30代の土木技術者、「失敗談」を大いに語る
建設コンサルタントや設計事務所、大手ゼネコンの現場を渡り歩いてきた金山直志さんに、30代の土木技術者にとって建設業界はどう映っているのか、これまでの失敗談も含めて大いに語ってもらった。
金山さんは大学卒業後、建設コンサルに入社し、ダムや道路の構造計算、図面作成、数量計算、測量、設計などを経験。その後、設計事務所に転職し、山岳トンネルの設計業務などを中心に手掛けてきた。そして今は派遣社員として大手ゼネコンの現場で働いている。
建設業界紙では、若手建設技術者や女性建設技術者などの活躍が紹介されるが、光があれば影があるもの。失敗にこそ土木技術者が成長するための「気付き」があるのではなかろうか。
長岡技術科学大学を卒業後、建設コンサルタントに入社
施工の神様(以下、施工):金山さんが建設業に入った理由は?
金山直志さん(以下、金山):高校受験のとき、「不況に強い」と親や周囲の人から聞かされていたので、新潟工業高校の土木科を受験し、そのまま建設業の世界に腰を据えました。工業高校の機械系の学科への進学も考えていましたが、やんわり周囲から止められました。今となっては建設業が「不況に強い」のか疑問ですが、食いあぶれる心配はせずに済んでいるので、正しい選択だったのかなと思っています。建設業はそれなりに楽しいですし。
施工:大学進学は?
金山:高卒では就職に不利だと思い、長岡技術科学大学に入りました。工業高校から大学へ進む流れがとても活発になってきた時期で、それに乗っかる形で大学に行こうと。ただ、私の場合は少し特殊で、大学に行く前に長岡高専環境都市工学科の4年生編入を経ています。工業高校から大学へ進むには、当時は推薦が一般的で指定校推薦もあったのですが、その枠から漏れてしまい、高専へ進学しました。その後、長岡技術科学大学の建設工学課程(現在は環境社会基盤工学課程)に編入しました。
高専ではコンクリートの研究室で再生骨材を用いたコンクリートの耐久性の、大学では土を扱う研究室に入り、鉄塔基礎の研究をしていました。
施工:影響を受けた先生はいた?
金山:大学の地盤工学の先生が、ゼネコン出身者で面白かったです。机上の論理だけではなく、現場でこういうことがあった、学校の授業の内容は現場でこういうふうに使われている、という実地的なことを教わりました。
高専では校長先生が面白かったですね。土木の先生でもあり、研究室にしょっちゅう顔を出しては、いろいろなお話をしてくれました。血の通った話は役に立ちますし、人柄に惹かれると影響も受けますよね。
施工:就職活動は苦労した?
金山:就活はそれほど苦労しませんでした。大学院生と競合になったときは少し不安でしたが。受験した会社は地盤調査の会社と、建設コンサルタント会社で、結局、学生の時から設計の仕事に興味があったので、建設コンサル会社に入社しました。当時は、設計を建設コンサルタント、工事をゼネコンがやる、というイメージを抱いていました。
道路の概略設計で根拠不明の報告書・図面を作成

土木構造設計、AutoCADが得意な土木技術者 金山直志さん
施工:建設コンサルではどんな仕事をした?
金山:農業土木施設や道路の設計、測量をしました。農業土木施設は扱うモノが幅広く、とても勉強になりましたし、今も役に立っていることが多いです。具体的には圃場整備、農道や用水路・排水路の測量、設計、図面作成、数量計算などです。道路関係では概略設計業務、高規格道路ルート選定、構造物概略設計、図面作成、数量計算、概算工事費算定などを担当しました。 ダムの設計業務や洪水吐の構造計算、図面作成も経験しました。
施工:失敗したこと、怒られたことは?
金山:多すぎて数えきれないほどありますね。入社して最初にやらせてもらった業務では、水理計算を間違えて上司にかなり怒られました。道路の概略設計では根拠があまりにも不明な報告書や図面を作って、お客様に多大な迷惑をかけました。その他にも、キリがないほど失敗しているので、若い方々も失敗は怖れないでほしいです。
施工:失敗が多いから、コンサルから設計事務所に転職したの?(笑)
金山:いえ、残業時間が多すぎて体調を崩してしまい、職場環境を変えようと考えたことと、コンサルで担当したトンネルの概略設計を経験し、トンネルの設計業務をやりたくなったので転職しました。失敗は成長の糧ですよ。
施工:コンサルとその設計事務所の違いは何?
金山:会社名は設計事務所でしたが、実際は建設コンサルタントと変わりはないですね。
施工:で、設計事務所ではどんな仕事を?
金山:希望通り、NATM(山岳トンネル)の設計業務。道路だけでなく、鉄道や水路のトンネルも扱ったので、かなり勉強になりました。トンネル設計の中でも、私がよく担当していたのは、坑口位置や形式の検討、地山分類、図面作成や数量計算です。