「父親応援団」に参加する土木技術者の倫理観
私が住んでいる地域の生徒数約850人ほどの小学校には、PTA活動の中に「父親応援団」という学校支援グループがある。文字どおり児童の父親が主体となる20名ほどの団体だ。グラウンドの草刈りや、体育祭・文化祭など行事の手伝い、さらにはヤギ小屋の建設まで、何でもボランティアでやってしまう、頼れる有志の集まりである。
子供の小学校入学と同時に、私の所にも父親応援団の役員依頼がきた。人出不足で困っているようだ。私は迷わず「参加します」に○をつけてその一員となった。土木学会の土木技術者倫理を常に念頭に置いているので参画しないわけにはいかない。
あまり知られていないようだが、土木技術者の倫理規定の第1条は、社会貢献だ。「土木技術者は、公衆の安寧および社会の発展を常に念頭におき、専門的知識および経験を活用して、総合的見地から公共的諸課題を解決し、社会に貢献する」とある。
「私がやります!」駐車場の測量計画
花冷えの夜、父親応援団の懇親会の席で、教頭先生が言った。「正門の駐車場の間隔が狭くて、保護者から広げて欲しいと要望がでてるんですよ。皆さんで白線を塗り直そうと思うのですが、どうですか?」一同賛成となった。
2年前に幅2.1mの駐車スペースを引いたが、狭かったらしい。私も以前からそう思っていた。子供の迎えや行事の時は、自動車のドアが隣の車に当たったり、子供が車に挟まれそうになったり危険なのだ。これは公共的な課題であるから、土木技術者が問題解決に協力するべきではないかと私は判断した。
懇談会も終盤にさしかかった時、父親応援団の団長が言った。「白線を直すといっても、どうすればいいかな?形とか、幅とか・・・」他の一員も続けて発言する。「今の幅を広くすれば、止める台数も少なくなるよね?」。
私は間髪を入れずにいった。「私がやります。駐車場付近を測量して青写真を書きます。それをみて実際に駐車場で検討したらどうですか?」「えっ、ヒロさんできるの、お願いしますよ、みんなで協力しますから」。
このような作業は土木技術者の得意分野なので任せて欲しい。使命感がわいてアドレナリンが出てきた。
待ち遠しい測量作業日
草いきれのする、6月の日曜日。この日は、先生5名と父親応援団10名で、ヤギ小屋を囲っているトタン板にペンキを塗った。その作業中、私は言った。「団長、そろそろ測量したいのですが・・・」「待ってました。ヒロさん、みんな手伝うっていってますよ」。
私は自動追尾のトータルステーションを使ってワンマンで測量をする考えだった。30分程度で作業は完了するのだが、・・・ここは手伝ってもらったほうがよいと思ったので、2人の手を借りることにした。
測量作業は7月2日の日曜日に決定。本番の白線引きは7月22日、土曜日。その日が待ちどおしく思えた。
「凄い~、かっこいい~」土木技術者の測量技術に感動
風薫る朝、測量作業日和となった。集合の約束は8時で、私は7時30分に現地に着いた。団長とAさん、そしてM先生もすでに駐車場にいた。3人とも作業着を着てやる気満々。
「測量なんて初めてです、私にできますかね」と団長はいう。「これ、プリズムっていうのだけど。私がこれから、チョークで記しをつける所に立てるだけですよ」とアドバイスした。
「巻き尺とかで測らなくてわかるのですか?」とM先生が聞く。「この機械で距離とか高さとかわかっちゃうのですよ」と私。「へぇ~ハイテクなのですね」。
建設現場では当たり前なのだが、先生に褒められると、少し鼻が高い気分になった。私がマーキングした現況の白線や変化点に、団長は正確にプリズムを立てていった。途中から他の団員や保護者も合流して作業を見守る。興味津々でトータルステーションの画面をのぞき込むと、測ったとおりの形がディスプレイに映し出される。
「凄い~、かっこいい~、もう図ができてるの~」と、みんな感動、感心している。私はつい調子に乗らされてしまう。どうだ、これぞ土木技術者の真骨頂だ。教頭先生からはドリンクのサービスで、いたりつくせり。こんな測量なら毎日でもやりたい。
CADで書いた普通の計画図も感心される
測量作業の後、団長と白線の幅や長さを参考にするため、コンビニやスーパーの駐車場をまわった。白線の幅は15㎝、駐車幅は2.6mと決めた。CADで現況と計画の図を書いた。作図時間は2時間。
後日、これをベースに団長が先生達と打ち合わせをしてくれた。結果は計画図とおりで施工。建設現場ではごく普通の図面だが、感心されたようだ。既設の白線は専門業者に消してもらうこととした。
「白線を引くより先に、白線を引く位置を出した方が、作業日はスムーズですよ」と、私は団長に無料通話アプリで連絡をとった。返事は「オッケー」と大きいスタンプ。
7月16日の日曜日、来週の白線引き本番を前に位置出しを行った。この作業にもM先生や他の一員も参加してくれた。ヤギ小屋を設計した建築士のSさんも駆けつけてくれた。「雨が降るとマーキングがきえちゃうから」と慣れた手つきで充電ドリルを使って舗装にスクリュー釘を打った。さすが建築士、発想が土木と違う。
先生と学校の倉庫へ入って、ペンキや刷毛の準備も済ませた。懐かしい香り。足りない材料はホームセンターで買い出し。これで準備完了。後は来週の本番を待つだけだ。
「ペンキついちゃった」歓声が止まらない真夏の作業
小暑感じる、7月22日の土曜日。白線引き本番の日となった。予想を大きく上回る参加者。教頭先生をはじめ、4人の先生。父親応援団も10名を超える。「私もやります!」フリーで加わった保護者や、その子供も合わせると30名以上となった。大きいクーラーボックスにはドリンクも準備してある。
作業の説明を頼まれたが、作業手順等の堅苦しい説明はこの場の空気に合わないどころか、やる気もテンションも下げてしまうと思った。「たのしく作業しましょう、熱中症に注意して下さい」これで十分だった。
参加された皆さんの輝く瞳を見ると、なぜか胸から熱いものがこみ上げてきた。団長も日差しの眩しさか、目を細める。
いよいよ作業開始。初めにペンキがはみ出さないように白線の両側にビニールテープを張る作業をやった。ここでも建築士のSさんは、テープが曲がらないようにまっすぐ張れるように糸をはった、馬鹿棒(道具)を自作、用意してくれた。
テープを張る役、ペンキを塗る係。作業は順調に進んだ。「テープ曲がっちゃた」「ペンキついちゃった」子供や保護者の歓声が止まらない。真夏の到来を思わせる太陽の下、皆の顔や腕には汗が光る。
土木技術者冥利に尽きる瞬間
白線のペンキが乾き、ビニールテープをはがす作業を始めた。楽しそうに子供たちが、大人たちが、慎重にテープを引っ張り、はがす。真黒なアスファルトに、真っすぐに、そして真っ白な白線が、車30台分完成した。
「白い線、輝いてるね、お父さん」6年生の児童が汗をぬぐいながら笑顔満点でいった。「○○ちゃん、頑張ったからね」褒められて照れる児童の姿を見て、何気ない親子の会話に感動した。小学校最後の夏の思い出となれば嬉しい。
参加者全員で記念写真撮影の後、私は団長と思わずハイタッチ。先生や参加者の皆さまと握手をした。保護者の方々や児童達と一緒に、リアルに感じることができた「物が形になる喜び」と「人の役にたてる実感」そして「土木技術者冥利に尽きる瞬間」。
地域の方々と心を通わせ、一緒に汗を流して作業をする。これが土木技術者の理想とする社会貢献であり、また自然の姿であったらよいと想った、夏の駐車場整備であった。