配管工事の常識を覆す、配管調査専用のAIロボ
山形に、配管工事の常識を覆そうとする設備工事会社がある。
――今、配管工事をめぐっては、ある問題が起きている。時代の変遷により図面も喪失し、配管が施設のどこを流れているのか分からなくなっている事例が増えているのだ。ということは、配管工事のために壁や地面を掘り返して、大規模に工事を実施しなければならないことになる。
しかし、もし修繕箇所をピンポイントで把握できれば、工事費は安く抑えられ、工期も大幅に短縮できるようになる。
そこで、弘栄設備工業株式会社(山形市)は立命館大学と共同で、AIにより自律的に配管内を動き回り、配管が流れる場所や配管のどこが老朽化しているかを”見える化”する「配管調査ロボット」を開発。配管工事の新たなソリューションを提案している。
弘栄設備工業が開発した配管調査ロボット「配管くん」。全長は60cm、重さは2kg。
東北の設備工事会社が、なぜロボットの開発に至ったのか。弘栄設備工業株式会社の船橋吾一代表取締役に、配管調査ロボットの概要と開発経緯について話を聞いた。
土木だけでなく、設備工事でもICT施工がしたい
――弘栄設備工業の概要を教えてください。
船橋吾一 私の祖父は、中国東北部にあたる旧満州国の満州鉄道で設備工に従事していました。終戦とともに日本に戻り、最先端の設備技術を活用して働いていました。
その後、縁があって山形県に赴任し、今から65年前の1954年に山形市に弘栄設備工業を設立しました。
今はホールディング化して子会社9社を抱えており、設備に関連する工事はすべて網羅しています。具体的には、給排水衛生、空気調和、電気、上下水道、特殊、原料搬送、消雪・融雪、省エネ・環境保全などの工事に従事しています。
――設備工事会社が、なぜロボットをつくることに?
船橋 通常、配管は壁の中や地中に収納されていますが、経年劣化によって十数年に一度は交換しなければなりません。その際、配管の場所を再確認する必要があります。
ところが、いざ改修しようとすると、図面が残っておらず、配管が施設内のどこを流れているのか分からないことが多いんです。
そうなると、壁や地面を掘り返して、大元から配管を修繕するというかなりの大掛かりな工事になってしまいます。お客様は「配管の劣化している箇所を、ピンポイントで修繕したい」と望んでいるにもかかわらずです。
コスト的にもお客様にとってかなりの負担になります。工場の修繕ご担当者からは「設備工事のプロなんだから、何とかしてよ」と言われることもありました。
土木工事では、ドローンを飛ばして橋梁や高架橋の老朽化した箇所を確認するなど、ICTの活用でコストを大幅に削減していると感じていました。
そこで、設備工事の世界でも土木と同じようにICT施工ができないかと考えを巡らせていたんです。
そして、配管内を自動で移動して、壁の中や地中を流れる配管を”見える化”するロボットをひらめきました。着想から開発までは7年掛かりましたね。
AIで配管内を自律移動、3D CAD図面もリアルタイムで作成
――開発した「配管調査ロボット」とは?
船橋 AIにより配管内を自律移動して劣化状況や破損箇所を調べる、ヘビ型の配管検査用ロボットです。名前は「配管くん」といいます。
前後に搭載した高性能カメラで配管内を動画撮影するだけでなく、9軸センサで計測した配管長や傾斜角、位置などの情報から配管の3D CAD図面をリアルタイムで作成することもできます。
「配管くん」の配管内の移動イメージ
――ロボット開発の技術はどこから?
船橋 私たちは設備工事が専門ですから、ロボットを開発する技術はありません。
そこで既に何年も配管内検査ロボットの研究開発を行っていた立命館大学とコンタクトを取り、同大学の技術を基に共同開発を進めました。
立命館大学の技術がなければ、ここまで注目されることは無かったと思っています。
「配管くん」で撮影した配管内の画像
――「配管調査ロボット」の反響は?
船橋 設備工事会社は数が多く、技術が拮抗しているので差別化が難しいですよね。
小さなロボットですが、設備工事会社がロボットを開発するということに注目していただいていますね。
「配管くん」をFC化、全国の配管工事現場へ
――今後、ロボット「配管くん」をどのように展開していく?
船橋 自作第一号は管径75mm用のロボットでしたが、管径20mmの配管も調査できるロボットを開発中です。また、配管には水に浸かるため防水性を高めていくことも課題です。
最終的には、配管と呼ばれるものにはすべて対応できるように開発を進めていきたいと思います。
また、「配管調査ロボット」は当社だけで独占するのではなく、フランチャイズ展開ができないかと検討しています。今はレンタルする特約店や代理店を全国で募っている最中です。
――「配管調査ロボット」で目指すところは?
船橋 一時期、スクラップアンドビルドの精神が流行りましたが、これからは建物の長寿命化が求められています。
これからの時代は、設備工事会社がお客様に新たな提案できるようにならなければならないと考えています。
エアコンの工事なら、配管はそのまま残して機械本体だけ変えるということもありますが、施設の配管はそこまでできないのが現状です。
「配管くん」で配管を見える化できれば、建物のリニューアル工事を推進していく一助になれると思います。
建築設備は、ヒトの心臓や肺と同じ
――設備工事のやりがいは?
船橋 新卒者や転職希望者には、”設備工事”という仕事は今一つピンとこないんです。他の建設業の仕事と異なり、具体的なイメージがわかないからだと思います。
なので、私はいつも建築設備の大切さを人の身体に例えて説明しています。
建物が身体全体だとすると、給排水や空調などの建築設備は全身に血液を循環させる心臓や、呼吸によって酸素を取り入れる肺、食べ物を消化吸収する胃や腸といった内臓にあたります。
外見が美しくても、内臓が正常に機能していないと健康とは言えませんよね。私たちが毎年、健康診断を受けて身体のメンテナンスをしているように、設備工事も建物を守るための大切な役割を果たしているんです。
だからこそ、設備工事業界は今後もしっかりと発展していかなければなりません。
――今後の経営方針は?
船橋 祖父の時代から最新の設備技術を顧客に提供し、地域への貢献を最大のテーマに掲げてきました。それは今後も変わりません。
さらに、「こころ豊かな会社をつくろう」というこれまでの経営理念に、「感動経営」を理念に付け加えました。
人間には喜怒哀楽などいろんな感動があります。設備工事を通して、社員やお客様とともにみんなが「感動を育む」ことをモットーにしていきたいと思います。