「地方こそICT施工が必須」群馬県建設業協会が挑む全国初の試み
建設業における生産性向上は最重要課題だ。少子高齢化・人材不足が避けられない中、国土交通省は生産性向上として情報通信技術ICTを、「土工」「舗装」などの建設現場に導入しようとしている。しかし、大手ゼネコンはICT技術を保有しているものの、地域建設企業においては情報通信技術への関心が高い反面、導入しているところは大変少ない。今後、地域建設企業にとっては、ICT技術をいかに社内に定着させるかが生き残るカギになっている。
これまでICT土工の現場見学会は、国土交通省が主体となって各都道府県で実施してきたが、ここに来て新たな動きが出てきた。一般社団法人群馬県建設業協会(青柳剛会長)が、ICT土工全工程を5日間で学べる研修を9月から開始するというのだ。この試みは、地域建設企業が今後の生産性向上を考える上で画期的な研修であり、他の建設業協会もこの動向に注目している。
地域で活躍する建設技術者は、地域で育成すべき
現在、地方では、施工管理技士や現場監督、さらには作業員の高齢化が高まり、ICT施工による生産性向上は必然的に実施しなければならない事情も出てきた。ICT技術を導入すれば、1現場あたりで1.5倍の生産性向上が確認できたとのデータもある。特に、土工・舗装工・浚渫工などでは生産性向上ができる余地は高く、地域建設企業こそ「測量、設計・施工計画、施工、検査」の全工程で導入し、3次元データを一貫して使用することが求められている。
利根沼田テクノアカデミードローン技能訓練校のドローン授業 (写真提供:群馬県建設業協会)
しかし、研修を行える場所と言えば、静岡県の富士教育訓練センターなどがあるものの、群馬県からは遠すぎる。青柳会長は「地域で活躍する人材は地域で育成すべき」との考えのもと、6月に開校した利根沼田テクノアカデミードローン技能訓練校で、技術定着を目的に9月から「i-Construction対応 ICT土工研修」を行う。ICT技術を「企業文化」として定着させるこの群馬県建設業協会の試みに対して、国土交通省関東地方整備局は「管内の都県レベルの建設業協会では初の試みで、全国レベルでも極めてまれな試み」とコメントしている。
後援は、国土交通省関東地方整備局、群馬県、一般社団法人全国建設業協会、全国建設業協同組合。利根沼田アカデミーは群馬県全域からの移動でも車を使えば約1時間。全5日間コースを3セッションに分けて研修を行うため、現場を抱えた技術者でも無理なく受講できるスケジュール。人材開発支援助成金や継続学習制度(CPDS)にも対応している。
「地域建設企業は大手ゼネコンとは異なり、技術者の数が少ない。技術の習得のために技術者を長い期間研修所に送り込み、現場を離れさせることは極めて難しい。だからこそ、研修は地域である群馬県で行い、研修も複数回に分ける。1週間に1~2日程度であればなんとか現場を離れられるのではないか」(青柳会長)
監理技術者や主任技術者がICT研修のために現場を離れても良いか?
ICT土工研修について、国土交通省も後押ししている。国土交通省は専任技術者が技術研修などの参加で一時的に現場を離れても建設業法上、問題がないことを発注者や業界団体に周知する方向性で検討に入った。現行法令上、専任技術者には現場代理人のような「常駐」義務はないが、「専任」であるがゆえに、現場を離れることに問題があるのではかという認識もあったため、あらためて法令解釈を明確化し、継続的な技術研さんへの環境整備を行う。
「現場代理人は常駐が求められています。一方、専任が求められている監理技術者や主任技術者が研修会などで一時的に現場を離れることに問題があるかどうか、発注者やゼネコンの中でもさまざまな認識がありました。現行制度でも研修会に参加することに問題はありませんが、一部では専任であるがために、現場を離れることが出来ないのではないかという認識というか誤解があったのです。国土交通省が近く研修参加は可能という通知を近く発出するウラには、群馬県建設業協会のICT土工研修が開催されることと大きく関係していると見ています。ICT研修への参加を促す大きな通知になるでしょう」(都内現場の監理技術者)
群馬県内で実施したICT施工の実例 (写真提供:群馬県建設業協会)
国土交通省と群馬県も評価する「i-Construction対応 ICT土工研修」
「i-Construction対応 ICT土工研修」のカリキュラム概要は大きく分けて3つのコース。1つ目は「i-Construction概要」で、1回目を9月6日、2回目を10月中旬に実施する。2つ目は、実習と講義の両方で「起工測量と3次元モデル設計」、1回目を9月21日~22日の2日間、2回目は10月中旬を予定している。3つ目は、実習と講義の両方で「ICT施工と出来形管理」として、1回目を10月中旬、2回目を11月に実施する予定だ。
「特に大きなポイントは、OJT(職場内訓練)とOff-JT(職場外訓練)の中間の研修施設を目指したことです。研修で実践を学び、それを今度は自社内で他の技術者にも広めていく。ICT技術はこうした好循環で広めていくことが望ましいのです」(青柳会長)
国土交通省関東地方整備局はこのようにコメントしている。
「そもそも群馬県建設業協会単独で行うことの視点が素晴らしい。ICT土工を主体的に行うとの意思の表れと我々は受け止めています。また、ドローンについては測量会社にお任せするところが多い中で、地域建設企業が自主的にi-Constructionの技術を網羅的に学び、生産性向上を果たしていくという意向は、ICT施工の大きな底上げになります。ICT土工の工事は国土交通省だけではなく、群馬県も実施し、工事も発注している。そういう中での研修実施は、ICT土工工事の普及に大きく貢献することになると考えています」
一方、群馬県県土整備部建設企画課長のコメントは次の通りだ。
「現場の生産性を向上させるICT活用工事を普及拡大するためには、安価で使いやすい機器類とともに、それを扱える人材が不可欠である。特に、これまでICT活用工事に携わる機会がなかった地域建設企業の現場技術者にとっては、その知識と技術の習得が課題となっている。こうした地域の課題を解決するために、群馬県建設業協会自らが、ICT土工研修を企画・開催することは、時宜にかなった意義深いものであり、敬意を表する。また、カリキュラムには3次元測量、3次元施工図作成、ICT建械による実習、3次元出来形管理、3次元データ納品まで、すべてのプロセスが盛り込まれており、群馬県におけるICT活用工事の普及拡大に大きく寄与するものと期待している」
ICT活用施工への関心は高いが、実績は11%
群馬県建設業協会会員のICT活用施工の関心は高い。今年2月に実施した「ICT活用施工に関するアンケート調査報告書」(279社中268社回答)によると、経営者・技術者双方の立場で関心度の度合いは80%を超えている。完工高が多いほど関心が高い傾向が見られた。その一方、社内で勉強会・研究会を組織しているのはわずか8社。しかも「ICT活用施工の実績」は11%に留まり、45%は「ICT社外への講習会・見学会に参加」とのデータが明らかになっている。
現在、国土交通省関東地方整備局は、ICT施工現場見学会を都県単位で実施しているが、多くは建設機械メーカーなどによるデモンストレーションが中心。そのため、技術者自らが体験する機会は限られているのが現状だ。
「実際に体験することが重要です。すでに国土交通省のみならず、群馬県レベルでもICT施工は実施されています。総合評価方式で工事成績評点の加点だけでは、地域建設企業が実際にICT技術を習得しようという動機づけは薄い。実際に学べる環境が重要」(青柳会長)
報告書では、ICT活用施工への関心は高いが、地域密着型企業まで企業文化として定着させることがポイントであると総括している。報告書を受けて、「ICT土工研修」を実施することに決めた背景がある。
他県も注目する群馬建協の「i-Construction対応 ICT土工研修」
他県もこの「i-Construction対応 ICT土工研修」の開催について注目している。
「今後、ICT土工が進展すると我々も理解しています。しかし、地域建設企業にとって、建設機械の確保のコスト、ICT技術の習得時間など取り組むべき課題が多いのも実情なのです。我々もどのようにすれば会員に普及すればいいか本音を言えば模索中です。その意味で群馬県建設業協会の取組みは、全国規模の建設業協会にとっても注目すべき研修なのです」(他県の建設業協会事務局長)
利根沼田テクノアカデミードローン技能訓練校のドローン授業 (写真提供:群馬県建設業協会)
さらに群馬県建設業協会は、9月~10月にかけて実施するICT研修後、数ヶ月後に再度集まるフォローアップ研修を実施する考えだ。全工程を学んだ会員技術者が数ヶ月後に一堂に会し、現場経験を共有するなどして研修効果を高める。すでに会員会社に呼びかけているが、参加に前向きに意向も示されている。
「お互いの取組み状況や課題を共有することで、会員企業のICT技術力向上につながります。これを数年かけて繰り返して行えば、会員技術者の人脈も固まり、ICT技術における社内の水平展開や、会員会社同士の情報共有が図れることになります。最終的には、土工の生産性は2割アップを目指しています」(青柳会長)
建設業の「夜明け」は群馬県から!
建設業は他の産業と比較して、保守的であり、待遇面などでも劣っている。そのため、担い手確保・育成で大きく遅れを取っているのが現状だ。本来であれば建設業こそが自由で革新的な発想が求められている。
ICT技術もそのうちの1つだ。ICT施工をより広め、i-Constructionを全現場に拡大していく先には、旧3K(きつい・汚い・危険)から新3K(給与・休暇・希望)へ建設業界は大きく転換していく。地域建設企業が再生し、新3Kへと生まれ変わるための第一歩はICT技術の習得だ。
建設業の夜明けは、群馬県からはじまるのかも知れない。