民業圧迫というグレーゾーン
現在、九州を中心として豪雨災害が日本列島を襲っています。日々のニュース映像を見ると、自衛官として災害派遣に従事したころの風景を思い出し、胸が痛む思いです。
その思い出とは、東日本大震災における災害派遣です。私は運命の巡りあわせか、当時、被災地に所在する部隊の所属隊員でした。そのため、建設用重機やダンプトラックを用いた、がれき除去・運搬及び自治体と調整の任務に従事しました。
この災害派遣現場には、ニュース等ではお目にかかれないグレーゾーンが存在します。今回は「民業圧迫」をキーワードに、その体験をご紹介したいと思います。
そもそも自衛隊の災害派遣とは?
日々のニュースの中で「自衛隊による災害派遣活動が行われました」的なアナウンサーの声を耳にすることがあると思います。私の体験談をお話する前に、自衛隊がどのような手続きと要件で災害派遣活動に従事することになるのか簡単にご説明します。やや舌足らずな点があるとは思いますが興味のある方はネットで検索すると簡単に出てきますので調べてみてください。
自衛隊が災害派遣命令を受ける最大の根拠は、「都道府県知事等による防衛大臣等への災害派遣要請」です。ここで注意が必要なのは、現在の法的枠組みでは市町村長には要請の権限はありません。
都道府県知事等の要請に基づき、最寄りの部隊が被害のあった自治体と必要な調整を行い、必要な活動を行うのです。ただし、要請を待ついとまがない緊急事態には、自衛隊独自に自主派遣という形で災害派遣に行くケースもあります。
都道府県知事等から災害派遣要請があった場合、実際のところすべての要請を受け入れるわけではありません。要請に基づく災害派遣を行う場合、以下の3要件を満たしていないと自衛隊は動かせません。
- 公共性:公共の秩序を維持するために、人名又は財産を社会的に保護する必要性があること。
- 緊急性:さし迫った必要性があること。
- 非代替性:自衛隊の部隊が派遣されるに以外に他に適切な手段がないこと。
難しい文章ですが、簡単に言うと「今の時点ですぐに国民の生命と財産を守る活動ができるのは自衛隊しかいないんだ!よろしく頼むよ!」という状況であることです。
しかし、災害派遣も時間の経過とともに民間業者も動き始めます。そこで、いつも問題になるのは「自衛隊の引き際」です。先に述べました3要件の一つでも欠けた時点で、基本的には自衛隊の災害派遣活動の根拠が失われます。ただし、都道府県知事等からの要請に応じた災害派遣は、都道府県知事等からの撤収要請がないと自衛隊は現場から撤収できないのです。つまり、地方自治体との調整で一番苦労するのは、撤収のタイミングなのです。
災害派遣中に民間業者と同じ作業?
前置きが長くなりましたが、ここからようやく東日本大震災における私の災害派遣の体験談をお話しします。
当時、派遣された現場は津波の被害を受け、多くのがれきが散在している漁業を中心とした港町でした。漁船は陸に打ち上げられ、周囲の建物は倒壊もしくは壁がなく、主要構造物のみが残された無残な現場でした。周囲には海産物の加工工場も多く、工場から流されたと思われる資材なども散乱していました。
自治体の話では、道路に散乱しているがれきを除去し、交通路を確保してほしいとのことでした。当初は建設会社が活動できるような状況ではなく、私たちと陸上自衛隊で協同して、がれき除去・運搬に従事していました。
作業は朝8時から夕方5時まで毎日交代で行われました。作業後には、自治体職員と次の日に向けた作業打ち合わせを毎日行い、翌朝がれき除去・運搬を繰り返し行っていました。
約2週間が経過すると、夕方の打ち合わせに建設会社が数社参加するようになっていきました。自治体の説明では、民間企業も活動を再開することが可能となりつつあることから、エリアを分けて自衛隊とがれき除去を行ってほしいとのことでした。
その日の夕方の打ち合わせが終わってから部隊に帰り、民間会社ががれき除去に参加しはじめたことを上司に報告しました。
すると上司は「民間が動き始めたのならば、俺たちの活動の場はなくなるなあ・・・。明日の打ち合わせには同席するよ」と言いました。次の日、私は待機に指定されていたので、部隊で器材の整備や書類事務をしていました。
そして夕方、上司が帰ってきてから作戦会議の招集がかかりました。上司曰く、「がれきの量が多く、建設業者だけでは速やかな撤去は難しいから、しばらく災害派遣は継続する」とのことでした。
会議後に上司と話をしたのですが、夕方の打ち合わせの場で民業圧迫について説明し、自衛隊の撤収時期の検討を自治体に要請したそうです。しかし、自治体も混乱しており、「被害状況がつかめていないので、しばらく自衛隊には活動を継続してほしい」と懇願されたとのこと。
そして、上司からこれからの夕方の会議のたびに我々の撤収時期を検討するよう、繰り返し要請するよう指示を受けました。
「自衛隊さんはタダでやってくれるからねえ」
しかし、それから何日か経っても、自治体のスタンスは変わりませんでした。私ががれき除去現場に派遣された夕方の打ち合わせ時に、自治体担当者の本音が漏れた瞬間がありました。それは、とある建設会社の社長の一言からでした。
「〇〇さん(自治体の担当者)、そろそろ自衛隊さんたちは本業に戻ってもらったほうがいいんでないのかい? 民間でも十分対応できるだけの器材と人は戻ってきているよ」
すると自治体の担当者は、こう言いました。
「そうしたいんだけど、自衛隊さんはタダでやってくれるからねえ。民間さんはお金がかかるからさ。予算が後からつくのはわかっているんだけど、先が見通せないんで」
自治体職員以外の出席者は、みんな苦笑いして何も言いません。
最後に、私は上司の指示どおり「自衛隊の撤収時期については早急に検討してもらいたい。また、先ほどの社長の発言にもあったとおり、民業圧迫は自衛隊として災害派遣の要件を満たさないことから許容できない。民間企業が回り始めないと復興も始まらない」と発言したことを今でも覚えています。
やや感情的になって発言しましたが、それは自治体職員の発言に怒りを覚えたからです。
自衛隊は自治体の便利屋ではない
結局、撤収要請が出たのは、この2週間後ほどだったと記憶しています。自治体の意思決定の遅さにも腹が立ちました。自衛隊は自治体の便利屋ではありません。打ち合わせで建設会社の社長が言いたかったことは、「従業員の生活や町の復興のために仕事が欲しい」という表れだったのだと私は思っています。その点では、民間企業のほうがよほど危機感を持っていると思います。
災害派遣のみならず、官公庁発注工事でも担当者が何をしたいのか、今後どうするのか、といったビジョンを持たずに受注者任せにしている監督官が多いように感じます。今、民間で勤務していると、なおさらそのように感じます。税金を投入して、市民・国民の生活をより良いものにすべきなのに、現状はそうではありません。無計画に税金をつぎ込み、失敗したらやり直し・・・負のスパイラルに陥っているとしか思えません。
官公庁に勤務するすべての方がそうではないとは思いますが、今一度、自分自身が何のために仕事をしているのかを考えてもらいたいです(もちろん私自身もですが・・・)。