東京都中小建設業協会から異論続出の「東京都入札監視委員会制度部会」
小池知事主導で東京都が試行している「入札制度改革」。その成否について検証する「東京都入札監視委員会制度部会」において、東京都と東京都中小建設業協会(都中建)との意見交換が1月29日、東京都庁で開催された。
東京都中小建設業協会の会員企業は、中小の建設会社であり、小池知事主導による今回の入札制度改革で最も影響を受けたと言える。
一体、東京都中小建設業協会からどんな「辛辣」な意見が出たのか、生の声をリポートする。
事前公表、1者入札、JV結成義務にお戻しいただきたい
挨拶する東京都中小建設業協会の山口巖会長
東京都中小建設業協会(都中建、山口巖会長)は、中小建設企業によって構成されている団体である。資本金2,000万円~3,000万円、従業員20人~30人程度の中小建設業者が中心の組織だ。
中小企業基本法の分類では、資本金3億円、従業員300人以下を中小企業と定義しているが、この規模感は、都中建にしてみれば中堅・大手企業という肌感覚だという。
そんな東京都中小建設業協会が、東京都に要望したのは次の7点だ。
- 事前公表に戻すべき
- 1者入札中止の全面的な撤回
- JV結成義務撤廃の撤回
- 最低制限価格の復活
- 施工の平準化
- 書類の簡素化
- 安全衛生経費の確保
積算業務は、社長や工事担当者が土日返上
「1.事前公表に戻すべき」理由として、東京都中小建設業協会は次の4つのポイントを示した。
■2017年の財務局による入札契約制度説明会では、積算内訳書のほか、代価表(歩掛の1つ上の大きな分類のこと)などを添付すると言っていた。しかし設計者が独自に決めるV代価表は添付されているが、東京都標準積算のS代価表は添付されていない。S代価を細かく積算するのは、積算システムを構築しないとできない。また、一式計上はなくなったが、工事の質問も一方通行で、回答はあいまいな返答や当を得ていない回答が多い。
■事前公表のときは、積算ではなく実行予算を作成して、入札価格を決めていたが、現在の工事発注規模の予定価格帯では、価格の幅が広すぎるため、官の積算にあった積算と実行予算の両建てで積算をしている。大手建設企業なら積算システムの構築と積算部門の体制がしっかりしているが、地域中小建設企業は、社長または工事担当者が行うことが多く、土日祝日または夜間に積算業務を行なっている。したがって過重労働となり、政府の「働き方改革」と逆行している。
■積算資料の乏しさから、正確に官の積算ができない結果があるのではないか。
■以前、事後公表を要望したこともあったが、当時は総合評価ではなく、価格だけの入札で積算もしないで入札する業者がいたためだ。しかし、ここ数年、総合評価による入札が浸透したため、事前公表でないと総合評価方式による入札の意味がない。
この東京都中小建設業協会の意見に対して、東京都側は次のように回答した。
「代価表は公表している。していないものがあるとのことだが、私どもの責任の中で決定していく。今は発注者に温度差があるので技術部門にも伝えていく。具体例があれば、事務方に伝えて欲しい。また、事前公表と事後公表のメリットとデメリットを今後、精査していきたい」(東京都)
入札監視委員会制度部会の楠茂樹部会長
東京都中小建設業協会の幹部はこの発言を受け、「電線共同溝や河川工事では、事務所の温度差はあるものの、総合評価方式による入札が100%近くで、事後公表であればいい仕事をしても報われない」とホンネを吐露した。さらに「もし事後公表のままであれば、極力代価表を提出して欲しい。もし、代価表が提出できないのであれば、事前公表に戻して欲しい。指し値であっても事前公表に基づく予定価格で受注の判断を各社が行う」と運用の面にも言及した。 ※総合評価方式とは価格だけで決めるのではなく、技術点などの点数によって落札者を総合的に決める方式。
入札監視委員会制度部会の楠茂樹・部会長は「国は事後公表を行いつつ、総合評価方式を採用しているため、その点での兼ね合いでどう評価するか、実務をどうするかがポイントだ」とコメント。同じく入札監視委員会制度部会の原澤敦美委員は、東京都中小建設業協会に対して、「工事発注規模の予定価格帯の価格幅についてどう考えているか」と質問した。
入札監視委員会制度部会の原澤敦美委員
これに対する、東京都中小建設業協会の回答は次の通り。
「まず予定価格の算出がきちんとされているという前提が大切。設計図書通りに施工するため、どのくらいの数量が必要なのか。これにかける単価が実勢価格と異なっていないか。たとえば、機械が入れない場所で、人力で掘削するケースもあるが、この単価が機械掘削と同等な扱いになる場合もあるのではないか。それが数量と単価の問題につながる。これが整えば予定価格が魅力ある工事につながり、1者入札も減少する。正しい積算、余裕ある工期設定と工事の平準化が整った上であれば、競争の公平性の議論になるが、総論として中小潰しではないかと言う思いを禁じ得ない。」(東京都中小建設業協会)
「工期のダンピング」で新国立競技場の悲劇が繰り返される?
「2.1者入札中止の全面的な撤回」をめぐっては、このまま1者入札を中止していては、「新国立競技場の悲劇」が今後、東京都中で繰り広げられる懸念があるという意見も出た。
ちなみに、2010年の全国知事会が行った調査報告書によると、一般競争入札における1者入札が有効と回答した都道府県は全体の66%を占めたのに対して、原則として1者入札は「無効」と回答したのは10都道府県、21%に上るが、大勢としては、1者入札は有効であると考える自治体が多いのが実態である。
東京都中小建設業協会の幹部は「1者入札の中止で何が起ったか。工期のダンピングである。」と断言。
「1者入札の中止によって、平均で23.2日(5.57%)もの工期を圧縮することになった。新国立競技場で過重労働により若年者の現場監督が自ら命を絶つという悲劇は記憶に新しいが、この1者入札中止により、東京中でこの悲劇が繰り返される可能性がある。このようにわれわれは懸念している。全面的な撤回を要望する」と東京都側に強く迫った。
楠茂樹部会長も「1者応札については個人的には都中建の意見の通りだと思います」とコメントした。
中小企業基本法を隠れ蓑に、大手ゼネコンの連結子会社が入札参加?
「3.JV結成義務撤廃の撤回」では、かなり興味深い意見も出た。
中小企業基本法を隠れ蓑に、大手ゼネコンの連結子会社や東京支店もない地域建設企業、元大手ゼネコンであった民事再生企業の受注に対して、あたかも中小の代表として取り扱うことに不満が出たのだ。
というのも、JV結成義務の廃止により、逆に中小建設企業の入札参加が増え、受注割合は増加しているという評価が一部から出ているからだ。しかし、その中小建設企業の中身は、本来の意味での中小建設企業と異なる。それでは本来の中小建設企業とはどういうものか。東京都中小建設業協会はこう指摘する。
「われわれは今まで発注者と連携し、東京都の除雪作業、緊急施工または道路啓開協定に基づき、地域の安心・安全の担い手として活動してきた自負がある。しかしその一方で、経営面は脆弱であり、職員の高齢化や人手不足などの課題に悩んでいるのが実情だ。」 (東京都中小建設業協会)
従来から、中小建設企業は、大手ゼネコンとのJV結成は職員の技術力を高め、ノウハウを学び、人脈を拡大する絶好の機会としてとらえていた。それが「JV結成義務の撤廃」により「チャンスが失われた」とした上で、「経営に直結するような大きな制度を改革するのであれば、実際にその現場で働く人の声を吸い上げてから実施していただきたい。地域に密着している中小建設業者としては、JV結成義務の撤廃はまったく評価できず、撤回を要望する」と大きな不満を寄せた。
東京都中小建設業協会の渡邊裕之・副会長
このままでは中小建設企業は潰れる!
東京都中小建設業協会の渡邊裕之・副会長は、「JV結成義務の撤回」に関して、次のようにコメントした。
「東京都の入札契約制度改革は市区町村にも反映され、今は入札参加条件に合った企業であれば、共同企業体でも単体企業でも参加できる入札・契約方式(混合入札)が実施されている。
たとえば約34億円の学校建築で、私どもの会社も地元の中小建設企業とJVを結成し応札したが、中堅ゼネコンが単体で応札し、同じフィールドで戦った。この場合、フェアな入札と言えるのか。当然、中堅ゼネコンが単体で応札した方がコスト面で有利になる。われわれ都中建の会員は、多摩地域も含め、市区町村の発注工事で1件も落札できないケースもある。実際、6月以降、市区町村でそういう入札の事例が増えている。
基本的に混合入札にした場合、仕事の範囲を大手、中堅、地域中小と分離をするべきである。すべての案件を同じ土俵の中で相撲を取れと言われては、都中建としては誰もフェアだと考えることはできない。2020年までは建設業の仕事があると言われても、民需の減退に伴い仕事は減りつつある。このような状態を放置すれば、中小建設企業は潰れる可能性もある。」 (東京都中小建設業協会・渡邊裕之副会長)
地元のビックプロジェクトでも大手ゼネコン単体での応札も
渡邊副会長の発言に続いて、同じく東京都中小建設業協会の細沼順人副会長も、西多摩地域での実情を露わにした。細沼副会長は三多摩建設連合会の会長も兼務している。
三多摩建設連合会の会長を兼務する、東京都中小建設業協会の細沼順人・副会長
「梅ヶ谷トンネル(仮称)整備工事(西−梅ヶ谷の2)は、地元が要望してきたメモリアル工事と言えるビックプロジェクトで、応札者は26者。入札制度が変わって、地元建設企業がJVで参加できたのは4者だったが、半数はゼネコン単体だった。地域中小企業から、大手ゼネコンに対して、JVを結成しましょうとお願いすることはできない。大手ゼネコンから地域建設企業にJVを組むかと言われてはじめて参加できる。
財務局、出先の建設事務所は、われわれをパートナーと呼び、先日の大雪でも出動した。 都議会の自民党、公明党、都民ファーストの会の先生もわれわれを理解していただいているが、それなのになぜ、入札制度改革でわれわれの声が届かないのか。このままだと中小・零細建設企業潰しになると思っている。
以前、ある先生が「JV結成義務の撤廃」で中小企業にも受注機会が増えた、との評価が得られたと発言していたが、評価対象にした中小建設企業35者のうち、東京都中小建設業協会の会員は2者しかない。しかも2者は自力で経営できる能力がある会社だ。
東京都中小建設業協会の会員企業は、このJV結成義務の撤廃についてはまったく評価していない。そのことはわかって欲しい。」(東京都中小建設業協会・細沼順人副会長)
これに対して東京都側は「多摩の事例も含め、すべてJV結成の義務を撤回できるか申し上げることは出来ないが、今後の検討の中で進める」と答えた。
楠茂樹部会長は「地元の工事は地元にということは公共工事では大事な論点だ」とした上で、「JV結成義務だけではなく、地域要件や地元貢献度の点数を高くするなど、いろいろな方法が考えられる。さまざまな組み合わせを考え、総合的に議論し、都民が納得できる手法を考えることが大切な視点だ」とコメントした。
安全衛生経費の確保も求めた東京都中小建設業協会
「安全衛生経費の確保」についても、東京都中小建設業協会は東京都に求めた。
建設業において、安全は何よりも優先されるべきだが、適切な労働災害防止対策を講ずることは、無料では出来ない。建設業界は年々減少傾向にあるが、死亡労働災害がもっとも多い業種であり、年間約300人近くの労働者が命を落としている。
しかも、一人親方は労働者にカウントされないため、より多くの建設業従事者が現場で死亡しているのが実態である。「安全衛生経費の確保」について、元請である都中建が発注者に求めたことは特筆すべきことだ。
「もっとも厳しい意見が寄せられた会合」と語る、入札監視委員会制度部会の仲田裕一委員
入札監視委員会制度部会の委員からは「東京都は丁寧な対応が必要」との意見も出た。仲田裕一委員は「平準化や工期の設定など、東京都は丁寧な対応が必要だ。やはり、お互いが新しい制度設計を実現するためには、意見交換は大切。」との感想を漏らした。
入札監査委員会制度部会の小澤一雅委員
小澤一雅委員は東京都中小建設業協会に対して「大手ゼネコンと中小建設企業の仕事の仕方や体制はどのように違うのか」と確認を求めた。東京都中小建設業協会の回答はこうだ。
「末端で仕事をしているのはわれわれ中小。直接作業員や多能工を雇用している。作業ヤードも機械も自社で保有して、仕事を通じて地域の安全・安心を守っている自負があるのが地域中小建設企業」(東京都中小建設業協会)
最後に小室一人・東京都財務局経理部長は「中小建設企業の皆様から現場目線で厳しい意見をいただいた。みなさんからの意見をもとに東京都入札制度改革の検証を進めたい」と締めた。
東京都財務局経理部の小室一人・部長
今後のスケジュールだが、今回のヒアリングや傾向分析などを踏まえ、入札監査委員会制度部会が検証結果をとりまとめるのが遅くとも3月中旬。入札監視委員会が報告をとりまとめるのが3月下旬を予定。2018年度から再度、検証結果を基に、意見交換を開催。それらを踏まえ、今度は都政改革本部会議で検討し、必要に応じて入札制度を見直すこともある。これら一連の作業が完了後、入札制度改革は本格実施に移行する。