大型パネルを導入し、働き方改革を実現
『 「工務店は製造業になる」 “木造大型パネル”は住宅建築に革命をもたらすか? 』では、木造在来工法をベースにした「大型パネル」の加工・製造を受託するウッドステーション株式会社の取り組みを、塩地博文代表取締役社長のインタビューを通じて紹介した。
新潟県三条市の株式会社サトウ工務店は、2019年夏から大型パネルを導入。重量化する建材の運搬など過酷な作業から大工を解放し、工期短縮を実現した。さらに、週休2日、祝日休日、年間5日以上の有給休暇制度など大工の労働環境を劇的に向上し、目を見張るホワイト化に乗り出す事例をお伝えする。
「今後、大工不足と高齢化は避けられない。大工の待遇を改善し、のちに後継者となる優秀な大工を獲得するため、大型パネルの導入とともに労働改善の向上に努めている」と語る株式会社サトウ工務店の佐藤高志社長に、大型パネル導入の感想や処遇改善について話を聞いた。
戸建てをつくれない時代がやってくる?
――今、佐藤社長から見て、工務店業界の問題点を忌憚なくご指摘ください。
佐藤 弊社は自社で3名の大工を直接雇用し、応援が3名いる体制です。どこの工務店でも同じですが、大工不足と高齢化が課題です。若手で「大工になりたい」と志望する人も不足しており、高齢者しか残っていないのが現状です。
今はなんとか仕事をこなしても今後の超高齢化社会を考えれば、ますます大工のなり手がいません。統計を見ると、住宅着工数も減少しますが、それ以上に大工の人員が足りなくなり、深刻な大工不足の時代が来るということが最大の問題だと考えています。
つまり将来的には、お客様が「こういう家をつくりたい」と工務店とハウスメーカーにお願いしても、つくれない時代がやってくるのです。
そうすると、これまで弊社のような小さい工務店はどうやって仕事を受注するかに注力してきましたが、これからの将来を考えると、どうやって仕事をこなしていくかが重要になります。
弊社としては、まずは優秀な大工を確保することに重点を置こうと。それならウッドステーション株式会社の大型パネルを採用し、大工の仕事の生産性を向上しつつ、雇用・労働条件をホワイト化すれば、優秀な人材が入職すると考えました。
――昔は、子どものなりたい職業に大工が上位に来ていましたが。
佐藤 私の感覚ですが、大工の労働環境の悪化とともに、「大工になりたい」という子どもたちの声がパタリと止まったような気がします。たとえば、昔、親が大工でイキイキと働いている姿を見て「ぼくも大工になろう」というお子さんも多かったでしょう。
ところが現実は、大工の賃金のダンピングや労働環境の悪化で、大工だった親が子どもに「お前は大工にならないほうがいい」「もうオレは大工をやめる」と愚痴ることが多くなった。
すると当然、お子さんも「大工は思ったよりも大変だから大工になるのはやめよう」となっていったのでは、と想像しています。工務店業界に夢がなくなると人材は集まりません。だからこその大型パネルの導入でした。
約1tの建材運搬作業から大工を解放
――大型パネルを導入し、御社の大工の仕事はどうなりましたか?
佐藤 弊社では耐力面材として、重量1枚が約35kgの三菱商事建材「MOISS(モイス)」を標準仕様としています。
住宅1棟の現場だと80~90枚運搬しますが、これも大工の仕事です。ほかにも、建材が高性能化するとともにサッシなども重量化するため、大工が運搬する建材の重量は1棟あたり1t近くにも及びます。
しかも、足場がしっかり組み立てられている中で、重量化している面材や建材を2階まで運びます。次に、ピッチに対してミリ単位の細かい精度が求められる釘打ちなどの作業を行います。
サッシや耐力面材など、建材の高性能化と重量化はここ最近のことで、結果、大工の労働環境は一気に悪化しました。
それに比べ、木造大型パネルは、耐力面材やサッシ、構造材、間材などを整った環境の工場で生産し、トラックで運搬。最後にクレーンでパネルを吊り上げ、現場で組み立てます。また、釘打ちについても、現場で打つよりも工場で管理した場所のほうがより正確です。
つまり、大型パネルを導入すれば、あまりにも重量化した建材運搬などの過酷な作業から解放され、楽になります。
ほかにも施工精度や品質向上、さらには建前後に建物が雨ざらしになることがありますが、外回りを塞ぐことができ戸締りも早々に可能になるので、防犯性も高くなりお施主様にもメリットが大きいです。
また、今まで工務店のPR活動は、地域内の顧客に対して、魅力的なデザインや施工を提案することに重きを置いてきました。しかし、これからは、工務店業界内に対しても情報発信していく必要があります。
新卒で若い大工を育成することはもちろんですが、同時に、即戦力で優秀な大工を獲得するには、大型パネルを導入し、どこよりも良い条件の労働環境をPRすることに大きな意味があります。
――大型パネルの最近の施工事例は?
佐藤 4月着工、5月上棟の500m2超えの非住宅 中規模木造の倉庫兼事務所で、大型パネルを使用する工事の予定があります。
新潟県燕市の工業団地内に建築する木造の倉庫で、部分的ではありますが、県産材も使う予定です。一般的には鉄骨造で建築される規模の床面積500m2越え、梁スパン11mを木造で作ることは、中規模木造を公共建築だけでなく民間にも普及させるという意味では、トピックスとなる物件です。
また、この規模は一般的にゼネコンが取っていく工事ですが、「木造」となった途端に弊社のような小さな工務店でも受注が可能になりました。実は、今回の現場はゼネコンとの競合となりましたが、弊社が受注することができました。
革新的な労働条件のホワイト化
――大型パネル導入時の御社の大工の感想は?
佐藤 これは大工だけに限りませんが、革新的なことは彼らにとって当初受け入れがたく、疑心暗鬼的な部分もありました。ところが上棟し、大型パネルを組んでみると、大工から「社長、次からもこれにして欲しい。楽だけじゃなく、品質も確保できる」との声が上がりました。
在来木造軸組工法で30坪の住宅を4か月で建設することを想定すると、工期も1~2週間短縮でき、大工の数も15~20人削減できました。大きな会社であれば、生産性が向上するとさらに2~3棟と次々と建設する方向で進むと思います。
ただ、弊社では工期短縮分を大工の休暇にあてることにしました。大工は全国的に週休1日ですが、弊社では週休2日、祝日休日のほか、年間5日以上の有給休暇制度、午後5時半定時退社、残業ゼロ、建前が終わったら早々に現場内部にエアコンを設置するという働き方改革を導入しました。
そうすることで、ここ1年で大工の休日が劇的に増えました。大工も、夏と冬はかなりシビアな環境なので、エアコンのあるなしでは生産性が異なります。
――しかし、大工は日給月給ですから賃金も減ってしまうのでは?
佐藤 日給月給制では休みが増えると給料が減ることになりますが、上述の働き方改革を展開するときに完全月給制に移行しました。給料は、土曜日出勤や残業をしていた時期よりも下がらないような体系にして、なおかつ休みを増やすことにもチャレンジし、さらには社会保険にも加入しました。
会社的には負担も大きいのですが、弊社の大工社員は3人なので規模が大きい工務店が行うよりも楽なんです。
現在、大工の年齢構成は60代が1名、40代前半が2名で、10年後には必ず1名が入れ替わります。その時に、優秀な若手の大工を確保し、後継者として迎えるためには、小さくても働きやすい工務店にしていかなければなりません。
私たちのような小ぶりの工務店が働き方改革を行うことは不思議に感じるかもしれませんが、これは優秀な人材を確保するための先行投資です。弊社の大型パネル導入や働き方改革は、将来を見据えた生き残りをかけた取組みです。タイミングを見て求人も行いたいと考えています。
――工期が短縮した分、さらに大工に仕事をさせれば儲かるという発想もありえたと思いますが。
佐藤 目先のことだけを考えれば、それで良いかもしれません。給料を増やし働き方改革を行えば、いまだけ考えれば会社にとっては確かにマイナスです。しかし、これが5年後、10年後と長いスパンで見て人材の確保などに効果があれば、そのほうが良いのです。
“大工の腕”が会社の支え
――大工にこれだけ手厚い保護をするのは、珍しい試みです。
佐藤 実は、言い方は悪いですが、「私が営業して取ってきた仕事を社員に配っているから会社は回っている」と思っていた時期もあったんです。でも、それは大きな考え違いでした。
大工のつくるクオリティが高いからこそ、「次もサトウ工務店さんに頼みたい」となるんです。ですから、弊社は”大工ありき”なんです。このことは工務店経営の本流の考えであるべきです。
また、現場監督や設計を担当している人は給料が高く、現場の大工は低い傾向にあります。大工の中には、やや自嘲気味に「学校の勉強が嫌いだから大工になったんだ」と話す方もいる。
しかし、今や現場で汗水流している職人のほうがレアな存在で、そう考えると現場監督と大工の給料が逆転する時代も来るかもしれません。
コミュニティを通し、建設レベルの底上げを目指す
――大型パネル「みんなの会」が今年1月にスタートし、会長に就任されました。
佐藤 弊社は2019年夏から大型パネルを導入し、5棟目も終えて、これはいいものだと確認できました。今後、普及していくべきものです。
ウッドステーションとテクノエフアンドシーが主催の「大型パネル生産パートナー会」に、入会金・会費無料、法人・個人の区別なく、大型パネルに興味を抱く建築事業者の誰もが入会できるような組織として、大型パネルユーザー会「みんなの会」が新設されました。工務店だけではなく、著名な建築家や学生など約260名が入会していて、私が会長を務めています。
また、2018年2月に新潟県内限定ですが、工務店や設計事務所、大工、学生など住宅業界のさまざまな方が集まり、住まいや暮らしのことを考える「住学(すがく)」というコミュニティを立ち上げました。今、会員は約250名で勉強会などを行っています。
もともとは懇親会が主で、お互いの距離を縮めることが目的でした。今まで同業の工務店は、商圏が重なるとどちらかといえばライバルであり、「この建材はいいよ」などの設計施工の情報を共有してこなかったのです。
お客様のためを思えば、いい工法であればみんなで使えばいいと考えていました。みんながいい外壁や技術を共有すれば、新潟県全体の建設レベルが底上げされます。
最近では、ある建築士が魚沼杉を普及させようとしています。これまでであれば、別の工務店は差別化のため別の木材を使っていたと思いますが、今ではほかの工務店も魚沼杉に関心を寄せる環境になっています。
同じように、弊社が大型パネルを使っていることで、ほかの工務店も採用しているところが増えています。
私は、同業の工務店同士で仲がいいコミュニティを運営できるようにしたい。また、工務店同士困りごとがあれば、解決策もみんなで提案できるような良い関係になればいいと考えています。