土木・建築の作品にも、施工技術者の名前を明記すべき
建設構造物では、設計した建築家の名前が世間に喧伝される一方、施工に関わった技術者の名前は残らない。土木・建築を問わず、施工管理技士などの建設技術者は無名での仕事を余儀なくされてきた。しかし、このことは「ものづくりの意欲」や「技術者としてのモチベーション」の向上について疑問視する声がかねてよりあった。
土木に従事する人間であれば誰もが知る曾野綾子さんの『無銘碑』という小説がある。この小説は、三雲という1人の土木技術者が田子倉ダムとアジアハイウェイに挑んだ物語だ。テーマは、「土木の仕事は構造物そのものが記念碑であり、そこに名前を記すことはない」というものだ。無名性の美学と理想を説いた小説である。
しかし、建設構造物の無名性は不信感をもたらす面もある。同時に誰しもが抱く「社会から認められたい」という承認欲求について、土木・建築の作品群は、建設技術者の欲求に応えてこなかったことも事実だ。
誰が執筆したか不明な小説よりも、ベストセラー作家の本が売れるのは当然のことだ。自分の作品を自分の仕事上の作品とともに表示したいという欲求は、作家のみならず土木・建築の世界でも当然あってしかるべきであった。
建設技術者の責任感とやりがいの向上につながる「銘板設置拡充活動」
そこで産官学の学識経験者から構成する土木学会は2008年度に、土木学会会長提言特別委員会報告書「誰がこれをつくったのか」を提案、銘板に技術者の名前を記すべきであると促した。これを受け、国土交通省は2009年3月から土木工事共通仕様書に、設計・施工・製作を担当する管理技術者や監理技術者の氏名も記載して、各地方整備局で実施に移している。
地方公共団体では、長野県が2016年度から「担当技術者の名前を刻もうプロジェクト」を始動、県発注の建設工事に携わった技術者の名を刻んだプレートを構造物に掲示する試みをスタートした。
一般社団法人群馬県建設業協会の青柳剛会長(沼田土建代表取締役)は今年5月17日、群馬県建設業協会の「行動指針2017」の取り組みの1つとして「銘板設置拡充活動の展開」を掲げた。これらにより、技術者自身が構造物を造ったという誇りを持ってもらうことで、担い手の確保・育成を目指す。
群馬県建設業協会は「銘板設置拡充活動」の一環として、土木と建築の技術者1,091名からアンケートをとり、7月11日に「銘板設置拡充プロジェクトに関するアンケート結果」を発表した。
銘板設置のメリットに関する回答では、
- 技術者の責任が増し、もっと良いものをつくろうという意欲につながる
- 現場のモチベーション、やりがいの向上につながる
- 技術者の責任が明確になり、建設業への信頼度が高まる
などが多かった。
一方、銘板設置にかかる問題点としては、
- 銘板の見やすい場所への設置など、見せ方の工夫が重要
- 銘板サイズ、仕様を検討する必要性がある
- 銘板の存在を県民にPRしていくことが必要
など設置方法やPRに工夫が必要との意見が多く寄せられた。
また、銘板に表示する技術者範囲としては、「元請の監理技術者、主任技術者」が全体の6割を占めた。
青柳会長は、「今までの銘板は将来のメンテナンスを目的に限定をして設置していたが、よりよいものづくり、やりがいの向上、気概の醸成、技術者の足跡につながるため、技術者名を記した銘板設置の期待が大きいことが分りました。群馬県建設業協会としては、この銘板設置拡充プロジェクトを行動指針2017の重要施策の1つとして具体的に動きます」と説明している。
「銘板設置拡充活動」は建設業の人材不足を救う?
現在、群馬県や県内市町村の工事は施工会社の記入が一般的。国土交通省に対しては、設置対象の拡充、県や市町村には技術者名の表示することを要望する考えだ。
群馬県県土整備部からは、すでに回答を得ており、「積極的に進めたい」との意向だ。7月13日には、国土交通省関東地方整備局、群馬県県土整備部、群馬県建設業協会の三者意見交換会の席上、青柳会長は「銘板設置拡充は技術者のやりがいにつながる。是非、対象範囲の拡充をお願いしたい」と要請した。
国土交通省関東地方整備局からは、「今後、拡充について検討していく」との回答を得ている。
青柳会長はこうも述べる。
「仕事はやらされている感覚ではいい仕事はできません。銘板設置拡充プロジェクトは、自分がなしえた仕事を次世代に伝えるものです。自分のお子さんにも、銘板に書かれた自分の名前を見せることで、お子さんも土木・建築の仕事に愛着を持つようになるでしょう。そして自分の父親の仕事がいかに立派であるかも理解できるようになるでしょう。ワクワクする建設業の中で銘板での表示は、おおきなやりがいにつながります」
「銘板設置拡充活動」は若手不足に悩む建設業の救世主になりそうだ。