大手建築設計事務所の設計監理で改修工事
改修工事は、新築工事より面倒だ。
木造、鉄骨造、コンクリート造、どの構造の改修工事も経験しているが、改修工事はフタを開けるまで分からない。
私が経験した改修工事の中でも特に面倒だったのが、コンクリート造の専門学校の改修工事である。
改修工事の対象となった建物は、都心部にある専門学校で、建物の床、外壁、階段、エレベーターシャフトの構造躯体だけを残し、その他全てを解体・改修する工事だった。各教室を最新の設備にし、各地に展開するこの学校の先駆けとなる建物にするとの触れ込みだ。
設計監理は、大手建築設計事務所。各柱間には鉄骨の耐震ブレースが入り、それが建物の立面のアクセントとなり、特徴ある窓の形が目を引くデザインとなっていた。
敷地の条件としては、隣地にほとんど同時期に新築工事を開始した建物があり、そちらは地下の掘削等もあったので、境界に面する工事はすべて隣地工事管理者間での協議が必要だった。
改修工事は図面が信頼できない
屋上のアスファルト防水も改修するため、室内の解体工事と共に、早い時期に押さえコンクリートを斫り取り、天気予報をにらみながら一日で防水層を剥がし、そして2日目で防水をおこなった。押さえのコンクリート打設後、屋上に仮設の現場事務所を設置し、準備が整った。
改修工事の難点は、図面があるようでない程度の信頼性しかない点だ。設計事務所は、既存の図面を元に描くが、実際は全て既存に合わせて再確認が必須なのは、皆さんもよくご存知だと思う。その辺を良く理解してくれる設計事務所ならいいが、どこもかしこもドンピシャの寸法で指定されると、逃げがなく、どうにもならなくなってしまう。
幸い、この現場の構造設計者は、その辺をよく心得ていて、ブレースの寸法も構造体内法寸法からそれなりの余裕があったので、開口からの搬入や、アンカー打設とスパイラル筋の設置はそれほど苦労しなかった。
ケミカル注入後、打設アンカーの定位置をどう確保する?
いつも思うのだが、ケミカルアンカーの削孔はいいとして、特に上向きに打ち込む場合、ケミカル注入後に打設アンカーの定位置確保のために、皆さんはどんな工夫をしてるのだろうか?
少ない数本の打ち込みで、何かを固定するためであれば、それほど苦労はないが、スパイラル筋を絡ませるために、なるべく綺麗に一直線に頭を揃えるために、私はいつも番線を水平に張り、アンカーを縛っている。もっといいアイデアがあれば、ぜひ教えて欲しい。
ブレース本体のスタッドとの間隔もあるので、正確に削孔する事が必須だ。また、ほとんど職人任せになるが、削孔した穴はしっかり掃除する事が重要だ。特に削孔しやすい下向きの位置で注意が必要となる。掃除がしっかり出来てないと、注入した薬液の反応が出来ず、全く定着しない。
私も一度、薬液注入後の次の日に、アンカーの打音検査をしたら、2本明らかに音が違い、触ってみると、手でクルクル廻ってしまったことがあった。所詮人間のやる事なので、そのために別の人間が確認する必要がある。引っ張り試験を行う前に、引っ張り強度の試験値と、試験場所や本数も確認しておくことは言うまでもない。
この現場では全てブレースが垂直に自立する形だったから、それほど苦労しなかったが、 水平に近い斜めに取り付ける場合は、最初のアンカーの位置決めのための墨出しから、ブレース本体の仮置き等、数倍の手間と時間が掛かる。
無収縮モルタル、グラウトの利用が増える改修工事
そして、改修工事の場合は、圧倒的に無収縮モルタル、グラウトの利用が増える。専門の職人がしっかり目張りをするので、どんな位置でも今はほとんど問題ないが、四方が全て見えない場合、あるいは確認できない場合は、漏れがないか細心の注意をしなければならない。私は一度、その確認を他人任せにしたため、裏側からチョロチョロ漏れてるのが分からず、枠を外したら、全く何も充填されていなかったという失敗をしたことがある。
また、グラウト注入場所が仕上げで全て覆われてしまうのであればいいが、仕上げの表面に出て来る可能性がある場合は、その色にも注意する必要がある。一般的にグラウトの色は、一般のコンクリートより、かなり濃く、黒に近い。さらに表面からの浸透率がコンクリートとは違うため、何かを塗って仕上げる場合は、下地にその対策を施す必要がある。
ジャンカの処理にもグラウトが多用されるが、ファイバーセメントも斫った深さに応じて上手く使い分けて欲しい。乾燥するまでの時間が違うので、少しは時間の節約になる。もっとも、その前に、ジャンカなんか造らないぞ!という気構えが大切だ。
良い補修材があるからと言って、コンクリートの打設がおざなりになっているような気がするのは私だけだろうか。全て打ち放しを打設するつもりで打て!とは言わないが、打設前の清掃、散水、型枠の精度とその補強をしっかりやることが結局は、手戻りのない綺麗な仕上がりに不可欠であることをもう一度認識すべきである。これがしっかり出来れば、ジャンカ等の表層の補修も減り、工事のみならず施主や監理者に対しても、徐々に施工者側の発言力が増し、主張しやすくなることに大いに注目すべきだ。
学校の先生には分からない「建築施工の実践力」
鉄筋、型枠、コンクリート打設、誰がなんと言おうと、この3つが建築施工の基本だ。一年ぐらい建築現場に関われば、おおよそのことが分かり、大部分は現場の職人に任せておけば、何とか出来る。が、一つ一つ突き詰めて考えると、建築施工は途方もなく奥が深い。
そこで貪欲にどこまで考え、調べ、怒鳴られながらでも、現場の職人に分からない事を聞くかで現場管理者としての質が決まって来ると思う。それこそ学校では教えてくれない、いや、学校の先生が逆立ちしたって分からない、建築現場での実践力が養われていくのだ。
そう言う意味では、現場管理者には、平等にチャンスが与えられている!と言えるだろう。学歴なんぞ関係ない。どこの学校出ようが関係ない。真面目にコツコツ積み上げて来た人間が現場では最後に笑う!私はそう確信してる。
改修工事では「最初の区切り」を設ける
改修工事では、解体が進むにつれ、予想外の事が一杯出て来る。天井を取り去り、壁の仕上げを落とし、床を剥ぐと、躯体が剥きだしになり、設備関連も全部見えてくる。
私はここでガラなどを全部搬出し、現場を一度徹底的に掃除して、気分一新してから施主、監理者と共に現場を廻るようにしている。改修工事の場合、中々区切りがつきずらいので、私はこの時を最初の区切りと決めている。
当然、施主、監理者、施工者共に、予想外のものが目に入る。まずは現実を良く見て、その上で 図面通りに出来る事と出来ない事を把握し、それぞれの立場からどうしたら現状から理想の形に持って行くか考える。一切の隠し事なしに三者が一体になって問題に立ち向かう覚悟が出来ればいい。だから、この時間は大切なのだ。
施工者が現場を進めれば、監理者も腹を決める
皆が本音を語るようになれば、意見が食い違っても結論は近い。会議も実り多いモノになる。が、問題点が全部解決されるには時間が掛かるため、多くの課題はそのまま先送りされることになる。そんな時の打開策は、工程通りに現場をドンドン進める事だ。施工者側はそんな事に引っ張られてはいけない。もう猶予がないとなれば、施主も監理者も腹を決めざるを得ない。
しかし、この現場でも最後は設備にシワ寄せが行ってしまった。教室内の一部の新機種は調整等に手間取り、引き渡し後も作業が続いた。
竣工式が行われたが、私としては何となく終わったような印象の工事だった。もう少し出来たのに!と、やり遂げた感も薄かった。建物の出来は合格点に達したが、私の満足度は60点だった。大した挑戦もなかったし、新しい工法もなく、淡々と基本を積み重ねた現場だった。それが経験の積み重ねなのかな?とも思うがチョット違う。しかし、建築現場の施工管理とは、本来そうあるべきなのかも知れない。