曳家は建築士から避けられている? 理解されない曳家の技術と施工品質

今もまだ曳家職人って存在するの?

謹賀新年。

お正月に、ブログに自分とロックネタを書いたら少し反響があって。Twitterでリツィートしてくださったり、新たにフォローして頂けたりして(有頂天、ナイロン100 ℃ の ケラリーノ・サンドロヴィッチ さんからもフォローとコメント頂きました!)。

どんなきっかけでも構わないから「曳家」に興味持っていただいて、曳家の技術で何が出来るか?そして似たように思われるかもだけど…実はこんなにも手間や強度に差が出るよ、ということを知っていただかなくてはノーフューチャーだよな、としみじみしてます。

何しろ、昨年12月半ば、お施主さんの変更希望から工事の再開が遅れている奈良の現場での打ち合わせの際のこと。

奈良の現場。低い地盤から高い地盤の上に段差分を嵩上げしておいて曳家しています。

現場のご担当をされている石場建て伝統構法専門の建築士さんである和田洋子先生(一級建築士事務所 バジャン)に、「そうそう、プロの建築士さんに『えー今もまだ曳家職人って存在するの?』って言われたよ」と聞かされました。

それくらいほとんどの建築士さんにとっても、曳家は施工内容や金額も判りづらいから、なるべく回避して他の方法で修復をする算段をするべきと思われている存在です。

これじゃあ仕事の依頼が来るはずない!


曳家業者を選ぶ基準は「近所」か「安い」か

こんな状況下で、曳家の施工品質の違いとかもなかなかご理解いただけない。

曳家業者を選択する場合の基準は、

  1. 近所でやっている業者
  2. 安い

くらいで、施工品質には全くといっていいほど触れません。

だから切磋琢磨していない曳家の場合は「曳家した家なんだからこんなもん」という言い逃れで、かなり粗っぽい工事をされる業者もいます。

まあ、安くすれば受注しやすいですから、粗っぽい工事をして数をこなすのは、経営戦略としては低価格・低品質の住宅を販売しているビルダーと意味は一緒です。

世の中にはこういう仕事して売上を伸ばしている方を「成功者」と見る風潮が”やや”あります。

まっ、そうした方たちとは生息域が違う曳家もいるんだよ、と知っていただくためにブログや「施工の神様」で記事を書いているんですが…。

高難度の工事をしてるから、誰か気づいて!

今回は、昨年11月~12月にかけて故郷・高知で施工させていただいた鉄骨3階建ての住宅(1階は農機具置き場)の沈下修正+基礎の全面造り直しの施工手間について書かせていただきます。

まず、これは本当に悔しいんですが、施工中にリアルタイムで「曳家岡本のブログ」で画像も公開していたんですが、こーんな難易度の高い工事をしていたのに、誰もそれに気づいてくれなかったんで…ここで改めて自分で解説します(とほほ)。

まず現場の症状についてです。

画像の通り、独立基礎が家の荷重に負けて割れて来ています。

これは本来だと、基礎撤去後に柱のプレート下に鋼管杭とジャッキを入れて、反力が獲れるところまで打ち込んでおいて、レベル修正も出来たら、それをコンクリートで巻いて安定させる揚げ家とアンダーピニング工事の併用工法を選択するのがベストだと考えました。

ですが、お施主さんの「この先、何年使いたいか?」を考えると、そこまでの工事をするほどの費用は掛けられない。でも、基礎が割れて来ているのは家族一同怖いので直したい、というリクエストから、1階の梁を持ち揚げて支えておいて、基礎を解体→全面造り替えのみを行うということになりました。

まあ、これだけでもスラブが2層にわたって乗っているお家を持ち揚げるわけですから重いし、資材も大量に必要なのですが。


アンカーボルトの再緊結をどうするか?

それよりもこの工事の肝は、

  1. 梁を突いて持ち揚げた際に、土台の存在しないH鋼の柱がUFOキャッチャーのクレーンのように内側に狭まってしまわないように細工すること
  2. 解体した基礎の中に存在するアンカーボルトの再緊結をどう行うか?

この2点を現調した瞬間に、どんな方法で出来るか?を自分の引き出しの中から出せるかで、その職人の技量が測れます。

まず1ですが、これは足元を曳家の要領でH鋼と専用の金具で結ぶことで固定します。

ただ勘違いしてはいけないのは、このH鋼で建物を持ち揚げるわけではありません。このプレート上で結ばれたH鋼は仮の土台のように見えますし、実際、そのように使えば大量の枕木を持ち込まず、もっと簡単に作業が出来るかも?な誘惑に駆られます。

ですが、実際にはシャッターの枠や2階に上がるための階段など様々な障害物があります。

これらを出来る限り、解体しないで再利用できる方法を採ること。さらには、スラブが2階、3階(屋根)に乗った上部が重いものを揺らさないように持ち揚げることを考えて、この足固めのようにつないだH鋼には負荷はかけないようにします。

そして、施工中、ご家族がお家を使用されることが決まっていましたので、万が一の地震などが来た時に耐えられる細工をしておかなくてはなりません。

2のアンカーボルトの再緊結は、これはもしハートが弱い?あるいは儲けに走っている親方であれば簡単に溶接してしまいます。

そうですよね。溶接は万能ですし、すごく便利です。でも、ここで中ほどで切断したアンカーボルトにダイスでネジ山を斬って造って、長ナットで緊結した方が「せん断力」も含めてはるかに強いと思いませんか?

いや思いますよね。でも、実際には枕木を組みまくった基礎下を這って行って、そこで画像を見ていただくと判りますが、直径18mmほどのボルトにダイスを充ててネジ斬りをする大変さ、手間を考えると、建築士さんとかが介在してない(もしくは居ても、施工不可能)現場であれば、普通はこれをやろうとは考えないと思います。

実際、このアンカーボルトの再緊結(柱6本、ボルト12本)に4人工+材料代2万円、ダイスと長ナットの取り寄せのために3日待機したり手間をかけました。

それでも、この悪条件の中でネジ斬りをするのはラチェットが斜めになってしまったりして、簡単には斬れませんでした。

マジメな施工が評価されるように

で、今回の記事で一番強く言いたい部分ですが、このお家は道路側に向かって最大40mmの沈下をしていたんです。

建物は持ち揚げると早く揚がったほうに何ミリか動きます!すると、プレート穴から落とし込む新たな緊結用の全ネジボルトと既存のアンカーボルトをずれることなくぴったり「繋ぐ」ことは相当、難易度が高いです(たぶん)。

でも、これはコンクリートで巻かれてしまうと見えなくなる部分ですし、ここでこうして解説しなければほとんどの方に気がついていただけない手間です。

自分はHPの冒頭の挨拶文にも書いてありますが…かなり不器用です。なので、自分が知る範囲で「こうしたほうがより良い工事になるよな」と思うことは出来る限り施工させていただきたいです。

Facebookと連動して読んでくださっている方の中には、「曳家岡本は漫画にも出て、建築業界の著名人を集めての懇親会とかも元気にやっているなー」と思ってくださっているかも知れません。

でもそれは、月額30万円ものweb広告費を打てるような利益も無く、トラックのドアに貼っていた屋号を書いたマグネットシールがどこかで落ちてしまってもまだ再注文できる余裕の無い零細事業者の小さな努力です。

真面目に施工していくことがきちんと評価していただけるように今年も頑張ります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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曳家岡本の二代目。日本屈指の曳家職人。テレビ出演は「真相報道バンキシャ」「心ゆさぶれ先輩rock you」「ウェークアップぷらす」など多数。漫画化もされており、雑誌「週刊漫画Times」で連載中の「解体屋ゲン」にもセミレギュラーで実名登場。
自分では「日本一小心者な曳家」だと思っているが、ある建築家からは「蚤の心臓」と呼ばれている。しかし、自分が凄いのではなく、かつて昭和南海大地震や伊勢湾台風から復興するための技術として栄えた高知県(土佐派の曳家)の技術が自分の身体に残っているだけである。
東日本大震災の直後に千葉県浦安市対策本部の招聘されて上京。近年は全国の社寺・古民家修復を中心に手掛けている。
曳家岡本HP ⇒ http://hikiyaokamoto.com
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