県庁、市役所の現職幹部対談
福岡と聞くと、中洲に代表される遊興のまちのイメージが強いが、全国有数のインフラ力を持つまちでもある。
昨年末のあるとき、福岡県庁と福岡市役所に人に会いに行った。それぞれ個別にお付き合いを続けていた方々だったが、ひょんなことからその二人が「仲良し」だということがわかった。
そこで即座に、二人に対し対談を依頼。OKをもらった。ということで、福岡のインフラについて、福岡県市の現職幹部に対談してもらった。
対談出席者(役職は2021年3月時点)
- 福岡県県土整備部長 見坂 茂範さん
- 福岡市財政局理事 竹廣 喜一郎さん
福岡都市圏の交通基盤はまだまだ整備が必要
見坂さん
――まずは見坂さんからお願いします。
見坂さん 福岡県内のインフラは、福岡都市圏をはじめ、かなり整備されてきていますが、その最も重要なものは水資源開発だと思っています。福岡県に来る前は、「福岡と言えば渇水」というイメージがありましたが、実際に来てみると、ダムなどの整備がかなり進んでおり、渇水問題はほぼ解消されていました。福岡市内に関して言えば、過去に浸水被害が幾度か発生しましたが、河川整備や雨水対策が実施された結果、浸水リスクもかなり低減しています。
ただ、交通問題については、福岡都市圏では人口増加に伴い自動車の交通量も増加しています。将来的に人口が減少したとしても、自動車の交通量はそんなに減らないだろうと見ています。そういうことから、福岡都市圏の交通基盤はまだまだ整備が必要だと考えています。
3月下旬には、福岡都市高速のアイランドシティ線が開通しますし、将来的には空港線も延伸される見通しです。私は、それらに加えて、東側の環状道路も将来的には必要だと思っています。西側にはすでに環状道路が整備されていますが、東側にも必要だということです。誰が整備するのかは別として、自動車専用道路としては、環状ネットワークとして構築することが重要と思っています。
また、九州縦貫道と福岡都市高速は、福岡ICと太宰府ICの2箇所でつながっていますが、環状ネットワークが構築された際には、枝線として、九州縦貫道と環状道路を須恵PA付近で、もう1箇所新たにつなぐのが良いのではないかと個人的には考えています。
道路はまちづくりの大元
竹廣さん
竹廣さん 渇水対応についてお話がありましたが、福岡市では昭和50年代なかばに、とんでもない渇水が発生しました。そのころ私は小学生でしたが、プールの水が出なかったことを覚えています。平成6年にも大規模な渇水がありました。福岡市は渇水に非常に苦労してきました。
その水源開発や節水などの努力を重ねた結果、ここ20数年間は大規模な渇水は発生していません。ただ、福岡市内には一級河川がなく、水源の3分の1程度を市域外の筑後川水系に頼っているのが現状です。
見坂さん 一級河川がないというのは、大都市としてはかなり珍しいですね。
竹廣さん そうなんです。福岡市は大きな河川がないのにもかかわらず、大きな都市が形成されてきた珍しい都市なんです。古地図を見ると、今の福岡市の都心部のかなりの部分は海になっています。
浸水被害も最近はかなり減ってきていますが、天神地区についてはまだまだ対策が必要な部分も残っています。水道は、インフラを整備して維持管理すれば良いのですが、内水対策については、過去の降雨データをもとに整備基準を決めていくので、一旦整備が完了しても、新たなデータが出てくると、再整備しなければならないというケースが少なくありません。
天神地区の内水対策は、昔のデータをもとに一旦完了したのですが、最新の降雨データに照らすと、能力不足ということになって、イタチごっこになっています。浸水対策の根幹は、福岡県が管理している御笠川や那珂川といった河川整備、外水対策であって、外水対策が進めば内水対策も進むという関係にあると考えています。
福岡市のインフラで大きな課題として残っているのは、確かに道路、交通問題だと思います。福岡市の職員として、一部弱いところがあると思っています。福岡市はもともと城下町と商人街を中心に成り立った商業の都市なので、工業都市にあるような産業道路的なものがないんです。大動脈となるような幹線道路が少ないのが、弱点になっているのではないかと思うことがあります。
福岡市の都市計画上の道路密度を考えると、天神や博多周辺はそれなりに密なんですが、外環状道路が入っている西南部辺りはかなり疎なんです。では道路整備が不十分かと言うと、一応、当時の基準で道路を整備しているんです。ただ、現在の基準に照らすとどうかと言うと、いろいろと問題があります。例えば、昭和21年に都市計画決定した幅員8mの道路が整備済みと整理されていたりするんです。こういう道路がかなりあるので、本当は拡幅していくのが理想的ですが、実際にはなかなか進みにくいところがあります。ただ、都市計画道路の整備率は84%ほどで、他都市と比べて高いほうです。
ただ、九州道や都市高速の整備状況については、福岡都市圏はかなり恵まれていると思っています。環状化も果たしたし、高速ICが2箇所も接続されているからです。とは言うものの、それでも交通渋滞が発生しているのは事実です。そう考えれば、計画論としては、先ほどおっしゃったようにもう一つ枝線で接続されれば良いなという思いはあります。
太宰府ICの通行量は、全国的に見ても上位に入るICですし、福岡ICもそれなりに多いです。須恵のスマートICも九州の中ではかなり通行量が多いです。そこに新たにもう1か所都市高速道路を接続するのは、利便性向上の観点から、メリットは大きいとは思います。ただ、具体的にどこがどうやって整備するのかについては、いろいろと議論が必要になってくるとは思いますが。本当は上の道路と下の道路を合わせて、複合的な渋滞対策ができれば良いのですが、なかなか難しいところがあります。
道路づくりには終りがありませんが、まちづくりの骨格になる部分であり、大元だと思います。道路がなければ路線価もつきませんから(笑)。
都心部に車両を入れないのが理想だが
見坂さん 確かに、福岡市内には幅員の狭い道路が多いですね。道路幅を拡げるのが一番理想ですが、既に住宅や商店が建設されているので、現実的には難しいでしょうね。だからこそ、環状道路を整備して、公共交通も活かしながら自動車が都心部にできるだけ入ってこないようなカタチにすれば、市内の交通事情はもっと快適になるんじゃないかなと思いますが。
竹廣さん それはご指摘の通りです。ただ、福岡市では現在、天神ビッグバンということで、天神地区のビル建替えを誘導しています。床がドカッと増えるので、業務用車両の出入りも増える見込みです。天神通線という新しい都市計画道路の話も出ていますし、そういう地域で車両の出入りを規制するのはなかなか難しいのかなと思っています。交通渋滞の解消は、道路施策だけでなく、交通施策も組み合わせて考えることが大事になってきます。
都心部に車を入れないのは理想的ですが、福岡市ぐらいの公共交通の充実度では、果たしてどれだけの人が公共交通を利用してくれるかを考えると、今の段階ではなかなか難しいというところです。
イオン香椎浜の駐車場を活用したパーク&バスライド(写真提供:福岡市)
公共交通の利用促進については、福岡市でもいろいろ努力をしているところです。例えば、今年3月にアイランドシティ線が開通しましたが、分岐するあたりにイオンがあります。福岡市ではイオンと提携して、イオンの駐車場の一部をパーク&バスライド用の駐車場として活用しています。
利用料は月額5,000円ですが、5,000円分の商品券を購入するか、ワオンにチャージすれば、実質的に無料で利用できるようになっています。公共だけでなく、民間と連携してやれば、都心部への交通量を減らすとともに、民間にもメリットが生まれるので、ウィンウィンの関係のもと取り組めるというわけです。
下関北九州道路は必要不可欠
下関北九州道路のイメージ(事業パンフレットより)
――福岡都市圏以外について、何かありますか?
見坂さん 福岡都市圏以外の道路で言えば、やはり下関北九州道路が必要です。福岡県だけでなく、九州全体を考えると、早く実現させなければならない道路だと考えています。本州と九州を結ぶ橋が関門橋1本だけというのは、あまりに貧弱です。関門トンネルがありますが、老朽化がかなり深刻化しています。福岡都市圏をはじめ九州の経済活動の発展を支えるためには、本州と九州を結ぶ物流の大動脈としての下関北九州道路は必要不可欠です。
竹廣さん やはり1本の橋で全て賄うのは限界がありますからね。冗長性の確保はやはり大事なことだと思います。いずれ関門橋の大規模修繕や架け替えの話も出てくるでしょうからね。
見坂さん 近い将来、大規模修繕を行うには、関門橋を全面通行止めにする必要性が発生することも想定されます。そうした事態に備えるためにも、少なくとももう一つのルートは必要なんです。夢物語ではなく、現実的に必要だということです。
竹廣さん そういう意味では、福岡県内にまだまだ道路が必要なところがありますね。久留米辺りでも慢性的な渋滞が発生していますから。
見坂さん そうですね。
将来必要な道路について語れる場が欲しい
竹廣さん 将来こういう道路があったら良いというアイデアを残しておくものとして、広域道路網計画などがあったのだと思うのですが、今は、将来の道路に関するアイデアや夢を語りにくい社会状況になってしまったと感じてなりません。
福岡市でも昔は、「将来的にこういう道路がいる」という段階で、都市計画決定していたんです。いつ事業化するかは未定でも。ところが最近は、事業を前提とした都市計画決定でなければならないという雰囲気になっている感じがあります。なかなか将来の道路を語れないというさびしさを感じます。
見坂さん 私は、建設業界向けにメッセージを出すことが大事だと思っているんです。先ほど広域道路網計画のお話がありましたけども、実は、今年6月をメドに新たな計画を策定し、公表することにしています。福岡県内における20年後、30年後を見据えた新たな道路網計画というものを策定するもので、少し夢物語のような道路も盛り込もうかなと思っています。
竹廣さん それは欲しいんですよね。夢物語を夢物語として語れる土壌が。名称に計画という文言が入ると、都市高速を伸ばすとか、新しいバイパスをつくるとかいう話に対して、「いくらかかるのか」とか「いつから始まるのか」という話になってしまいますが、まず夢物語として議論して、ある程度ラフスケッチをつくっておかないと、将来への対応が後手後手に回ってしまいますから。
見坂さん 「細かい話は置いておいて」ということですよね。あくまで計画論として。
竹廣さん そうです。事業主体や費用などは抜きにして語れる枠組みということです。計画ではなく構想ぐらいのタイトルにすれば、できるんじゃないかなと思っているんですが。
見坂さん 計画の中に構想路線として入れておくというのがいいでしょうね。例えば、有明海沿岸道路は当初は夢物語だと考えられていましたが、県内区間は全て完成しました。ただ、九州縦貫道とは接続されていません。横のルートがないんですね。いざというときのために、それぞれの道路が有機的に接合していないと、もったいないんじゃないかという思いがあります。新たな計画では、そういった道路を構想路線として盛り込んでいくことにしています。
竹廣さん そういうのが大事ですよね。
見坂さん 自分では「見坂プラン」と言っているんです(笑)。
竹廣さん プランと言うか、構想で良いんじゃないですか。災害などを考えると、道路は常に働いていないといけないインフラですから、色々な絵を後世に残しておくことは大事だと思います。
見坂さん 生活の基盤を支えるのは、いつの時代も道路だと思うんですよ。
働き方改革にはICT活用が必須
――働き方改革への対応について、お願いします。
竹廣さん 福岡市では、契約上の措置として、地場の業者さんを対象とした配慮に取り組んでいます。災害が発生したとき、もっとも頼りになるのはやはり地場の業者さんだからです。地場の業者さんがちゃんと経営できるよう、発注者としてしっかり工事を出していく必要があります。
見坂さん いざというときに頼りになるのは地場の業者さんというのは、福岡県でも同じです。平素から地場の業者さんが健全な経営ができるような工事発注をしていかなければいけません。
竹廣さん 公共事業は地域経済のためにも必要なことなんです。ふだん「公共事業はムダだ」と言う人がいるのですが、災害が発生したときに「早く復旧しろ」と言うのも同じ人なんですね(笑)。
地場の業者さんと直接お話をする機会がままあるのですが、「人が入って来ん」「人がつきにくい」と言う話をよく耳にします。週休2日とかいわゆる働き方改革がネックになっているようです。福岡市ではその辺をなんとかしようとしているところですが、福岡県はどうですか?
見坂さん 福岡県でも週休2日にはしっかり取り組んでいます。
竹廣さん ただ、小さい工事だと、なかなか週休2日にできないようです。地場業者さんの中には、日雇いの職人さんとの関係が深い会社が多いので。
見坂さん 職人さんは日給月給なので、休みたがらないようですね。
竹廣さん ムリやり土日休みにすると、職人さんがその日は別の現場に入りかねないそうです。
見坂さん 工期の問題もあります。ちゃんと週休2日取るためには、十分な工期設定を行う必要があります。
竹廣さん 働き方改革で言えば、建設業における労働時間規制への対応があります。これに関しては、地場の業者さんにも真っ先に対応してもらわないといけません。福岡市としても、この辺をどう考えているのか、業者さんとそろそろ意見交換しないといけないと考えているところです。「職人が逃げるから」と言って、どうにかなるレベルの話ではありませんので。地場業者さんの中でも、とくに中小企業がちゃんと対応できるかが課題になると考えています。
業者さんとの意思疎通は非常に大事です。われわれが大上段に構えて、「働き方改革なので、やりましょう」と言っても、業者さんになかなか聞き入れてもらえないことが多いので(笑)。「そんなことしよったら、ウチは困る」と苦情しか聞けなくなってしまいます。
見坂さん 働き方改革を進める上では、ICT活用は待ったなしだと思います。福岡県では令和2年度から導入して良かったと思っているのが、WEB遠隔臨場システムです。県土整備事務所にいながら、WEB上で現場検査などができるわけです。ちょっとしたことですけども、時間的なロスがかなり減ります。試行的に導入したものですが、コロナ対策にもなるので、これから色々な現場でどんどん導入していったら良いと考えているところです。
竹廣さん 福岡市でも令和2年6月から、オンライン協議ということで、モバイル端末による業者との協議打ち合わせをスタートさせています。これは私が所管している部署が担当で、iPad20台をリースして、各セクションに貸し出しており、LINEやZoomなどのソフトを使って、現場確認、コンサルとの打ち合わせなどを行っています。私としてはもっと活用できると思うのですが、今年1月の時点で400回、延べ540時間ほど使用実績があります。現場に行く分の時間削減の効果は約200時間ということになっています。
昨年12月からは、遠隔臨場として、配筋検査などの中間検査にもiPadを活用しています。他県にある工場での検査なんかも、業者さんの工場と工事事務所と市役所をZoomでつなぐことで、可能になっています。寸法なんかもちゃんと確認できたようです。職員の出張代も浮きました(笑)。
見坂さん 職員にとってもラクになっていると思います。福岡県の場合、福岡市と比べると、事務所から現場までかなり遠いことが多いですから。特に現場が離島の場合は、半日分の時間ロスを減らせます。
ある記者の方に「遠隔臨場が悪用されるんじゃないですか」と質問されたんですが、ここは発注者と業者さんの信頼関係でやっていくしかない。そこを疑いだすと、何もかも進まなくなってしまうと説明しました。
役人に土木広報はムリ
――土木広報について、お願いします。
竹廣さん われわれは、インフラを担当する者として、日々仕事をしていますが、基本的に内向きなんですよね。外向きにどれだけ情報を発信しているかとなると、単発のイベントを市民向けに開くなどはありますけど、日常的にインフラの目的などについて、市民に対してちゃんと説明できているかと考えると、必ずしもそうではありません。例えば、道路下水道局ではFacebookで情報発信していますが、やはり単発なものですし、読者も限られています。外向けの情報をもっと積極的に発信していけば、インフラ、公共事業、業者さんなどに対するイメージも変わってくると思うんですが。
見坂さん 行政からの情報発信は明らかに不足しています。インフラが必要だと言いすぎる必要はないと思いますが、少なくとも、行政が今やっていることをありのままに正直に発信して、県民に知っていただくための広報は大事だと思います。ただ、広報はどうしても後回しになりガチで、仕事はちゃんとやるんだけども、多くの県民に知られることもなく、自己満足で終わってしまうケースが多いです。
竹廣さん あるとき福岡市長から「え〜、土木屋さんってこんなスゴイことやっているんだ。知らなかった」と言われたことがあったんです。「なんでもっとPRしないの」とも言われました。市長でさえそうなので、市民の方はもっと知らないと思うんです。
土木屋はちゃんと説明する能力を持っていると思うのですが、苦情を言ってきた人とか、個別対応にとどまるんです。あくまで自分たちは「縁の下の力持ち」であって、自分の仕事をしっかりやって、外向きに広く説明をしないまま、ずっと内向きでやってきているんです。
見坂さん 行政機関は、やはり広報がヘタですよ。自衛隊には専属の広報部隊がありますが、土木セクションにも広報部隊が必要だと思います。もちろん、福岡県を初め自治体には広報のセクションはありますが、役人が広報をやるんじゃなくて、民間の広報のプロに委託するなりしないと、外向きにはなかなか伝わっていかないと思っています。民間に委託するとなると、それなりの経費が必要ですし、そもそも民間に委託してまで広報する必要があるのかという批判もあると思います。しかし、行政職員がちゃんと広報をするのはムリがあります。
竹廣さん 自治体のインフラ整備全般をどう広く知らせるのかが課題になっているのだと思います。単発の事業を説明するのは、それぞれそれなりにやっていると思うんです。ただ、インフラ整備、公共事業全体となるとちゃんとやっていない。それをどうやるかが今後の課題だと考えています。
国には広報のスキルもない、手法も知らない
――「土木を広報するなら、まず家族から」という指摘がありますが。
見坂さん 役人は自分の家族にさえ、説明できていない、つまり広報できていないわけです。やっぱり説明能力が足りてないんだと思っているわけです。それを市民の皆さに広報しなさいと言ってもムリですよ。職員が説明しているのをヨコで聞いていても、「ヘタやなあ」と思いますもん。これでわかってもらうのはムリだと。
私も職員に、頑張って上手い広報をさせようとしてきましたが、はっきり言って職員にはムリです。なので、国交省では広告代理店から広報のプロに指導員として来てもらって、その指導を仰ぎながら広報を行うようになりました。そのおかげで、だいぶ良くなってきていると思います。
広告代理店の人は役所の人間と発想が全然違うんです。私自身、広告代理店に行って、議論をしながら、いろいろとノウハウを教えていただきました。ただ、すべての行政職員がそれを学ぶことは不可能なので、やはり、プロの民間会社にお任せするのが良いと思うんです。費用がかかるとしても、それぐらいの経費は捻出しても良いと思っています。
竹廣さん おっしゃる通りだと思います。福岡市の職員に、「土木の素人」である家族に対して、ちゃんと理解できるように説明できるスキルを持ったものは少ないと思います。例えば、職員がつくった市民向けのお知らせなんかを見ると、専門用語のオンパレードだったりします。「これじゃわからんばい」と言ったことがあります。「中学生に読ませて、内容が理解できるぐらいの文章じゃないとダメよ」と。
土木の職員には、誰でも内容が理解できるレベルの文章をつくるスキルが少ない。それに加えて、その内容をどうやって外向きに出したら良いかという手法も知らない。「スキルもない、手法も知らない」のナイナイ尽くしなわけです。これは、議員さん向けの説明資料づくりでも同じことが言えます。
見坂さん 福岡県に来て強く感じたことは、職員の議会答弁づくりがヘタだということです。「誰に向かって話す答弁なの?」と感じることが多々ありました。やはり、県議会議員さんといっても、土木に関しては素人なので、専門用語を並べられても、なんのことか良くわからないわけです。まあ、誤魔化す答弁なら話は別ですが(笑)。「わかりやすい議会答弁にしなさい」ということで、何度か指導しました。県議は県民の代表者なので、「県民に向けて話す答弁でないといけないよ」と。
竹廣さん 答弁をつくる職員は、答弁する内容にどっぷりと入っているからですね。
見坂さん そう、正確に答えようとして、ガチガチの答弁になるわけです。
竹廣さん 昔の話ですが、職員が新聞の記事広告用の文章を持ってきたときに、土木について何も知らないアルバイトの職員に見せて、その職員がわかると言ってから、俺のところに持ってこいと言ったことがあります。
見坂さん 広報研修もありますが、なかなか身につかないところがあります。
業者の言いなりにならないためには、スペシャリストも必要
――公務員技術者は「ゼネラリストかスペシャリストか」という議論があります。
見坂さん ある一定の年齢、40才代半ばぐらいまでは、幅広くいろいろな経験をさせたほうが良いと思っています。そこに来た段階で、人事担当者が判断して、ゼネラリストかスペシャリストかその後の進路を振り分けていくというのが人材育成の基本かと思います。
また、講習会とか研修といった組織外での催しに職員をなるべく参加させることです。役所の中にばかりいるのではなく、外の空気を吸ってくることは大事なことだと考えています。広報で言えば、役所の中だけで広報のことを考えても、頭が固まってしまっているので、広告代理店の人とコーヒーでも飲みながらディスカッションしたほうが、よっぽどタメになりますから。
竹廣さん ゼネラリストかスペシャリストかは、難しいところです。事業分野によると思っているからです。役所人生40年だとすれば、第一線でバリバリ仕事できるのが15年ぐらいで、最後の10年は自分のスキルアップと言うより、後進の育成、指導がメインになります。仕事に必要な技術を身につけるのに使えるのは、せいぜい15年ぐらいしかありません。そう考えると、役所人生は結構短いんです。
道路であれば、幅広く知っておくゼネラリストがベターだと思いますが、水道や下水道という特殊な分野になると、スペシャリストとして育てるのが良いと思っています。ただ、下水道に携わるからといって、全員がスペシャリストである必要は全くなく、何人かいれば良いんです。いわゆる「下水道畑」という背番号がついた人間がいる一方、他の分野も知っている人間もいるというのが、組織としては良いのかなと。
あとは職員本人の希望ですね。入庁10年目ぐらいの職員の話ですが、本人がいろいろな仕事をしたいと言うのであれば、あれこれ担当させながら向いている仕事を一緒に探してやったり、本人がこれをやりたいのであれば、長めに担当させたり、上司として、そういうことが必要だと思っています。これは私がと言うより、課長レベルがやる仕事ですが。
ただ、どうしてもこの職員にこの仕事を担わせたいという場合は、職員に押し付けることもあると思います。本人は気づいていないけど、絶対この仕事が向いているというのがあるんです。私個人の意見としては、そういう押し付けがあっても良いんじゃないかなと思っています。
福岡市の人事の考え方は、一般的な職員の場合、10年間で3つの職場を経験させなさいということになっていますが、技術職員の場合は、「原則として」になっています。こういう文言をあえて付けさせたんです。技術職員は、ある程度長くやらないと、仕事がわからないことがあるからです。私の感覚だと、現場では3年だと通りいっぺんで終わってしまいますが、5年いれば詳しくなるというのがあるんです。
見坂さん 組織の幹部になるような人間は、ある程度ゼネラリストでないとムリだと思います。ただ、組織として、現場のことならゼネコンなどの業者にも負けないという、現場一筋の人間、スペシャリストも必要です。その職員がどちらに向いているのか、それを見極めるのが人事担当者の仕事だと考えています。
私は、役所に入ってもうすぐ30年ですが、そのうち3分の1が人事の仕事でした。地方整備局の技術職員人事、幹部人事のほか、キャリア採用なんかもやりました。実際に人事をやってきた身として、「人事はやっぱり難しい」としみじみ思います。人材育成は永遠の課題という感じがしますね。
竹廣さん 業者の言いなりになると、役所がただのサイフになってしまいますからね。業者を厳しくチェックできる能力がないと困るわけです。土木は経験工学と言える部分も多いので、経験しないと絶対にわからない部分があります。
見坂さん ゼネコン、コンサルタントと対等に議論できる職員の育成は必要です。全員がゼネラリストになってしまうと、業者の言いなりになってしまいますから。