現地人の性格を確認する
私のガーナでの仕事は、まず鉄筋の加工の確認から始まった。基礎の構造図から、鉄筋一本一本の長さ、曲げ位置を確認し、定着、継ぎ手、飲み込みの長さ、カブリ寸法を特記に沿って確認していく。
しかし、海外の建築現場では、日本の規則はあくまで基準で、それが臨機応変に変わっていくことも珍しくない。そのため、その臨機応変に変わったところを確認するのが難しい。海外では基準が変わるのだから、それが至るところに影響してくる可能性があるのだ。
そして鉄筋の確認と同時に私が着手したのは、現地の鉄筋ワーカーリーダーを呼び、その人物がどれほど建築のことを理解しているのか、真面目な人間なのかを確認することだった。
海外の現場では、「分からないことを分からない」と正直に言える人間なのか、それともいい加減なまま適当に切って曲げてしまうような、不誠実な人間なのかを見極めることがかなり重要になる。と言っても会っただけでは、そこまで分かるはずもない。一緒に食事をしたり、仕事をするうちに分かるようになってくる。
そこで一番助かったのは、ジョーの存在だ。ジョーはガーナ人のトップで、日本人との間に入ってパイプ役を果たしてくれる。私は彼からの助言を参考にしながら、必要な資料をガーナ人の作業員たちに回していった。
鉄筋の加工は、工事の最後まで続く。その間、2棟の建築基礎の墨出しから始まって、コンサル対応や、建築の意匠図面の作成、資材の調達など、やるべき仕事は山積みで、業務量は増えるばっかりだった。かと言って毎日自分の限界まで仕事をしていたら長続きはしないし、今さら「一人でこなせる仕事量じゃない」と苦情を言っても、どうにもならない。私は今迄の海外での経験から自分のペースを考えながら業務を続けるしかないと判断した。
技術者間でヒドイと有名なゼネコン
すると、所長も何も言い返せない、第1話で前述したあの傲慢なOBが文句を言ってきた。
日本人だけの会議で「仕事が遅い!全く業務が進んでないじゃないか!」と、やるべき業務のリストが手渡された。会議に出席してる人間は、このOBに何一つ言い返せない。私は唖然としたが、とりあえず、そのリストを受け取った。
リストの内容は確かに急を要する業務ばかりで、やらねばならないことは私にも十分理解できるのだが、いかんせん一人では限界がある。OBに対してどう反応しようか、リストを見ながら考えたが、ここで爆発するのは得策ではない。
「やらなきゃいけないのは、私にもよく分かります。ただ一人でやるので優先順位をつけて、一つずつこなしていくしかありません。」
そして、OBの催促は毎朝続いた。
「まだ出来ないのか!」
「まだ出来ません!」
「どうして出来ないんだ?」
「鉄筋の加工図、コンサルへの提出図面、調達の資料造りを優先してやってます。そのあとで各建物の平面詳細図、各部詳細図をコンサルと打ち合わせしながら描いていく予定です。」
「どうしてそんなに時間が掛かるんだ!」
「私の実力では、今の進み具合で精一杯です!」
……こんなやり取りが工事の最後まで続いた。表沙汰にはならないが、このようなパワハラとも言える所業は、海外に限らず、日本の建設現場のあちこちで起きている。
どこのゼネコンも技術者が足りず、派遣社員や契約社員など外部人材に頼っているが、経費節約の意識も強くなり、最低限の人数で半ば使い捨てのような人間の使い方をしてるゼネコンも多い。それが限界まで近づくと、こうなってしまうという見本のような現場だった。
この現場に送り込まれて来た日本人で、「以前もこのゼネコンで働いた経験がある」という派遣技術者は皆無だった。つまり、このゼネコンで継続的に働きたい人はいない、ということなのだろう。私自身、もう二度とこのゼネコンの現場で働きたいとは思わない。そして口コミで、このようなゼネコンは避けられていくようになる。情報を知らない初めての技術者だけが、このゼネコンで痛い目に遭う。
しかし、終らない現場はない。(この現場もすでに完成している。)
ガーナ人、ジョーの活躍
傲慢な日本人OBとは違って、ガーナ人のまとめ役であるジョーは、気持ちが通じた。
ジョーは自分を抑えられる人間で、でしゃばらない、極めて感性が日本人に近いガーナ人だった。日本側の意向を現地の作業員に伝え、ガーナ人の不満を抑えつつ、上手くバランスを取りながら現場を進めることが出来たのはジョーのおかげだった。
毎朝の朝礼で、日本式の体操の後、ジョーが全作業員に話をするのだが、作業の要点、注意事項、安全、工程と、日本の朝礼と遜色ない。
ジョーは、私も近づけない形相で作業員を叱ることもあった。作業員の胸倉を掴んで今にも殴りかかりそうなところを、後ろから抱きかかえて止めたこともある。
また逆のケースもあった。私が他の日本人と、現場とコンサルとの対応めぐって、言い争いをした後、むしゃくしゃして外でタバコ吸ってると、私の肩をポンポンと叩き、コーヒーを差出しながら、ニッと笑って親指立てて深呼吸の真似をした。
私は「OK!OK!Don’t worry!」と返事した。
ジョーの提案が現場を救ったこともあった。
しかし、このジョーに対しても、このゼネコンの日本人技術者は「無条件で日本人のほうが上だ」という、情けない態度をとるのである。
(つづく)