ICT施工にチカラを入れるようになった理由とは?
もう1年以上前のことになってしまったが、とある人に「ICT施工にチカラを入れている会社を紹介してください」とお願いしたら、埼玉県にある金杉建設株式会社(本社:春日部市)を紹介していただいた。遠方なこともあり(遠いのはこっちだが)、なかなか取材できないでいたが、先日ついに取材する機会を得た。
実際にICT施工をやるのは現場の技術屋さんだが、ICT施工をやるかどうか決めるのは経営者だ。とりあえず、トップがハラをくくらないことには、なにも始まらないし、結果的になにもうまくいかない。個人的には、ICT施工普及のカギはそこにある、と見ている。ということで、金杉建設社長である吉川祐介さんにいろいろお話を伺ってきた。
レンタル外注だと、ノウハウが残らないし、コストもかかる
――金杉建設がICT施工にチカラを入れるようになった理由は、どういうものだったのでしょうか?
吉川社長 弊社が最初にICT施工を手掛けたのは7年前、国土交通省の利根川上流河川事務所の仕事で、築堤工事と地盤改良工事がセットになった工事を受注したときでした。当時の私の役職は専務でした。
そのときは、レンタルのICT建機を使って、築堤工事のICT施工を行いました。結果的に、仕事はうまくいき、発注者さんからも表彰していただきました。
ただ、ドローン測量やICT建機を外注、レンタルして、専門業者からサポートを受けながらの仕事だったということで、ICT施工に関する技術的な蓄積が社内に残らないことに、懸念を感じました。サポートを受けるということは、当然コスト的にも高くつくからです。「このようなICT施工のやり方を続けていって良いのだろうか」という疑問を抱いていたわけです。
最初にICT施工をしてから、ほどなくして、今度は荒川上流河川事務所の築堤工事を受注しました。この工事はi-Construction大賞の優秀賞をいただいた工事なのですが、実を言いますと、最初は受注できるとは思わず、やや高い金額で応札したんです(笑)。
ところが、ウチが受注することができたので、工事に際し、とりあえず、1000万円ほどの地上型3Dレーザースキャナーを購入することにしました。バックホウやブルドーザーなどは、後付けの機器を購入し、手持ちの従来型の建機に取り付けてICT建機化しました。
その後も、工事を受注してから、徐々にICT施工に関する機器などを揃えていったわけです。結果的に、金杉建設ではICT施工の「内製化」に成功しましたが、最初から内製化を目指していたわけではなく、一つひとつの工事の利益を見ながら、コツコツ投資していったわけです。
複数のメーカーが混在しても、ちゃんと動くシステムを構築する
――最初に試行的にICT施工をやってから、内製化しようと考えるまでに、どれぐらいの期間を要したのですか?
吉川社長 半年ほどでしたね。
――内製化に際して、いろいろ情報収集されたのですか?
吉川社長 当然、独自に情報をとりました。たとえば、ICT建機については、いくつかのメーカーに対しヒアリングを行い、複数のメーカーから購入しています。測量機器についても、いろいろなメーカーからお話を伺い、複数のメーカーから購入しています。当時の社長の考えとして、「常に一番新しいものを使いたい」というのがありました。
そのためには、複数のメーカーの機械が混在していたとしても、トータルとしてちゃんと動くシステムを構築できるかどうかが重要でした。メーカーを問わず、良い機械があればドンドン取り入れることができて、しかもトータルでちゃんと動くシステムを構築しようということで、取り組んできたわけです。
発注者である国交省がやると言っているなら、ICTは当たり前になる
――今と比べて情報が少ない当時、よくその決断ができましたね。
吉川社長 私は当時、埼玉県建設業協会の青年部に所属しており、国土交通省や関東地方整備局の方々と直接お話する機会がある立場にいたので、「国交省さんはICT施工に対して本気だな」という感覚を持っていたからです。とくに、組織の上の方になればなるほど、ICTに対する本気度が強かったんです。
昔、国土交通省が「社会保険をやる」と言ったとき、当時の建設会社の社長は「そんなことはできない」と思っていましたが、今では当たり前になっています。それと同じく、国土交通省が「ICTをやる」と言っているのだから、「ICTもきっと当たり前になる」と考えていたわけです。
――ICT施工に対する社内の抵抗はありましたか?
吉川社長 それはありました。とくにベテラン社員は、新しいICT技術に対して敬遠する傾向にありました。そこで私が考えたのは、現場に過大な負担をかけずに、ICTによって、生産性を向上させて、現場をラクにする、ということでした。この考えのもと、ICT施工の内製化を進めるため、i-Construction推進室を設置しました。
――新たに専門部署をつくったのですか?
吉川社長 新たに部署をつくったというわけではありません。もともと積算や購買、工事サポートなどを担当する部署がすでにあったのですが、そこの社員が「ボクがやりますよ」と手を挙げてくれたので、そこに任せたという感じでした。しばらくしてから、i-Construction推進室に改めたという流れです。
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I-Con大賞受賞という栄誉をもらった以上、他社にも情報提供すべき
i-Construction大賞 優秀賞のタテを持つ吉川社長
――他の建設会社は当時、どんな感じでしたか?
吉川社長 やはり、「金杉建設が先行してやっているな」という感じがあったと思います。今思えば、非常に良いタイミングでi-Construction大賞の優秀賞をいただいたと思っています。i-Construction大賞は入札の総合評価に対する加点などはなく、名誉だけでしたが、その名誉をいただけたのが、一番大きかったです。
というのも、「そのような名誉をいただいた以上、ICT施工に関するノウハウは、金杉建設一社だけのものではない、他の建設会社にもドンドン情報提供していくべきだ。i-Construction大賞の受賞には、そういう意味合いがある」と考えるようになったからです。
そこで、当時飲み会などで他の建設会社の同年代の人間などと合うたびに、「なんでICT施工しないんだ」、「なんでICT施工に関する機器を買わないんだ」という話を散々していました(笑)。
――反応はどうでしたか?
吉川社長 「そう言われても」という反応が多かったですが、中には、「その通りだよね」ということで、地上型3Dレーザースキャナーを買ったり、ICT建機を買ったりする会社もありました。
――国土交通省以外の発注者の工事でもICT施工をやってきたんですか?
吉川社長 そうです。ICT施工の指定でもなんでもない工事も、ICT施工でやっています。こちらから「ICT施工でやります」と提案して、ICT施工を行っています。内製化によって、機械のリソースがあるので、普通の工事もICT施工することができるようになっています。工事そのものも省力化することができています。発注者との打ち合わせも3Dモデルを使ってやっているのですが、非常に理解してもらいやすいというメリットもあります。非ICT施工でやることもありますが、基本的にはICT施工を積極的に使って、PRしていこうとしています。
小さな工事でも、工夫をすれば、採算が合う
――ICT施工するなら、ある程度規模が大きな工事でないと、利益が出ないので、できないという意見がありますが、どうお考えですか?
吉川社長 その手の意見は、ある面では正しいですが、ある面では間違っていると思います。重機や測量機器の外注費、リース代はけっこうな金額になるので、確かに、1日当たりの施工量がそれなりのものでないと、採算が合いにくいという面はあります。単体工事として受けると、利益を出すのは難しいでしょう。
しかし、たとえば、ある程度の規模の工事があって、各工種の数量が少ないが、各工種においてICT施工が可能な場合は、話が変わってきます。たとえば、各工種の数量が少ない場合でも、それぞれの工種で3次元設計データを組めば一貫したICT施工が可能になります。当社では、従来型の建機にICTシステムを後付けしてICT建機化することに慣れているので、ICTシステムを小型建機に後付けすることで、採算的にも合うということもあります。小規模工事でのICT施工については、国土交通省さんなどに対し、技術的にさまざまな提案をしてきており、ガイドラインなどを策定していただきました。
私としては、工事の規模が小さいので、ICT施工ができないというのは、ICT施工というものを知らないので、そう言っているのにすぎないと思っています。つまり、「ICT施工を知らないがゆえの言いわけ」だと思っているということです。
たとえば、私が知っている埼玉県内にある建設会社さんは、地元自治体発注の比較的小さな工事を多く請け負っているのですが、小型のICT建機などを導入して、ICT施工をやっています。
――「言いわけ」というご指摘は大変興味深いです。ただICT施工をやりたくないだけのような気がしますが。
吉川社長 そうかもしれませんね。
数千万程度の投資もできないのは、経営者としていかがなものか?
――やはり、そこは経営者次第ということになるのでしょうか?
吉川社長 それもそうかもしれません。私は、とある異業種交流の会に参加しているのですが、製造業などの他業種の若手の経営層の方々と交流する機会があります。その方々によると、製造会社では、年商と同じか、その倍の金額の投資をけっこうしているそうです。
たとえば、年商20億円の会社が海外に工場をつくるために、40億円投資するといったことをやっているそうです。それだけの額を投資するのに、それに見合った売上が約束されているわけでもないし、誰が保証してくれているわけでもありません。にもかかわらず、必要な投資だということで、投資しているわけです。言ってみれば、リスクをしっかりとって、経営しているわけです。
この点、建設業界はどうなっているかと言えば、年商10億円程度の会社でも、数千万円程度の重機を購入するのさえ、躊躇している会社が多いんです。しかも、監督官庁であるとともに発注者でもある国土交通省さんが「やりましょう」とバックアップしてくれている環境があるわけです。他の業界ではまずありえないことです。ビジネスとして、他の業界に比べると、失敗するリスクはかなり低いと言えます。
製造業に比べるとはるかに恵まれた環境にあって、投資する金額もはるかに少額なのに、建設会社がかたくなに投資しないのはいかがなものなのか、という気がしてなりません。
ICT施工の普及はまだまだ
――建設業界におけるICT施工の普及の進捗について、どうご覧になっていますか?
吉川社長 まだまだだと思っています。国土交通省の仕事を受注している会社の間では、ICT施工は当たり前になっていますが、県レベルになると、まだ当たり前にはなっていない感じです。それが、市町村レベルになると、「なにそれ?」という感じですので(笑)、普及したとは言えない状況だと見ています。
――来年度からBIM/CIMが原則適用になりますが、金杉建設の対応はいかがですか?
吉川社長 ウチの場合は、ICT施工の内製化をした時点から3Dモデルを活用して発注者との打合せを行っており、自然な流れでICT施工からBIM/CIMモデルへの対応ができているので、全然大丈夫だと考えています。BIM/CIM原則適用と言っていますが、中身を見ると、適用基準はかなりユルイので、どんな会社でも、意外と簡単に適用できると思っています。
ICT施工で成果を出したことで、採用活動も順調
インターンシップ中の一コマ(金杉建設写真提供)
――ICT施工は、若者ウケが良いので、リクルーティングに有利だという話を聞きますが、どうですか?
吉川社長 それはその通りです。ウチの会社にも、そういう若手社員が何人かいます。おかげで、社員採用は順調です。2021年5月には、(株)マイナビが主催する学生が選ぶインターンシップアワードにも選ばれました。これ以降、ウチのインターンシップの希望者、入社試験受験者は格段に増えました。
――地域の建設会社は「若い人が来ない」という嘆きの声に満ちているという話を聞きますが。
吉川社長 埼玉県内もそうです。人が来ないので、みなさんかなり苦労しているという話を聞きます。
――金杉建設と採用に苦労している他の会社とでは、なにが違うのでしょうか?
吉川社長 ウチの場合は、やはりi-Construction大賞を受賞したことが大きいと思っています。これによって、会社の知名度がグンと上がりました。ネットで検索しても、ウチの会社が上位にヒットすると思います。ウチの会社は80名程度の規模の会社ですが、以前から採用活動にはチカラを入れており、採用専属の社員を1名置いているんです。専任で責任者なので、採用活動に目一杯チカラを注ぐようになります。わたしもしばしば、学校訪問に連れて行かれます(笑)。
――働き方改革への対応については、いかがですか?
吉川社長 必要な取り組みだと考えていますが、働き方改革については、ウチは最先端というわけではありません。先行している会社の取り組みを参考にしながら、現場仕事の分業化などを進めていきたいと考えています。