先生ですか?

長谷川 実習はとても大事なので、工務店の親方に来ていただいています。在来軸組工法についての実測調査術、道具の手入れを含む道具術、伝統的な大工技術を習得させます。

実習による「技術の勘」をゆっくり、染み込むように育てています。

親方は口頭だけでは伝えきれないことがたくさんあるので、実践指導はかなり重要です。日本建築専門学校の魅力は、教師陣による実践指導にあると言っても過言ではありません。

日本建築専門学校 実学教育の様子

——具体的には?

長谷川 共同実習課題として、3~4坪の和室の在来軸組工法で小屋を製作もしています。学生が小屋納まりを独自に設計・施工していきます。

現代の木造建築では、和室の重要な要素である敷居・鴨居を取り入れないことが多くなりました。しかし、日本建築専門学校では伝統木造建築にこだわりを持っていますし、経験も大事ですから、3年生の実習では和室に見立てた敷居・鴨居を取り入れた小屋製作の実習も行っています。

神社を再建した日本建築専門学校の学生

――学生が神社も製作していると聞きました。

長谷川 静岡県・三島市に滝川神社という神社があります。この神社は、平成25年(2013年)に木造平屋建ての建物が全焼し、多くの地域住民が再建復興を望んでいました。

神社を管理している三嶋大社から状況を聞き及んだ伊勢神宮のご厚意で、遷宮に合わせて解体保存されていた古材を譲り受けることになりました。

ただ、地域の方には神社再建ができる人がおらず、誰が施工を行うべきか相談を重ねていました。最終的に日本建築専門学校の学生に施工を担当してもらおうと白羽の矢が立ったんです。

課外実習の一環として、一間社流造りの神社の製作にあたりました。これは特別な縁がないとできないことですね。


崩壊した「職人の徒弟制度」を担う

――昔は、大工の棟梁になるためにはどうしていたのでしょう?

長谷川 昔から大工を志す人は、若いうちから棟梁に弟子入りして、寝食をともにしながら仕事に従事し、技を研鑽し、最終的に独立していました。これは大工技術だけではなく、日本の徒弟制度全般に言えることです。

ただ、今の日本ではこの徒弟制度は機能していません。

そこで、日本建築専門学校は、棟梁の技を学校教育に置き換えて学ぶシステムをつくり、日本の伝統建築技術者の育成を目指しました。

今では、一級建築士の資格を持った棟梁として活躍している人材も輩出しています。

座学での授業

――最近の学生の気質はいかがですか?

長谷川 私も20年間、日本建築専門学校にいますが、最近の学生の気質を一言で表現するならば「真面目」です。

もともと目的意識も高く、「木に触れたい」という強い意志を持っている学生が多いです。

将来なりたい職業も、「宮大工になりたい」あるいは「伝統建築の大改修ができる技術者になりたい」と、最初から木造建築の世界で生きていく意識の高い学生がとても多いです。

逆にそういう意識がないと、日本建築専門学校での全寮制の学生生活は続かないでしょう。

4年間の寮生活で建築技術や道具の使い方を伝承

――今となっては全寮制は珍しい?

長谷川 日本の伝統建築は棟梁から弟子に、徒弟制度によって受け継がれてきました。日本建築専門学校では、放課後の寮で、上級生から下級生へと技術や道具の使い方が伝承されています。下級生は自分が上級生になったとき、自然と下級生に教えていくんです。

素晴らしい相互扶助の精神だと思います。「知っていること」と「教えること」は別です。教えることで自分の技術にも磨きがかかります。

「教えること」はコミュニケーション能力が重要で、相手によって教え方も異なります。この下級生はこう説明すると理解してくれるが、別の下級生はこっちの説明の方が理解は早いとか、教え方も一様ではありません。工夫が必要になります。

寮で4年間生活することによって、礼節だけではなく、コミュニケーション能力も長けてきます。

逆に、上級生は下級生に教えている最中に自分の技術が間違っていることに気が付くときもあります。上級生もその事実から学び、技術力を鍛えられていくんです。私自身も、学生から教えられることや新しい発見が多いです。

——寮生活の利点は何でしょう?

長谷川 現場で職長が職人に指示するようなスタイルが寮生活の中で実践されています。そのため、社会人になって現場に入場した時、すっと現場に入り込めるようになっています。模擬的に学生時代のうちから体験していますから。


全国に拡がり、建設業界を支えるOBネットワーク

――卒業者たちの活躍ぶりは?

長谷川 日本建築専門学校には全国から学生が集まっているので、卒業後は全国に散らばって仕事をします。この全国の仲間たちが、縦・横社会でつながっています。

自然発生的にOBネットワークができあがっているので、仕事が忙しいときは、応援依頼もすることもありますし、逆に手が空いているけれど、どこかに仕事がないかという相談も気楽にやっているようです。

よく知らない人よりも、技術も品質も担保された日本建築専門学校の先輩、同期、下級生で協力し合った方がずっといいという話も聞きます。

今、社寺などの文化財修理についても、日本建築専門学校の卒業生が担当していることも多くなってきました。そこで協力相手が同じ卒業生なら安心できます。

日本建築専門学校を卒業した意味は、卒業後に発揮されます。

木の本質を知り、木に敬意を表せる学生を育てたい

――これからどんな学校にしていきたいですか?

長谷川 今、文化庁が中心となって、宮大工なども含めた「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」をユネスコ無形文化遺産に登録する運動があります。

令和2年(2020年)の登録を目指していますが、日本の伝統建築文化を継承することは大事なことです。たとえば東京スカイツリーで五重塔の技術が現代風にアレンジされ、立派に継承されたことは大きな成果であり、特筆すべきことです。

「公共建築物等木材利用促進法」も施行され、RC造、S造と木材とのハイブリット化した建築構造も続々と誕生しています。これから『木』はあらゆる建築物で活用されていくでしょう。

だからこそ『木』の癖や材質を知ることはとても重要です。そして、食材などと同様に、生物由来の資源であり、再生可能な資源として、『木』への敬意を払っていかなければなりません。

日本建築専門学校はまさに『木』の本質を知る学生をより多く輩出することが使命です。それは今後も変わることはありません。

人に優しく環境に配慮した建築物を考えられる、伝統技術を習得した発注者、設計者、現場監督などが多くの建設現場で必要とされるようになってくると思います。

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俺は土木の世界で一生やっていく。「カッコ良い」建設業を目指す高木建設の覚悟
建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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