全国2,500の橋を撮った「橋梁写真家」
「橋梁写真家」を名乗る依田正広という人物がいる。
10年足らずの間に、全国2,500箇所以上の立体交差(JCT)、橋を撮影。自身のブログなどで公開するほか、国土交通省発刊の「道路」などに写真提供している。
本業は雑貨屋で、土木は素人の依田さんはなぜ、橋梁写真を撮るようになったのか。被写体としての橋の魅力はなにか。
依田さん自慢の作品とともに、その正体を明らかにする。
「今日から”橋梁写真家”を名乗りなさい」
――橋梁写真家ってなんですか?
依田 橋梁写真家は、東京都市大学の吉川弘道先生に名付けてもらった肩書きです。決して自分が勝手に名乗っているわけではありません(笑)。
もともとは、吉川先生が主宰している「土木ウォッチング」というWEBサイトがあって、そこに橋梁の写真を投稿していました。
あるとき、吉川先生から「今度『Discover Doboku』というイベントをやるから、写真を借りたい」というご連絡がありました。それが縁で、吉川先生とお会いすることになりました。そこで吉川先生から「君は橋ばかり撮影しているね。今日から『橋梁写真家』を名乗りなさい」と言われたんです(笑)。
写真作品、インタビュー掲載誌を手にする依田さん
――自称ではないんですね(笑)。
依田 自称では言わないですよ。自分で名乗るなら「Bridge Photographer」ですかね。
単なる橋撮影マニアなので、橋梁写真家と名乗るのは、正直恥ずかしいですけど(笑)。
江戸橋JCTは「めちゃくちゃカッコ良い」
――橋の写真に目覚めたのはいつころですか?
依田 2010年ごろですね。その前は馬の写真ばかり撮っていました。
――馬ですか?
依田 ええ、競走馬が好きだったので。全国の競馬場に行きました。今も一口馬主です。とにかく馬が好きすぎて、サラリーマンを辞めて、北海道の牧場で1年間働いていました。ところが、毎日の作業がツラくて、馬がキライになりました(笑)。
――(爆笑)。
依田 それで東京に戻って、家業を継ぐことにしました。馬の写真を撮るのもアキたので、「夜景でも撮ろうかな」と思って、日本橋あたりを歩いていました。ふと見上げると、江戸橋JCTがあって、「めちゃくちゃカッコ良いな」と思いました。それで立体交差が好きになって、立体交差の写真ばかり撮り始めたんです。
都内には27箇所の立体交差があるのですが、すべて撮りました。すぐに撮り終わって「物足りないな」と思ったので、全国各地のJCTを撮りに行くようになりました。
――最初は立体交差だったんですね。
依田 そうです。橋になったのは、JCTを撮影しているうちに、「橋もキレイだな」と気づいたからです。最初にキレイだと思ったのは、首都高速中央環状線の「かつしかハープ橋」でした。斜張橋なのにS字になっている珍しい橋です。それで橋を撮り始めたんです。個人的には斜張橋が好きです。
橋についていろいろ調べていると、土木学会の田中賞の存在を知りました。そこで、「田中賞を受賞した橋とJCTをすべて制覇しよう」と思い立ちました。
――その発想がスゴイですね。
依田 ありがとうございます。とりあえず、2016年までに全国のJCT、田中賞を受賞した橋はすべて撮影しました。
海外の橋はまだ行けてないんですけど、今年の夏、初めての海外、アメリカに撮影に行きました。奥さんのお姉さんがアメリカ人と結婚して現地に住んでいるので、連れて行ってもらいました。
――スゴイ。
依田 ただ、JCTはドンドン新しいのが建設されますし、田中賞も毎年増えます。西日本の橋はまだ撮れてないんですよね。
国内76万箇所の橋を「全部撮る」
――撮影は基本的に趣味なんですよね?
依田 ええ、単なる趣味です。本業は雑貨屋で、土木の素人です。ただ、「いつか橋の写真集を出したい」という夢はあります。これまでに延べ2,500橋以上を撮りためています。
ところが、橋は全然撮り終わらないんですよ、多すぎて(笑)。国内だけでも76万箇所ぐらいありますからね。それでも「全部撮るぞ」という気持ちでいます。性格的に突き詰めちゃうんですよ。「人がやらないことをやろう」と。仕事ではなくて、趣味だからこそ、撮り続けられるのだと思います。
――移動はどうしているのですか?
依田 土曜日しか休みがないので、金曜日に仕事が終わった後、車で撮りに行っています。京都日帰りとか。1泊2日で和歌山の串本まで行ったのが、一番ツラかったですね(笑)。
――撮った写真をどうしているのですか?
依田 撮った写真はブログにアップしています。僕のブログを見て、「写真を借りたい」とか「写真を撮ってほしい」というオファーがちょくちょく入るんです。
――例えば?
依田 国土交通省が発刊している月刊誌「道路」とか、「土木技術」や「東京舟旅」などの雑誌ですね。ある広告代理店からオファーを受けたこともあります。一応報酬をもらって、写真を提供しています。ただ、それで食っているわけでないので、あくまで趣味の範疇でやっています。
僕自身が取材を受けることもあります。変わったところでは、慶應義塾の機関誌である「三田評論」に出たことがあります。
――なんすかそれ?
依田 やはり僕のブログを見て、取材のオファーが来たのですが、「橋ものがたり」をテーマに話をしてほしいということでした。僕は慶應義塾となんの関係もないのですが、慶應義塾のOBで明石大橋建設工事に関わった技術者の方と浮世絵の専門家の方と三人で(笑)。
――編集者もスゴイですね(笑)。
何でか分からないけど、土木学会のメンバーに
――依田さんは土木写真部のメンバーですよね。
依田 5年ぐらい前に、たまたま土木写真部のFacebookページを見つけたんです。とりあえずガンガン写真を投稿していたんですが、部長の岡部章さんから「部員にならない?」と連絡があって、部員になりました。土木写真部員として、3回ぐらいTVにも出ました。
――土木学会の会員にもなっていますね。
依田 なんでかわからないですけど、一般会員になっています(笑)。今でも、土木学会誌のFacebookページの写真を無償で提供しています。会員になったのは2015年ごろです。
――会員のメリットは?
依田 「いろいろな方に名前を知っていただける」ことですね。いろいろな方に名前を知っていただけることは非常にうれしいことです。
写真映えする橋 ベスト5
――これまでに撮った中で映える橋は?
依田 いろいろありますが、1つ目が伊勢湾岸道路の「名港トリトン」です。名古屋港のシンボル的な存在の橋です。名港東大橋、名港中央大橋、名港西大橋の3本の橋があるのですが、僕が一番好きなのは名港西大橋です。この橋だけ上下線が分離していて、美しさが際立っています。
大好きと話す「名港西大橋」(愛知県名古屋市・飛島村) / 撮影・依田正広
あとは、横浜ベイブリッジ。大黒ふ頭は、朝焼けと夕焼け、とくに夕焼けに映えますね。
夕焼けに映える「横浜ベイブリッジ」(横浜市) / 撮影・依田正広
それと慶良間諸島に架かる阿嘉大橋。海のキレイさがケタ違いです。コンクリートに海の青が反射して、まるで「青い橋」のようです。
青さが魅力の「阿嘉大橋」(沖縄県座間味村) / 撮影・依田正広
アメリカの橋では、ニューヨークのブルックリン橋は、日本では見たことがない「Cable-Stayed Bridge(ケーブル支え橋)」で、マストに固定されたケーブルでデッキ(路面)を支えています。
1883年に竣工したアメリカ最古の吊り橋で、日本の橋にはない歴史を感じました。「アメリカすごい」と思いましたね。
歴史を感じた「ブルックリン橋」(ニューヨーク) / 撮影・依田正広
同じくニューヨークに架かるマンハッタン橋は、アメリカに行ったら「ぜひ撮りたい」と思っていた橋でした。
古い建物の間から見えるマンハッタン橋を撮りました。私が気に入っている構図です。
お気に入りの構図に収めた「マンハッタン橋」(ニューヨーク) / 撮影・依田正広
バージニア州のニュー川峡谷橋も撮りたいと思っていた橋です。ニュー川に架かる橋で、メチャクチャ遠かったんですが、川からの高さが267mもあります。スケールの大きさに衝撃を受けましたね。鋼のアーチが美しいです。大きい橋はやはり映えますよね。
スケールに衝撃を受けた「ニュー川峡谷橋」(バージニア) / 撮影・依田正広
――近場の大橋JCTは?
依田 もちろん撮りました。大好きです。目黒川の橋も全部撮っています。家からすぐ近くなので(笑)。
大橋JCT(東京都目黒区) / 撮影・依田正広
写真映えしない橋 ワースト5
――逆に映えない橋は?
依田 ワースト1位は京都の円妙寺橋梁ですね。上にJRが走っているのですが、電車と一緒に撮れないのが残念でした。
円妙寺橋(京都府長岡京市) / 撮影・依田正広
2位が箱根の芦川橋。橋長2.5m、幅2mの小さな橋で、「どうやって撮影するの」と迷いました。歴史的な価値のある橋ですが、残念な橋です。
芦川橋(神奈川県箱根町) / 撮影・依田正広
3位が沖縄の旧天願橋。橋が折れちゃって、もはや橋とは思えないのが残念でした。
旧天願橋(沖縄県うるま市) / 撮影・依田正広
4位が栃木の田母沢橋梁。すでに廃線になっていて、骨組みだけでなんだかわからないのが残念。
田母沢橋梁(栃木県日光市) / 撮影・依田正広
5位が鹿児島の小豆野橋。近代土木遺産だと思って行ったら、建て替えられて普通の桁橋になっていたので、ガッカリしました。
小豆野橋(鹿児島県出水市) / 撮影・依田正広
――好きな橋、キライな橋の線引きは?
依田 僕は基本的には新しい橋が好きです。写真映えするからです。土木遺産の橋は、小さかったり写真映えしない橋が多いんです。実際に撮っていて、「大好き」という橋と「なんかつまんないな」という橋があるわけです。そこがラインですかね。
地方の山の中のJCTなどは、立体交差と言うか、ただの分岐になっているのが多いので、どう撮って良いか悩みます。ただの橋の写真になってしまうので。
橋には、”顔”がある
――橋をうまく撮るコツは?
依田 コツと言えるかわかりませんが、橋にはそれぞれ特徴があって、上、下、横などいろいろな角度で「映える」ポイントがあります。撮り続けていくと、それがだんだんわかるようになります。僕は個人的には横から撮るのが好きです。その橋の構造がよく分かるからです。
都心部の立体交差などは、魚眼レンズで撮るとかないり映えるものが撮れます。他の構造物と一緒に撮ると、橋が引き立つこともあります。その場合、広角レンズで撮ります。他の構造物を構図のどこに置くかによって、景観と一体となった橋が撮れます。自分が「カッコ良いな」と思うポイントが「橋の顔」です。あくまで僕個人の意見ですけど(笑)。
――なるほど。
依田 自分が撮りたい場所をみつけるのは大変ですね。橋の下に降りていって、迷ったこともあります(笑)。
――撮影時間はどれぐらい?
依田 橋によりますが、気に入らない橋は10分ぐらい。「この橋好きだな」と思ったら1時間撮り続けることもあります。
――夜も撮る?
依田 夜撮るのが多いですね。夜に撮りに出るので、夜しか撮っていないときもあります。昼間は誰でも撮りますし。逆に夜しか撮れない角度などがあるんです。例えば、道の真ん中とか。
夜間は街灯などが灯ったり、橋がライトアップされるので、夜のほうが結構映えるんですよ。夜だと、橋のキタナイところが見えなくなるので、僕は夜撮るのが好きです。サビとかはどうも映えないんで(笑)。
オーロラと橋の写真を撮りたい
――機材のこだわりは?
依田 とりあえず一番良い機材を揃えるようにしています。これまでにゆうに200万円以上かけてますね(笑)。
――スゴイ(笑)。奥さんの理解は?
依田 奥さんも写真が好きなんです。お互い写真好きがきっかけで、結婚したんです。彼女は自然風景が好きで、撮る対象は違いますが、車で一緒に撮りに行くこともあります。だから理解はしてくれてます。
――今後撮りたいものは?
依田 ゴールデンゲートブリッジは撮りたいですね。霧に包まれた幻想的なヤツを。香港とマカオ、珠海を結ぶ世界最長の港珠澳大橋(こうじゅおうおおはし)も撮りたいです。アイスランドとかに行って、オーロラと橋も撮りたいですね。とりあえず海外に撮りに行きたいです。
国内では、大阪湾に大きな斜張橋ができるそうなので、完成したら撮りに行くつもりです。まだだいぶ先になりますけど。