第一号物件「MOCXION INAGI」(東京都・稲城市)

第一号物件「MOCXION INAGI」(東京都・稲城市)

【三井ホーム】木の暖かさや柔らかさ、脱炭素の理念に支持広がる。木造マンション「MOCXION」の戦略を探る

今、建築の木造化が熱い。脱炭素社会の実現に向け、すでに北米では集合住宅の木造化が進んでいるが、日本は一歩出遅れていた。この背景には法的な規制もあるが、日本人が木造に対して、耐火性や遮音性などにネガティブな考えを抱いていることも大きい。

しかし、これを大きく払しょくした革新的な木造マンションが2021年11月に誕生した。三井ホームの木造マンション「MOCXION(モクシオン)」だ。第1号物件として同年11月に、「MOCXION INAGI(モクシオン稲城)」(東京都・稲城市)が竣工。同物件では「ZEH-M Oriented」の認証を取得、一次エネルギー消費量は基準越えの36%削減したという。

木の暖かみや柔らかさや脱炭素の理念が居住者から支持されていることも同社の入居者アンケートから伺えた。木を多くの構造材に使用したことが評価され「ウッドデザイン賞 2022」を受賞、その後首都圏に限らず関西地区にも「MOCXION」は広がった。最近では「MOCXION INAGI」を超え過去最大となる「(仮称)相鉄・小菅ゆめが丘共同ビル計画」が、相鉄いずみ野線ゆめが丘駅前で2023年6月に着工、木造賃貸マンションを含む複合用途となる。さらには、「MOCXION」では初の6階建て(4層木造、2層RC)学生レジデンス「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」も着実に工事が進む。

建築の木造化の市場についてマンションとオフィスビルを視野に入れる三井ホームの施設事業本部賃貸住宅事業推進部賃貸住宅事業推進グループ長の依田明史氏、同本部設計部設計グループチーフマネジャーの奈留隆善氏、同本部施設建設事業部施工グループ「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」新築工事作業所長の中瀬周作氏に話を聞いた。

拡大する木造マンション「MOCXION」

施設事業本部賃貸住宅事業推進部賃貸住宅事業推進グループ長の依田明史氏

――木造マンション「MOCXION(モクシオン)」が東京・稲城市で第一号物件が完成し、さらに広がりをみせています。

依田氏 「MOCXION INAGI」での第1号物件の完成後、さまざま引き合いが来ています。直近では、相鉄グループの相鉄不動産(神奈川県・横浜市)を事業主として、相鉄いずみ野線ゆめが丘駅前に、木造賃貸マンションを含む「(仮称)相鉄・小菅ゆめが丘共同ビル計画」(神奈川県横浜市)を着工しました。混構造建築(1階はRC造、2~5階は木造)の計画です。1階に複数の診療所の開業を予定しており、木造医院建築実績No.1でもある当社が設計・施工を行います。なお、同計画は、国土交通省が木造建造物の振興施策として進めている2022年度第Ⅱ期の「優良木造建築物等整備推進事業」に採択されました。当社にとっては、2021年に竣工した「MOCXION INAGI」を超える過去最大の「MOCXION」となります。

(仮称)相鉄・小菅ゆめが丘共同ビル計画 (完成予想図)

このほか2023年5月にはツーバイフォー工法による4階建ての都市型木造マンションを東京・新宿区で竣工しました。グループ会社にも拡大し、三井不動産レジデンシャル(東京都中央区)と共同で、三井不動産グループ初となるオール木造カーボンゼロ賃貸マンション「パークアクシス北千束 MOCXION」(東京・大田区)も工事中で、2023年8月にも竣工する予定です。さらに事業主が東急不動産の学生レジデンス「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」(神奈川県・川崎市)は4層木造と2層RC造の混構造による地上6階建てで、現在施工中です。東京圏内以外エリアからも引き合いがあり、大阪府・大阪市では、地上3階建ての学生向け木造マンションを着工しています。

これまでデベロッパーからの発注はありませんでしたが、「MOCXION INAGI」を実際にご見学いただいた後に木造への取組みについて共感いただき、実際の発注につながっています。そのほか対外的に公表しておりませんが、複数のプロジェクトも抱えております。

「パークアクシス北千束 MOCXION」は”オール木造カーボンゼロ”

施設事業本部 設計部設計グループチーフマネジャーの奈留隆善氏

――「MOCXION INAGI」の施工後、「MOCXION」も進化していったと思いますが。

奈留氏 「MOCXION INAGI」は、1階部分がRC造で上階4層が木造という混構造でしたが、「MOCXION四谷三丁目」「パークアクシス北千束 MOCXION」は、4層の総木造です。5層・6層の中層建物のオーダーも増えていますが、より木造のメリットが分かりやすい総木造にも注力しています。木造部分は断熱性能が高いため、1階部分にRC造を持たない分だけ、ZEH(エネルギー収支をゼロ以下にする家)の認証も取得しやすくなります。

「MOCXION四谷三丁目」では、一次エネルギー消費量を20%以上削減し、「ZEH-M Oriented」の認定を取得しています。加えて、木造の特徴である柔軟な設計と当社独自の技術による有効空間を確保したプランニング「m3設計」を実現し居住空間を広げることにより、経済性と快適な居住性に寄与しています。

「パークアクシス北千束 MOCXION」ではBELS 評価の「ZEH-M Ready」のみならず、三井不動産レジデンシャルの賃貸マンションとしては初となる国際的環境認証「LEED 認証」(米国のグリーンビルディング協会(USGBC)が運営する環境性能認証制度)の取得を予定しています。建築時のCO2排出量を約50%に削減し、入居中のCO2排出量を実質ゼロとした、オール木造カーボンゼロ賃貸マンションとして環境と共生するすまいを実現します。

「パークアクシス北千束 MOCXION」(完成予想図)

混構造はアンカー精度がポイント

施設事業本部施設建設事業部施工グループ「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」新築工事作業所長の中瀬周作氏

――施工する上では、アンカーボルトの精度が大きなポイントだと思います。

中瀬氏 当社は木造をメインとする会社ですが、混構造ではRC造と木造の接合部の納め方やその精度管理が重要になるため、RC造の精度はもちろん、接合部であるアンカーボルトの精度が非常に大事になります。

ツーバイフォー工法で国内最大級となる1階RC造・2~5階木造の5階建て特別養護老人ホーム「特別養護老人ホーム新田楽生苑」(東京都・足立区)を施工した際には、スラブ配筋後にアンカーボルトの正確な位置を基準墨から追うことが難しいため、自動追尾型のトータルステーションを利用し、スマートフォンやタブレット端末で操作しながら、位置を確認していきました。ただ、±5mmのアンカーボルトの精度を確保するためには、測量方法や固定方法、さらにはアンカーボルトの構成や定着の取り方について、今後さらなる改善が必要だと感じています。

「特別養護老人ホーム新田楽生苑」(東京都・足立区)

――「特別養護老人ホーム新田楽生苑」の施工で、難しかった点は?

中瀬氏 事前の配筋のおさまり検討は当然必要ですし、アンカーが梁内にあればまだいいのですが、柱内や仕口部にあれば固定がしづらく、固定をどこから取るかという問題もあり、本数も1,000本以上あったため作業効率も問題となっていました。

また、そもそもアンカーの位置を決めるにあたり、上部構造となる木造のおさまりを十分検討する必要があります。当社が開発したオリジナル金物タイダウンシステム「ロッドマン」は、新田楽生苑の場合、木造の土台から最上階までつながるため、「ロッドマン」が通るように壁の縦枠位置や金物位置を検討し調整しなければなりません。他にも壁内へ仕込む配管やボックス、スリーブなどと干渉しないか等も検討した上で、すべて木造の躯体や「ロッドマン」の位置を決めていきます。

RC造は下から積み上げていき、木造は屋根から土台へ構造を検討していく中で、それぞれ壁厚や仕様が異なるものを最終的に取り合わせるために並行して二重に検討していかなければならないことが、非常に手間がかかり、また難しい点といえます。

奈留氏 今回のような中層木造建築物では、地震や台風により水平力が作用すると非常に大きな浮き上がり力が耐力壁に生じます。そこで、既存のホールダウン金物に代わり、 「ロッドマン」を採用しました。

「ロッドマン」は通常の3階建て以下で使用しているホールダウン金物の10倍以上の強度を持ち、建物の中でより高い強度を求められる部分で使用しています。これは「MOCXION INAGI」や「花畑あすか苑」(東京都・足立区)でも導入した技術で、今後の「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」でも採用し、木造の4層を一直線でつないでいきます。

通常の3階建て以下で使用しているホールダウン金物の10倍以上の強度を持つタイダウンシステム


医療施設など非住宅への引き合いも活発に

――さまざまな技術革新によって、木造化が進展しているんですね。

依田氏 ええ。また、市場戦略としてはまずは木造のマンションのマーケットを拡大していきます。当社としては4~6層までの横に広いマンションの市場を獲得し、中小の木造ビルも視野に入れています。たとえば、木造のオフィスビルであれば6階までを狙っていきたい。ほか有望な市場として医療施設をにらんでいます。

いま、医療施設「(仮称)金澤病院」(長野県・佐久市)を施工中ですが、同物件は3階建て大規模木造病院をツーバイフォー工法で施工し、国土交通省 2022年度「優良木造建築物等整備推進事業」に採択されました。工法の特性を活かし、柱のない広く開放的な空間を確保し、利用者やスタッフにとって効率的な院内動線や将来的な医療体制の変更にもフレキシブルに対応できるよう、可変性の高い病床計画に対応していきます。

現在、施工中の医療施設「(仮称)金澤病院」(完成予想図)

そのほかにも、木造3階建て耐火建築の医療施設「佐倉整形外科眼科病院」(千葉県・佐倉市)が昨年11月に完成しておりますが、こうした実績もあり医療施設からの引き合いも増えています。診療所と異なり、施工難易度が高いため、どこまでチャレンジできるかは課題の一つですが、住宅分野だけではなく医療施設をはじめとする非住宅分野の強化を検討しています。

――現在、工事中の「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」はどのような物件なのでしょうか。

奈留氏 建物の用途は学生レジデンスで、全体で130戸、地上6階建てで、地上1~2階がRC造で2時間耐火、3~6階が木造で1時間耐火となっています。敷地面積は約1551m2、建築面積は約767m2、延床面積が約3197m2で、工期は2022年12月に着工し、2024年3月に竣工する予定です。

東急不動産では、学生が安心安全に過ごせる住まいづくりを目指して、学生レジデンス「CAMPUS VILLAGE(キャンパスヴィレッジ)」シリーズを展開されています。

「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」の食堂入口イメージ

――この工事はどのあたりまで施工されていますか。

中瀬氏 基礎が終わり、1階の柱壁の配筋・型枠の施工中です。基本的にはRC造と木造部の構造を切り離すとそれぞれは普通の構造になります。ですから現段階では、通常のRC工事を粛々と進めています。

――プライベートへの配慮があるとうかがいましたが。

中瀬氏 住宅業界最高レベルの高遮音床システム「Mute(ミュート)」を導入しています。コンクリートを使用せず制振パットを挟む手法で遮音するため、短工期で木のやわらかさを残しながら、上階の音の伝播を低減し、RC造と同等クラスの遮音性能を確保しています。これは当社の木造賃貸住宅にかねてより 装備してきましたが、今回の「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」にも採用が決まっています。

「高性能遮音床システム Mute(ミュート)」

――これからの木造施工ではどのような工夫が考えられますか。

中瀬氏 施工時の安全性の向上や工期短縮を図るため、さらにパネル化を進展させ、現場での施工の効率化を進めることがポイントです。高層化していくと、楊重の時間もかかり、パネル枚数や部材が多いと効率が悪い為、効率のよいパネル化と、逆にパネル化しない場所も設けるなど、施工計画に工夫が求められていきます。

こうした工業化は、建設技能者がこれから高齢化し、次々と引退していくことを考えると必然的とも言えます。なるべく既製品を使用して、現場の作業を減らすことは重要で、また金物取付や穴あけ加工、下地や耐火被覆、内外造作など、工場で完了させる割合を増やしていくことを進めていく必要があります。

――施工が難しい混構造は、管理する技術者の能力も求められます。どのように育成すべきでしょうか。

中瀬氏 建設業界は経験工学的な部分がありますから、どうしても現場をより多くより深くこなしていくことが基本になりますので、育成に関してはなるべく丁寧な指導と実践の繰り返しが育成につながります。混構造の技術はまだ体系的に確立されているわけではありません。しかし施工のガイドライン化・マニュアル化が進展していけば、現場監督の理解と成長が早まることと期待しています。

奈留氏 当社では、ツーバイフォー工法での工業化住宅を進めてきました。その為、専用住宅での設計・施工については、知見の蓄積があります。「MOCXION INAGI」「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」も上部木造部分はツーバイフォー工法になりますから、基本的技術を応用したものの改良・採用を設計者が理解して具現化出来ることが重要と考えます。各人が力量を伸ばし、より知見が蓄積されていけばマニュアル化も実現していくと考えます。

学校・空港の一部施設への工事も進む

――これから公共性の高い工事、学校などいろいろと考えられますが、参入・強化は検討されていますか?

依田氏 学校法人からの校舎の建て替えに関するお声がけは増えており、代表的な事例では英国名門のインターナショナルスクール「Rugby School Japan」が2023年8月下旬に開校しますが、このうちの設計・施工の一部を担当しています。学校の木造化の事例は増えてくると考えています。

奈留氏 別物件ではありますが、阿蘇くまもと空港の屋根部分を2×4工法のトラスで施工しました。

すべてを木造化するのではなく、適した構造の中での木造化がエッセンスの中に入ってくることが今後の取組みとなっていきます。ただし共同住宅は木の方が居住性は高く、用途と構造的特徴を考えた上で、混構造は有効な手段と言えます。

阿蘇くまもと空港の屋根部分を2×4工法のトラスで施工。全量熊本県産杉を活用(写真提供:熊本国際空港株式会社、事業者:熊本国際空港株式会社、設計監理:株式会社日建設計、工事監理:株式会社梓設計 施工:大成建設株式会社、木構造屋根組工事:三井ホーム株式会社)

――今後、木造や混構造の建物への要望も強まるかと思いますが、普及に向けた課題は。

奈留氏 「(仮称)キャンパスヴィレッジ生田」は2層がRC造です。これは上部より5層目以下は2時間耐火を要求される為です。防耐火の要件が整備され、防耐火要件が緩和されれば、さらなる上層への挑戦が可能になります。

現行では、4層を超える部分は2時間耐火が求められ、石膏ボードが3枚張りになり、外壁の仕様も限定されます。それによりデザイン性も含め、経済合理性に課題が生まれます。防耐火要件の緩和に期待したいところで、その上で、マンションの木造化が加速し、価格が抑えられてくることが普及の条件になるように思います。

当社としても、技術的には各物件としては完結しているものの、更なる理想を求めてあるべき姿を模索している段階です。具体的には構造の軽量化や木造屋根防水の改良など、木造の特徴を活かすことやネガティブな要素の払拭が出来ればいいと思っています。

依田氏 当社は、これまでに5,700件を超える木造施設系建築の施工実績があります。今後も木造マンション「MOCXION」を通じて、賃貸住宅から寄宿舎、社宅など多様な用途での需要の取り込みを図ることで、中層大規模建築物の木造化・木質化を促進し、SDGsや脱炭素社会の実現に貢献していく考えです。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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