野原グループの一員であり、道路標識をはじめ、遮音壁や防護柵、環境土木製品など安心・安全な街づくりのためのソリューション提供で多くの実績を持つ株式会社アークノハラ。道路のひび割れを抑制する「グラスグリッド」やさびの進行を防ぐ水性塗料「さびチェンジ.」を提供するなど国土強靱化の側面でも貢献しているが、最近ではデジタル化に注力し、業態も交通モビリティの世界へと拡大している。
たとえぱ、栃木県那須塩原市・塩原温泉郷を周遊する自動運転バスの実証実験では、日本工営の指導のもと、自動運転バスと連携して点灯・表示する「ICT LED 電光掲示板」を設置するなど、道路安全施設・設備のデジタル研究・開発を活発に展開している。
アークノハラは、完全自動運転社会までのしばらくの間、自動運転車両と一般車両が混在する混在交通が続くと予測している。その混在交通では、人・自転車・自動運車両・一般車両が安全・安心に共存できることを目指していくためのメニューをそろえ、「スマートシティ」「コンパクトシティ」など新たな街づくりをサポートする方針だ。
「自動運転などの次世代モビリティ時代の安全を道路側から補完する路車間通信を研究し、街の安全に生かす。そんな社会の実現に貢献したい」と語る、アークノハラの岡本力代表取締役社長に話を聞いた。
「交通安全事業推進では、総合的に解決することに意義がある」
――安全・安心なまちづくりや国土強靱化を支える企業としての想いについて。
岡本力氏(以下、岡本社長) 2019年に発生した、滋賀県大津市で園児ら16人が死傷した事故から3年が経過しました。また千葉県八街市で下校中の児童5人が飲酒運転のトラックにはねられて死傷した事故も2021年6月に発生するなど、大変痛ましい事故が続いています。こうした事故は二度と起きないようにしなければなりません。そこで当社の事業の意義深さも感じています。
当社は道路標識やガードレールなどの交通安全資材を中心に事業を推進し、社会インフラに貢献しておりますが、一つの要素では解決できません。私が求めている交通安全事業は、多くの観点で物事を見て、総合的に解決していくものです。そこに当社の存在意義があります。ユーザーが当社に問い合わせすれば、新たな提案が生まれる企業でありたいです。
道路標識や視線誘導標などの開発・製造・販売・設置までを一貫して行っているアークノハラ
「予防保全型」のインフラメンテ商品を拡販
――インフラの長寿命化に貢献している製品も発売されていますね。
岡本社長 私たちは、道路標識・交通安全施設といった公共性の高い製品の製造会社として、国土強靭化のハード面「道路ネットワークの長寿命化」「予防保全型インフラメンテナンスへの転換に向けた、効率的・効果的な老朽化対策」の面で貢献できると確信しています。
交通インフラの新設・建て替えにおいては、強度のある標識などの道路インフラを設計、製造や施工を一環として行い、これまでのノウハウを強みとして仕事をしています。それに加え、最近は予防保全型のインフラメンテナンス商品の拡販に注力しています。
――具体的にはどのような商品がありますか。
岡本社長 当社では、7年前に道路のひび割れの発生を抑制するシート状の素材「グラスグリッド」との出会いがありました。これはNETIS登録製品であり、東京都・福岡県・静岡県などの新技術に認定されているのですが、リフレクションクラックや疲労ひび割れが路面に表出するのを効果的に抑制し、道路を3倍長持ちさせることができるため、道路の長寿命化に貢献しています。
NETIS登録製品であり、道路のひび割れの発生を抑制するシート状の素材「グラスグリッド」を敷設した状態
新型コロナウイルスの影響もあり、予防保全による中長期的費用の縮減を模索する自治体も増えています。コスト・施工性に優れる本製品で費用対効果の良い道路維持修繕を提案し、道路管理者の手間の削減、道路のライフサイクルコストの減少、道路利用者の利便性向上により、国土強靭化や路面状況に起因する交通事故の防止に貢献していければと考えています。
――鉄鋼製インフラを防錆(ぼうせい)・防食に効果があり、水性のさび転換剤「さびチェンジ.」も発売されました。
岡本社長 「さびチェンジ.」は、鉄の酸化によって腐食を引き起こす“赤さび”を、良性のさび“黒さび” に転換して、さびの進行を防ぐ水性塗料です。製造はアルファペイント社が担当し、当社が公共インフラ分野で初めて発売を開始しました。塗布するだけの簡単施工でさびと強固に密着し、強力な防錆効果を発揮します。
2021年10月に和歌山市内の「六十谷(むそた)水管橋」が崩落した問題をうけ、橋梁の防錆・防食への点検や対策が喫緊の課題とされています。当社は、本製品を全国で老朽化が進む道路インフラ施設に使用いただくことで、効率的にさびの進行・腐食を抑制し、道路インフラの長寿命化に貢献したいと考えています。最近の実績としては、2022年3月に静岡県内で、2000年頃に設置された河川沿いの転落防止柵への塗装を行いました。
鉄の酸化によって腐食を引き起こす“赤さび”を、良性のさび“黒さび” に転換して、さびの進行を防ぐ水性塗料「さびチェンジ.」
進まない道路標識の更新
――交通標識などはどのようなメンテナンスをしているのでしょうか。
岡本社長 道路標識は、一度設置すると、30年間は取り替えられない実態があります。メンテナンス自体も、細かい部分まで全てに行き渡っていないのが現状です。標識も10年経つと劣化が始まりますので、更新需要を促進することが道路標識業界全体の仕事とも言えると考えています。
とくに、道路標識の製作はBtoBビジネスではありますが、その先には”C”がいます。車を運転されていると、この標識は見やすい、あるいは見にくいとの感想を持つことがあるかと思います。toBだけでなく、toCまで意識するような事業活動をする視点が大切だと思います。
――「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」でこうした道路標識は対象なのでしょうか。
岡本社長 門型などの大型の道路標識に加え、小規模付属物についても点検の対象です。「笹子トンネル天井板落下事故」発生からもうすぐ10年が経ちます。道路標識の落下防止対策は進んでいますが、更新自体が進んでいるとはいえず、道路や関連施設の老朽化の有無についての点検・診断、補修・更新が従来にも増して重要となっています。
当社も加盟している「一般社団法人全国道路標識・標示業協会」の本部には、「全国道路標識・標示業政治連盟」を併設しており、特別顧問に二階俊博元自民党幹事長が就任されています。定期的に、自民党の「全国道路標識等議員懇談会」の国会議員の方々と意見交換をし、要望していますが、やはり業界全体の需要を上流から喚起することが肝要です。たとえば2021年度では東京都の道路標識の発注は、例年に比べ減少していました。それ以前はオリンピックイヤーということもあり、英語をはじめ多言語化、ナンバーリングなどの需要も多かったのですが、五輪終了後には市場がしぼんでしまっているのが現状です。
内照式の道路標識の蛍光灯はLEDの採用を
――需要喚起策として、なにかお考えになっていることがありますか?
岡本社長 内照式道路標識の多くは一般蛍光灯を使用しており、LEDは使用されていません。最近設置された内照式道路標識にはLEDが使われていることが多いですが、割合的には少ない。そこで当社では東北で555機、関東で580機の道路標識の調査を地道に実施しました。その結果をネクスコ・メンテナンス各社に調査結果を提出し、更新の提案をしています。もちろん、発注された暁には必ずしも当社が落札できるわけではありませんが、まずは道路標識の市場をつくることを目的としています。とくに、政府が目指している「2050年カーボンニュートラル」の実現のためにも、内照式の道路標識の更新は肝要です。
全面通行止めや先頭固定規制を伴わずに実施できる内照式標識の設置方法
――とはいえ、今はウクライナ情勢などによる資材高騰の影響もあるかと思いますが。
岡本社長 標識の板に使用しているアルミニウムの価格は2022年には13年半ぶりに最高値を更新しています。前年より続く鋼材、アルミニウム他非鉄金属などの資材に加え、原油価格の高騰により、製造や輸送に係るコストの上昇が続いています。
当社の標識製造拠点である那須工場は、製造する標識については、2022年4月から価格を改定しています。今後、不安定な社会情勢により、資材や原油価格の変動が予測困難な状況が続きますが、社員一同、製品の安定供給、品質管理に努め、より一層の企業努力を行っていきます。
自動運転バスの実証実験で「ICT LED電光掲示板」を設置
――道路標識業界で今後、注目すべき点はどこにありますか。
岡本社長 すべての点においてデジタル化ではないでしょうか。事業進展、工事を進める上での品質確保、安全・安心対策において重要であり、イメージ的には道路標識に通信機能を持たせるといえばわかりやすいでしょう。
――そのデジタル化やDX技術ではどのような進展が見られるでしょうか。
岡本社長 自動運転が叫ばれた時代に、私は5年後には自動運転車両が走っているだろうと予測しましたが、その予測は裏切られました。やはり日本は規制が多く、自動運転はまだまだ難しい。
そこで、まずは特区を決めて、駅、病院、市役所、コンビニ、スーパーで2~3kmなどの限定的なエリアをつなぎ、交通移動弱者のために、自動運転バスを運行させるような世界を実現したいと考えています。
栃木県那須塩原市・塩原温泉郷で実施する「栃木ABCプロジェクト 自動運転バスを活用した実証実験」では、自動運転バスと連携して点灯・表示する「ICT LED電光掲示板」を設置しました。見通しの悪いカーブの安全対策や観光施設「湯っ歩の里」での自動運転バスの接近状況の案内が目的です。実証実験では、日本工営株式会社が栃木県県土整備部交通政策課の「無人自動運転移動サービス実証検討調査業務委託」を受託し実施するもので、日本工営の指導の下、当社は自動運転移動サービスの実現による社会課題の解決を目指し、より多くの方々の安全・安心な生活に貢献していければと考えています。
自動運転バス eCOM-10
自動運転などの次世代モビリティ時代の安全を道路側から補完する「路車間通信」を研究し、街の安全に生かす。次に安全・安心で快適な自動運転バスが地方都市や山間部にける交通移動弱者の役に立つ。そんな社会の実現に貢献したいと考えています。
駐車料金のキャッシュレス自動払いの駐車場の新会社に出資
――業態も大胆に変容していることが分かります。ほかの取組みは。
岡本社長 次世代モビリティの分野では、ETCマネジメントサービス株式会社に出資をして、新しい取り組みを行っています。これはETCを活用した駐車場を作り上げるのが目的です。栃木県那須町にある当社の那須工場敷地内にETCパーキングの試験施設である「ETCパーキングラボ」の建設工事が2022年4月中旬に完了しました。今後、ETCパーキングラボを用いて関連機器の調整や必要な試験などを行い、サービス開始に向けての準備を進めます。ETCパーキングは、ETC技術により車両を認証するほか、駐車料金のキャッシュレス自動支払いを可能にする新世代の駐車場です。
那須工場敷地内にETCパーキングの試験施設である「ETCパーキングラボ」の建設工事が完了
――他にはどのような技術開発が実施されましたか。
岡本社長 たとえば、当社では遠隔で操作が可能なICTゲートを開発しました。当初、自動運転バスの出入りのために開発したものですが、2021年1月に宮城県大崎市の東北自動車道で雪によって視界が奪われるホワイトアウト現象により、約1キロにわたって断続的に事故や立ち往生が発生し、130台超、約200人に影響が出ました。視界不良ですから、入口やサービスエリアから道路へクルマが入り、事故がさらに悪化しました。そこでネクスコの管理者がボタンを押せばゲートが閉まり、クルマが入らなくなるようなシステムにするような使い方があるのではと思いつき、先般、ある管理事務所に1セットを納入しました。
自動運転バスの出入り向けに開発したが、ホワイトアウト現象で道路への出入りを防ぐ目的でも活用されるICTゲート
――施工面でなにか取組みはありますか。
岡本社長 施工に協力してくれる優秀な施工会社約40社が仲間にいます。彼らの中から毎年マイスターとして優れた協力会社を認定する「マイスター制度」を運用することで、協力会社さん同士が切磋琢磨して、能力を向上できるような仕組みを作っています。
さらに私たちの施工部隊は、施主様や元請様と最も近い位置で長い時間一緒に過ごすことになります。そこで現場で工程や安全を管理するだけでなく、日々、お客様の困りごとを聞き、その場で改善する、あるいは次の発注物件に向けての提案を行うなど、施工管理者が提案活動も並行して行うことが、お客様から信頼を得ることに繋がっています。
第1回 アークノハラマイスター認定授与式のようす(2020年6月26日)
――非常に革新的な発想のお話をいただきましたが、その根底には何があるのでしょうか。
岡本社長 野原ホールディングス株式会社の代表取締役社長兼グループCEO野原弘輔が4年前に就任し、新たな改革を促進することを我々グループ会社の社長に求めています。我々はその指示のもと、新たな取組みを展開しています。
私の思想の根底には、会社の社員は家族であるという家族主義があります。従業員を大切にし、これから50年先も会社を存続していくためには、デジタル面、働き方、事業形態もさまざまな点について変革していかなければなりません。自動運転社会が到来すると、現況の道路標識(アルミ板+反射シート)は、きっと減っていくでしょう。現在は成長産業~成熟産業ですが、衰退産業にならないよう、当社としては事業戦略の一つに次世代モビリティへの取組みに注力していきます。