東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の除染工事は、多くの施工管理技士たちの活躍もあって、すでに福島第一原子力発電所周辺の帰還困難区域以外では、ほぼ終了を迎えつつある。一部の市町村では、まだ道路や森林などの除染が続いているが、全体的な除染事業の工事量は減少し、除染従事者数もピーク時から約4割にまで減少してきている。
とはいえ、今後も中間貯蔵施設の建設事業や、福島第一原子力発電所の廃炉事業において、引き続き長期間にわたって施工管理技士の協力が必要となることは確実だ。そして、除染工事に従事したことのある施工管理技士の中には、福島第一原子力発電所の廃炉事業にも貢献していきたいという技術者が少なくない。
そこで今回は、東京電力ホールディングス福島第一廃炉推進カンパニーの佐藤芳幸さんと広報室リスクコミュニケーターの菅野定信さんに、福島第一原発内の除染状況や廃炉の行方、そして労働環境などについてお話を伺った。
95%のエリアで一般作業服による作業が可能に
施工の神様(以下、施工):福島第一原子力発電所の廃炉に向けた現状は?
東京電力ホールディングス(以下、東電HD):1号機は原子炉建屋を覆うカバーの屋根パネルと壁パネルの取り外しが2016年11月に完了し、ガレキ撤去、使用済燃料取り出しに向けて建屋カバーの柱や梁を取り外す準備を進めています。2号機は原子炉建屋上部の解体準備中で、建物周辺の整備を進めています。
3号機は使用済み燃料プールの中に散乱していたガレキの撤去が2015年11月に完了し、今は使用済燃料を取り出すのに必要なカバーや、燃料取扱設備等の設置準備を進めています。4号機は2014年12月に燃料の取り出しが完了し、すでに核燃料のリスクはなくなりました。
2021年には1~3号機のいずれかで、燃料デブリの取り出しに着手したいと考えており、現在は遠隔操作が可能な自走式ロボットによって、原子炉格納容器の内部調査を鋭意進めているところです。
施工:廃炉計画の進め方は?
東電HD:廃炉や汚染水の設備・管理に関する具体的な計画は、東京電力HD福島第一廃炉推進カンパニーで策定し、国や地元の了解を得た上で、福島第一原子力発電所構内で実行に移すというフローで進めています。すでに中長期的な計画は決まっているので、それに基づき協力会社であるJV企業、ゼネコンやメーカー、地元企業などに協力をお願いしていくことになります。
施工:建屋以外の除染作業などの進捗状況は?
東電HD:廃炉という中長期的な作業を進めるためには、福島第一原子力発電所構内の放射線量を低減させる必要があります。まず津波と水素爆発の影響が最も大きかった1~4号機の海側では、高線量のガレキが散乱していたため、これを撤去し福島第一原発の構内(瓦礫保管テント、覆土式一時保管施設、容器収納等)にまとめました。
また、雨水が地中に浸透したりするのを防ぐため、草木を伐採し、原子力発電所構内のほとんどの地表をコンクリートで覆うフェーシング工事を実施することにより福島第一原発構内の放射線量を大幅に低減することに成功しました。これから本格的に設備ごとの除染を進めていくことになります。
施工:原子力発電所構内の作業でも、全面マスクと防護服は、もう着用しなくても平気ですか?
東電HD:現在、全面マスクと防護服の着用が必要なのは、主に放射線量の高い建屋周辺の作業だけです。事故当時は全面マスクと防護服の着用が必要だった場所でも、今ではフェーシング工事などの効果によって大幅に線量が下がり、ほとんどの場所で一般作業服と簡易マスクでの作業が可能となりました。
福島第一原発の敷地面積は350万平方メートルと広いですが、2017年3月現在、一般作業服と簡易マスクで作業できるエリアは、全体の95%まで拡大しています。
フランジ型タンクを解体し、溶接型タンクを建設中
施工:凍土壁が有名ですが、 汚染水対策は?
東電HD:主な汚染水対策として、陸側遮水壁と海側遮水壁を建設しています。いわゆる凍土壁は、陸側遮水壁のことです。凍土方式による陸側遮水壁は、1~4号機の建屋を囲む形で建設し、地下水が建物に流入し、汚染水になることを抑制する効果があります。2016年10月に陸側遮水壁の海側部分は凍結が完了し、現在は山側部分の凍結を進めながら、効果を確認中です。
一方、海側遮水壁は、廃炉へ向けた作業を進める中で、原発構内から港湾に汚染水が漏洩するのを防ぐものです。1~4号機の海側に鋼管矢板594本を打ち込み、全長約800mにわたる海側遮水壁を設置する工事で、すでに2015年10月に完成しています。
施工:高濃度汚染水の浄化処理は?
東電HD:高濃度汚染水に含まれる放射性物質の浄化処理は、セシウム・ストロンチウム吸着装置、高性能多核種除去設備、モバイル式ストンチウム除去装置、RO濃縮水処理設備などで多重的に行い、処理を継続しています。
施工:汚染水に関する今後の作業は?
東電HD:事故当初から高濃度汚染水は、汎用品のタンク(ブルータンク、角型タンク、フランジ型タンク等)に保管してきましたが、初期のタンクは容量が小さく、順次大型化を図ってきました。喫緊で大型タンクが必要であったことから採用した、鋼材を組み合わせて作ったボルト締めのフランジ型タンクについては、パッキンが劣化し汚染水が漏れるリスク減らすため、現在はより容量の大きい溶接型タンクを建設し、そちらへの移行を進めているところです。汚染水を抜いて解体するフランジ型タンクの部品については、除染、細断したうえで原発敷地内で廃材管理しています。
「相手が誰か分かる」普通の労働環境へ
施工:事故当時から労働環境はどう変化しましたか?
東電HD:事故当初は、構内全域で全面マスクと防護服が必要だったため、様々な困難が伴いました。まず全面マスクを着用すると声が聞こえにくいので、コミュニケーションが取りづらく、視界が狭くなります。そのため、つまずき、転倒、大型タンク上部からの転落などといった労災も発生しました。また夏場の全面マスクは息苦しく、熱中症も多発しました。
しかし前述の通り、すでに原発構内95%のエリアで、一般作業服と簡易マスクでの作業が可能となり、作業効率が向上しています。熱中症も2桁から1桁に減ってきました。熱中症対策として、移動式給水所の運用も行っています。
施工:まだ全面マスクと防護服の着用が必要な、建屋周辺の残り5%については?
東電HD:まず、放射線量の高い建屋周辺の作業にあたる場合、新たに設けた装備交換所まで一般作業服で移動し、そこで防護服に着替えることが可能になりました。事故当初は、福島第一原子力発電所の南20km地点にあるJヴィレッジで防護服に着替えてから、バスで移動してきたことを考えると、大きな改善であり、身体的な負担も大幅に減りました。
また、われわれはマスクや防護服の改良にも取り組んできました。全面マスクと防護服を着用していると、労災だけでなく作業効率も著しく悪化します。そのため、ゼネコンやメーカーなど協力会社からなる安全推進協議会の中で、現場で働く方々の声を吸い上げ、試行錯誤を繰り返しました。
現在のマスクは視野が広くなり、声もクリアに通るようになっていますし、顔の締め付けも緩和しました。防護服は動きやすく、通気性の良いものに改良されています。こうした改良によって、現場密着型の打ち合わせや意思疎通が可能となりました。
相手が誰であるかすぐわかる、ということは、一般的な工事では当たり前のことですが、作業効率の点で非常に重要です。「普通」に働ける現場を目指し、今も改善を続けています。
施工:廃炉の労働環境に求められている改善点は、他にもありますか?
東電HD:今、福島第一原子力発電所では約6000人が働いていますが、いわき市等、発電所から離れたエリアに住んでいる方が多く、住居と現場の行き来には苦労されていると思います。自動車で通勤いただくわけですが、とても6000人分の駐車スペースを構内に確保することはできません。いったんモータープールに集まり、そこから乗り合いバスで通っていただくなど、ご配慮いただいています。その対策として現在、発電所の敷地の西側に駐車スペースを拡げていますが、それでも1人1台で通勤いただくことは難しいと思います。
ただ、2017年4月に富岡町の一部で避難指示が解除され、人が住める地域は徐々に福島第一原子力発電所に近づいてきています。大熊町に事務所をつくっている協力会社もおりますし、4月に小中学校が再開した楢葉町、広野町に、宿舎を準備している企業も出てきています。将来的には通勤時間は短縮していくと思います。
「普通」の落ち着いた職場になってきた
施工:食事や休憩、医療などは?
東電HD:2015年5月に完成した大型休憩所で休むことができます。1200人程が休めるスペースで、インターネット接続が可能な机も完備しています。約320席の食堂もあり、そこでは大熊町にある給食センターで調理した旬の食事を食べられますし、大型休憩所の中にはローソンもあります。例えば、早番で勤務する場合、朝3時から午前10時まで働き、大型休憩所で食事をとってから帰宅することもできます。医療に関しては、大型休憩所とつながっている入退域管理施設というところに、医師、救命士、看護師が24時間常駐しています。緊急搬送用の車両も計4台待機しています。
施工:廃炉作業中に大地震が起きることは想定していますか?
東電HD:避難に関するルールを明確に定めており、定期的に緊急時訓練を実施しています。当然、作業従事者の避難経路についても決めています。
福島第一原子力発電所の敷地は低い所で海面4メートル、原子炉やタービン設備などの建物は海抜10メートルにあります。東北地方太平洋沖地震の津波は10~15メートルであり、最新の知見を反映した検討用津波は高さ26mメートルですが、原発構内は階段状の地形となっていて一番高い場所は35メートルになっているので、強固な建物や高台エリアまで避難するというコンセプトになっています。
施工:事務所の雰囲気は?
東電HD:新事務本館という建物で、廃炉作業に携わる東京電力の社員約1200人が働いています。そのすぐ隣に新事務棟という建物があり、そこでゼネコンなど協力会社の方々が働いています。新事務本館と新事務棟は距離的にも近く、連携しやすい職務環境の中で廃炉作業を進めているところです。事故当時とは異なり、普通の落ち着いたオフィスといった印象だと思います。事故当時に司令塔となった免震重要棟には、設備の運転保守に直接関係するメンバーだけが駐在しています。
廃炉・除染で求められる施工管理技士とは?
施工:廃炉作業に従事するのに年齢制限はありますか?
東電HD:18歳であれば廃炉に従事可能です。現在は女性でも、特定高線量作業を除き、構内全域で働くことが可能です。
施工:被ばく線量の管理は?
東電HD:被ばく線量は、5年単位で累積管理しています。1年間で50ミリシーベルト未満、5年で100ミリシーベルト未満に管理する必要があります。例えるなら貯金通帳みたいなもので、規定の被ばく線量に達すれば貯金がゼロになるため、線量が高い現場での作業はできなくなります。
施工:せっかく経験を積んだ方々が働けなくなるのは、廃炉技術の伝承との関係で問題では?
東電HD:現場での作業ができなくたった方は、現場での経験を生かし、事務所での管理業務などを担うことになります。廃炉作業は30~40年の年月が必要であるため、われわれも当然そうですが、年齢を重ねると若い社員に事業を託さなければなりません。
幸いにも最近は、廃炉に貢献したいという有望な若者も入社してきているので、本社や現地で実務を積みながら成長してもらい、規定の被ばく線量に達しそうになった場合には、設計や安全管理、品質管理の業務に回ってもらい、今度はまた別の者が現場を担当するというルーティンを繰り返しながら廃炉技術を伝承していくことになります。身をもって福島第一原発の危険が分かる訓練施設もつくりましたし、後進を教育する業務も重要になってきます。
施工:廃炉にあたって参考にできる事例は?
東電HD:スリーマイルの原発事故は1基だけでしたが、福島第一原子力発電所は3基同時に対応しなければなりません。またチェルノブイリとは炉系が違いますし、われわれは溶けた燃料を取り出すことを前提に、廃炉作業を進めています。
廃炉に関する知見を蓄えているフランスのコジェマ社と技術提携を結び、イギリスのセラフィールド社からは定期的にアドバイスを得るなど、廃炉に関する知見を国外からも学びながら廃炉を進めているところです。
施工:廃炉で求める施工管理技士とは?
東電HD:まずは放射線について理解していただくことが必要です。どの協力会社のもとで働く場合も、放射線に関する教育を受けていただいた上で、福島第一原子力発電所構内の作業に従事することになります。
線量が高い建物やタンクの解体、配管や機械などの解体作業があるので、安全衛生規則や構内のルールなどの基本はもとより、さらに一歩先の高い安全意識をもって現場を監督できる方が必要です。
せっかく廃炉・除染にご協力いただいても、怪我をされては残念ですから、安全管理を徹底しながら現場で陣頭指揮がとれる電気、建築、土木、機械などの技術者の皆様にご協力いただきたいと思っています。誰も経験したことのない仕事に意義があると思ってご協力いただければ、非常にありがたいです。
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