「砂防をやるため」に国交省に入省した、現役女性キャリア官僚
「砂防に特化した仕事に就きたい」の一心で、「砂防職」として国土交通省に入省した風変わりな女性キャリア官僚がいる。
佐々木美紀さんは、大学で砂防を学んだことがきっかけで、砂防にハマった。現在は下関市に出向中。都市整備部長として、都市計画、道路計画などの部門責任者を担う。
キャリア官僚の自治体への出向自体は珍しくないが、技術系の女性、しかも砂防職となると話は別だ。砂防のプロをまちづくりの責任者に送り出すのも、なかなかチャレンジングな人事だ。
砂防の何が彼女を魅了し、ここまで突き動かしたのだろうか。
佐々木美紀・下関市都市整備部長に話を聞いてきた。
砂防の魅力は「災害から人命財産を守る仕事」
――これまでのキャリアについて教えてください。
佐々木美紀 2006年に国土交通省に入省しました。最初の配属先は、中部地方整備局の沼津河川国道事務所でした。
――土木職ですか?
佐々木 いえ、砂防職です。水管理・国土保全局の下に砂防部というのがあるんです。そこに入ったわけです。
沼津の後は、三重河川国道事務所に行きました。福島県庁の砂防課、南会津建設事務所に2年間出向して、本省の都市局都市安全課というところに戻りました。都市防災の仕事を担当していました。
その後、やはり本省の砂防部保全課に異動になりました。
――「やっと砂防に戻れた」みたいな?
佐々木 いえいえ(笑)。砂防部に1年いた後、九州地方整備局に出ました。宮崎河川国道事務所、本局の河川部で勤務しました。産休後、企画部企画課に復帰しました。
2018年4月に下関市に出向して、今に至るという感じです。
宮崎河川国道事務所工務第二課長のころ、砂防堰堤の完成式で事業概要などを説明する佐々木さん
――専門である砂防の仕事が多かったのですか?
佐々木 そうですね。福島県、本省では砂防の担当でしたし、宮崎河川国道事務所も砂防の部署でした。ちょうど新燃岳が噴火した後だったので、土石流の対策などを担当していました。
――砂防の仕事とはどういうものですか?
佐々木 砂防の仕事を簡単に言うと、土石流や地すべりなどの土砂災害対策の仕事で、砂防堰堤などを整備する仕事ということになります。土砂災害の警戒区域を設定する仕事もあります。
――砂防の魅力はなんですか?
佐々木 やはり、「災害から人命財産を守る仕事」というところですね。
――砂防との出会いは?
佐々木 大学の授業などで砂防というものを知りました。それから興味を持って、砂防の研究室に入ったという感じです。
砂防をやるなら、国交省キャリアになるしかなかった
――国土交通省を選んだ理由は?
佐々木 研究室の先輩方がたくさん国土交通省に入っていましたし、研究室の先生も建設省のOBの方だったので、学生の頃から、国土交通省は身近な存在でした。国土交通省以外の就職先はあまり考えたことがなかったですね。
――国のキャリアだと全国転勤がありますが、それは大丈夫でした?
佐々木 子供の頃から、親の仕事の都合で引っ越しが多かったので、もともと地元意識が薄いというのがありました。引っ越すのは慣れているので、転勤に関しては、とくに心配はなかったですね。
そもそも砂防職という職種は、国土交通省の本省にしかないんです。地方整備局や都道府県にはないんです。土木職として、ひとくくりになっています。
「砂防に特化した仕事をしたい」と考えると、国土交通省しか選択肢がなかったというものありましたね。
広島の土砂災害現場で、落下の危険がある巨石破砕のための安全確認を行う佐々木さん(左)
――それほどまでに砂防をやりたかったんですね(笑)。
佐々木 せっかく大学で頑張って学んだことなので、砂防に関する知識などを活かせる仕事に就きたいという思いがありました(笑)。
――今の仕事は、砂防関係からは離れているわけですが。
佐々木 そうなんですけど、いずれ砂防の仕事に戻ったときには、まちづくりの観点は砂防の仕事にも活かせるのかなと前向きに考えています(笑)。
――TEC-FORCEの一員として、実際の被災現場に入った経験は?
佐々木 九州地方整備局にいたときに、2014年8月の広島の土砂災害現場に行きました。砂防班として、実際の現場を見て回りました。貴重な経験になっています。
砂防畑からマスタープランづくりの責任者に
――下関市役所ではどういうお仕事を?
佐々木 道路や景観など都市計画を作ったり、バスや鉄道などの公共交通の支援などを行なっています。あとは、公園整備とか市街地開発、建築指導も担当しています。
――下関市のまちづくりの現状はどうなっていますか?
佐々木 下関市でも人口減少が進んでいます。合併後、市の人口は約30万人でしたが、今は25万人程度まで減っています。まちの中心部などでは空き家も増えています。
――まちの再開発が進んでいない?
佐々木 そうですね。海に面したロケーションの良いところを含め、中心市街地には老朽化した家屋が密集した場所が残っています。道路が狭いのも、なかなか建て替えが進まない要因になっています。
老朽化した家屋の建て替え問題には、市としても力を入れて取り組んでいる施策の一つです。
――今後のまちづくりの方向性としては、やはりコンパクトシティですか?
佐々木 そうですね。今、立地適正化計画を策定中で、コンパクトシティとして、まちのインフラを集約化していくことにしています。市のマスタープランについても、2019年度から改定に向けて取り組んでいく予定です。
――都市計画を担当するのは初めてですか?
佐々木 そうです。
――現時点で、「こうしよう!」というお考えはありますか?
佐々木 具体的な施策はこれからですが、「まちの中心部をなんとか活性化させたい」という思いがあります。
下関市は、北九州市や福岡市という大きなまちに近いので、その利点を活かして、もっと若い世代に住んでもらいたいと考えています。
――お住いは?
佐々木 福岡市内です。新幹線通勤しています。
――福岡在住の人間として、下関市のまちづくりをどう見ていますか?
佐々木 下関市には、もっと観光客を呼び込めるポテンシャルがあると思っています。私自身、下関市で働くまでは、下関市の魅力を良く知りませんでした。
ですが、実際に足を運んでみないとわからない、歴史ある観光スポットやグルメなどがあることに気づきました。
忖度発言もあった「下関北九州道路」は必要
――下関市北九州道路も担当されていますが、この道路は必要だとお考えですか?
佐々木 はい。下関北九州道路は、既存の関門橋、関門トンネルの代替ルートを確保し、下関市と北九州市の経済交流、観光振興などを目的として、国に早期実現を要望しているところです。観光客誘致もそこに入っています。
関門海峡にある既存の2ルートは、老朽化が進んでいます。メンテナンスをすれば使い続けることはできますが、大規模な改修になると、物流の大動脈に影響が出ます。
2018年の西日本豪雨では、通行止めより大渋滞が発生し、市民生活や経済活動に支障が出ました。何か災害があったときに、本州と九州を結ぶルートが2つだけでは、国民生活の安心安全を守れないと考えています。
下関北九州道路の意義、役割は大きいと感じています。
下関市北九州道路調査検討会の下関市代表メンバーとして参加した佐々木美紀さん(左端)
――下関市として、道路実現に向けてどう取り組んでいくお考えですか?
佐々木 地元2県2市で構成される調査検討会では、PFI的な民間の資金、技術を活用した整備手法について議論しました。税金だけで建設するのではなく、官民連携で建設するという視点です。官民が一丸となって道路建設を進めていく必要があると考えています。
――下関市の施策として、官民連携の事例はありますか?
佐々木 現時点では都市整備部にはありませんが、都市公園内にある市の総合体育館を建て替える計画がありまして、PFI事業としてできないかこれから検討する話になっています。
都市公園についても、Park-PFIなどを適用可能なものがあれば、進めていきたいとは思っています。
計画段階から工事完成まで全てに関わった経験
――印象に残っている仕事は?
佐々木 宮崎河川国道事務所の工務第二課にいたときに、ある施設の調査から設計、工事まで全て担当したことですかね。
国の出先機関では、調査設計と工事は部署が分かれているケースが多いので、一つの仕事を全部担当する機会は少ないのですが、計画段階から完成まで全て関われたのはとても良い経験で、印象に残っています。完成後、地元の方々がスゴく喜んでくれたのも嬉しかったですね。
――現場の全てのプロセスに関われたのが嬉しい?
佐々木 そうですね。本省にいると、なかなか実際の現場に出る機会がないので、一つの現場を最初から最後まで見届けたのは、貴重な経験になっています。
――砂防畑を中心にキャリアを積んできて、いきなり下関市の都市計画などの責任者になったわけですが、いろいろ大変じゃないですか?
佐々木 担当する分野が幅広い上、専門外の仕事も多いので、内容を把握するのに時間がかかったり、いろいろ大変です(笑)。前任者とかその前の国土交通省の先輩などにお話を聞いて、アドバイスを頂きました。
――女性の出向は佐々木さんが初めてですか。
佐々木 そうです。
女性も砂防の世界へ飛び込んて来てほしい
――女性だから大変ということはありますか?
佐々木 それはないですね。力仕事がある現場に出る仕事であれば、女性だから大変な部分もあるでしょうけど、部長という立場は、基本的にデスクワークなので、男女差はあまり出ないのかなと思っています。
私自身は、体を動かすのは好きなので、とくに現場仕事で苦労したことはありません。
――「女性が活躍できる建設業」についてどうお考えですか?
佐々木 建設業界で働く女性は、以前より増えてきたとは言え、まだまだ少数派です。ただ、数少ない女性ということで、私自身、周りからはいろいろと気を使ってもらってきたという感じはあります。
例えば、砂防の現場で山を登るときに、荷物を持ってくれたりとか(笑)。女性だと、名前なども覚えてもらいやすいというメリットもあります。
体力的な面では、女性にはシンドイところはありますが、総じて、建設業は女性に優しい職場だと思っています。
――民間企業の場合、出産育児のため、キャリアアップを断念するケースがまだまだあるようですが。
佐々木 私の場合、産休後すぐに仕事に復帰しましたが、民間企業に勤めている主人が1年間の育休を取って、育児の面倒を見てもらったので、それができたんです。
旦那さんに聞くと、育休を取るのは結構大変だったそうですが(笑)。家族の理解、協力があってこそ、自分のキャリアを続けられるという思いはあります。
――転居を伴う転勤についてどうお考えですか?
佐々木 旦那さんは九州が仕事の拠点なので、私が遠くに転勤する場合は、私が子どもを連れて引っ越すことになると思っています。そうなったときに、旦那さんがなんと言うかわからないですけど(笑)。
――これから土木や砂防の世界に入ろうとする後輩に向けて、一言お願いします。
佐々木 建設業界はまだまだ女性が少数派ですが、先輩方が頑張ってきたおかげで女性も働きやすい制度や環境などが整ってきましたし、今後もさらに女性技術者が増えることでますます充実していくと思います。
ぜひみなさんも土木の世界に飛び込んで来て下さい。