東京都の入札制度改悪で、入札不調は倍増
ついに「施工の神様」も、東京都知事の定例記者会見への参加が許された。大手メディアの報道を補足する意味でも、東京都の入札制度改悪について、現場目線でレポートしておく――。
小池百合子・東京都知事は12月15日、東京都議会終了後の定例記者会見で、「今年の1年間を一文字で表現すれば、改革の“改”」と語った。 しかし、東京都内の建設業界にとっては「“改”は“改”でも、改悪の“改”だった」と揶揄する建設業界関係者が多いことは、ご存知の通りである。
主要メディアでは報道されないが、かねてより建設業界と都議会自民党が危惧していた通り、東京都全体の工事で入札不調が相次ぐ結果となった。これについては、「施工の神様」でもいち早く都知事選前に警鐘を鳴らしていた(小池知事の入札制度「改悪」でダンピング復活か? )。
東京都の入札不調は、豊洲市場の追加工事に限った話ではない。今年10月末時点で、応札者全員が予定価格を上回るか、もしくは応札者がなく入札が成立しない「入札不調」は19%に達し、2016年度から比べるとほぼ倍増している。 東京都の資料によると、開札した163件のうち31件(19%)が不調。全応札者が予定価格を超過したケースが15件と半数を占めた。 さらに、1者入札中止は、対象204件のうち不調が39件(19.1%)に達し、豊洲市場の関連工事も含まれている。
東京都の発注工事は「予定価格が低く、細かい仕様に問題」
では、なぜ東京都の発注工事で、入札不調が相次いでいるのか?
東京都内の中堅建設企業が事情を説明してくれた。
「東京都の工事は民間工事と比べてとんでもなく高い、という小池都知事の発言は、誤解以外の何物でもありません。東京都の予定価格は逆に低く、しかも事後公表。われわれ建設会社としては、きちんと積算してそれに利益を若干上乗せして応札しますが、事後公表された予定価格が低すぎるので、本当に正確に積算しているのかと疑問に思うこともあります。
それに東京都の工事は仕様書の中に、”等”が多く、この”等”がクセモノです。”等”も仕様書に含まれているから、追加で仕事しろと言われますが、それに対する見返りはないので、たまったもんじゃありません」
別の東京都内の中小建設企業も、現在の苦境を語る。
「とにかく、東京都や地元の工事を受注して経営している中堅・中小の建設会社は、このままでは疲弊してしまう。本来、発注者である東京都は、品質や担い手育成のことも考えなければいけないはず。
大手ゼネコンは民間で大きな再開発物件があるため決算もいいが、われわれ中小企業は悲鳴をあげるしかない。 大手ゼネコンの給料はアップしているという報道があるが、いいのは大手ゼネコンだけ。中堅・中小の建設会社まで恩恵が回らないと、社員や技術者の賃金、処遇、労働条件までシワ寄せがいく。そこも東京都には考えて欲しい。このままでは若手を育てることも難しい。目先の工事金額だけでなく、将来的にインフラ維持が不可能になるという危機感も持って欲しい」
しかし、さすがに東京都も黙って指をくわえているわけではない。若手の建設技術者の確保と育成を考慮し、「週休2日制確保モデル工事」などを実施し、工期についても余裕を持たせるスタンスを取っている。ただ、その一方で、小池都知事による「入札制度改悪」により、東京都内の中堅・中小の建設企業から悲鳴の声が上がっているのが現状なのだ。
スーパーゼネコンの忖度。豊洲市場追加工事の最後は大成建設か?
豊洲市場の追加工事は結局、入札不調のリスクを避けるため、事前公表に踏み切り、9件のうち、8件の落札者が決定した。 残りの1件は、7街区(水産卸売場棟)の地下空間床面工事だが、すでに小池都知事は「特命随意契約に切替える」と表明している。年内にも見積り合わせを行う予定で、見積り合わせ後に経過調書として公表していく予定だ。
では、どのゼネコンと特命随意契約を行うのか?
スーパーゼネコンの社員は、このように忖度(?)する。
「これは大成建設さんにやってもらうしかありませんね。水産卸売場棟は323億円で大成建設さんが落札したのですから、東京都もまっさきに話をもっていくでしょう。 しかし、この工事はスカイツリーなどの象徴的なビックプロジェクトでもなく、東京都の次の工事でも面倒を見てくれる工事でもないので、スーパーゼネコンとしての矜持がある一方、営業的にそうそうメリットがないので困っていると思いますよ。
工事担当者の責任は重大ですな。でもゼネコンの工事部門は、最後まで工事に責任を持つという誇り、そして政治の道具にされたらたまらないという嫌悪感、その両方を持っていますよ」
あくまで忖度(?)なので、実際に大成建設が契約するかは不明だが、そもそも、豊洲市場の追加工事について「1者入札の禁止」「予定価格の事後公表」を全面に出したことには無理があった。
豊洲市場の追加工事は例外、入札予定価格の事後公表は続行?
一部マスコミは「ゼネコンvs小池都知事」の構造を演出し、小池都知事がゼネコンに屈服した形で、入札予定価格の事後公表や特命随意契約に変更したのではないかとの報道もあった。 しかし、記者会見での小池都知事は強気だ。
「(小池都知事が進める)入札制度改革では、予定価格の事前公表を事後公表に変更する試行をおこなっていますが、豊洲市場の追加工事では、ほかの何万件の工事入札と様相が異なります。そもそも本体工事の元請に発注すべきと言う意見もありました。そこで途中から事前公表に切替え、事前公表された予定価格を見て、それぞれの企業が判断し、入札が決まったと判断しております。豊洲市場の追加工事は、特殊な環境におかれた工事であり、早期に工事を進めるためには特別な措置でした」
あくまで豊洲市場の追加工事は例外ということだ。今後、他の工事の入札予定価格についても、事後公表から事前公表に戻すかどうかは、建設業界の注目するところだが、小池都知事は明言を避けている。今後も「事後公表」を維持していく方針ではないか、というのが多くのゼネコン関係者の見立てだ。
しかし、都議会自民党はこのように指摘する。
「1月に建設業界とのヒアリングを実施すると聞いていますが、早期に実情を聞き届け、間違った制度変更であったと認識すべきです。公共工事においては、競争性や透明性、品質確保などを担保することは当然のことですが、東京都内の中小企業育成という観点もあわせ持つことも都の責務です。
問題が多い変更は速やかに元に戻し、委託契約における最低制限価格の設定等、新たに進めるべきほかの改革にこそ着手すべきと考えます。かつて豊洲市場整備工事の契約で1者入札や特命随意契約をあれだけ批判していた小池知事が、結局、同じ道をたどることは誠に皮肉と言わざるを得ません。入札制度改革の失敗は明白で、その悪影響は都全体に広がりかねません」
建設業界にパーティー券を売る「都民ファーストの会」
蛇足になるが、東京都内の建設企業を取材する中で、耳を疑いたくなるような話も聞いたので、付記しておく。
小池都知事が立ち上げた「都民ファーストの会」は、しがらみのない政治を標榜している。 しかし、内実は「しがらみ」も多いようだ。
小池都知事の残る任期は2年8ヶ月。「都政に邁進する」と語った一方、12月都議会は公明党からの離反もあり、厳しい局面もあった。小池旋風が落ち目になった今、しばらく選挙のない都民ファーストの会の都議たちは、それぞれ生き残りの道を模索している。11月14日、都民ファーストの会は約1,700人が参集する政治パーティーを開催したが、建設会社にもパーティー券を売りつけていた。
パーティー券は2万円。国会議員が政治パーティーを開く際の金額と同額だ。執行部からノルマが課せられた都民ファの議員たちは人脈がないため、「名簿」を頼りに、さまざまな業界団体や企業の役職者を行脚。ある議員は、建設会社の社長にこのような甘言を吐いたという。
「小池都知事とのパイプが強く、建設業界の意見も十分に反映すると口約束しますから、どうかパーティー券も票もよろしく頼みますよ」
業界団体の人間が政治パーティー券を購入し、出席することは珍しくない。国や東京都に要望の多い建設業団体であれば、なおさらである。建設業界との結びつきの強い自民党や公明党からの依頼については、「仕事の一部ですから納得して購入している」という企業も少なくない。
しかし、建設業界に対して厳しい政策を打ち出している小池都知事が事実上率いている「都民ファーストの会」までも、建設業界に「パーティー券購入」を持ち掛けていることに、建設業関係者たちは困惑を隠せないどころか、「立場上、購入したが、厚顔無恥の極みだ。しかも「都民ファーストの会の話は、空手形になる可能性が高い」と怒りを隠さない。