千住関屋町再構築工事の現場代理人にインタビュー
箱物行政も今は昔。
「公共工事もメンテナンスの時代」と世論を喚起されてますが、社会資本整備の計画は昨今の不景気でも乗数効果を期待されての証左。東京都なら発注の減少はないだろうと風説も伝わってきます。
そんな公共土木が活況の中、東京都の下水道局で計画された「千住関屋町再構築工事」の現場へ訪問。現場代理人をされている徳倉建設株式会社の林亨さんに、逸話や施工方法、現場での苦労などをお伺いしました。
入社4年目で南米ペルーの現場に赴任
――林さんのキャリアをお聞かせください
林さん 私が徳倉建設に入社したのは1995年の4月です。なので、今年の4月で26年目になります。今までに携わった主な現場は、国内の工事では、国交省の河川工事、砂防工事、港湾工事などです。あと、北陸新幹線、県道、それから、今現在従事していますけど、東京都の下水道工事、それと、農水省の圃場整備の工事などですね。
私は、ネクスコの工事は一度も無いんですよ。土木の技術者がよくやる工事だと思うんですけど。それと山岳部のトンネルの工事は無いですね。ただ、今回やる推進の工事もまあ、隧道工事の一種なんで、土の中に穴を掘ってですね、何かを通すっていうのは全くゼロではないんですけど、山岳トンネルの経験は無いですね。
――御社は建築もおやりになっていますが、林さんは土木のみの従事なんでしょうか?
林さん 私は学校も土木工学科卒業ですので、土木だけです。ただ、海外工事で建築の現場も手伝ったことはあります。
――海外での施工経験もおありとのことですが、入社してから何年目で赴任されたのでしょうか?
林さん 4年目の1999年ですね。弊社の中で、海外の工事で人が足りなくてなったので、ある程度経験がある技術者を探してたんですけど、やっぱり入社10年前後っていうと家庭の関係で、なかなか行くっていう人がいなかったんです。
それで、私は当時4年目の27歳で独身でしたから、4年目でちょっと経験不足だったのですが、まあ他に人が居らず仕方ない、ということで行くことになりました。それが、南米のペルー共和国の石炭火力発電所の工事です。
――ペルーは英語圏ではないですよね?
林さん スペイン語ですね。
――学生時代はスペイン語を専攻されてたのでしょうか?
林さん いや、まったく無いです。
――じゃあ、現場で憶えていって…。
林さん そうです。半月くらい前に語学研修みたいのはやりまして。2週間程度。で、数字とそれから基本的な挨拶ぐらいは憶えました。まあ、私もその当時は若かったもので、わりと、ささっと覚えました。
ですけども、やっぱり言葉自体は現地に行ってから現地人と話しながらですね。
グアテマラの現場にて
――ボディーランゲージも交えて?
林さん ええ。身体で覚えましたね。で、もう、必ず小さなポケットサイズの辞書と、それから、野帳。覚えた言葉と照らし合わせてですね、それで憶えていきました。個人の辞書みたいのを作る感じです。
やっぱり、建設業は日本語でも専門的な言葉が多い訳じゃないですか。それが、スペイン語になりますからね。普通の市販されている一般的な辞書に載ってない言葉も出てくる訳ですよ。
――同時通訳する『POCKETALK』のようなデバイスも無い時代ですもんね。
林さん 無いです無いです(笑)。
「日本食でないとダメ」だと海外での仕事は難しい
――それはすごいご苦労があったかと思いますが、現場でのコミュニケーションとして英語圏での海外赴任のほうが楽だったとか想い返せますか?
林さん どうですかね…。まあ、確かに英語は読むのはいいですけど、話すのはあやふやでしたので、英語はヒアリングが難しかったですね。英語は習えばすぐ覚えると思うんですが、スペイン語のほうが多分しっかり話そうと思えば難しいと思います。
グアテマラでの作業打合わせのようす
ただ、スペイン語は日本語と一緒で母音が5つなんですよ。アイウエオなんですね。ですから、全く知らなくても聞き取ることはできるんですよ。で、私、ちょっと農水省系のシンクタンクへ出向していた時に、英語圏の東南アジアへ行ってた時もあるんです。その時は英語で喋るんですが、英語の発音は難しいと思いました。ネイティブの人の英語とアジアンイングリッシュとのタイプの違いもあって聞き取りにくいですよね。
スペイン語はアルゼンチンとメキシコで結構な発音の違いがあったんですが、それでも、英語程の違いはありませんでした。
――なるほど。
林さん 僕も、グアテマラが長くて8年くらい居ましたから。そうするとですね、同じスペイン語を聞いてもグアテマラとメキシコは似てるんですが、南米は少し違う気がしました。
聞けば「この人中米系じゃなくて南米系だな」って分かってきます。それくらいちょっとニュアンスやイントネーション等、若干違います。日本語で言うところの標準語と大阪弁みたいな。そんな感じです。でも、意味は分かります。
――海外赴任で人との出会いが多々あったかと思うんですが、仕事で異文化交流できるなんていいご経験ですね。
林さん まず、奥さんと出逢えたことですね。私の妻はグアテマラ人なんです。いろいろと、私の支えになってくれていることに感謝しています。
海外赴任は楽しかったですよ。私の性格がどんな人でもコミュニケーションをとれる性格だったというのもあるでしょうが、どの国へ行ってもそこそこ皆さんと仲良くやってましたね。やっぱり、海外で経験が全部で9年間、出向の仕事も合わせると11年ありました。
――お仕事が終わってからの食事や晩酌なんかも楽しみの一つだったのではないでしょうか? 現地の人たち、よく飲みそうですね(笑)。
林さん 南米の人たちはよく飲みましたね。中米は意外とプロテスタントの人たちが多いので、半分くらいの人たちは飲まなかったんじゃないかな。
食事に関しては「日本食でないとダメ」ってタイプの人だと海外での仕事は難しいと思います。
――飲料水なんかも大事ですし、便秘になったりする人もいるみたいですね。
林さん ええ。アフリカやイスラム系の地域とかは食文化への適応は難しそうですね。私は中南米が多かったので、あっちはそんなに日本と変わらないですし、食事は美味しかったです。
東南アジアのタイの香菜(パクチー)は苦手でした。タイは日本人が多くて、3万人くらいいるのかな? 日本人のコミュニティも沢山あって、日本食のレストランは多くて日本食にすぐにありつけますね。
ただ、海外へ行ったら極力現地の物を食べるようにしています。
――それは、健康面というより、海外の現地の職人さんとのコミュニケーションにも役立ちそうだからですか?
林さん そうですね。それもありますし、やっぱり、食事も「文化」ですから、現地の、赴任先の文化に慣れるのが大きいですね。
グアテマラでの道路工事現場の施工前
グアテマラでの道路工事現場の施工後
建設汚泥を”空気圧送”で船舶へ積み込み
――さて、今回はそんな林さんが現場代理人として着任されている千住関屋町再構築工事についてお聞きしたいのですが。
林さん ここの概要は下水道の工事なのですが、ここの下水道管を何のために使うかと言いますと、ゲリラ豪雨などの異常出水時の洪水対策として東京都の下水道局で計画された工事です。
ちょうど、我々のお隣で大林・大本組JVさんが千住関屋ポンプ場を建設していますが、そのポンプ場へ接続している下水道管は、隅田幹線というシールドトンネルですね。それを昨年度かな? 東急建設さんが施工して完成させています。
で、我々の工事は、その千住関屋町付近で降った大雨を集めて、特殊人孔と呼ばれている深さが42mある人孔に集めた水を隅田幹線に流し込むための下水道の工事です。
――現場を拝見しますと、御社とお隣の大林組・大本組JVとでかなり大規模な工事現場とお見受けしますが、周辺の住民なんかとの軋轢は無かったのでしょうか?
林さん 2008年から10年以上千住関屋ポンプ場工事は続いています。当初、特殊人孔(アーバンリング)を掘削した残土は、大型ダンプ車で陸上運搬する予定でしたが、先立って現場入りしていた大林組・大本組JVさんでは船舶で運搬していました。これは住民さんからの要望で、それに基づき、弊社の掘削した建設汚泥も船舶で運搬することになりました。
大林組・大本組JVさんの掘削土は、現場内で乾かした土なので現場に常設したベルトコンベアで船舶へ積載できたのですが、弊社のアーバンリング工法は水中掘削なので、土の含水比が高くベルトコンベアでは積み込めないことに困っていました。
そこで、都市河川の浚渫工事において空気圧送で含水比の高い土壌を送り込む方法があることを知っていたので、その業者へ打診してみました。
その専門業者もアーバンリング工法から空気圧送で船舶へ積載することは初めてのことだと驚いていました。当然、私も初めてのことだったので、手探りの状態からはじめたようなものでした。
――なるほど、経験を積まれた林さんでも着手にあたり苦心されたんですね。それ以外のご苦労は? 例えば、材料の製作遅延による工期のずれこみとか?
林さん それは無かったですね。工事は遅れたのですが、建設汚泥の搬出方法が丸々変わったことによる計画の変更に手を焼きました。空気圧送で汚泥を送り込むと言っても、川に向かって圧送する配管の設備も一から構築する苦労がありました。
川へ向かって設置した空気圧送管
本来、空気圧送というのは都市河川のヘドロの除去で用いる方法です。我々の立坑は地上から20~25mくらいは東京下町の「有楽町層」というN値が0~3位の非常に柔らかい粘土層、シルト層だったので、問題なく圧送できたのですが、その下の東京礫層になると、最大で30cmくらいの大きさの玉石が混ざってくるので、そうなると空気圧送で送れない事態になりました。
空気圧送の配管自体は25cmの管径だったので、10~15cm位の石の混入なら送れました。それより大きい石が混ざると配管が詰まってしまうので、フィルターを付けて除去できるようにしました。
投入口のフィルター
それ以外の小さい石の混入汚泥は、掘削土量の2倍くらいの水と一緒に押し流しました。当然、船舶にも水が溜まってしまうので、夜にポンプで立坑へ水を戻す循環作業も行いました。
通常の粘土やシルトの砂の層でしたら1日2mくらい進捗させますが、東京礫層に至っては1日に20~30cmくらいの進み具合で5倍くらい手間を喰いました。
――5倍も違えばかなりの影響ですね。
林さん そうなんです。それ以外は表層3mくらいはゴミがすごかったです。陶器、レンガ、枯れ木、建設廃材(桟木?)がものすごい量で1週間も手を焼きました。
協力業者さんたちも「こんなやり方で工期中に終わるのか」と心配して、一時は現場が険悪なムードになり肝を冷やしましたよ(苦笑)。
協力業者と知恵を出し合う大切さ
――実際は予定どおりに進めたのでしょうか?
林さん 砂礫の層で苦労しましたけど、それ以外は当初計画どおりの1日に1.2mでほぼ予定どおりで終わりました。初めての試みを遂行したわりには大きなトラブルも無く、胸を撫でおろしました。
――初めての試みに臨むにあたり、協力業者さんとの連携で特に気を付けたことは?
林さん そうですね、いろいろと意見交換したり、それぞれの経験を持ち寄って類推しました。弊社も協力業者さんたちも皆、初めてのことだったので。
空気圧送がご専門の小柳建設さんも初めてのことだったのでお互い手探りでしたが、コミュニケーションを密に乗り切りました。
通常、川の浚渫ですとか、東京都も内堀、外堀と浚渫をしているのですが、圧送した土は同じくらいの高さの場所へ圧送していくのです。
ただ、ここの現場は施工条件が制約され、9mくらいの高さまで一旦上げなくてはならず、詰まりやすかったり大変でした。重力に逆らっていきますから。
水平でしたら2kmくらいどーんと圧送できるらしいのですが、この現場は圧送機から配管をぐるっと回って9m上がらなければならなかったんです。そういう配管は一般的な現場ではあまり、無かったみたいですね。
で、当初、圧縮空気を作るコンプレッサーは1台で予定してたのをもう1台追加して2台体制にしたりとか、空気を効率よく送り込めるようにエアータンク(空気のレシーバーのためのタンク)を設置して効率よく圧縮空気を送れるように工夫しました。
あとは、石を選別するためにフィルターも設置しましたが、粘性土の層の掘削時はそのフィルターに詰まってしまいこれにも苦労させられました。
土質を見ながらフィルターの隙間の間隔を30cm開けて細工し、粘性土を送り出しました。逆に礫層になったら間隔を10cmに狭め掘削の進捗に合わせていきました。
それらのアイデアは協力業者さんたちと知恵を出し合い、協業していくことのありがたみを感じました。現場で汗をかく土工さんたちも10cm以上の石がフィルターにひっかかったら、手選別で除去作業して頂いたので感謝しかありません。
――予想だにしない事態に対して急に閃いたアイデアはありますか?
林さん 空気圧送における施工で砂礫層にぶつかると一筋縄にいかないと聞いていたので、通常の2倍くらいの水を送り出そうと計画しました。水を常に送れるように水槽を準備したのですが、自動放水の施策も併せ臨機応変に潤沢な水を送り出せるようにしたのです。
前述しましたが、船舶に水ばかり溜まってしまうし、水ももったいないので水を戻すために送る管と戻す管の両方を構築して循環させたのが奏功しました。この循環システムが無ければ工期どおりに終わらなかったと思います。
ですので、着工前にトラブルを想定しながら、アイデアをストックしておきました。
若人よ、失敗を恐れるな!
――そんなご苦労もあったこの現場は何名体制で乗り切ったんですか?
林さん ここは3名ですね。
――わりと3名で臨むゼネコンさんは多いですよね。
林さん そうですね。現場管理に書類作成など、3名以下ですと辛いですよね。この現場は10億円弱程の工事規模ですが、それを3人で回すというのは多すぎず少なすぎずと、丁度いいスタッフィングです。
今、ここでは私が現場代理人ですが、所長は瀬戸と申しまして所長デビュー戦で、私よりも14歳若いです。瀬戸が発注者様との折衝や、協力業者さんたちとの契約に集中できるよう、私は瀬戸のサポートに徹しアドバイスも考えました。
本来、瀬戸と私でこの現場は回せるんですが、新入社員の出口に現場のことを憶えさせています。
――「建設現場の担い手不足」が叫ばれて久しいですが、現場管理もしながら若い世代の育成も平行させて難しそうですね。
林さん そうなんです。私、新入社員と仕事するのは久しぶりですが、2年目から4年目、それから海外工事もそうでしたけど、新入社員ないし2年目の社員とばかり仕事していていろいろと教えたんですけども、皆辞めてしまいますよね。
――だいたい何年目くらいで辞めていってしまうのですか?
林さん どうですかね、3年くらいですかね。
私の現場で一緒に働いた新入社員で辞めた子はいません。甘やかしては無いですけれども、辞めてほしくなかったので、一生懸命に教えていました。
ただ、そこから他の現場へ行ってから辞めていってしまって…。それを後から聞くと残念でしたね。我々の業界の悪いところで、サポートしない人もいるんですね。そうすると、現場管理はいろいろな仕事をするので、1から10まで教えて7~8くらいまでは手ほどきしてあげないと新人はできない訳ですよ。
私らが若い頃なんて1~10までやることあるのに、2くらいまでしか教えてもらえませんでしたよ(笑)。あとはもう自分で勉強でした。
――よく現場で「目で盗め」って言いますもんね。
林さん そうですよ。まあでも、そういう時代じゃないですし、最近の子は特に丁寧に教えてあげないとダメな気がします。私自身もそれで苦労したので、入社した子には同じ苦労をさせたくないなっていろいろと教えたつもりです。
あとは、優秀な子だと後から独立したとか、異業種へ転職して成功してしまったとかありますね。上司との軋轢や人間関係が嫌で辞めたという新入社員は二人だけですね。
――この媒体を閲覧する新卒で業界で働き始めた皆さんへ、建設業で働き続けるコツみないなのをご紹介できませんか?例えば「抜くところは抜く」みたいなアドバイスとか。
林さん んーっ難しいです(笑)。まずは、私が思うに失敗を恐れないことですかね。
――建設業に関わらずモチベーションを保つのにそれを仰る方いますよね。
林さん そうなんです、最近の子ってどうも完璧にやらないとダメなんじゃないかなあと。
今の学校教育がどうか分からないですけど、1か10かの二元論の思考の子が多いと思います。
現場はそうじゃないんですよね。確かに失敗をするといろんな人に迷惑をかけるし。
――怒られるし(笑)。
林さん (笑)。怒られるし、しょぼんとするし(笑)、ヘコむし。で、気分悪いし。
ただ、失敗したことによって憶えることって多いですから。
――脳科学で言う「エピソード記憶」によると、辿りやすいし後から物語にできますからね。
林さん はい。私も働き始めて二十何年経って言えることですが、1年目2年目の職員に対して、言葉は悪いかも知れませんが期待してませんから。
失敗するもんだと思ってます。仕事は頑張ってほしいのですが、100%こなせるとは思ってないんで。逆に失敗してくれたほうがありがたいです。それくらい思い切ってやってほしいんですね。一度や二度の失敗でへこたれないでほしい。
作業員が毒ヘビに噛まれた!
――社会がコロナ禍になって既に1年以上経過した訳ですが、コロナ対策について特に気を付けていることは何ですか?
林さん まぁ、一般的に言われているようなことですね。例えば、朝礼前には検温と体調の確認と、トイレ・休憩所・詰所の消毒。そして、打ち合わせする時はマスク着用を義務化し、窓を開け換気しています。
この現場で特に実施していることは無いですが、出入りしている協力業者の皆さんへは、週末に飲みに出歩かないように釘を刺しています。「出歩かないように」って。
その一言が実際に効果があるかは分かりませんが、伝えることで、聞く耳がある人には伝わるだろうと。要は出歩かなければ感染リスクは減るわけですし、誰しも感染しないテリトリーってある訳じゃないですか。
――ええ。
林さん それ以外のところへは出かけないでくださいと。私も気を付けていますが、家を出て現場へ赴き、仕事が終わってまた家に帰る。それ以外のところへ行かなければ、家と車と現場ではコロナ感染者がいない訳ですから、罹患しようがない。それ以外のところへは一歩も出かけないように職員も職人さんたちも気を付けています。
コロナ感染者が現場から出れば現場が止まってしまいますからね。皆さんも仕事ができなくなってしまう訳です。
ですから、週末、GW、年末年始へは感染の恐れがあるテリトリーへは出かけず安全な生活圏でって一声かけています。
――現場に迷惑をかけないよう、個人個人の注意が大切ですね。次は安全対策について伺いたいのですが、この現場ではどうですか? 無事故記録は掲示されていますが。
林さん この現場で事故は無いですね。カスリ傷も誰もいないです。私、建設業で働いて25年ですけれども国内では大きな事故は全くなかったですね。
――冒頭でお話された海外赴任時ではあったのでしょうか?
林さん 海外の時はですね…。事故っていうのかなぁ、まあ、事故といえば事故ですが、スズメバチに現場作業員が何人も刺されたっていう現場がありました。
あと、他の現場で作業員が毒ヘビに噛まれて死ぬ寸前っていうのがありました。ただ、毒ヘビが生息する地域の現場施工というのは事前に知っていたので、血清の準備をしていたんですよ。
田舎の現場でしたから医療施設も傍に無かったので、応急処置として血清を打って時間を稼ぎ40km先の大きな町の病院へ担ぎ込んでなんとか一命をとりとめたっていうのがありました。
――いくつくらいの方だったんですか?
林さん 30代前半くらいでしたかね、測量屋さんでした。その時は丁度お昼休みだったんですよ。
普通はゲートルを巻いて現場作業しますが、昼休憩でゲートルを脱いで寝転がった時に背中を噛まれたんです。その国道の測量は一つの工事で30kmですよ、30km。
毒蛇注意ポスター
――現場が30kmもあれば、「緊急連絡体制」と言っても途方に暮れちゃいますね。
林さん 途上国ですからね。一応、診療所みたいなところはあってそこで血清を打つぐらいしか対処療法が無かった訳です。
――本当に、自分の身は自分で守る。
林さん そうなんです。私も現場へ出る時はゲートル巻いて出ていきましたから。
その時は、着工する前に近隣を調べたり、農家の人たちのお話を聞いたり、現地調査を入念に行いました。血清の準備も農家の人たちからアドバイスをもらったんです。「この辺は毒ヘビが出るから気を付けた方がいい」と。それで、噛まれた時の時間稼ぎの血清が奏功した訳です。
あと、事務所のお掃除等の庶務をする現地女性スタッフも、面接前の書類選考で看護師の免許も保持している方を採用しました。万が一の時は、血清の注射を打てるとのことだったんで。
それで、その時はその女性スタッフが対処してくれて、直ぐに現場のピックアップトラックで病院に搬送して一命をとりとめたんです。
その時は、「ああ、ウチの現場から死亡者がでるかもしれないなぁ」と胸中に去来しました。
――それを思えば国内の現場において、規律さえ守ればコロナ感染や怪我人なんて出ない訳ですよね。
林さん 規律を守ってくれればいいですよ。ただ、日本の現場でも沖縄ではハブ、本州ならヤマカガシやマムシでも噛まれたら死ぬ場合だってありますからね。
この千住の現場の前は千葉の松戸の江戸川の河川の現場だったんですが、そこは、スズメバチの巣がありましたからね。そこは気を付けるようにと事前に言われました。
竣工の陰に「良きパートナー」
――公共工事の竣工を迎えるにあたって、点数の獲得は気に掛けるところだと思いますが、工事成績の評価を得るために林さんが大事にしているところは何ですか?
林さん どのゼネコン、建設会社の方で土木の公共工事をなさっている方なら同じこと考えているかと思いますが、先ず1番は事故を起こさないこと。
2番目に、やはり、突貫工事にならないように決められた工期内に滞りなく終わらせるということ。先を読みながらやることが重要ですね。
3番目に、その工事の目的と技術的な特徴を理解することですね。今回のアーバンリング工法や汚泥の空気圧送もそうですけど、現場へ視察にくる発注者や協力業者さんたちに説明できるように職域の理解を深めないとダメですね。
工事の評価点の中に技術者の工事の理解度とか、技術面の高い低いは当然あって、検査官にそれらを審査される訳ですからね。検査されながら技術者の「人となり」を見られますから、当たり前のことですが、現場をきちんと理解することが肝要なんです。
4番目は、発注者、近隣住民、そして、ここの現場だとJV工事などの競合工事の方々とのいい関係を築くこと。いいコミュニケーションを図ってトラブル無く終わらせることですね。
この4つの事柄を守るように創意工夫をすれば、自ずと無事故無違反は付いてきますからね。
――建設業で働く方々へのメッセージをお願いします。
林さん そうですね、私は「下請け」って言葉を極力使わないようにしています。
業界3年目くらいからですかね…。現場代理人をするようになってから特に気を付けているんですが、当然、我々は元請けで下請けの業者さんたちの方に工事を請け負わせていますが、施工体制で用いる言語としては「下請け」となりますが、私は協力業者さんと呼んでいます。要するに、工事を完成させるための良きパートナーがまさしく「協力業者」なんですよ。
工事の出来栄え、品質、安全を高めていくためには、協力業者との関係を良くしておかないと絶対できないですね。例えば、出来栄えなんか特にそうですけど、業者さんと仲悪ければ適当にされちゃいますし(笑)、安全も協力業者さんの立場にたってどこが危ないかを探さないとKY(危険予知)できないですし、関係が悪いと指示も行き渡らなくなるんで、信頼関係を築くうえでもそう呼んでいます。
――人間は社会的で感情の動物ですからね。業者さんたちもお仕事をいただいている立場ですが、ぞんざいに扱ったらハレーションが起きてしまいますからね。
林さん 余談ですが、海外の方が上下関係の厳しさが顕著でしたね。海外の工事だと、我々技術者と労働者の立ち位置がより明確でしたね。階層制度の名残りか知らないですけど。海外の現地の技術者というのは、労働者・作業員を泥犬のように使うんです。現場内において、作業員は作業員の階層、技術者は技術者の階層みたいな意識がすごく強くて。サブコントラクター、つまり、サブ(下、地下)とコントラクト(契約)というニュアンスですからね。そんな現地人同士の主従関係をよく目にして嫌でしたね。奴隷を扱うような。
ですから、私はイコールパートナーカンパニー(協力業者)と呼んで気を遣っていました。作業員も技術者も同じ現場で働くなら関係ない。あくまでパートナーなのだと。現場のみんなを一堂に会しての食事や宴なんてよくやりましたよ。
グアテマラにて、現地の方との食事会
――最後に、林さんが建設現場の仕事で好きなところはどんなところですか?
林さん 我々は、道路を作ったり橋をかけたりっていうのは社会インフラとして残る訳じゃないですか。そして、それらを人々が利用していく。私が関わった仕事が見ず知らずの人々の生活に寄与されるのが何となく楽しく思います。
あと、日本各地へ行ったり、海外で赴任したりと、様々な場所や国で仕事できたのが良かったですね。今の若い人はそういうの嫌がるみたいですが、私は全く逆で楽しかったですね。いろんな場所の風土、様々な国の文化に触れて人間的にデカくなりましたよ。
―――
そう笑う林さんは恰幅が良く、人としての大きさも感じる。長く海外での活動を経て価値観にも幅があるように思われた。
それらの経験は国内の現場管理にも活かされ、協力業者らと楽しくも真剣に向き合えているのではないだろうか。
知識と経験と慮り。時折、快活に笑う林さんに仕事人の優しさと余裕が見えた。
お子さんは今春、中学校への進学を迎えた。グアテマラ人の奥さんと築く温かい家庭へ今日も帰る。